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妹のいる生活  作者: むい
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第二百九十九話 武奈伎、美味しや 美味しや、武奈伎(中編)


「…………!」


 深皿を抱えたエイベルが、無言でぷるぷると震えている。


 なんだか珍しい光景だ。

 マイティーチャーがこういう反応を示すのは。


「……私も、ウナギや沼ドジョウは何度か食べたことがある」


 そりゃ、長生きな上に旅暮らしの多い御方ですからね。

 別段、不思議はございやせん。


「……けれど、いや。だから、『これはこの程度』と見切りを付けていた……。まさか調理方法を変えて、ソースを塗り込むだけで、こんなに美味しくなるなんて……」


 よく分からんが、気に入ってくれたようだ。


「……アル」

「はい」

「……この製法は、エルフ族の秘法とすべきと思う」


 あの、俺って、前世も今世も人間族なんですが……。


「……大丈夫。アルの身は既に、エルフ族のもの。名誉エルフ族と呼んでも差し支えない……」


 何その設定。

 いつの間にかに、俺の身柄がそんなことに。


「秘法って、調理法の拡散を防ぐの?」


「……違う。商会に特許を取らせ、流通をコントロールすべきと云うこと。この美味しさを他のものが知れば、きっと乱獲が始まる……」


 何を大袈裟な、と云えないところが、人間族の業の深さだろう。

 地球世界でも、稚魚の減少とか報じられていたからね。


 いずれにせよ、エイベルはウナギにそれだけの価値があると考えたようだ。

 ……ただ単に、気に入っただけなのかもしれないが。


「…………」


 マイティーチャーは無言で、自分の取ってきた沼ドジョウの入ったタライに目をやっている。


「エイベル?」


「……もっと取ってくれば良かった……」


 乱獲うんぬんを口にしておいて、そのセリフですか。


(と、云うか、そんなに気に入ったの?)


 エイベルはフォークでウナギを持ち上げ、マジマジと見つめている。


「……ふっくらと焼き上がった身に、アルの作ったソースがよく合っている。沼ドジョウの美味しさは、このソースの力が大きい」


 まだ未完成ですけどね、そのタレ。


 エイベルはウナギ越しに、俺を見る。


「……リュシカもこれを、絶対に気に入るはず。そして、フィーも」


 いや、母さんは兎も角、うちの妹様、何でもかんでも「美味しい美味しい」と云って食べるから、気に入るのは順当だと思うぞ?


 なお、俺とエイベルの大事な家族であるクレーンプット母娘は、大のお気に入りであるハンモックでお昼寝中。

 あのふたり、基本的に身体的欲求に正直なので、よく食べ、よく眠る。


 ふたりの就寝中に俺が料理の練習をすることは、母さんに伝えてある。


「火を使ったり刃物を使ったりするんだから、絶対に大人と一緒じゃなきゃダメよ? これはアルちゃんがいくら天才でも、ちゃんと守ってちょうだいね?」


 マイマザーにはそう云われたけれど、一緒してくれる人って、エイベルかミアくらいしかいないからね。

 部屋の隅で眠り続ける駄メイドは、一応、まだ未成年ではあるけれども。


 と云う訳で、ウナギの実験を、エイベルに手伝って貰っていたのだ。


「……アル。おかわりをしても?」


「別に構わないけど、夕飯は大丈夫?」


「……最悪、抜くから問題ない」


 食べてあげないと、母さんが悲しむ気がするが。


 エルフの高祖様が手ずからご飯をよそっていると、欲求に正直な親子が、匂いを嗅ぎつけてやって来てしまった。


「みゅみゅーっ!? この中から、凄く美味しそうな匂いがする!」


「あああ~……っ! 何なの~? 起き抜けにこの匂いは、反則だわー」


 勢いよく開かれる扉。


 母さんは調理台の方に突撃し、マイエンジェルは、俺に飛び付いてきた。


「エイベル! その美味しそうなのは何ッ!?」


「にーた、にーた! 何食べてる!? ふぃー、お腹減った! なでなでして!」


 まあ、こんな風になるんじゃないかと思って、多めに作ったんだけどね。


※※※


「美味しい……ッ! 美味しいわー! 流石は私のアルちゃん! お料理も天才ねー!」


「ふぃー、これ気に入った! ご飯が進む! にーた好き!」


「凄いですねー! 美味しいですねー! 信じられないですねー! あの沼ドジョウさんが、途方もないご馳走になってしまいましたよー!?」


 まるで欠食児童のようになった三人が、うな丼を貪り食っている。


 既におかわりをよそっていたエイベルは難を逃れたが、俺は自分の食べかけすら、フィーと母さんに奪われてしまった……。


 今は追加のウナギを調理中……。


 タレの匂いが立ち上ると、三人+1がフライパンを見つめてくる。


「はわわ。たまらない香りですねー。まずいですねー。食べ過ぎてしまいますねー」


 仕事に戻る気のないミアが、しだらなく涎を垂らしている。


 垂れていないだけで、フィーと母さんの様子も似たようなもんだ。

 エイベルは無表情を保ったが、愛用のフォークを握りしめたままになっている。


「これ売れそうかな、って訊こうと思ったけど――その必要はないみたいだねぇ」


「売れるわー! 絶対に行けるわよー! 流石は私のアルちゃんねー」


「専門店が出来てもおかしくない出来ですねー。我がヴェーニンク男爵領の特産品にしたいくらいですねー」


 マイマザーとミアが、すぐに答えてくる。

 一方フィーは、母さんとミアを見て、自分も何か云わなければと思ったのだろう。

 ちょっと考えて、


「ふぃ、ふぃー、にーた好き!」


 俺に抱きつく道を選択したようだ。


 結局、俺以外の女性陣で炊いたご飯を完食。

 俺だけが食いっぱぐれた……。


 まあ、タレの味などは何となく理解出来たから、無駄にはなるまい。


 そして一通り味わい尽くしたエイベルは、独り言のように、ぽつりと呟いた。


「……呼ばなければならない。ショルシーナを」


 えぇっ!? 

