第三百四話 三級試験(後編)
喰らわせることと、喰らわないこと。
実技試験の要点は、早い話がこれだけだ。
そして『喰らわないこと』を手っ取り早く実現するなら、そもそも攻撃をさせなければいいと云う話にもなる。
「う、わわ……っ!」
試験官さんが、俺の攻撃を必死に躱していく。
無詠唱と云うだけで、魔術戦は一方的に優位に立てる。
油断すると、逆に一瞬で拳打が飛んでくる褐色イケメンや、ミニ魔壁でパリングして距離を詰めて来てしまう六級試験の時のオッサンの実力が、やはりおかしかったんだろう。
もちろん、無駄弾は撃たない。
プロテクター各部への攻撃と、詠唱封じのために、顔面に攻撃。
あとは適当に撃っている様に見せて、床に水たまりを増やすだけ。
使用する魔術も、水と氷だけで良いだろう。
「天才と聞いていたが、無詠唱に任せて水弾を撃ちまくるだけか……?」
「いや、年齢を考えたら、それだけでも大したものでしょう」
「左様。あれだけ魔術を連発して、疲れた様子も見えない。あの魔力量は瞠目に値する」
リングサイドでは勝手な品評会が続いている。
まあ、好きにしてくれ。
(仕込みは済んだ)
床はもう、ビッチョビチョよ。
試験官さんは水たまりが滑ると分かっているので、近づこうとしない。
けれども、距離を詰めてくることもない。
たぶん、それだけの身体能力はないのだろう。
(まあ、こちらの魔力切れを待つなら、回避に専念する作戦は間違いじゃないけどね)
いくら俺の魔力量が貧相と云っても、まだまだ全然余裕がある。
余裕がないのは、時間だ。
大切な大切な妹様。
あの子に会いたい。
早く試合を終わらせて、よく頑張ったと、だっこしてあげたい。
なので、さっさと終わらせることにする。
「ほい」
再び放つ、水の魔術。
しかし今度は水弾ではない。
ホースから水を撒くように、俺の掌から、棒状に伸びていく。
床は濡れているのだから、当然、俺から出た水も、そこにぶつかるわけで。
(変換……!)
瞬間、水を氷へ換えていく。
水たまりと結合した水柱は、武舞台に、アーチ状の氷塊を形作った。
「水を氷に換えた!? いや、瞬時に凍らせたのか!?」
「バカな、一瞬だったぞ!?」
凍らせたのではなく、魔力そのものを水から氷に切り替えただけだ。
でも、俺が根源干渉できることは知られたくないので、冷気を周囲にバラ撒いておく。
狙い通り、急速冷却で氷にしたと思い込んでくれたようだ。
「氷魔術師でも、氷をそのまま発射するだけが殆どだ。気温にまで手を伸ばせる能力は、レア中のレアだぞ? 雪精や氷精じゃあるまいに」
え。
それは知らんかった……。
だが、今更後には引けないから、このまま押し通す。
次々と水を撒き、凍らせる。
現場には、氷のバリケードが出来ていく。
対戦相手が水たまりに近づかないなら、それを逆用して通行不能にしてしまえというお話。
もちろん、凍らせる合間合間に水弾を発射して、詠唱も氷の破壊もさせていない。
そして、包囲完了。
氷で出来たガチガチの柵は、見るからに頑強で、逃げ場はなく、こちらへ向かってくることも出来ないだろうよ。
あとは水弾を間断なく発射し続けるだけで良いだろう。
スッと手をかざすと試験官が両手を挙げた。
「降参だ。こちらには、打つ手がない」
降参とかあるのか。初めて知ったわ。
「そこまで。アルト・クレーンプット、合格です」
トルディさんが、終了を告げる。
同時に、また喋り出す外野たち。
「一回も魔術を使わせずに完封したぞ」
「しかし、魔力も発想力も大したものだが、あまり鮮やかと云う感じはしないな……?」
「うむ。どちらかと云うと、力押しに近いからだろう」
「だが、同じことをしろと云われて、何人の魔術師が今の戦い方を出来る? 一瞬でリングを、氷漬けにしたのだぞ?」
「いや、今のはただ単に、『格下』を圧倒するだけの戦い方だ。伯仲した実力の持ち主に、果たして通用するものだろうか? 視覚的効果に囚われてはいけない」
「魔力も技術も凄くても、何か泥臭い感じねぇ……。美しくないわ」
外野からの評価は、そう高くなさそうだ。
まあ、どちらかと云えば『雑』な戦闘方法だったからね。
でも、別に宮仕えしたいと思わないから、これで良いだろう。
そして例のメガネっ娘を見ると、しらけたような表情をしている。
たぶん、今回の俺の戦い方が面白くなかったんだろうな。
けれど、俺の目標は合格を貰うことだから、別に楽しんでくれなくても構わない。
結果が出せれば、それで良い。
一発も貰わずに勝てたんだから、上々だろう。
