第三百十話 きのぱ
ささやかな楽しみと云うのは、誰にでもある。
たとえば風呂上がりから寝るまでの間に酒を傾けることとか、休日に、ちょっと凝った料理を作ることとかだ。
俺にも当然、そういうものがあって、それはマイシスターが眠った後。
俺自身が眠りに付くまでの間に、エイベルとお話しすることだったりする。
尤もそれは、毎日ではない。
試験が近づけば勉強の時間に割り当てるし、ちょっとした木工をやる時なんかもある。
ボトルシップの作成も、この時間だ。
以前はハマグリの加工を、せっせせっせとやっていたりもした。
ものを作ったり本を読んだりするのも楽しいが、矢張り一番価値があるのは、エイベルと過ごす時間だろう。
話していても楽しいし、無言のまま傍にあっても、心が満たされる。
少なくとも、俺はそうだ。
出来ればエイベルも同じでいてくれると嬉しいんだけれども。
と云う訳で、夜の屋根裏部屋にいる。
エイベルの淹れてくれたお茶をすすり、無駄話をする。
マイティーチャーは、俺の作ったマグカップを、フィー同様、とても大切にしてくれている。
それがちょっと、誇らしい。
「……キノコ?」
「そう。キノコ。家族みんなでキノコ狩りに行けたら面白そうだなと思ってさ。エイベルなら、そういう場所に詳しいでしょう?」
「……ん」
ちょっと考え込む仕草をするエルフ様。
別にそんなに真剣に考えなくても、どっかその辺でも良いんだけどな?
「……説得に時間が掛かるかもしれない。今年中は、難しい」
わーい。
高祖様特有の、訳の分からない話がキター。
何でキノコ狩りの話を振って、『説得』という単語が出てくるのか。
「個人所有の山を候補にでも入れているの?」
「……少し違う。私が思い浮かべたのは、聖域のひとつ。『万秋の森』と云う所。私の知る限り、一番キノコが美味しくて、採取が楽しめる場所だとは思う」
また人類が簡単には行けないようなところを……。
「いや、別にそんな凄いところじゃなくっても……」
俺が云うと、ちいさなエルフ様は、かすかに目を伏せた。
「……アルには――」
「うん」
「……アルには、少しでも美しい景色を見て欲しい。楽しい思い出を作って欲しいと思う。だから、『万秋の森』がベストだと判断した」
俺のためかい。
「……違う。私が、アルと行きたいと思った」
むむー。
これでは、「そんな大層なところじゃなくて良いよ」とは云えんわなァ……。
「エイベルの庭園には、キノコはないの?」
「……もちろん、ある。けれど私の庭園の場合、希少種の保存や、食用ではなく薬品の材料となるものが中心になっている。ごく一般的な食用キノコなら、商会が栽培したそれでも、標準以上の味にはなるはず」
まあ、キノコ狩りは『味』よりも『楽しむこと』がメインになるからね。
商会から買ってきましたじゃ、あまりに意味がない。
「……だから少し、時間が欲しい」
「いや、単なる思いつきだから、そんなに頑張らなくても良いからね?」
「……ん。がんばる」
伝わってねぇ。
「それにしても、キノコの話をしていたら、キノコを食べたくなってきたな……」
自分が食べたいと云っているのに、思い出すのは、フィーのこと。
だってうちの妹様は、キノコが大好きだからな。
野菜炒めでもいけるし、シンプルな焼きキノコも気に入っているご様子。
「……キノコスープにでもするの?」
「それも良いんだけどねぇ」
俺は今食べたいものを口にした。
「……わかった。明日、昼までにキノコを採ってくる」
「別に催促したわけじゃ……」
「……私が食べたい」
本当かなァ……?
俺が云いだしたせいじゃないのかなァ……?
