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妹のいる生活  作者: むい
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第二百九十六話 精霊銀


「おう坊主。ちょっと良いか?」


 午後。

 まだ日差しが暑い時間。


 氷の置かれた自室で妹様と積み木で遊んでいると、ガドがやってきた。


「あれ? ガドがこっちに来るなんて珍しいね?」


 何か用事があるときは、鍛冶修行の前後に工房で遣り取りすることが殆どだ。


 もちろん例外はあって、部屋のハンモックの設置や、先月に作って貰った調理台の組み立ての時のように、『技術』に関する行動を取って貰う場合は、その限りではないのだが。


「おう。少し相談と云うか、話があってな? 今は自由時間だろう?」


 確かに今は、自由時間だ。


 エイベルによる授業も、ヤンティーネによる訓練もない。

 だからこそ、こうしてマイエンジェルと遊んでいるわけだが。


(ただ、それが重要な時間だったりするんだよね……)


 何せ、甘えん坊のマイシスターが俺と大手を振って遊べる時間だ。

 ひょっとしたら、一番、ないがしろにしてはいけない時間なのかもしれない。


 老ドワーフもそれが分かっているのだろう。

 フィーを見て、ちょっと気まずそうな顔をした。

 豪毅で頑固一徹なガドも、幼い子には敵わない。


「あー……。フィーリアよ。少し坊主を借りても良いか?」

「めっ!」


 にべもない。


 妹様が、この時間を手放すわけなど無いのだ。


 しかし俺には、ガドから受けた多くの恩がある。

 全部は無理だとしても、返せるなら、少しでも返したいと思う。


「よいしょ」


 マイエンジェルを抱き上げる。

 抱き上げて髪を丹念に撫でると、積み木遊びを中断されたにもかかわらず、とろけるような笑顔になった。


「ふへへ~……。ふぃー、にーたのだっこ好き! なでなで好き! にーたが好き!」


「と、云うことだよ、ガド」


「お、おう……。やっぱ妹の扱いに慣れてんな……」


 上機嫌のマイシスターを抱えたまま、工房へと移動した。


※※※


 工房は、稼働可能な状況だった。


 ここは基本的には俺の練習場だけれど、ガドが個人で使う場合もある。

 たぶん、後者だったのだろう。


「坊主は、魔力の制御に関しては、ちょっとしたもんだろう?」


「制御? そりゃ出来なくはないけど、魔力のコントロールなら、ぶっちゃけ俺よりフィーの方が上手だよ?」


 まだ三歳のこの娘の方が、俺よりも魔術の才がある所以である。


 魔力量にもバカバカしい程の差があるが、仮に保有魔力量が同等か、俺が少し上回ったとしても、魔術戦ではきっと敵わないと思う。

 この娘は、本物の天才なのだ。


「いや。そりゃ、一般的な魔力操作技術のことだろう? 俺に必要なのは、坊主にしか出来ねぇことだ」


「つまり、『根源干渉』に関する話?」


 確かにそれなら、俺にしか出来ないが。


 魔術がらみの話に、あまりマイエンジェルは食いついてこない。

 興味がないからだ。


 フィーリア・クレーンプットと云う少女にとっての魔術と云うのは、現代日本人における、車と同じ認識なのだと思う。


 それがあるのと無いのでは大違い。

 絶対に必要なものだし、大いに活用もする。


 しかし、普段は忘れている。

 完全に『便利ツール』だから、必要なとき以外は思い出さない――。


 フィーにとってはまさにこれで、普通の日本人が車の運転が上手いからと云って、『レーサーになろう!』などとは考えもしないし、思いつきもしないのと一緒のようだ。


 マインジェルは、俺の腕の中から、ガドのヒゲに手を伸ばしている。


 ドワーフにとって、立派なヒゲは誇りなので、おいそれとは触らせないそうだ。


 ヤンティーネ曰く、場合によっては女性の髪に勝手に触るよりも問題になるかもしれません、とのこと。


 しかし、鍛冶の師匠は阻まない。

 ちょっと困った風な顔はするけれども。


(ガドのヒゲって、凄く柔らかいんだよな……)


