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妹のいる生活  作者: むい
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第三百二十三話 商会狂騒曲


 私の名はパウエル。


 王国最高の商会、メルローズ商会の幹部の座を、財団より任されている者である。


 私に課せられた任務は、商会を大きくすることである。

 商会が儲かれば儲かる程、財団も大きくなるのだから、これは当然のことだ。


 財団の――そして当商会の目標は、『王国最高』ではなく、『王国唯一』の商会にすることだ。


 全ての商店が傘下に入れば、値付けも卸しも思うがままとなる。

 国そのものを牛耳ることが出来るようになるだろう。


 しかしその為にも、邪魔な大店は排除せねばならない。


 ショルシーナ商会。


 エルフ共の運営する商会だ。


 小癪にも、奴らの商会は評判が良い。

 品質で負けているものも、いくつもある。


 気に入らない話だ。

 エルフなぞ、我らの『商品』になるべきなのに。


 奴らは鼻持ちならないが、容姿だけはズバ抜けている。

 売りに出せば、引く手数多になるはずだ。


(見ておれ! 貴様らの店を潰した後は、残らず『商品』にしてくれるわ!)


 特に副会長を名乗る、あの小娘! 

 奴はハイエルフの中でも、更に頭一つ抜けた容貌をしている。

 一体、どれだけの値が付くことか。


 来るべき未来を思い描き、私はほくそ笑んだ。


 しかし、輝かしい未来の前には、目先の未来の話をせねばならない。


 特にここ数年は、エルフ共の商会の躍進著しいのだ。


「……矢張り難しいか」


 会議室のテーブルで、私は呟いた。


 それは、作物の話だ。


 作物の販売先は、大きく分けてふたつ。


 高貴なる貴族のものと、薄汚い平民のものだ。


 このうち、平民のものは、あまり考える意味がない。


 奴らは愚かだ。

 味よりも値段と量で購入を決める。

 適当に収穫されたものをそれなりの値段で捌けば、それで良い。


 一方、貴族の作物。こちらは慎重に扱わねばならない。


 自分たちで消費するだけでなく、家に招いた他の貴族や、場合によっては王族にも振る舞うことがある。

 だから見た目が美しく、かつ味の良いものを用意しなくてはいけない。


 しかし、高品質の作物を安定して得ることは難しい。

 世話も大変だが、より良いものにするためには、相応の肥料がいる。


「こちらが、特殊栽培と高級肥料を潤沢に投与して作り上げた作物でございます」


 そう云って差し出された野菜の味を見てみる。


 美味い。

 確かに美味い。

 美味いのだが――。


「エルフ共が店売りしているものより、それでも劣るな……」


「は。無念ではございますが、エルフは植物育成に一日の長があります。おまけに、植物に関する特殊魔術も用います。肥料にしても、秘伝のものを用います。現状では、当商会が上回るのは、難しいかと」


 コスト度外視で作った作物でもこれだ。

 売りに出す程の量を確保するのは不可能だろう。


「特に穀物だ! 三大穀物の品質は、如何ともしがたいな!」


 米、コムギ、トウモロコシ。

 主要を成すこれらの品質は、特に差がある。


 米に至っては、『エルフ米』という確固たるブランドすら築き上げてすらいる。

 貴族の中には、「当家ではエルフ米しか口にせぬ」と豪語する者もいる程だ。


 我らは値段と量で対抗してはいるが、それは平民の市場での話。

 貴族向けの商品としては、絶望的な差がある。許し難いことだった。


「パウエル様。矢張り農作物においては、エルフからシェアを奪うことは難しゅうございます。品質向上のための研究は続けるとしても、我らの得意分野や、新規市場の開拓の方に注力すべきであると愚考致します」


 尤もな意見ではある。

 しかし、そちらも問題だった。


「では訊くがな。シャール・エッセンの居場所は掴めたのか?」

「それは……」


 部下が口ごもる。


 そう。

 我らの頭を悩ませるのは、エルフだけではない。


 近年、急速に台頭してきた発明家、シャール・エッセンなる人物もなのだ。


 まず、ピーラー。

 これが極めて高く評価されている。


 一般家庭や飲食店のみならず、食堂の併設された宿屋にも現在は出回っているという。


 見習いや、家の子供に容易に手伝わせることの出来る優れた調理器具として、一躍脚光を浴びている。


 その便利さは一過性のブームに留まらず、おそらくは定番商品として根付くだろうと予想されていた。

 つまり、ずっと利益を生み出し続けるのだ。


 エルフ共の商会を潰すには、財源を断つしかない。


 なのに主要商品である農作物では水をあけられ、新商品と云う新たな財源まで現れてしまった。


 しかもエッセンなる人物の発明品は、他にもあるのだ。


「爪切りとえんぴつ削りは、完全に定着致しましたね。この王都で、危険なハサミで爪を切る中流以上の家庭は、いずれ完全に消滅するかと」


 部下が告げる。


 生活に食い込むことが、どれだけの利益を生むか。妬ましい話だ。


 しかし、ひとつだけ突破口がある。

 それはシャール・エッセンなる人物が、おそらくショルシーナ商会の人間ではないと云う点だ。


 爪切りやピーラーを自社で開発したのならば、堂々とそう宣伝するはずだ。

 なのに、エルフ共はそうしていない。

 つまり、エッセンなる人物はアイデアを持ち込んだだけ、と云うことになる。


 ならば我らがエッセンを探し出して囲い込めば、『これから』の発明品は、全て我らの利益に転じることだろう。


 その為には、エッセンなる人物の居場所を探し出さねばならぬ。


 しかし、ガードは異常に堅かった。

 苦心の末に掴んだ情報では、末端どころか、中堅クラスの商会員でも、エッセンの正体を知らないという事実だった。


 おそらくショルシーナ商会は、最初からエッセンを完全に囲い込むつもりだったのだろう。

 だから、その存在を徹底して隠すのだ。


「被服業者や裁縫工房に関してですが、糸通しと安全ピンの登場によって、大きくシェアが変動するものと思われます」


 別の部下が、無念そうに告げる。


 現在、特定の業界で注目されているのは、エッセン作の、ふたつの新商品だ。

 エルフたちの工房では、殺到する注文に、生産が追いついていない状況なのだという。


「糸通しの登場で、引退したお針子には、再び現役に復帰した者もいると聞いております。彼女等は、糸通しを手放すことが出来ないでしょうから、矢張りこちらも、『定番』として根付いていくかと……」


