第三百八話 シェインデル家での出来事
「ミル、アル、フィール、シェインデル~……。るーるるるー。るるるーるー……?」
シェインデル家に現れた『奇跡の御子』様は、到着するなり、俺の後方でくるくると回転を始めた。
この娘を計ることは相変わらず出来ないけれど、機嫌が良いのは、何となく分かった。
「ぽわ――ミル、久しぶり。元気そうだな?」
「むむん……。元気? お手つき? お肉骨付き……? 王都はお魚より、お肉の方が多い……?」
訳の分からないことを口走りながら、背中に覆い被さってくるぽわ子ちゃん。
それを見た妹様が、怒りの声をあげる。
「ふたりとも、ふぃーのにーたにくっつく、めーなの!」
母さんの腕の中から脱出し、俺の身体にしがみつく。
余程悔しかったのか、既に涙目になっている。
「おお、よしよし。泣くな、フィー」
「うぅうぅぅうぅ~~~~っ! にーたああああああああああああ!」
片手はヒツジちゃんを撫でているので、もう片手でフィーをなでなで。
……同時撫でって、難しいな。
そんな、ちゃんぽんな空気の中で、フローチェ・シェインデル女史による聞き取りが始まる。
と云っても、俺の方針は変わらない。
セロで何があったと云われても、知らない、分からないと、すっとぼけるだけだ。
ぽわ子ちゃんもぽわ子ちゃんで、
「むん……? 星にお願いした……?」
「メジェド様は偉大なる神……!」
「今日はパスタの気分……?」
このみっつを繰り返すだけ。
自分で煙に巻いておいてなんだが、シープマザーの苦労が偲ばれる。
それでもぽわ子ちゃんには、過去に『月神の奇跡』を起こしたという『実績』がある。
だから、今回も『何かやったのかもしれない』と、半分納得もされる。
問題なのは、俺だ。
星騎士とは何なのか?
体調に変化はあるのか?
そんなことを聞かれる。
(そりゃ『星騎士』が何なのか、エイベルに聞いて知ってるけどさぁ……)
云える訳ないし。
そもそも、その言葉を持ち出したのは、ぽわ子ちゃんだし。
そっちに訊いて貰いたいものだね。
「いえ、訊いてますけどね?」
疲れた顔で、俺に向き直る学者先生。
「私はセロ関連の話をしているのに、どうしてキノコとタケノコ、どっちが好きとか、そう云う話に変わっていくのよ!?」
いやぁ……。
ぽわ子ちゃんとの会話は、難易度高いからなァ……。
「そもそも俺には知識がないんで教えて欲しいんですが、『星騎士』って何なんですか?」
「あきゅ~~っ!」
なでなでされているヒツジちゃんが嬉しそうだ。
「……ヨリックがいれば、フロリはこうして、あの人に甘えていたのかしらね……」
知らんがな。
フローチェさんは、咳払いをひとつ。
「星騎士というのは古い伝承にのみ、その名が知られる存在です。魔導歴時代の文献他、長命種の口伝にも稀に出てくると云いますが――キミはエルフ族と親しいのですよね? 何か聞いてはいないのですか?」
「いいえ、全く」
嘘です。めっちゃ聞いてます。
「まあ、エルフは種族全体で秘密主義的なところがありますからね。他種族を信用していないのか、あまり情報を外に漏らそうとはしません。或いは過去を知るが故に、『星騎士』が、ただの噂話だと知っているのかもしれませんが」
「噂話……なんですか?」
「ふへへ……。ふぃー、にーたのなでなで好き!」
「あきゅ! ぁきゅぅぅ~~っ!」
会話の最中も、左右の幼女を撫でっぱなしだ。
なお、ぽわ子ちゃんは俺に覆い被さったまま。
それを羨ましそうに見ているマイマザーと、タルビッキ女史。
あああ。
ふたりとも、乗っかってこなくて良いから。
フィーやヒツジちゃんが潰れたら大変だ。
「ええ。噂話、おとぎ話。そう云う説も根強いですね。何しろ『星騎士』と云う単語はたまに出てくるだけで、具体的な事例がないのです。或いは単なる尊号や称号だったので、実態がないのかもしれませんが」
まあ、大昔の話なうえに、アーチエルフ様たちは、意図的に情報を遮断しているしね。
フローチェさんは、俺とタルタルに挟まれて動けなくなったぽわ子ちゃんに問う。
「そもそも、『星騎士』と云う名は、どこから出て来たのですか?」
「むん……? 星から降ってきた?」
「星……?」
「ついに虫さんを見つけたから~……。そのご褒美?」
「え? あの、云っている意味が」
「虫さん、真っ黒。カサカサと動く……? 空も飛ぶ? でも~……。お料理も得意?」
「…………」
フローチェさんが絶句している。
そりゃあ意味が分からないだろうからね。
あ、頭を抱えだしたぞ?
