第三百二十一話 妹様、四歳です!
ついに、この日が来た。
前世も含めて、世界で一番愛しいあの子。
フィーリア・クレーンプットお嬢様の誕生日よ!
「フィー、誕生日、おめでとう!」
「フィーちゃん、おめでとう! 健康に育ってくれて、お母さん、嬉しいわ」
「ふぃー、お誕生日好き! 美味しいもの、いっぱい食べられる!」
割と現金な理由で、マイエンジェルはバースデーを楽しみにしていたようだ。
まあ、俺も誕生日とクリスマスはプレゼント目当てだったから、さもしいなどとは口が裂けても云えないが。
お誕生日ケーキは今回も商会に注文したが、今年からはキッチンがあるので、母さんがフィーのためにデザートを作ることになった。アップルパイである。
「ふぃー、それ食べたことがない! でも、美味しい予感がする……! ふぃーの目に、狂いはないはず……!」
うん。
美味しいから、よだれを拭こうな?
なおエイベルは母さんの要請でリンゴを、そしてマイシスターの強い希望で、キノコも採りに行ってくれている。
「……ん。とってきた」
とんがり帽子に葉っぱを乗せて、お師匠様が帰還された。
手に持つカゴには、キノコとリンゴが盛りだくさん。
「高祖様、よくぞお戻りになられ――ブフゥッ!?」
普段冷静なはずのヤンティーネが、エイベルのカゴを見て吹き出した。
「こ、ここ、こここここ……高祖様ッ! そ、そそそ、そのリンゴは!」
「……ん。貴重品。たまのお祝いだから、奮発した」
おおう。
神代の絶滅植物をいくつも保持するエイベルが、『貴重』だの『奮発』だのと口にするとは……。
(よっぽど凄いのか、あの金色のリンゴ……)
一方、アーチエルフの親友様は、ニコニコ顔でカゴを受け取っている。
「あーん、このリンゴ、私大好き! とっても美味しいのよねー。でも酸味よりも甘みのほうが強いから、アップルパイ作るなら、そこを気を付けないと!」
母さんは過去に食べたことがあるようだ。
俺は、キノコの入ったカゴを受け取る。
フィーの大好きなキノコ料理は、俺が作ることになっているのだ。
「美味しそうなもの、たくさん! ふぃー、幸せ! にーた、だっこ!」
カゴ持ってるから、今は無理かなー?
「ぶー……」
そんな訳で、妹様のバースデーメニューの作成を開始。
当事者であるマイエンジェルも、大張り切りで手伝ってくれた。
こういう何でもない共同作業が、良い思い出になってくれると嬉しいんだけどねぇ。
「出来たー!」
そして、完成。
俺とフィーと母さんが、同時にジャンプ。
エイベルは乗ってこなかったので、母さんが抱えて、改めてジャンプ。
マリモちゃんも浮かれた空気を読み取ったのか、嬉しそうに宙を漂っている。
「ふおぉぉぉぉ~~~~っ! 美味しそうっ! ふぃー、早く食べてみたい……!」
妹様がご馳走を前に、おめめをキラキラさせている。
まあ、普段の食事でもこうなんだけどね。
今回俺が作ったのは、マイタケの豚肉巻きとキノコのスープ。
母さんもキノコ炒めや、パスタなんかを作ってくれた。
なんだかまた、キノパみたいになってるな?
フィーが喜んでくれているから、良いんだけれども。
「それじゃ、頂きましょうか?」
「ふぃー食べる……っ! ふぃー、早く食べたい!」
スプーンとフォークの二刀流となったマイシスターが、膝の上でうずうず。
そんな娘の様子を見た母さんが、苦笑いして号令する。
「フィーちゃんの四歳のお誕生日を祝って――!」
「いただきまーす!」
「……ます」
食事が始まる。
フィーは美味しい美味しいと喜んでくれるけど、この娘の場合、『なんでも美味い』だからな。
「ふへへ……! このにーたの作ってくれた、お肉とキノコのやつ、美味しい! ふぃー、気に入った!」
豚肉巻きね。
肉巻きは色んな食べ物と合うからな。アスパラとか。
フィーは野菜嫌いじゃないから、作りがいがあるな。
本当に気に入ってくれたのか、妹様のペースが速い。
まだデザートも――いや、ケーキこそがメインになるのか? そちらも、残っているのに、大丈夫なのだろうか?
「フィー。あまり食べ過ぎると、ケーキが食えなくなるからな?」
「へーき! 甘いの別腹! おかーさんとエイベルが云ってた!」
なんてことを……。
ふたりを見ると、ごく自然な動きで目を逸らしやがった。
結局、マイエンジェルだけでなく、母さんやエイベルもパクパク食べてた。
皆、食うの好きね?
