第三百二話 お日様VSお月様!
神聖歴1205年の十月。
今日は三級試験の日。
五級試験と違って四級試験は凄く簡単だったが、今回もそうであって欲しい。
ミアに手を振られて出発し、試験会場へとやって来る。
「チラシ配り、増えてるわねー」
母さんが、街路を見ながら云った。
チラシ配りと云うのはアレだね。
例の魔術師至上主義の連中。
取り締まられずに数を増やしているところを見ると、もう偉い人公認なのかしら。
まあこちらは子供と若い母親だけなので、今回も、ほぼ無縁でいられるようだが。
(さて、『謁見ついたて』だ……)
流石にスルーは出来ないよなァ……。
前回、釘を刺されたし。
ポーカーフェイスと営業スマイルで、今回も乗り切ってやるぜい。
フィーを抱えたまま、いつもの場所へ向かう。
『こんにちは』
『こんにちは』
毎度の挨拶。
お月様のような雰囲気を持つ幼女様と、これも変わらず俺を胡散臭い目で睨んでいるお付きの人だ。
村娘ちゃんは、幽邃な瞳で俺を見つめてくる。
まだ幼女なのに、凄い美人さんだよね。
「えっと、どうかしたのかな?」
真摯にして真剣な表情でジーっと見られてしまうと、ちょっと困惑してしまうぞ?
村娘ちゃんはやがて、折り目正しく腰を折った。
「この間は、申し訳ありませんでした」
「ふえ?」
「貴方様を一方的に試すかのような振る舞いをしてしまいました。ただただ、己の不明を恥じるばかりです」
ああ、成程。
俺は追及を恐れていたけれども、この娘はこの娘で、色々と思うところがあったと。
村娘ちゃんは最初から謝罪を決めていたっぽいが、お付きの人には寝耳に水だったのだろう。
目をむいて驚いている。
「いけません! このような胡散臭い平民如きに頭を下げるなど……!」
しかし村娘ちゃんは、それに反駁する。
「誤りがあればそれを認め、正すこと。それこそが人の道であると、わたくしは考えております。貴方の気持ちはありがたいのですが、ここで頭を下げられない非礼な人間に、わたくしをしないで欲しいのです」
「…………」
お付きの人は黙り込む。
代わって、俺を睨んできた。何でだよぅ。
それにしても、村娘ちゃんの気高いこと気高いこと。
穏やかな雰囲気に隠れているけど、中身も外見の構成パーツも、高貴なんだよね、この娘。
村娘ちゃんは従者の非礼も詫び、もう一度頭を下げてくれた。
そして、恥ずかしそうに目を伏せる。
「その、じ、実は……」
「うん」
「前回の邂逅をお母様にお話したら、叱られてしまったのです……」
心底恥じ入っているのか、顔が赤い。
こういう表情は年相応で可愛いな。
「『明確な根拠もなく、親しくしてくれる人を詐術に掛けることはやめなさい。それは相手に失礼なだけでなく、自分の価値も損なう行為なのですよ』と、お母様は悲しげに云われました。わたくしもその通りだと思い、今は、その、汗顔の至りです……」
村娘ちゃんは、しゅるしゅると縮んでいく。
詐術ってのは、ハンカチを使ったトラップのことだろう、たぶん。
王妃様、優しいだけじゃなくて、ちゃんと叱れる人なのね。
それにしても、『良いの悪いの』だけでなく、『誇り』についても指導しているところが、まさに王族って感じだねぇ。
「いや、村娘ちゃんは、何も気にしなくて良いよ。誤解が解けてくれたなら、俺も気にしないからさ」
「誤解――ですか」
あ、あれ……?
村娘ちゃんの海色の瞳が、俺をじぃっと見つめている。
(うっ……! そう云えばこの娘、ハンカチトラップと云う『手段』を謝罪しただけであって、疑念が晴れたとは、一言も云ってないぞ?)
俺は表面上は平静を保ったままで、営業スマイルを貫き通した。
村娘ちゃんは、続ける。
「わたくしは、お母様を救って下さった方に、この身を捧げてでも、お礼をしたいと思っております」
「そ、そうなんだ」
王妃様が助かったのは、月の奇跡のおかげ。
であるならば、月神、もしくはそれを発現させたとされる、ぽわ子ちゃんに感謝の気持ちは向かうものじゃないのかな?
何で執拗に、『ハンカチの持ち主』を捜すんだよぅ。
「……わたくしのお母様は、とてもお優しいのですが――」
「う、うん?」
「あまり嘘が上手な方ではありません」
まあ、腹芸に向くタイプには見えなかったよね、うん。
「ご自分が治ったのは、月の女神様のおかげだと口にされるのですが――目が泳ぐのです」
お、王妃様ーーーーっ!?