エイベルは俺が何かを頼むと叶えてくれようとしてしまうから、ある程度は自重しないといけないね。
(でも耳は触らせてくれないんだよなァ……)
俺が死ぬまでの間に、その望みに届くと良いんだけど。
※※※
「……取ってきた」
と云う訳で、翌日。
朝食を一緒に食べてすぐ。
どこかに出かけていたエイベルが、二時間くらいで戻って来た。
複数のカゴの中に、複数のキノコが別けて入れられている。
「ふ、ふおぉぉおおぉぉ~~~~っ! キノコ! にーた、キノコいっぱいある! ふぃー、キノコ好き! にーたが好き! だっこ!」
キノコを見て大はしゃぎしたマイシスターが、早速反応。だっこをせがんで来た。
いや、だっこ関係ないからな?
フィーをだっこしながら、エイベルの『戦果』を覗き込む。
「おぉ~……! マイタケに松茸、ホンシメジまであるじゃないか! 凄いなァ! どれも美味しそうだ!」
他にも、旬の高級キノコが盛りだくさん。
と云うか、日本だったらこれ、結構なお値段になるんじゃないですかね?
「エイベル、まさかこれ、昨日云ってた『森』で採ってきたの?」
「……違う。行きつけの山がある。そこで採ってきた」
行きつけの山って……。
また妙な単語を。
「よく先を越されなかったね? これだけのキノコなら、地元の人に採られちゃうんじゃないの?」
「……あそこに辿り着くのは、現代の人間の実力では難しいと思う」
はい。
また秘境の類ですね。
きっとデンジャラスゾーンなんだろうな。
「だ、大丈夫だったの……?」
「……問題ない。モンスターの大半は、威圧すれば尻尾を巻く。意にも介さず向かってきた魔物もいたけれど、全て倒した」
やっぱり普通に襲われるような場所なのね。
と云うか、エイベルの威圧をものともせずに襲いかかって来る魔物って、どんなバケモノなんだ?
そんなところでのキノコ狩りは無理だろうなァ……。
「にーた、にーた! このキノコ、どうする? ふぃー、キノコ好き! キノコ食べたい! ふぃー、にーたに、なでなでして欲しい!」
「どうするって云われてもな、想定以上の量と質だぞ」
妹様をなでなでしながら、考える。
いや、考えるまでもないか。
すぐ傍でカゴを覗き込んでいるマイマザーが、目を輝かせて宣言した。
「キノコづくし! キノコづくしよー! これだけあれば、色んなお料理が作れるわねー!」
レシピ売却という不純な動機に基づいて調理をしている俺と違って、この人やドロテアさんは、純粋に料理が好きっぽいからな。
楽しそうにしているのも頷ける。
母さんの言葉に、腕の中のマイエンジェルが激しく反応した。
「キノコづくし!? ふぃー、いっぱいキノコ食べられる!? でも、ふぃーのお誕生日、来月のはず……!」
そこまでのイベント判定を……。
「うっふふふ……。お母さんが、腕によりを掛けて作ってあげるからね? でもその前に、たくさんのキノコを採ってきてくれたエイベルに、ちゃんとお礼を云うのよ?」
「はーい!」
俺とフィーは、声を揃えて返事をした。
※※※
こうして唐突に始まったキノコパーティー。
俺が作ろうとしたものは時間が掛かるので、夜に回し、お昼は別のもの。
けれど、豪勢に行く。
お昼ご飯のメインは、キノコパスタ。
惜しげもなく多種の高級キノコをたっぷりと使い、複数のキノコパスタを作り出すという暴挙に出る。
マイマザーが作ったのは、ニンニクとバターベースのパスタで、使用しているキノコの種類も多い。
一方、俺が作ったのは、シメジを主役にしたシンプルなものだ。
何せ味付けが醤油だからね。
焼きうどんのパスタ版と云う方が近いかもしれない。
そのために、わざわざパスタも太めに作成した。
他、母さんがトマトソースを絡めたものや、ペペロンチーノっぽいがちょいと違うキノコパスタも作ってくれた。
しかし一番の注目は、エイベルの作ったスープスパだろう。
シメジとマイタケをふんだんに使った贅沢料理なのだ。
と云うか、エイベルはうちではあまり料理をしないので、どうしても期待してしまう。
「……私はそこまで料理が得意なわけではないから、リュシカクラスの腕前を期待されると、その、困る……」
俺の視線を受けた高祖様は、恥ずかしそうに俯いてしまった。
(絶対にスープスパから食べよう。場合によっては、それだけを食べよう……!)
