第三百一話 九月の終わりと十月の予定
「う~む……」
俺は、あぐらをかいて唸っていた。
十月の予定を考えていたのである。
(九月も、もうすぐ終わる……)
普段は訓練と勉強くらいしかやることがないが、十月には予定がみっつもある。
まず、三級試験。
魔道具技師の資格が欲しいので、これは絶対。
村娘ちゃんには色々と疑られているが、とぼけ通す以外にない。
初段位まで取得したら、後は会おうと思っても会えないだろうしね。
あと数回、誤魔化すだけで良い。
次が、星降り。
これはセロの祭りと違って単なる流星群だが、綺麗なので見物客が多い。
この星降り鑑賞に、ぽわ子ちゃんから誘われている。
トゲっちは性格がひん曲がっているので、外出許可をくれないだろうから、行くならエイベルに頼んで抜け出すことになるが、そこまでするかどうか、悩むところだ。
最後に、魔導復古学者であるフローチェ・シェインデル女史からの呼び出し。
これはセロ大災厄の時の『星騎士』関連で、顔を出さなければならない。
それだけなら、「なんだか面倒臭いなァ」で終わりなのだが、西の離れに届いた手紙には、ヒツジちゃんがとても寂しそうにしているので、会ってあげて欲しいと書かれていた。
ぶっちゃけ、ぽわ子ちゃんが思いつきででっちあげた『星騎士』の話よりも、ヒツジちゃんを元気づけてあげたいと云う気持ちの方が強い。
これに関しては、ぽわ子ちゃんとタルビッキ女史もフローチェさんの所に来るらしいので、星降りに応じるかどうかの返事は、それまでに決めなければならない。
俺がうんうんと唸っていると、元気の塊。太陽のような女の子様が、飛び付いてきた。
「にいいいいいいいいいいいいいいいいたあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
うん。今日もご機嫌だ。
満面の笑顔で俺に頬ずりをしている。
「にーた、唸ってた。また、むつかしいこと考えてる?」
「別に難しくはないかなァ……。十月の予定を、ちょっとね?」
「じゅーがつ?」
顎に指を当てて小首を傾げる妹様。
しかしすぐに、頬ずりを再開し始めた。もちもちほっぺが柔らかい。
「にーた、来月もふぃーと楽しく過ごす! それだけのはず!」
いや、だけってこたァないだろう……。
「秋はキノコ美味しい、エイベル云ってた! ふぃー、キノコ好き! にーたが好き!」
そうだねぇ……。
この娘をキノコ狩りとか、連れて行ってあげたいね。
今年は無理だろうけど、エイベルに相談しておこうかしら?
「にーた! ふぃー、今日はボールで遊びたい! ボール跳ねるの楽しい! ふぃー、笑顔!」
「そうだなァ……」
別に十月の予定は、今確定しなければいけないわけじゃなし。
気分転換も兼ねて、フィーと遊ぼうかな?
「わかった。庭に行こうか」
「やったあああああああああああああああああ! ふぃー、にーたにボールで遊んで貰える! ふぃー嬉しい! ふぃー、幸せ! ふぃー、にーた好き!」
上機嫌で、ぴょんぴょことジャンプするマイエンジェル。
そのタイミングで、ノックの音がする。
「アルトきゅ~ん、いますかぁ?」
「ん? ミア? 何?」
「アルトきゅんに、お客様ですよー? エルフの商会長さんですねー。お通ししても、良いですかねー?」
ショルシーナさんが来たのか?
