第二百九十七話 コン・ヴォー
「アルト様。試作品を持って参りました」
神聖歴1205年の九月。
戦闘訓練の日に、ヤンティーネがたくさんの得物を持ってきた。
それは、数々の武器。
今年の六月に六歳の誕生日を迎えて以来、実戦を想定した武器術の訓練が行われている訳だが、それ以前に、ちょいと適性を見てみようと云うことになっていた。
まずは俺が希望していた槍。
そしてオーソドックスな武器である剣。
このふたつを予定通り教わり、その間に、色々な子供用の練習武器を作って貰って、一番しっくりくる武器をメインにしたらどうかと云うことになっていたのだ。
ずらりと並ぶ、多様な得物。
斧やら鎚やらの定番はもちろん、鎖分銅みたいな変わった武器もある。
剣にしても、長いの短いの、片刃、両刃、曲刀、直刀、ショーテルのような変則的なものまで、様々だ。
これをわざわざ俺のために用意してくれたと思うと、なんだか申し訳なくなる。
だって、全ての武器を使いこなす技量は俺にはないからね。
ひとつふたつに絞らざるを得ない。
つまり、大半は無駄になる。
「気にしないで下さい。余った武器は、我らエルフ族の子供にでも使わせますから」
あ、完全に無駄になる訳じゃないのね。
それは良かった。
(しかし、変わった武器が多いと、見ていて楽しいな)
それでも、俺が選ぶ基準は、『安全かつ楽に戦えるかどうか』だ。
槍を選んだのだって、長柄物の方が基本は有利だからだし。
「アルト様の開発された『十手』は、流石に今回の武器にはありません」
いらんいらん。
作った俺ですら、アレが実戦で使えるとは思ってなかったよ。
ふつうに振り回していたブレフがおかしいんだ。
「ティーネのオススメはどれ?」
「そうですね。短剣でしょうか? アルト様は槍術を学んでおりますので、短剣術を覚えておくと、懐に入り込まれたときに落ち着いて対応出来ますよ?」
一理ある。
地球世界でも肉厚の短剣を装備しておいて、戦場では接近戦でそれを鎧の隙間から差し込んで敵兵を倒したというし。
「ん~……。網は無いねぇ」
「網、ですか?」
古代ローマの剣闘士には、網を投げて相手の動きを封じる者もいたと云う。
『安全に倒すこと』が俺の目的なので、投網術があるなら、学んでおきたかったが。
「おっ、フレイルもあるのか。これはちょっと、試してみたいな」
腕力が無くても戦える武器は大歓迎。
トゲ付きの鉄球が、兜の上からでも相手を叩き潰してくれるだろう。
ハンマーと違って遠心力も助けてくれるから、力が無くても振るえるし。
あ……。
持ってみると、結構重いわ。
鉄球がぶら下がっているんだから、考えてみたら当然か。
やっぱ訂正。
多少は力が要るね、フレイル。
「……アルト様は、見た目で武器を選択しないのですね。幼子や若者は、兎角デザインやイメージ重視で武器を選びがちなのですが」
「生きるためだもん。機能性重視は当然でしょう」
覚えておいて便利そうだと、後は暗器術か。
流石に『袖箭』は用意されて無いな。
袖箭とはバネを仕込んだちいさな筒だ。
これに小型の矢をセットし、袖の中に隠しておく。
で、こっそり発射して相手を殺すと。
(不意打ちなら魔術でも出来るけど、それだと自動的に『犯人は魔術師だ』になるからね。『誰でも使える武器』で仕留めてこそ、犯人不明に持ち込めるって寸法よ……)
何か、自衛の手段の為の武器選択なのに、いつの間にか暗殺関連を考えてるな。
物騒だぞ、俺。
「むむむ。矛もあるのか。同じ長柄物でも、ちょっと違うからな」
「矛を選択したいのであれば、まずは槍術を覚えてからをオススメしますが」
矛は刃先が両刃の剣のようになっている。
だから突くだけでなく、斬ることも可能だ。
一方、槍は刺すことがメイン。
それでもティーネは、長柄物の基本は槍にあると考えているようだ。
(作って貰ってなんだが、結局は槍メインかなァ……? 短剣術はオススメ通りに抑えておいた方が良いだろうけど。後は、弓を試してみて……)
ブツブツ考え込んでいると、フィーをだっこしたマイマザーがやって来た。
妹様は、お昼寝中だったのだ。
「んゆ……?」
外に出たからか、それとも俺の気配に気付いたのか、マイエンジェルが目をさます。
「ふへへへへぇ~……! にーただぁぁあぁ~~っ!」
両腕を伸ばすマイシスター。
絶妙なタイミングでパスしてくれるマイマザー。
俺の腕の中に入ってきたフィーは、とろけるような笑顔を見せた。
「好き……っ! 好きッ! ふぃー、にーた好き! 大好き!」
ちゅっちゅちゅっちゅとキスの雨を降らされてしまった……。
「にーたも! にーたも、ふぃーにキスして?」
「ほら。ちゅっ」
「ふ、ふへ……ッ! ふへへ……っ! ふぃー、にーたにキスされるの好きッ!」
ぷちゅっと、キス返しを繰り出してくるマイエンジェル。
それを羨ましそうに見ていた母さんが、話題を振ることで入り込んでくる。
「アルちゃんは、今日は何をしていたの?」
「ん~? 武器を色々と、見せて貰っていたんだよ。一通り試してみないと、得手不得手が分からないからね」
母さんとフィーが、ズラッと並べられた得物を見る。
「ふおぉぉおぉぉ~~~~っ!」
そして、その中のひとつを見た妹様が、激しく反応されてしまった。
「にーた! あれ格好良い! ふぃー、あれ使ってみたい!」
なんと。
普段、武器術の訓練を見ていても特にやりたがらないマイシスターが、こんなことを云い出すとは。
(護身用に、将来は体術とか覚えて欲しいなとは思っていたが、武器に興味を示すとは……)
俺の腕の中で暴れるので地面に降ろすと、フィーは、『その武器』に駆け寄って、むんずと掴んだ。
「ふぃー、これ好き!」
ぷるぷると震えながら頑張って掲げたのは、一本の棍棒。
剣と同様、棍棒もいくつか種類があるが、この妹様が選んだのは、ゲームとかでトロルやオークが振り回しそうな、無骨でワイルドなデザインだった。
(あぁー……。そう云えばこの娘、ハニワの焼き物を作ったときも、武器として棍棒をチョイスしてたな……)
好きなのか?