 ドワーフの毛質は、堅いを通り越して、『剛』である。

 腕や腰や脚と同様、毛も太いのだ。


 だが、ガドのそれは、ふわっふわだ。

 年老いているガドの毛髪は雪のように真っ白なので、余計に触りたいと思えるのかもしれない。

 ガドは髪も柔らかそうだ。

 尤も、ヒゲと違って、髪にはそんなに執着がないようだけど。


 ドワーフの中には、作業の邪魔だとか鍛冶場が暑いとかの理由で、頭を丸めている人もいるんだそうだ。

 もちろん、それでもヒゲは残しているみたいだけれども。


「で、だ。坊主。お前に、見て貰いたいものがある」


 マイシスターにヒゲを弄ばれながら、ガドが云った。


「俺に? さっきの話から考えると、魔道具?」


「魔道具なら、エイベル様に相談するさ。別もんだ」


 ガドは工房の奥へと入り、布に包まれた金属の塊を持ってくる。


 ガドの持ち方からして、とても重要そうに見えるが――。


「それって、精霊銀じゃないの?」


「何で知ってる? こいつぁ、神代の金属だぜ?」


「エイベルの授業で、触らせて貰ったことがあるよ」


「ああ、そうか。あの方なら、お前になら触らせるかもな。ったく、神銀はドワーフ族の名工でも、ついに見ることなく終わる奴のが多いってのによ」


 神銀と云うのは、精霊銀の別名だね。


 何で神銀と呼ばれるかというと、神代の金属だからと云う説もあり、金属としては最高峰だからと云う説もある。

 いずれにせよ、オリハルコンやアダマンタイトと比べても、圧倒的価値を持つ金属なのだ。


 ただ、エイベル先生曰く、


「……精霊銀は神に属するものではないから、神銀と云う呼び名は不適当だと私は考える」


 とのことだ。


 まあ、そちらに属すなら、天啓具ならぬ、天啓材とでも呼ぶしかないが。

 だから俺もマイティーチャーに倣って、精霊銀と呼んでいる。


 だが一方で、『神』の名を冠するのも頷ける素材ではある。


 精霊銀の正体は、膨大な魔力の塊なのだ。

 キシュクード島の湖が、まるまる魔力そのものだったのと根本は似ている。


 しかも、ただの魔力ではない。


 単なる魔力の結晶は、魔石になる。

 それが金属のようになるのは、精霊の命が混じり込んでいるからなのだが――。


(精霊の力が充ち満ちていた最初の時代。『命の季節』にのみ、生み出されることがあったもの、だったな、確か)


 つまり、同じ神代でも、幻精歴では既に失われた金属だ。

 その希少価値は計り知れない。


 ドワーフたちが神銀と呼び、ガドが大切に取り扱うのも分かろうと云うものだ。


「神話の戦いではよぉ――」


 ガドは云う。

 神代に謳われる決戦では、必ず精霊銀の装備が出てくるのだと。


 ドワーフたちの祖である、ドワーフアルケーの作り出した『精霊銀の鎚』と『精霊銀の斧』は、ドワーフ族最高の至宝として語り継がれているものだし、制作者不明の『精霊銀の槍』は、空間に穴を穿ったとすら云われている。