マリモちゃんも餌を食べたいのか、肩に乗って俺におねだりしてきたので、エイベルから魔力を貰って食べさせてやる。
「~~~~っ!」
声は出さないが、肩の上で震えているマリモちゃん。
ご機嫌状態で、俺にスリスリを開始した。
「にーた、にーた! これ美味しい!」
そして妹様は、ついでに作った味噌握りを気に入ったみたいだ。笑顔でパクついている。
味噌握りって、シンプルだけど美味しいからね。
「じゃあ次は、お待ちかねのデザートだ」
母さんのアップルパイと商会から届けられたケーキがあるが、その前に金のリンゴをそのまま食べてみて欲しいと母さんに云われたので、まずはそうすることに。そのまま食べると云っても、カットくらいはするけれども。
「ほら、フィーのは特別だ」
「――ッ! うさぎさん! にーた、このリンゴ、うさぎさん!」
「良かったわねー、フィーちゃん。と云うか、フィーちゃんだけ羨ましいわ~?」
「……私の持ってきたリンゴなんだから、私のもうさぎさんにして欲しい」
「はいはい……」
母さんやエイベルもうさぎさんが良いとのことなので、急遽追加でうさぎさんにする。
でも、キミらも包丁使えるでしょうに。
そこに、横から声が掛かる。
「あ、あの、よろしければ、私のリンゴも、うさ、ぎに……」
ケーキの運搬をしてくれて、そのまま一緒に食事をすることになったヤンティーネが、そっとお皿を差し出してくる。
「ティーネ、うさぎさん好きなの?」
「い、いえ。別に、そういうわけでは……。ただ、その、ちょっと可愛い、なと……」
顔だけでなく、耳まで真っ赤になっている。
そこまで恥ずかしがらなくても良いのにねぇ?
そう云えば年長組曰く、このリンゴは皮まで美味しいらしい。
「……効能や栄養を考えると、皮を廃棄するのは勿体ない」
とは、エイベル先生の談。
「流石はアルちゃんねー。リンゴをうさぎさんにするなんて、考えもしなかったわー。やっぱり、私の子供は、天才ねー」
「いや、フィーが喜ぶかなと思ってやっただけだよ」
「――ッ! にーた、ふぃーの為に? ふぃー、嬉しい! ふぃー、幸せ! ふぃー、にーた好き!」
うぐぐ……っ。
ちょっとした思いつきでしかないから、そこまで喜ばれると、逆に申し訳なくなるぞ……?
気を紛らわせる為に、リンゴをがぶり。
頭から行く。
「ん~~~~っ!」
電気が走る、とはこういう場合に使うのだろうか?
色々と感想は思い浮かぶが、一言だけで良いだろう。他は無粋だ。
「美味いッ!」
これまで食べたリンゴが霞むくらいに美味しかった。
こんなリンゴが、この世に存在するものなんだろうか?
「魔導歴以降で、このリンゴを口にしたハイエルフは、もしや私だけなのではないでしょうか……?」
味に感激しながらも、ヤンティーネがそんなことを云っている。
彼女は神聖歴の生まれなのに魔導歴を持ち出すと云うことは、伝承にでもなっている品なんだろうか?
「……庭園の皆とは一緒に食べることがあるから、別に初めてではない」
淡々と先生は云う。
やっぱエイベル直属のガーデナーって、見返りが大きいのかね?
「にーた! このリンゴ、凄く美味しい! うさぎさん可愛い! ふぃー、にーた好き!」
分かったから、口の中のものは、噛んでからにしような?
「う~ん! 本当に美味しいわー! でもこれ食べちゃうと、しばらく他のリンゴは食べられなくなっちゃうのよねぇ」
母さんが頬に片手を当てて微笑んでいると、マリモちゃんがリンゴの傍へ降り立った。
つんつくと母さんの手をつつき、懸命にアピール。
「あら? ノワールちゃんも食べたいの? ねえ、エイベル、この娘にあげても大丈夫?」
「……ん。問題は無いはず」
「だって? 良かったわね、ノワールちゃん? はい、あーん」
黒い球体にリンゴをそっと近づける。
待ちかねていたように、マリモちゃんは飛び付いた。
「~~~~っ!」
そして、ぷるぷると震えた。
精霊基準でも、このリンゴは美味しいみたいだ。
よっぽど嬉しかったのか、マリモちゃんは餌をくれた母さんに甘えている。
筋から云えば、リンゴを持ってきてくれたエイベルに感謝すべきなんだが、流石にそこまでは分からないのだろう。
「みゅみゅーっ! リンゴ美味しい! このリンゴ使ったお菓子、この後に待ってる! ふぃー、楽しみ! ふぃー、どうなっちゃう!?」
妹様は、爛々とした瞳で、俺に抱きついた。
しかしマイシスターよ。
待っているのは、食べ物だけではない。
プレゼントもあるのだよ……。