何だろう、今朝の『イーちゃん文通』では、別に商会長が我が家に来るって書いてなかったけれども。
「良いよ。入って貰って?」
俺は即答してしまい、己の迂闊さを呪った。
ボール遊びを楽しみにしていたマイシスターが、泣きそうな顔になってしまったのだ。
※※※
「突然にお邪魔して、申し訳ありません」
テーブルに着いた商会長は、そう云って頭を下げた。
俺よりも、フィーに謝っている感じだ。
まあ、入室してすぐに涙目で睨まれたら、萎縮もするだろうよ。
なお、妹様は、『不機嫌そうな笑顔』と云う、何とも形容しがたい表情で、お土産のケーキを頬張っている。
ボール遊びが中断されたことにはお冠だが、ケーキは美味しいので、こうなっているのだろう。
相変わらず、感情に正直な子だ。
フィーが食べることに集中して静かになったからだろう。
ショルシーナさんは、ソワソワと周囲を見渡す。
「あの、アルト様」
「はい?」
「え、エイベル様は、どちらに? ハイエルフのひとりとして、あの方への挨拶は欠かせませんから」
この人、うちの先生のこと大好きだからなァ。
まさか俺に用事とか云っておいて、その実、エイベルに会いに来たんじゃあるまいな?
だが、残念。
「エイベルなら、ここにはいませんよ。なんでも、集中して手を入れている植物の世話をしなければいけないとかで、朝早くから出ていきましたけど」
「くっ……!」
そんな露骨に顔を歪めなくても。
俺の視線に気付いたのか、商会長は咳払いをひとつ。
表面上は平静を取り繕う。
「本日こちらへ伺ったのは、他でもありません。発明者としてのアルト・クレーンプット様に会いに来たのです」
「はあ、発明ですか。何か俺、失敗でもしましたかね?」
「いいえ、とんでもない! 新進気鋭の発明家、シャール・エッセンの名は、徐々に浸透してきておりまして、問い合わせも多いのです」
問い合わせねぇ……。
俺が作ったのって、爪切りとかえんぴつ削りとか、地味なのばかりだと思うけど。
「とんでもない! 特に四級試験後へ当商会へ持ち込まれたふたつの品は大変好評で、生産が追いついていない状況です」
「え、あれが、ですか……?」
俺が商会へ持ち込んだもの。
それは、安全ピンと、糸通しだった。
フィーは母さんから編み物を習っているが、そのうち裁縫にもチャレンジすると云ったので、この娘のために作り出したのだ。
「もちろんです! 当商会所属の裁縫職人やお針子たちにも、とても好評です。特に糸通しは、目の悪くなった女性にも需要が高いのです。お孫さんの為に衣服を縫う年配の方もおりますし、被服業者からも大量に注文が入っております」
「そ、そうですか。それは良かったです……」
この世界、まだ手縫いばかりだからな。
予想以上に需要があったみたいだ。
(ミシンとか、そのうち作りたいが――)
確かミシンの開発者って、
「こんなものが出来たら仕事が無くなる!」
って、手縫いの業者たちに襲撃されたことがあるんだよな……。
まあ、その辺は追々考えるとしよう。
「それから、ですね」
商会長は、咳払いをひとつ。
「ヘンリエッテから聞きましたが、アルト様は、料理開発者としての名義は、別にされるつもりだと」
「あ、はい。そうですね。色々なジャンルを同一人物が作ってるってのは、無駄に注目を浴びそうなんで、出来れば別にしたいと思っています」
これもリスクの分散になるのかな? よく分からないや。
「名義を使い分けされるのは、もちろん構いません。ですが、こちらの都合で申し訳ないのですが、早めに決めて頂きたいと思い、本日は、やって来たのです」
「うん? 何か急ぎの理由があるんですか?」
俺が問うと、「なに云ってるの」みたいな顔をされてしまった。
「ウナギですよ! ウナギ! アレは本当に凄まじいものです。商会幹部で試食会を行いましたが、皆が目の色を変えておりました。当商会の目玉になると、皆が口を揃えて云っております。もちろん、全面協力してくださるヴェーニンク男爵家でもです。漁業権と湖沼の占有が完了し次第、大陸中に大攻勢を掛ける予定ですが、肝心の開発者の名前が空白のままですから」
「あー……」
うな丼を食べられたら満足して、すっかり忘れてたわ。
名前ねぇ……。
適当で良いか。
「じゃあ、バイエルンで」
「バイエルン、ですか。それが料理開発者としての、アルト様の名義なのですね?」
エッセンだから、バイエルン。
ちょっと短絡的だったかな?