他、キノコサラダや、フィーの強い希望で、シンプルな焼きキノコも作成。
パスタが複数あるので、おかずはあまり作らない。残したら勿体ないからね。汁物も、スープスパがあるし。
と云う訳で、完成。
待ちに待ったお昼ご飯だ。
俺もマイエンジェルも作成中、ずっとそわそわしていた。
「あらあら。フィーちゃんだけでなく、アルちゃんもあんなにはしゃぐなんてねぇ。あの子、よっぽどエイベルの作ったお料理が食べたかったみたいね?」
「……ぅぅ」
気まずそうに顔を背けるマイティーチャー。相変わらずの恥ずかしがり屋さんだ。
でも、楽しみにしていたのは本当だからね。
「いっただっきま~す!」
決めていた通り、最初はスープスパに手を伸ばす。
「うん。美味しい!」
キノコ美味いな。
凄く高品質だと思うぞ、これ。
前提の素材が、まずとんでもない。
スープもちゃんと、キノコが主役になるように考えて味付けされているじゃないか。
料理が下手だと、こうは行かない。
どの食材がメインなのかを理解して作らないと、味そのものが、ぼやけてしまうからね。
まとまりは、とても大事だ。
流石はエイベル。弁えている。
「とっても美味しいよ、エイベル」
「……ぅ、ん……。アルが喜んでくれたなら、私も嬉しい……」
凄く照れくさそうだ。
母さんが良かったわね? とか云いながら、親友をヒジでつついている。
「ふぉおぉぉお~~~~っ! にーた、キノコ美味しい! ふぃーが今まで食べた中で、一番!」
そりゃ、その辺の店売り品とは比べるべくも無いレベルだからな。
妹様の言葉を、過大評価だと云いきる訳にはいかない。
たぶん、本当にナンバーワンだろう。
「ふぃー、これ! これとこれが気に入った!」
ホンシメジとマイタケか……。
中々分かっているじゃないか、マイシスター。
「……ん。アルの作ったパスタも美味しい」
エイベルは、俺の焼きうどんもどきを気に入ってくれたようだ。
尤もこれは、スープスパを褒めたお返しかもしれないが。
「素朴なお味なのに、ちゃんとシメジが引き立っているわねぇ」
母さんからも好評だ。
まあ、焼きうどんは、そうそうハズレがないからな。
男のひとり飯では、炒飯と並ぶ鉄板だろう。
「美味しい! キノコ美味しい! ふぃー、にーたのいもーとで良かった!」
マイエンジェルは手当たり次第にキノコ料理を貪っている。
と云うか、キノコの美味しさと俺の妹であることは、あまり関係ないと思うが。
その様子を見たエイベルが、一瞬だけ俺の方を見て、無表情のままに呟いた。
「……この分なら、アルの作る晩ご飯も、きっと美味しい」
「なっ……!?」
そんなハードルを上げるようなことを。
母さんが頷き、フィーが期待の籠もったおめめで、こちらを見ている。
「そうよねー。アルちゃんだもん。きっと凄く美味しいものを作ってくれるわよねー?」
「にーた、もっと凄いもの作る!? この美味しいキノコが、もっと美味しくなる!?」
俺はただ、久々にキノコ料理を食べたかっただけなのに。
恐ろしい。
このふたりの期待を裏切ることが、恐ろしい。
エイベルを見る。
普段無表情のはずの可愛い先生は片目を閉じて、イタズラっぽい笑みを浮かべていた。
「……私にプレッシャーをかけた、そのお返し」
なお、その夜作った、松茸の炊き込みご飯とキノコのお吸い物は、一応喜んで貰えましたとさ。




