第三十一話 金あるところに人は来る
護民官。
それは平民の権利を守るために設立された、平民会と云う組織の長である。
平民会や護民官はこの国のみならず他国にも存在するが、規模や強さや権限は、当然ながら国による。無い国もあるようだ。
まあ、我が故郷、日本の会社の労働組合の強さだって様々だったしな。
あん? 俺が元いた会社の労組? あったかなァ……。そんなもの。
話を戻して、この国だ。
この国の平民会の強さは、『元老院に伍する程ではないが、ウザがらせることは出来る』くらいの規模らしい。
たとえば地球世界のローマにあった護民官なんかは元老院の決定に対する拒否権を有していたが、この国のそれは、抵抗は出来るが基本的に拒否権はない、のだそうだ。
なので、勢力の拡充に余念がない。
「もしかしてさっきの人、資金を引っ張りにでも来ましたか……?」
「もっとタチが悪い。当商会に傘下に入れと云ってきました」
「うちには資金と人脈と武力がありますからねえ。平民会のみならず、国からも取り込み工作が行われているんですよ、日常的に」
ああ、そりゃあ、どの勢力も欲しかろうな。
お金持ってる組織なんて。
ん? あれ?
「じゃあもしかして、商会の戦力って、『そういうの』にも対応しているってことですか?」
「非武装中立と云うのは、夢物語ですからね。中立で居続けるには、相応の実力が必要になりますよ」
にこにこと笑いながら説明するヘンリエッテさん。物腰は柔らかいが、いざとなれば伝家の宝刀を抜くことも辞さず、と云うことか。
エルフ族の戦闘能力は極めて高い。
理由は簡単で、魔術の扱いが上手いからだ。
火力は力であり、手数も力なのだ。
アーチもハイも付かないノーマルのエルフですら、人間族の持つ魔力量の平均値を遙かに凌駕する。魔力量だけでなく、技術も含めた魔術戦の場合、熟練の人間魔術師10人で、やっとノーマルのエルフひとりと戦いになると云われている。
ちなみにエルフとハイエルフの能力差は、『比較するのがバカバカしいレベル』と云われるくらいの開きがあるのだとか。
少数種族であり、奴隷商に目を付けられるくらい美しい存在であるのに、滅ぼされず、かつ、侮られずと呼ばれるのには、ちゃんと理由があるわけだ。
「平民会が欲しているのは、元老院への拒否権です。この国の政治情勢もだいぶ不安になりました。だから民衆を守る為に平民会自体の実力を付けておく、と云う考え方それ自体は正しいのでしょう」
「でも、うちはもともと、エルフ族の為に作られた組織ですからね。人間族同士の争いに巻き込まれる訳には行かないんですよ」
「ははあ。まあ、商会としての立場であれ、エルフとしての立場であれ、人間族の政治勢力からの囲い込みには到底応じられませんよね、そりゃあ」
俺が適当な相づちを打つと、ショルシーナもヘンリエッテさんも不審そうにこちらを見つめた。
なんだろう? 当たり障りのない反応しかしていないはずだけど、何かやらかしたかな?
「……以前から思っていましたが、貴方本当に五歳ですか?」
「随分と賢いですよねー……?」
「…………」
あー……。そう云えば、俺は五歳児だったな。久しぶりなんでアレだが、そりゃこの程度の反応でも異常な知能に見えるわな。
さて、どう誤魔化そうか。
「にーた、とってもあたまいい! かっこいい! にーたすき! なでて!」
「ふふふふー。アルちゃんは私の愛息子だもの。賢くて当然だわー!」
肉親ふたりの発言はフォローでも何でもなく、単なる贔屓の引き倒しで、まるで説明にはなっていないが、そもそも説明なんて出来るものでもない。
俺は要求通りフィーの頭を撫でながら、答えてみる。
「せ、先生が優秀だからかな。エイベルは何だって教えてくれるんだよ、わかりやすく!」
「成程、エイベル様の薫陶を受ければ、それはそうなりますね」
……ショルシーナ商会長、実は残念な人なのだろうか?
何というか、根拠薄弱で俺を褒めちぎるフィーや母さんと同類に見えるんだが。このエイベルシンパの眼鏡っ子。
「ふふふふ……。そうなんですか。流石は高祖様ですねー……」
ヘンリエッテさんは柔らかい笑い声をあげながら俺を見ているが、目が笑っていない。口車に乗っていないのが明白な表情だが、警戒とかされてないよね?