「そして次に、ハンカチを見るのです」
誰だよ、現場にハンカチを残したアホは!? しばくぞ!?
村娘ちゃんは、俺を見据えたままで云う。
「お母様に叱られ、わたくしは思い直しました。慈愛の手を差しのべて下さった方は、きっと自らの功を誇らない、奥ゆかしい方なのだと。器の大きい方なのだと」
うん。
奥ゆかしいとか器が大きいんじゃなくて、ただ単に名乗れない事情があるだけだと思うぞ?
「ですので、わたくしは考えたのです。その方が秘すならば、秘密を暴き立てるようなことはやめるべきだと。尽くすことで、ご恩に報いるべきだと」
熱のこもったマリンブルーの高貴アイが、しっかりと俺をロックオン。
「その考え方は立派だけど、対象を間違えないようにね?」
「はい……!」
だからさ、その潤んだ瞳は何なのさ!?
「めーっ!」
そして、腕の中から響く、エンジェルボイス。
マイシスターは、よじよじと俺の身体をよじ登って、顔にしがみついた。
息苦しいし、前が見えない!
「にーた見る、めーなの! それ、ふぃーだけなの!」
「そんな……。見ることも禁止なんて……」
「めーったら、めー! むらむすめちゃん、危険なの! ふぃーのぶろっくりすと? ぶらっくりすと? に、入ってるのー!」
ぐいぐいと押しつけられるマイシスターのお腹。
視界を封じられた世界に、拗ねたような声が響く。
「むぅ……!」
あ、あれ?
これ、フィーの声じゃないよね?
「みゅっ!?」
そして、戸惑うような声。
こっちは妹様のものだ。
俺にしがみついていたはずのマイシスターの身体が、顔から剥がれる。
ストッと腕の中にフィーが納まった。
視界がクリアになり、ちょっぴりほっぺを膨らましている村娘ちゃんの姿が見える。
指を一本立てているが、まさか魔術を使ってマイエンジェルを動かしたのだろうか。
「魔術使われた! ふぃー、魔術でどかされた!」
そうだったらしい。
まあ、ついたての向こう側から物理的にフィーを排除できる訳ないし。
(使ったのは、風の魔術か? 見てなかったから、よく分からんが)
村娘ちゃんって、お淑やかで穏やかだけど、割と頑固な部分があるのを最近知ったが、これもその一環だろうか。
「さ、三ヶ月に一度の語らいなのです。少しくらい、譲って下さっても良いではないですか……!」
「時間の長さ、関係ない! にーた見るのも、喋り掛けるのも、それ自体が、めーっ!」
再びよじ登ってくる俺の日だまり。
しかしすぐに、ぽすんと腕の中に落ちてきてしまう。
今度は見ていたはずだが、どんな魔術を使ったのか、見当が付かない。
「みゅー! みゅーぅ!」
フィーが悔しそうにしている。
魔術を使って応戦することに思い至っていないのは、幸いだったと云うべきだろうか。
「にーた! 撫でて! ふぃー、なでなでして貰わなければ、やってられない!」
そんな「飲まなきゃ、やってられるか!」みたいに云われても。
しかし、フィーとは試験が始まれば離ればなれだ。
『ご機嫌メーター』を上げておかないと、泣き出してしまうかもしれない。
「ほ、ほーら。なでなで~」
「きゅふううううううううううううううん! ふぃー、にーたのなでなで好き! もっと! もっと、なでなでして?」
すぐに機嫌なおるよなァ……。
ホッと一息つくも、俺は自分が迂闊だったことに気付いた。
「う、うぅぅ~…………っ!」
村娘ちゃんが、口を尖らせている。
「大切な人に撫でていただくなんて、ズルいです……!」
あ~……。
そうだよなァ。
村娘ちゃんたちの親子は、撫でて貰うことも、撫でてあげることも、出来ないんだもんな。
ちょっと無神経だったか。
「村娘ちゃん、何か、ごめんね――わぷっ!?」
「にーたも、むらむすめちゃん見る必要ないの! ふぃーだけ! ふぃーだけを見るの!」
すぐにご機嫌ナナメに戻ってしまった妹様が、俺の顔にボディアタック!
「むぅ……!」
しかしすぐに、謎の魔術によって『ふりだしに戻る』。
結局、今回もろくろく話が出来ないまま、時間ギリギリまで、太陽と月の争いは続いたのだった。
しまらねぇな!?