 くそっ! エッセンだ。

 エッセンさえ手中に収めれば、メルローズは躍進できるのに!


 エルフ共がエッセンをひた隠しにするのは、一本釣りを恐れてのことだろう。


 我らがエッセンの居場所を知れば、エルフ共以上の金額で契約してしまうからな。


 金に転ばない者など、殆どいない。

 我々ならば、エッセンの満足する金額で囲ってやれるというのに。


 発明家には、少しおかしい奴が多いと聞く。

 おそらくエッセンとやらも、そうしたひとりなのだろう。

 世情に疎く、自分の価値を知らないのだ。

 最初から、発明品をうちに持ち込んでおれば良かったものを……。


 エルフの商会共々、エッセンの動向にも注視しておかねばならぬ。


(動向を注視と云えば――)


 私は顔を上げた。


「最近、ショルシーナ商会の連中が、盛んに各地の漁場に出入りしているという話、アレはどうなったのだ?」


「は。その件についても、ご報告が」


 別の部下が立ち上がる。


「ショルシーナ商会の目的ですが、どうやら沼ドジョウにあるようです」


「何? 沼ドジョウだと?」


 思わず首を捻ってしまった。


 沼ドジョウは肉体労働者が滋養強壮のためにと食すことのある下魚だ。


 しかし、その身は泥臭く、小骨も多く、お世辞にも美味いとは云えない。血液に毒を持つので、生食も出来ない。


 余程に生活に窮した貧民でもない限り、平民ですら食べない雑魚なのである。

 それを買い求めているだと……?


「いえ、パウエル様。買い求めるどころではありません。漁業権を含め、沼ドジョウ全般を押さえているようなのです」


「何だと!?」


 あの魚には、殆ど価値がないはずだ。伊達や酔狂でそんなことをするとも思えない。


 となると――。


「奴ら、何か新しい価値を発見したのだな? あれがまともな食い物になることはないだろうから、たとえば血中の毒を薬に転化出来るとか、その身を肥料の材料に出来るとか、別の事ではあるのだろう。しかし間違いなく、『価値ある何か』を掴んだのだ」


 私の言葉に、部下たちも頷いた。


「同意致します。我らも、念のために沼ドジョウを押さえておくべきでは?」


「しかし、上の説得はどうするのです? あやふやな根拠では、許可が下りないのでは?」


 皆の心配は尤もだ。

 だが商人としての私のカンが、動くべきだと告げている。


「……上には、私が掛け合ってやる。出来る範囲で、漁場を押さえるのだ」


 私は決定を告げた。


 そこへ、情報収集の為に放っていた部下のひとりが戻って来た。

 その報告を聞き、私は顔色を変える。


「試食会だと?」


「は。エルフの商会は来る十二月に、新メニューのお披露目をするそうで」


 お披露目――つまりは宣伝だ。

 我らのような大店の場合、有力者を呼び、新商品を周知のものとすることがある。

 だから、その新メニューとやらに自信があるなら、試食会を開催すること、それ自体は何もおかしくないのだが――。


「奴ら、あまり有力者とは進んで係わらないはずではなかったのか?」


 エルフ共の商会は信じがたいことに、貴族であっても普通の客と変わらぬ対応をする。

 特別扱いをあまりしない。


 だから有力者を呼ぶと聞いて、驚いてしまった。

 奴らが貴族とも積極的に係わっていくよう、『方向転換』したならば、当商会も対応を根本から練り直さねばならないからだ。


「いえ。それが表向きはヴェーニンク家と云う、ベイレフェルト侯傘下の男爵家の主催という形になっているようです。が、運営の実態はエルフ共の商会であるようで」


「ヴェーニンク……? 聞いたこともない家名だぞ? 私も王都で長いこと有力者を相手に商売をしているが、そのような貴族がいるなどと、噂話ですら耳にしたことがない」


「余程の弱小のようですな。調べますか?」


「もちろんだ。今は無名でも、たとえば新たな鉱山が発見されたのであれば、たちまち富者に上りつめる可能性がある。エルフ共と連携する以上、そこには何らかの『価値』があるはずだ」


 想像を逞しくすれば、『新メニュー』とやらは単なる人を呼ぶ口実で、発見された新鉱脈の利権がらみの話をするつもりなのかもしれない。


「しかし、弱小男爵家からの誘いなど、受ける家があるのでしょうか?」


「それは考えるだけ無駄であろう。エルフ共が動いている以上、有力者を呼ぶ手段は用意しているはずだ。あるいは単純に、ベイレフェルト侯爵家の名を借りて集めるのかもしれない。何にせよ、ショルシーナ商会の動向には、今後も注意を払わねばならぬ」


 私は、そう締めくくった。


 そう。

 その時の私には、『試食会』と『沼ドジョウ』が、まるで結びついていなかったのだ。


 まさかあの下魚が、王国を震撼させることになるなどと。


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