「……嘘を云っているようにも見えない……。子爵様に、なんて報告をすればいいのかしら」
気持ちは分かるぞ、うん。
ぽわ子ちゃんに負ぶさったままのタルタルが、ドヤ顔で笑い出した。
「奇跡が起きたんなら、それはうちの娘の手柄に決まってるんだから、最初から考える意味なんてないじゃない。私のご先祖様が未来を視た通りに、うちのミルが奇跡を起こした。それだけでしょ? 単純明快なお話!」
「…………」
う~ん、この。
ぽわ子ママンを見るフローチェさんの目は冷たい。
「百歩譲って、貴女のお子さんが奇跡を起こしたとして、そちらの少年が、妙な魔道具をいとも容易く停止させた事実はどうなるのです?」
「それが何かおかしいの?」
今度はタルタルが、シープマザーを哀れむような目で見ている。
「うちの子は未来の救世主なんだから、色んな奇跡を起こすのは当たり前じゃないの。そっちの子に奇跡っぽい何かが発現したのなら、一時的にうちの娘の恩恵に与っただけに決まっているわよ」
「……では、星騎士については?」
「それはもっと簡単。ミルはムーンレインの至宝だもの。そのミルを守る為に、お星様が遣わした守り手。それが星騎士でしょう。うちの子を中心に考えれば、全部解決するじゃない」
勝ち誇ったように笑うタルタル。
一方、その娘。
俺に覆い被さっているぽわ子ちゃんは――。
「……アルは、私を守る為にお星様からやって来た、騎士様……?」
いや。
母親の妄言を信じてどうすんだよ。
第一、星騎士うんぬん云い出したのは、ぽわ子ちゃん本人じゃないか。
肩から顔を出している友人を見ると、
「……ぽっ」
とか云い出した。
眉根を押さえるシープマザーは、諦めたように息を吐き出す。
「……アホカイネン親子からは、情報収集が困難だと云うことがよく分かりました。この話は一旦、保留します。でないと、私がもたないわ」
最後の一言が本音だろうなァ……。
「はあ。『星騎士』も、この親子発だと、適当な物云いだった可能性も考慮に入れないといけないかもしれない……。私の仮説を証明するチャンスだと思ったのに……」
シープマザーには、何かしらの考えやら推論があったようだ。あーだこーだと呟いている。
その中には幻想真言と云う語句もあったから、案外事実に近い推測もあるのかもしれない。
「一回だけじゃ、効果は望めなかったわね……。んん? 一回? そう、回数よ!」
ガバッと身を起こす学者様。
「突然興奮し始める患者!」
タルタルが何か叫んでるが、俺はスルー。シープマザーもスルー。
フローチェさんの目は、俺の腕の中で夢見心地になっているヒツジちゃんにロックオン。
「あきゅきゅ~……! ふぉり、あう! きゅーきゃきゅーっ!」
でれでれ状態で俺の身体を掴んでくる幼女様。
マイボディに容赦なくツノが当たるので、ちょっと痛い。
「アルトくん」
「はい?」
「星騎士についての情報収集は、これからも続けねばならないわ。今後も応じてくれるかしら?」
「――!」
そう云うことか。
願ってもない話だね。
この人はヒツジちゃんの為にそれを思い付いたのだろうが、俺としては母さんやフィーを外に出してあげられる機会が増えてくれるのは、大歓迎だ。
「もちろんです。こちらからお願いしたいくらいです」
アホカイネン親子の受け答えが真っ当なら、結論がどうであれ、聞き取り調査は今回だけで終わっていたかもしれない。
それを思うと、ぽわ子ちゃんの反応は、結果として最良だったのかもしれない。
「ぽわ子ちゃん、ナイス」
「むん……? 身に覚えのない称賛……? ミニ称賛? でも私、褒められるのは好き? ポメラニアンも好き?」
耳元で、るーるる云ってる。
「良かったわね、フロリ。これからも、たまにアルトくんたちが遊びに来てくれるわよ?」
シープマザーが結論を口にすると、それまで俺だけに向いていたヒツジちゃんの視線が、勢いよく、その母親に向いた。
「にゅにゃっ!?」
「ええ、本当よ。ね? アルトくん」
「あう! ふぉり、あーにゃ? あにゅ?」
「え、と……? うん。また会いに来られるよ」
「きゃーっ!」
満面の笑顔で抱きつかれてしまった。
「にーた、めーっ!」
そして激怒しながら抱きついてくるマイシスター。
状況をよく分かっていないぽわ子ちゃんは、やがて考えるのをやめたようだ。
自分の用件を口にしてくる。
「アル。今月、私と一緒に星降りは見られる……?」
向けられるのは、今日一番、純粋な瞳。
さて、俺は夜間の外出が出来るのでしょうかね?




