第三百十五話 セリに行こう(その四)
メジェド様の粘土細工――。
それは確かに、フィーがセロの託児所でこね上げたものだった。
無駄に凝ったディテール。
頭頂部から胴体部に掛けての、見事なまでの流線型。
そして何とも云えない独特の表情など、妹様の技術と才能が、これでもかと詰め込まれている。
なお、使われているのが、そこら辺にある普通の粘土なので、マイシスター的には、
「ふぃー、色が気に入らない! メジェド様、白が基本! 白が最高! なのに白くない! にーた、だっこ!」
と、不満いっぱいなのだそうだ。
俺たち兄妹は参加客たちとは別の理由で驚いているが、オークションに来ているお客さんたちは、様々な反応を見せている。
「おお……。あれがセロを救ったという神の像か……!」
「しかし何故、託児所で発見されたのだ? まさか、ちびっこたちが作ったと云うわけでもあるまい?」
「ちびっこがあれ程の粘土細工を作れるものか! それにアレが発見されたのは、セロの災厄より前の時間帯であると聞いたぞ? 託児所の棚の上に、忽然と出現していたらしい」
いや、その時、皆が折り紙に夢中で、ただ単に誰も気付かなかっただけです。
「学術的価値や宗教的価値もさることながら、造形が素晴らしい! 一個の美術品としても、充分以上の価値があるぞ!?」
皆がざわついていると、壇上の競売人がパンパンと手を叩いて注目を集めた。
「皆様もこの神像について、様々な感想をお持ちのことでしょう。中には購入を迷っていらっしゃる方も、おられるかもしれません。ですのでここで、この『メジェド像』出品の経緯について、お話しさせて頂きます」
競売人は語る。
メジェド様の像の行く先は、紆余曲折あってアッセル伯爵のものとなった。
統治者の土地で発見されたものは、統治者に優先権があるという理屈でだ。
国や各種宗教関係者、それから大元の発見者であるセロの託児所も(子供たちに大人気という理由で)所有を望んだが、話し合いの結果、アッセル伯爵家がその権利を勝ち取った。
ただ、始めから伯爵はメジェド様像を所持し続ける気はなかったらしい。
所有権を手にしたときに、こう云ったそうだ。
「王都で十月に開催されるオークションに出品いたしますので、所有を望まれる方は、そちらへどうぞ」
すぐに手放すのに、どうして所有権を望んだのか?
それはお金を得る為であるらしかった。
競売人は云う。
「このメジェド像の売却額は、その全額をセロの復興と被災者への見舞金にすることを、アッセル伯爵家は公式に宣言されております。つまり購入者様は、この『奇跡の像』を手にするだけでなく、セロ復興支援者としての名も得られるわけです。――なお、会場出口には復興支援のための募金箱も置いてありますので、皆様のお心付けをお待ちしております」
募金箱も伯爵の仕込みであるらしい。如才ないことだ。
しかし、そんな競売人の説明を、皆は聞いているかどうか……。
法衣を着た神官のような人。明らかに身分が高そうな壮年の男。そしてちいさな財布を握りしめる子供までもが、ギラギラとした瞳でフィーの作品を見つめている。
「では、この粘土像、1万円からのスタートとなります!」
出だしの値段は結構、安いのね。
でも、果たしてどうなるのか……。
「3万円!」
「5万円!」
「10万だ!」
予想通り、ズンズンと価格が上がっていく。
「30万!」
「50万!」
「100万円!」
そしてつり上がった金額は、簡単に100万の壁を越えていく。
「600万!」
「800万!」
「1000万円だ!」
とうとう、大台に乗ってしまった……。
三歳児がこねただけの粘土細工なのに……。
「4000万!」
「7000万!」
「い、一億だ……ッ!」
皆、正気かよ……?
