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妹のいる生活  作者: むい
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第三十話 売り込みをしよう!


「エイベル様、ようこそいらっしゃいました」


 応接室に現れたショルシーナの表情は明るい。

 声の感じも軽やかで、さっき聞いたそれとは雲泥の差だ。


「うふふー。ヘンリエッテちゃんって、気配りできて素敵なのねー?」

「ふふ。ありがとうございます、リュシカさんも素敵ですね。その髪飾りとか、センス良いです」


 その一方で副会長氏と母上が意気投合している。何か波長でも合うのだろうか?

 柔かソファの席順は正面にハイエルフズ。俺の左右にエイベルと母さん。妹様は当然の権利のように、この兄の膝の上に陣取っている。


「本日はアルト様の発明品をお持ち頂けたとか」

「ええ、これです。既存品と被っていなければ良いんですがね」


 以前も述べたように、この国には特許が存在する。

 個人での取得は出来ないし、量産その他マネジメントを出来る訳がないから、権利を商会に買い取って貰う訳だ。

 俺が持ってきたのは、ある調理道具。

 上手く当たれば継続購入が見込めるはずだが……。


「これは……?」

「ピーラーと云います。平たく云えば、野菜の皮むきですね」

「それは包丁で充分なのでは?」

「まあ、試してみて下さい」


 む。

 一目で興味をひけない売り込み品だったのは失敗だったか?

 こればかりは使ってみたことのある人じゃないと、便利さが分かるまい。

 ふたりの反応を見るに、類似品は存在しないようだ。その点はラッキーだった。まあ、商業地区でリサーチした結果だしな。幸運ばかりとは云えないだろう。


 ちなみにピーラーの作成はガドにやって貰った。刃の加工。柄の部分の木工作業など、まだまだ俺の手に余る。鍛冶修行を始めて間もないから仕方がない。


「この俺が台所用品の作成とはなァ……。前にどっかのコックが包丁を作ってくれと云ってきた時ァ、ふざけんなと追い返したんだが……」


 などと云いつつも俺の指示に従ってくれた。優しいのだ、あのドワーフの師匠。

 他にも、俺のトレーニング用品まで作ってくれたりもしている。頭が上がらない。


「ショルシーナ、じゃがいも持ってきたわよ?」


 副会長自らが、わざわざ試し切り用の野菜を持ってきてくれた。誰に指示される訳でもないし、他人に命じることも出来るのに、自分から取りに行くとは。ヘンリエッテさん、おそるべし。


「はいはーい! ふぃー! ふぃーがやるのー! にーたみてて? ふぃー、がんばる!」


 ぴょこぴょこと飛び跳ねながらアピールする妹様。

 元いた世界でも似たような光景を見た憶えがある。

 何故子供という存在は、こんなにもピーラーを使いたがるのだろうか?


(と云うか、フィーよ。商会の人にやって貰わねば、素晴らしさが伝わらないじゃないか)


 まあ、子供が使っても比較的安全であると云えなくもないから、全くの無駄とまでは云わないけれども。


「ふふふ。じゃあ、はい、フィーちゃん。頑張ってお兄ちゃんに褒めて貰いましょうね? それから、充分、気を付けて下さい」


 なのに、じゃがいもを渡してくれる副会長様。……良い人だ。


「ふぃーやるの! にーたすき!」


 右手にじゃがいも。左手にピーラー。両手を天に掲げ、ポーズを取る妹様。

 ちなみにフィーとエイベルは左利きであり、俺と母さんは右利きだ。こっちの世界でも右利きが殆どで、左利きはレアであるらしい。


「んしょ……! ん~しょ……!」


 おお、一生懸命にやっているな。

 工房でピーラーを作って貰った時に怪我しない使い方を教えたが、マイエンジェルはそれを守ってくれている。


「フィー、頑張れ!」

「はーい! ふぃーがんばってむくの!」


 そうだね。皮はむけていないとね。


「へええ……。簡単に剥けるものなのですね。それに、子供でも使いやすいというのが良いですね。調理場の見習いに若い子なんかもいる所もありますし、宿屋の食堂なんかだと、その家の子供が手伝うでしょうから」


 ヘンリエッテさんが冷静に分析している。

 流石はプロだ。愛妹の勇姿に見とれているだけの俺とは違う。


「問題は未経験者へのアピールでしょう。私が最初に云ったように、包丁で充分と思われがちになるわ。そこをクリア出来なければ、便利だろうと安全だろうと、売れることはない」


 ショルシーナ会長は売り込みの視点で見ているのか。

 すると愛娘のがんばりを微笑ましく眺めていた母さんが口を開いた。


「こう云うものは子供が絶対にやりたがるから、どこかしらで体験させてあげれば良いと思うわ。試食品コーナーに一緒に置いておくとか、イベントやお祭りの一部に取り込んでしまうのも効果的かも」