好きなんだろうなァ……。
「ふぃー、武器使うなら、棍棒が良い!」
俺は困惑しながらティーネを見る。
「まぁ、確かに棍棒は、兜を着けている頭を殴りつけても、高い効果が望める武器ではありますね……。振るう腕力があれば、ですが」
棍棒に限らず、斧や鎚のようなパワー系武器は、強い膂力さえあれば鎧など、ものともしない。
寧ろ動きが鈍る分、当てやすくなるとさえ云える。
ドワーフが強兵と呼ばれる所以である。
だがフィーは天使であって、ドワーフではない。
棍棒を振るう天使というのは、極めて珍しい。
フィーリア拳――。
それは、実戦天使道と棍棒を組み合わせた、全く新しい格闘技……。
「ふおぉおおぉおおぉおおぉぉぉーーーーっ!」
棍棒を手に、フィーが雄叫びをあげている。
「ふぃー、おっきくなったら、棍棒使う! 振り回す!」
既にやる気満々ですな。
と云うかフィーよ。
お前は一体、何と戦う気なんだ?
「ティーネ、ティーネ」
俺は小声で、ハイエルフの騎士を呼び寄せる。
「どうなの、うちの子に棍棒って」
「フィーリア様は元気いっぱいのお子様ですが、流石にパワー系武器を振るう体格ではないかと。お母様に似た体型に育つなら、成人しても棍棒は不向きでしょう」
まあ、そりゃそうだよね。
フィーはよく食べ、よく遊び、よく眠るので、とても健康だが、それは高身長化することを意味しない。
たぶんだけど、マイエンジェルの身長は同い年の子たちと比べても、少し低いのではないかと思う。
これは栄養不足とか発育不良とかではなく、単純に生まれつき背が低いだけだと思われる。
「そもそもフィーリア様は魔術師としての才に極めて高い適性があるので、そちらを活かすべきではないかと。まあこれは、アルト様にも云えることですが」
俺の場合の武器術は、あくまで自衛の手段を広げる選択肢のひとつだからね。
魔術がメインなのは、きっとこの先も変わらないだろう。
「でも、フィーは魅入られたように棍棒を見てるな……。身体強化でも何でも使って、無理矢理武器にしそうな気配すらあるような」
「フィーリア様が魔力を込めたら、ただの木の棒ではたちまち粉砕されてしまいます。いえ、鉄製武器でもそうでしょうね。となると――」
ティーネは何かを思い付いた風な顔をするが、すぐに首を振った。
「どうしたのさ?」
「いえ。非常に愚かな思いつきがあったのですが、流石に採用するわけにも」
「云ってみてよ」
「はあ。では」
ティーネがこしょこしょと耳打ちをしてくる。
それは、こう云う内容だった。
まず、魔術師としての適性を活かし、かつ棍棒欲(どんな欲望だ)を満たすなら、ワンドを作ってはどうか思ったらしい。
確かに木の杖なら、打撃武器に出来なくもない。
水戸のご隠居様も、それで悪代官の手勢と戦っているし。
しかし、フィーが使う程の杖ならば、並みの木材では耐えられない。
ならば、どうするか?
素材として、世界樹、神樹、生命樹などの、神話級の木材を用いるより他にない。
これらならば、フィーの桁外れの魔力量にも耐えられるだろうとのこと。
普通ならばそんな神代の樹木は、千金を積もうと調達不可能だ。
だが、『そんなもの』を個人で所有している変わり者のエルフも、世の中には存在する。
そこに思い至ったとき、ティーネはこの案を、『絶対に採用すべきではない』と思ったらしい。
「流石にこんな下らない理由で、高祖様に御神木を譲って下さいと云う訳にはいきません。ハイエルフの長老衆や、聖域守護者が知ったら、激怒すると思います」
「元守護者の、ヘンリエッテさんも?」
「いえ。副会長は笑うと思いますが」
流石に俺も、こういう理由じゃエイベルに頼みづらいね。
結論としては、静観。
フィーの棍棒欲が、そのうち納まるかもしれないし。
「めーっ!」
そして、頬を寄せ合って密談する俺たちを見つけた妹様は、棍棒を放りだして、駆け寄って来た。
「にーたに近づく、めーなの! それ、ふぃーだけなの!」
大激怒だ。
最早、先程までの浮かれた気配はどこにもない。
結局、妹様の全感情が俺に向いたので、棍棒談義は中途半端に収束した。
一通りの武器を試した俺は、これまで通り、槍と剣を練習し、加えて短剣術も覚えることとなった。