いや、事実を知らなければ、確かにアレは『奇跡の像』なんだろうけどさ。
「一億五千万!」
でっぷりとした商人風の男が、一気に値段をつり上げる。
皆がたじろいだ。
どうやら、この辺が天井であるらしい。
しかし――。
「二億!」
おぉ~~っ! と云う声。
一億五千万と宣言した商人も、呆気に取られて発言者を見ている。
「あれは、教会の枢機卿ですな……」
「教会はメジェド神をどうするつもりなのだ? 眷属と看做すのか、神敵と認定するのか……」
皆が囁き合っている。
どうやらあの法衣の男は、至聖神を祀る教会のお偉いさんであるらしい。
「二億! 他にいらっしゃいませんか? おりませんね? では、このメジェド神の粘土細工は、二億円での落札となります!」
う~む、本日の最高額。
悪夢のような光景だ。
落札した枢機卿とやらは無表情を装っているが、鼻の穴と口元がヒクヒクと動いている。嬉しかったのかな?
対して、でっぷり商人は、悔しそうに歯ぎしりしている。
「にーた、にーた! 皆、メジェド様が欲しい? メジェド様の良さが、広まってる?」
ちょ~っと違うかなァ……?
でも取り敢えず、マイエンジェルは撫でておこう。
「ふへへ……! よくわかんないけど、にーたに撫でられた! ふぃー、嬉しい!」
ご機嫌なようで、何よりだ。
(しかし、渡った先が教会かァ……。別の波乱の材料にならなければ良いんだけど……)
そこだけが、ちょいと気に掛かった。
二億という大台が出たからか、その後のオークションの300万だ1000万だという落札価格が、どうにも少なく感じてしまう。
金銭感覚がマヒするとは、こういうことなんだろうな。
そうして高額商品に適度のネタアイテムを交えつつ、特に波乱も無いままに、十数個のセリが終わって行く。
雰囲気に飲まれているのか、大したことのなさそうなアイテムまで皆が競っていくんだなと、ぼんやり眺めていると、ヘンリエッテさんが俺の頬をつついた。
「ふふふ。ぷにぷにです」
「えぇっ? 何です、急に?」
「次ですよ、アルくんの商品は」
おぉう、ボトルシップか!
メジェド様に心奪われて、すっかり忘れていたわい。
周囲を見ると、再び引き締まった空気が。
何だろう?
まさかボトルシップ、注目商品だったりするんだろうか?
「では、次の商品です。――こちらも皆様お待ちかね! 出品者は大陸有数の大店であるショルシーナ商会! そして制作者は、今をときめく正体不明の大発明家、シャール・エッセン! その手作り品! もちろん唯一品で、他では絶対に手に入りません! 『瓶詰めの船』の登場です!」
おお~~っ! と声があがる。
当然だが、欲しそうにしているのは男ばっかりだ。
「おおお! 待ちわびたぞ! 他の商品を我慢した甲斐があったわ!」
「凄いな! 本当に船がビンの中に入っているぞ!?」
「余人には到底出てこない発想だ! 流石は大発明家!」
「発想だけではありません! 封印されている船のデザインも素晴らしいですよ!」
「うさちゃん、可愛い~!」
うむー……。
思いの外、好評のようだ。
隣で俺の頬をつつきっぱなしのハイエルフ様が、困った風に笑う。
「私もうちの商会長も、まさかここまで注目されるとは思っておりませんでした。……ああいった作品は好事家が絶対に食いつくと予想はしていたのですが、そうでない方までもが欲しがっていますね」
文字通り、『予想以上の反響』だったようだ。
あれを作った身としては、手間暇の割りに誰にも理解されなかった、とかじゃなくて、とても嬉しい。
(え~と、フランソワ……。確かあのバケモノの護衛対象が、ボトルシップを欲しがっているんだっけか)
目を転じると、巨漢のいるあたりの空気も違う。何と云うか、盛り上がっている感じだ。
厚化粧の怪物が邪魔で、ボトルシップを求めているのがどんな人物なのかまでは分からないが。
「では、この『瓶詰めの船』! 10万円からのスタートとなります!」
そして、ボトルシップのセリが始まった。