 母上、援護射撃感謝です。売れたあかつきには、恋愛小説を献上致しまする。


「にーた! できた! ほめて!」

「おおお、流石はフィーだ! 偉いぞ~。ほら、なでなで~」

「きゃん、にーた、もっとほめて! もっとなでて! すきッ! にーただいすきッ!」


 満面の笑顔で俺に飛び込んでくる妹様を抱きしめる。

 その間にハイエルフズがピーラーを試している。


「成程、これは便利ですね。使ってみると有用性が更に分かります。あと、制作が容易そうなのも大きいかと。刃の部分と取っ手の部分も別々に発注できるかもしれないですね」

「う、ん……。確かに、売り込み方次第では必須級の調理器具に化けるかもしれないわね」


 良かった、反応は上々だ。

 やっぱり使ってみて貰うと、良さが分かるだろう。ホントに便利なんです、ピーラー。

 俺は営業が得意ではなかったし、その大変さも知っているから、是非頑張って欲しい。


 ショルシーナとヘンリエッテさんはその後も言葉を交わし合い、結論を出した。


「この新しい調理器具の権利を、当商会が買わせて頂きます」

「おお、良かった。ありがとうございます」

「にーた、すごい! にーたすき! ふぃーをなでて!」

「良かったわね、アルちゃん」


 母さんと妹様が祝福してくれている。エイベルも黙って頷いてくれた。

 で、契約だ。

 初回であるし、売れるかどうかは不透明と云うことで、そこまでの金額は出せないと云われた。

 が、実際に貰えたのはそれなりの額だった。気を回してくれたようだ。


 特許に関する支払いは、ふたつに別れている。

 ひとつが今俺が貰った特許の売却金。アイデア料と云っても良い。

 そしてもうひとつが、使用料の発生だ。

 10年間と期間は限るが、売り上げの数パーセントが継続して支払われる。

 これは一見パッとしなさそうな商品が売れた時にトラブルが起こるのを回避するための取り決めなんだそうだ。

 売却金だけだと、


「あの時、安く買いたたかれた」

「何を云っている。売れるかどうかも分からない商品だから高く買い取れないと云ったはずだ」


 などと云うことが起こるんだそうだ。

 もちろん全く売れなくて、貰えたのは事実上、売却金だけだった、なんてこともあるようだけど。

 俺のピーラーは薄利多売になるだろうから、是非にも広まって欲しいものだ。末永く稼げると良いなァ……。


 商談が終わったので本来は解散になる。

 当たり前の話だが、ショルシーナもヘンリエッテさんもとても忙しい人だ。仕事が詰まっているので、遊んでいる時間はない。

 けれど、ふたりは応接室のソファに座ったままだ。


「もしも時間に余裕があるようでしたら、もう少しゆっくりしていってあげて下さい。高祖様と過ごせるとショルシーナが喜びますので」

「なっ!? ヘンリエッテ!」


 メガネっ娘が動揺する横で、エイベルは無機質な瞳をこちらに向ける。言葉には出さないが、「どうする?」と云っているのは明白だった。


「ふふふー。エイベル、少しは構ってあげなさいな。可愛い後輩でしょう?」


 母さんがにこやかに云う。この人も寂しがり屋だからな。そう云った機微にさといのかもしれない。


「……ん」


 魔術の師匠はちいさく頷く。彼女の中で母さんの発言と云うものは結構な重みがあるようで、しばしば意志決定の材料となる。


「あ、ありがとうございます……!」


 ショルシーナ商会長の顔が明るく輝いた。本当に嬉しそうだ。


「高祖様は『大戦役』全てに係わった、我々エルフの救い主ですからね。高貴な生まれと云う部分を抜きにしても、ショルシーナは高祖様の個人的なファンなんですよ」

「ちょ……っ! ヘンリエッテ!」


 メガネっ娘が顔を真っ赤にしている。

 どうやら彼女がエイベルを慕うのは、単に始まりのエルフだからと云うのではないようだ。


(えーと……。大戦役ってのは確か、人類全てが滅亡の危機に瀕した、大崩壊にまつわる三回の戦いのこと……だったよな?)


 一度目が『ニルヴァの聖戦』。二度目が『幻想領域討滅戦』。そして三度目の、『紋章戦争』。

 そのいずれもが、現在を生きる人間族においては歴史ではなく、神話の出来事だ。


「……係わったのではなく、巻き込まれただけ。そもそも係わったというのなら、当時生きていた殆ど全ての生命体が係わり、影響を受けていたと云うべき。戦いに赴いたエルフも、私だけではない」


 面白くもなさそうにエイベルは云う。実際、あまり面白い思い出でもないのだろう。

 神祖より作られしアーチエルフはわずか八人。

 種族の始祖にならなかったエイベルは、世間一般には存在を知られていないか、存在を知っていても実在を疑問視する学者なんかもいるようで、人口に膾炙している始まりのエルフは我が師を除いた七人とされている。

 その七人の殆どが、大戦役のいずれかで落命しているらしい。

 エイベルとショルシーナの温度差は『戦争の当事者』か『英雄譚の聞き役』かの差であろう。


「まあ、でも、良かったわ。ショルシーナが笑顔になって」


 柔らかい笑顔でヘンリエッテさんが云う。

 そう云えば、彼女は俺たちが来る前、来客があったはずだ。

 あの時聞こえた声にはトゲがあったし、きっと不愉快な出来事だったのだろう。


「そう云えば母さん、何でさっきのお客さんが平民って分かったの?」


 コスプレうんぬんのせいで、すっかり訊くのを忘れていたが、それは気になる点でもあった。


「それはわかるわよ。だってあの人が着ていた服、平民会のものだもの」

「その通り。あれは平民会の代表です」


 不機嫌顔に戻って商会長が答えた。どうやら嫌なことを思い出させてしまったようだ。申し訳ない。


「平民会……? てことは――」


 知識として、その存在を知っている。

 と、云うか、地球世界にもあったな、そういう組織。

 そして知識通りであるならば、あの平民会所属の人物は多分。


「ええ。あれは、護民官です」


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