「俺は最初、曾爺さんの剣は、神銀で出来ていると信じていた」


 魔導歴末期の鍛冶士、ジオの剣は、確か光も空間も切り裂くと云われていたんだったな。

 世界でただひとり、エイベルだけが所持する剣だ。


「俺だけじゃねぇな。曾爺さんの伝説を信じるドワーフは、皆がその剣を神銀製だと思っている。だが――」


 ガドはエイベルに、あの細身の長剣を見せて貰ったことがあるのだと云う。


「アレは違った。信じがたいことにな……」


 まるでショックでも受けているかのように、ガドは暗い表情で呟いた。


「坊主。俺の目標は知っているな?」


「そりゃね。名工ジオを越える、生涯最高の一振りを作ることだろう?」


「そうだ。俺はその為の素材として、神銀を手に入れた。曾爺さんを越える剣を打つには、これしかないと俺は思っている」


 まあ、最高の武器を作るなら、最高の素材に手を伸ばすのは正解だろうよ。

 別におかしくはないよね。


「坊主。だから、お前に頼むんだ」


「うん? 俺に何を? 俺の腕がへっぽこなのは、師匠のガドが、一番、分かってるはずじゃないか」


 鍛冶修行を始めて既に一年以上経つが、未だにガドから合格は貰えない。

 それでも多少は、腕が上がっているらしいが。

 100点満点中、5点が10点になる程度だけれども。


 ムキムキのサンタクロースは云う。


「神銀の正体が魔力塊であるならば、ただの鉄を魔剣に変えることの出来るお前が手を加えれば、神銀以上の素材に変えられるんじゃないかと、俺は考えた」


「えぇっ……!? そんな無茶な」


 聖湖の湖水は確かに魔力だけど、『水』として成立していたのは、あのバランスだからだ。

 下手に手を加えたら、ただの魔力となって霧散する可能性がある。

 精霊銀だって、下手に扱えば、きっとそうなる。


 そう伝えると、老ドワーフは呆れた様な顔で俺を見た。


「坊主、お前、今、自分がとんでもないことを口走ったのが判っていないのか?」


「え? 慎重論を唱えただけだと思うけど?」


「あのなぁ。神銀は世界最高の金属だ。俺が作るのは武器だが、防具にしても、その性能は計り知れねぇ」


 それは聞いたことがある。


 伝承に曰く、『精霊銀の盾』は、不壊の代名詞であると。

 同じ精霊銀以外で、傷付けることは出来ないのだと。


「坊主の論法だとよ。寧ろ神銀であるが故に、お前には通じないと云うことになる。不壊の盾も不壊の鎧も、アルト・クレーンプットの能力なら、分解出来ると云う理屈になるだろう?」


「あっ」


 確かに。


 俺なら、精霊銀を『生のままの魔力』に戻せるかもしれない。


「ガド、俺なんかが簡単に壊せるものを素材にチョイスして良いの?」


「お前以外の誰が、神銀を容易く壊せるんだよ。神話で猛威を振るった素材だぞ? 神話上にすらない唯一の例外には、この際だから、目を瞑る」


 憮然とした表情で、ガドは云う。


 精霊銀を神銀と崇めるドワーフとしては、『絶対無敵』であって欲しかったんだろうな。

 でも、俺の場合は『裏道』みたいなもんだからね。


「そんなお前だから、頼むんだ」


 ソフトボールくらいの大きさの精霊銀を、ガドは置く。


「こいつをお前に預ける。神銀以上の神銀。神話上にすらなかった至高の新金属を作り出す手伝いをして欲しい。お前以外、誰にも出来ねぇ仕事だ。エイベル様ですら不可能な」


「…………っ!」


 とんでもない頼みだ。

 思わず、息を呑んでしまった。


「別に急かすつもりはねぇよ。俺やお前の寿命が尽きる前までに仕上げてくれればいい。あと十年、二十年なら、俺の身体も保つだろうからよ」


 ガドはポンと俺の肩を叩いた。


 天下の名工の手伝い。

 途方もない頼み事をされたものだと、愕然とする。


「にーた! 話し終わったなら、ふぃーにキスして? ふぃー、今度はブランコで遊びたい!」


 うん。

 マイエンジェルは、ブレないねぇ。


 精霊銀を受け取った俺は、フィーにキスをしてから、ブランコへと向かったのだった。


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