 会長さん、いつも忙しそうなのに、呼びつけるの? 

 何でよ?


※※※


 翌日。


 西の離れの二階に、ハイエルフたちが集結していた。


 商会長のショルシーナさん。

 副会長のヘンリエッテさん。

 その懐刀のフェネルさん。

 横着エルフのミィスに、エイベルの庭園のガーデナーであるヒセラまでいる。


 ヤンティーネも来ているが、ウナギの機密を守る為に、この部屋ではなく、階段の前で槍を持って仁王立ちしている。


「誰も通すな」と云う命令を、本気で完遂するつもりなのだと思われる。

 ……あとで差し入れを持っていってあげよう。


 俺にとっては馴染みの人たちばかりだが、一緒にいるガドが、


「国ひとつ潰す相談か? それとも、竜の山首領にでも討ち入るつもりか」


 とか云っているから、錚々たる顔ぶれなのだろう。


 なおガドには必要そうな道具の発注と相談のために来て貰っている。

 いつもお世話になっているから、単純にウナギを食べて貰いたいと云う気もあるけれども。


 他にいるのは、我がクレーンプット家の面々と、給仕としてミアに働いて貰う。


 偉大なる高祖であるエイベルに挨拶した後、ショルシーナ会長がガドを見て、首を傾げた。


「あの、貴方からは、ただ者ではない気配がするのですが、もしや高名な鍛冶士だったりするのでしょうか?」


「いや? 俺は無名だぜ? この歳でも、未だに修行中の身だ。名乗れる名はねぇなァ」


「そう、ですか……?」


 訝しそうに、首を傾げている。


 そう云えば、ヤンティーネ以外の商会メンバーは、ガドがここにいることを知らないんだよな。


 ヘンリエッテさんはエイベルを見た後に頷いたから、たぶん、気付いたのだろう。


「んで、何でお前がここにいる? ヒラなんだろ?」


 ガドが太い指でミィスを指さした。

 久々に見たちんまいエルフは、ガドの知り合いであるらしい。


「いやですね。私はハイエルフ一の忠誠心を持つ女ですよ? 高祖様に挨拶に伺うなら、真っ先に手を挙げるのは当然ではないですか」


 相変わらず、人を食った性格だ。

 ドヤ顔には、アリアリと『嘘です』と書いてある。

 そもそもこのエルフ、エイベルが商会にいるときも別に挨拶にも来ないしな。


 ショルシーナ会長が、エイベルに頭を下げた。


「すみません、エイベル様。ミィスに面白そうだと嗅ぎつけられ、付いてこられてしまいました」

「……別にいい」


 エイベルは気にしていないと。興味もなさそうだ。


 商会長は、ミィスに向き直る。


「ミィス。貴方は、こちらのドワーフの方とは、知り合いなのですか?」


「ええ。呑み仲間のひとりが、そのドワーフの関係者なのです。そちらの方もドワーフなのですが、賭け事が弱くて弱くて、いやぁ、助かりますね。給料日前なんかは、特にです」


「貴方には、あとでお話があります。商会に戻ったら、私の部屋へ来るように」


「えぇっ!? 何故ですか!? 関係性を答えただけでお説教とか、意味不明にも程がありますよ!?」


 騒ぐハイエルフふたりを尻目に、ヘンリエッテさんが俺の前へとやって来る。


「こんにちは。アルくん」


「お久しぶりです――って、どうして俺のほっぺをつつくんですか?」


「ふふふ。素敵な感触です」


 相変わらずの、柔らかい笑顔。

 母さんにだっこされているマイエンジェルが起きていたら、激怒案件だったろうな。


 そしてヘンリエッテさんが、もう一度俺の頬に手を伸ばそうとした瞬間、ひょいと身体が持ち上げられてしまった。


 横から出て来たフェネルさんが、俺を抱き上げてしまったのだ。


「こんにちは、アルト様。お変わりないようで、何よりです」


「いや、あのフェネルさん。これは一体……」


「特権の行使です。時と場所を選ばずと、云ったじゃないですか。フフ」


 そんな、フフとか笑われても。


「フェネル。いきなり何をするんですか? 私がアルくんと話していたのですよ? 久しぶりに、ほっぺに、触ろうと思ったのですよ?」


 笑顔のままで、ヘンリエッテさんが部下に問う。


 副会長直属の部下も、笑顔で返した。


「これは私がアルト様から頂いた、『だっこ特権』です。それが、何か? 副会長」


 俺的『笑顔の似合うエルフ』ふたりが、笑顔のままで見つめ合っている。

 無言なのが怖いよ!


「ひえぇ~~っ!」


 そして向こうでは、エイベルに挨拶をしようとしたヒセラがテーブルにぶつかり、上に乗っていたコップを落として割ってしまった。


「も、ももも、申し訳ありません~~~~っ!」


 エイベルの水瓶を割ってしまったのって、あの子だったよね、確か。

 ドジなのだろうか?


 酷い状況だ。

 あちらこちらが、騒がしい。


 大丈夫なのか、この試食会。


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