と云うか、マズいかな? 俺の名前、アルトだし。
「承知致しました。では、バイエルン様で。バイエルン様の新商品にも、期待しております」
「うん。任せてよ」
何せ地球産のレシピなら、まだまだあるからな。
バイエルンは、ウナギだけの一発屋では、ないのだよ……。
「それから、これはフェネルに聞いたのですが、アルト様は、セロで特別なドリンクを開発されたとか」
「ああ、スポーツドリンク? 今、冷蔵庫にあるんで、飲んでみます?」
「是非」
「ふぃーも! ふぃーも飲む! あれ、甘くて酸っぱくて、ふぃー好き!」
ケーキにスポーツドリンクとか、太るぞ?
俺はコップを、ふたりの前に置いた。
口に含んだショルシーナさんは、目を見開いた。
「これは……! 素晴らしい飲料ですね! 間違いなく需要があるでしょう!」
こちらも、商会長様に太鼓判を頂いた。
まあ、地球世界でも売ってない店はないレベルの商品だしね。
「こちらも是非、当商会で買い取りをさせて頂きたいのですが」
それは構わないけど、これって、セロで皆が見てる前で作っちゃったんだよね。
だからスポーツドリンクをバイエルン名義にすると、芋づる式にうな丼の制作者もバレてしまう訳で。
(ん~……。そっちは本名にするか? それとも、スポーツドリンクのみの名義を作るか……)
ともかく、『バイエルン』の手柄にするわけにはいかないね。
俺が拱手していると、ショルシーナさんが、壁際の台の上に置かれているものに気がついた。
「あの、アルト様。あれは……?」
「ん? あれ? ああ、あれですか。何って云われても、ショルシーナさん、知ってますよね、アレを」
彼女が見たものは、俺が商会に売り込んで玉砕した、ボトルシップだった。
確か、手間暇掛かりすぎて、商品にならないとか云われたんだよな。
なので、今飾ってあるものは、俺が木工の練習と趣味で作った自分用のものだ。
前回は一本マストの『コグ船』に似たシンプルなデザインだったが、今回は少しだけレベルアップ。
バスコ・ダ・ガマの『サン・ガブリエル号』に近いデザインとなっている。
ただし、帆に描かれているのは、妹様の強い希望で、うさぎさんのイラストだ。
海賊チックに、眼帯をさせている。
「せ、精巧な出来ですね……。まさかあれも、ピンセットで……?」
「ええ。だいぶ時間が掛かりましたけど」
生のままの魔力も動員しているので、実際はピンセットのみよりも、ずっと効率が良かったが。
「あの……。あれも買い取ることは出来ませんか?」
「えぇ? あれをですか?」
何でも前回売ったボトルシップは、貴族達の間で密やかな話題になっているらしい。
商会にも「なんとか手に入らないか?」と、数件の打診があったとか何とか。
「あれひとつだけだと思っておりましたし、アルト様が『新作』を作っているとは思いませんでしたので、お客様方にはお断りをしていたのですが……。現物があるならば、是非とも欲しいのです」
「う~ん……」
どうするかなァ……。
趣味で作ったものだしなァ……。
でも、お金になるなら、それに越したことはないしなァ……。
迷った末に、俺は売却することにした。
値段を聞くと、予想外の答えが返ってきた。
「こちらは大変素晴らしい出来なので、十月のオークションに出品しようと思います。いかがでしょうか。アルト様も時間がありましたら、オークションの見学をされてみては?」
オークション!
そう云うものもあるのか!
と云うか、また十月か!
時間、取れるのかな?
「私の誕生月も、十月なんですねー」
どこかから、そんな声が聞こえた気がした。