「トルディさん、もう、帰っちゃっても大丈夫ですか?」
「ええ、大丈夫ですよ。お疲れ様でした。周りがどう云おうと、私は貴方の戦い方を評価します」
対戦者の人も、氷をまたいで傍までやって来る。
「完敗だ。大したもんだよ、キミは。もう一回戦えと云われても、勝てる気がしない。安易に攻略方法を思い付かせない戦い方が出来るのは、優秀な証拠だ」
外野の文句よりも、採点者の称賛のほうが、ずっと嬉しく思うね。
俺はトルディさんと試験官さんにだけ頭を下げて、足早に会場から立ち去った。
※※※
掲示物の展示スペースをスルーして、外に出る。
いや、ホントはジックリと見たいんだけどね。
見始めると、絶対に足が止まってしまうだろうから、敢えて視界に入れないのだ。
変わって視界に入るのは、大切な三人の家族の姿。
俺が出てくる場所のまん前で、待っていてくれたらしい。
何はなくとも、まずは妹様を抱きしめる。
「フィー。ただいま」
「にぃさま、お帰りなさい……」
しっかりと俺を抱きしめるマイエンジェルの声は涙声だが、ギリギリ泣いてはいない感じだ。
これは褒めてあげなくては。
「泣かずに我慢出来て、偉いぞ」
「ひぐ……っ。ぐす……っ。ふぃー、泣かないでがんばった……!」
「うん。お前は立派だ」
「にーた、にーたああああああああああああああああああああああ! ふぃー、寂しかったよおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
「よしよし。フィーは偉いな」
しっかりと撫でてやると、安心したのか、結局、泣き出してしまった。
でも、俺的にはセーフ!
泣かずに耐えたと云うことで。
「フィーちゃん、アルちゃんが戻ってくるまで、ずっと頑張ってたのよ? たくさん褒めてあげてね?」
云われるまでもない。
いつもよりも念入りに、マイシスターの銀髪を撫でつける。
「……アル。お疲れ様」
そしてマイティーチャーは、俺をねぎらってくれる。
「アルちゃんの様子だと、試験は大丈夫そうね?」
「まあ、そう酷い結果ではないと思うよ」
少なくとも、不合格ではない……と思う。
「この後は、いつも通りに商会へ向かうのよね?」
「そう――だね。新しい売り込み品もあるしね」
前回、ちゃんと見ることの出来なかった魔道具店を覗いてみたかったけど、仕方ないね。
「フィー。よく頑張ったご褒美に、商会で何か買ってあげるからな?」
「ふぃー、それより、にーたにキスして貰いたい……」
涙目のまま、ぐいっと頬を突き出してくるので、要求に従い、そっとキス。
「……もっと」
「はいはい」
俺はキツツキ。
無心でつつくのみ。
「ふぃーも! ふぃーも、にーたにキスする!」
うん。
少しは元気が出て来たかな?
「お母さんにとっては、この後が本番ねー」
マイエンジェルが活力を取り戻したことで、母さんも通常運転に。
買い物好きだからね、うちの母さん。
最近は以前と比べて、露骨にステファヌスからの差し入れが減っているから、恋愛小説を買ってあげようと思う。
「ふぃー、にーたの作ったやつ食べたい!」
そして妹様は、エイベルが持ってくれている荷物袋に目を走らせる。
中身は、バイエルン名義の新レシピだ。
エッセン名義の方は、今回は無し。
これまでの発明品の生産でいっぱいいっぱいらしいので、残念ながら見送ることにした。
「あれ、凄く美味しいのよねー。アルちゃんって、やっぱり天才だわー」
自由にキッチンが使えるようになってくれたおかげで、食べ物の開発が出来るようになったのは大きい。
ただ、こちらの部門も今はウナギ関係で、てんやわんやらしいから、いっぺんに売り込むことは難しそうだ。
(食べ物は、もうひとつあるんだけどな……)
用意したものは、ふたつ。
でも片方は、あまりこの親子の興味を惹かないみたい。
話題に出してくれないもんな。
まあ、母さんやフィーは俺の想定する客層じゃないけどさ。
「……私はどちらも気に入った。あれも大したものだと思う」
エイベルは、そう云ってくれる。
この辺は、生活スタイルの差だろうな。
そこが評価の差に繋がっているんだろうと思う。
「ありがとう、エイベル」
「……ん。私はアルの理解者」
「むっ、エイベル。それじゃあ私が、アルちゃんのことを理解してないみたいじゃないのよぅ!」
「めーっ! にーた理解してる、それ、ふぃーだけ! にーたは、ふぃーのなのー!」
フィーが俺にしがみつき、母さんが袖を引っ張った。
エイベルは、どこ吹く風と、俺に微笑を向けている。
結局また、しっちゃかめっちゃかになってしまったぞ。