「…………」
エイベルもエイベルで、じーっと俺を見つめている。
長い付き合いだが、その辺は未だに不可解に映るのだろう。
まあ、初対面の時から俺の知能を異常と発言していたから、それも当然なのだが。
……無駄と分かっていても、話題を変えるか。
「で、どうして護民官が子連れだったんですか?」
あの性別不明の凜とした子供。
随分な美形だったが、何者だったんだろうか? 誤魔化しを抜きにしても純粋に気になる。
「ああ。あれは英才教育の一環だそうです。あの子は先程来られた護民官の実子だそうで、早いうちから多くのことを体験させておきたいようですね。会話の内容は理解出来ないでしょうけど、現場の雰囲気や方々を歩くことの大変さを知るだけでも、結構な経験になりますからね」
答えてくれたのはヘンリエッテさん。
俺に対する眼光が柔らかいものに戻っているが、見逃してくれるのだろうか。
それにしても、そうか。あの子供、英才教育を受けるような立場なのか。
「えっと……。この国では護民官って、世襲なんですか?」
「いいえ。護民官の選出は平民会の投票で決まります。だからこそ、今から教育をしているんでしょうね。我が子の優秀さを内外にアピール出来ますし」
「事実上の世襲に持っていきたいと云うわけですか」
「それに耐えうる能力があると思っているのでしょうね。将来は不確定でも、現時点では極めて優秀なお子さんですよ? 読み書き算術が既に出来るようですから」
俺と同い年くらいに見えたけど、もう読み書き出来るのか。それは確かに凄いな。
「うっふふふふ……。それくらいなら、うちのアルちゃんも既に完璧に出来るわよー?」
母さんが我が子を自慢しだすが、あんたの息子の知能面はただのインチキだから参考にならないと思うぞ。あと、これ以上、不審がられたくないから、混ぜっ返すのはやめて。
「エイベル様が目をかけるくらいですから、アルト様が天才なのはわかります。ですが、あの子供も年齢を考えれば充分以上に才気煥発と云えるでしょう」
「……私はアルが優秀だから教えているのではない。リュシカの子供だから、教えている」
「きゃー! 私のためなのね! 私もエイベル好きー! エターナルベストフレンドー!」
母さんが妙な言葉を叫びながら、親友を抱きしめにかかった。何ですか、それ。相手は死ぬんですか? ツッコミどころ満載だが、いちいち俺は気にしない。エイベルは迷惑そうに回避していたが。
「あの子、何歳なんですか?」
「アルト様と同年齢のはずですが」
「前に九月生まれって云っていたから、正確にはまだ四歳ですけどねー」
つまり神聖歴1199年生まれなのか。
俺とブレフ少年、あとはあの第四王女様と同い年ってことだな。
「ヘンリエッテさん、よく誕生月まで覚えてますね」
「ふふふ。名前、顔、年齢、職業、誕生月、出身地、種族、趣味嗜好。このあたりは一回で記憶しておかないと困ることのある仕事ですからね」
それはその通りかもしれないが、覚えきれないよね、実際は。
(ヘンリエッテさんも優秀なんだなァ……)
流石は大商会の副会長と云った所か。
「むうぅぅぅ~~! にーた、めー! ふぃー! ふぃーとおはなし! ふぃーかまうの! ほかのこ、めー!」
ずっと蚊帳の外だった妹様が怒りの抱擁を繰り出した。
まあ確かにフィーからすれば、自分を放置して皆で話し込んでいるようにしか感じられまい。怒るのは当然だ。
……構うことを要求する対象が俺だけと云うのは、アレだが。
(いや、これは俺が悪いな。妹様を放置するなど、兄として許される行いでは無いのだから)
俺は罪を償うように念入りにマイシスターの髪を撫でた。
「んっ……! ふぅう……。ふぃー、にーたのなでなですき……!」
マイエンジェルのご機嫌メーターは一瞬でV字回復し、気持ちよさそうに眼を細めている。
チョロいのではない。妹様が寛大なのだ。
「ごめんなー、フィー。お詫びにこの後、商業地区で何か買ってあげるからな?」
「おかいもの? ふぃー、にーたがかまってくれれば、なにもいらないよ?」
「お買い物でしたら、是非、当商会をご利用下さい。女児向けの商品も多数取り扱っておりますので」
俺とフィーの会話に差し込まれたショルシーナ商会長の言葉は、彼女なりの諧謔なんだろうか。それとも本気のセールストークなんだろうか。
まあ、でも、品質から云っても、義理から云っても、移動時間から云っても、この店で買うのは悪くはないか。
(ぬいぐるみか何かを、買ってあげようかなー……?)
ただ、この娘は俺に抱きつくことに熱心だから、ぬいぐるみに反応を示すかは微妙なところだ。手が塞がっていては、俺にダイブすることもままなるまい。
「フィーちゃんもとっても賢い娘なんだし、絵本か落書き帳でも買ってあげたらどうかしら?」
「お、母さん、ナイスアイデア!」
フィーは俺の膝の上に乗って絵本を読んで貰うのが大好きだし、読み書きだって多少は出来る。……俺に関連する言葉だけだが。
画用紙か何かを買ってあげれば情操教育にも役立つだろうし、妹様の意外な才能が垣間見えるかもしれない。ついでに母上にも献上品を捧げねば。
(てか、母さん凄いな。エイベルの捕獲に成功しているぞ)
いつの間にやら、俺以外に触れられることを極端に嫌う親友をがっちりキャッチしている。そして、それを羨ましそうに見つめている商会長様。
負けてたまるか。俺はフィーと強く抱きしめ合う。
「フィー!」
「にぃさま……!」
護民官のこともピーラーのことも敢えて忘却の彼方へ放り投げて、俺はマイエンジェルといちゃいちゃすることを選択した。
あの中性的な子とは、きっともう、会うこともないだろうし。
この日、俺はこの世界で初めて、自力で金を稼ぐことに成功したのだった。




