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妹のいる生活  作者: むい
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第二十九話 試験会場から商会へ


 神聖歴1204年の七月。


 八級の試験が始まる。

 ここからは少し難易度が上がる。


 魔道具ひとつを取ってみても八級からは扱える種類が格段に増え、高威力品も使用許可が下りるようになる。

 たとえば魔導コンロを例に出すと、小型の家庭用コンロは無免許の一般人でも購入・使用できるが、業務用の大型コンロは八級持ちでないと使用許可が下りないと云う具合。

 出力が大きいと云うのは、それだけ危険を伴う。 

 それら強力な魔道具を安全かつ確実に使用するためには、トラブルを起こした時に即座に対応出来る魔術的能力と魔導の知識が求められる。

 八級と云うのは、そんなラインだ。


『魔導士』と世間で呼ばれる区分もここまで。

 七級以上を取得出来る人は『魔術師』となる。

 つまり、八級は魔力持ちの三分の二の到達点。

 だから魔力測定の規定値は九級よりもだいぶ高い……らしい。


「貴方は規定値以上の魔力を有して云います。合格です。どうぞお進み下さい」


 幸い、あまり俺には関係のない話だった。

 俺の魔力量はフィーやエイベルの保有量に遠く及ばないが、それでも一般人を遙かに上回るらしい。加えて、まだ成長限界にも至っていない。魔力量の測定検査は当分安泰だろう。


 筆記試験は専門的な記述が増えてくる。しっかり勉強していなければ受からないし、魔導を知らない人間が問題用紙を見ても、その内容はちんぷんかんぷんだろう。

 だが、こちらも問題ない。

 試験日前にはいつもエイベルが模擬テストをやってくれているが、今までの内容は、いずれも本番よりもだいぶ難しかった。


 実技は精密性と安定性を重点的にチェックされる。

 現在進行形で砂人形での鍛錬を続けている身なので、そちらも問題なし。

 ノータイムかつ無詠唱で対応出来るので、困ることはなかった。


 云われていた通り八級は九級を少し難しくしただけの内容ではあるが、確かにより狭き門になっていることは強く感じる。

 躓く人はずっと躓くだろうな、とは思うレベルだ。

 だからか、以前の等級と比べて、受験者達の表情が随分と真面目だ。

 専門的な魔道具を用いた職業に従事したい人たちなんかもいるから、真剣なのは当然の話なのだが。


 で、俺の話だ。

 今回の外出のメインは、八級試験ではない。

 もちろん試験を受けて合格することも大切だけれども、本日の目的はショルシーナ商会を訪ねることなのだ。


 何をしに行くのか?

 売り込み品の第一号が出来たから、それを見て貰いに行くのだ。


 本当はいくつか候補となる品を作って、それから持ち込みをすべきなのだろう。

 そうでないと不採用であった時に無駄足となってしまう。

 だが、この間の旅で金があることの大切さを痛感させられた。稼ぎの手段は早々に得るべきだろうと考えて、試作第一号を用意してきたのだ。

 今日はこれを持ち込む。

 同時に、母さんやフィーに商業地区を歩く時間をあげたいと思ったのだ。


「にーた! にーたああああ! にーたああああああ! にーたああああああああああああああ! やあああああああ! いなくなる、やあああああああああああああ!」


 妹様が泣き叫んでいるのは試験の間、離ればなれになっていたからだ。ある意味で、いつも通りではある。

 当然のように今回も大泣き。

 俺の姿が見えると母さんの手を振り切って駆けだし、勢いよくダイブされてしまった。

 そしてそのまま、ずっと離れてくれない。


「よしよし。フィー、寂しい思いさせてごめんな?」

「にーた、ふぃーからはなれる、めーなの! めーなのおおおおお!」


 気持ちは分かるが、試験なのでそこは我慢して欲しい。俺だってツラいのだ。

 しかし母さんからは、予想だにしない無慈悲な一言が。


「アルちゃん、あまりフィーちゃんを悲しませちゃダメよ?」


 試験だぞ? どうしろと。

 母さんだってそれを分かっているから、今までそんなことを云わなかったじゃないか。


「試験だからって、家族に寂しさを感じさせちゃ、だめなの」


 そんなセリフと共に抱きしめられてしまった。

 マイシスターは俺の正面から抱きついているが、母さんは俺を背後から包み込むように抱え込む。


 これはアレだな。母さん流の意趣返しだ。

 最近、試験勉強やら何やらで構ってあげなかったから、拗ねているんだろう。「妹に寂しさを感じさせちゃ、だめ」じゃなくて「家族に寂しさを感じさせちゃ、だめ」って云い方だったし。

 母上様も結構な寂しがり屋だからな。と云うか、フィーにもその辺が遺伝しているのかもしれない。

 だが、事情はどうあれ、このままだと身動きが取れない。


「そろそろ解放して欲しいなー……」

「やー!」

「だーめ!」


 ダブルで拒否されてしまった。

 仕方がない、我が師に頼ろう。


「エイベル~。たすけてー」

「……実力を持って排除する以外の方法を知らないけれど、それでも良い?」

「それはダメだー。じゃあエイベルも抱きしめてー」


 やけくそになって意味不明なことを口走った。

 こんなところで人間団子を作り上げてどうしようと云うのか?

 まあ、そもそも、エイベルは抱きついてくるキャラじゃあないんだけれども。


 ぎゅうっ。


 ありゃ?

 俺を側面から締め付ける、貧弱なれど柔らかいこの感触は。


「あの……。エイベル先生、何を……?」

「……? これはアルが要求したこと」

「それはそうだけどさぁ……」


 本当にやってくれるとは思わないじゃん?

 これ、耳を要求したら応えてくれたりするんだろうか?


「めー! にーただっこしていーの、ふぃーだけ! ふぃーだけなの!」


 妹様が立腹されたので、人間団子プラスワンは解散となった。


※※※


「大きなお店ねー……。セロにはここまでの商店はないわ~」


 ショルシーナ商会の前へとやって来た。

 母さんが率直な感想を口にしている。

 商会の支店はセロにもあるようだが、流石に本店を凌ぐような大きさではないらしい。


「これはこれは高貴な方! ようこそいらっしゃいました! さあさあさあさあ! どうぞどうぞどうぞどうぞ!」


 入店するとすぐに、高そうなスーツを着た男性従業員が揉み手をしながら近づいてくる。


(あっ。こないだ来た時に吹き飛ばされてた人間族の店員だ……)


 一体、彼に何があったのか。

 恵比寿様のような笑顔でエイベルに接しているが、若干引きつっているようにも見える。

 まあ、愛想笑いだろうな。俺の業務用スマイルと比べて、作りが甘い。

 で、そんな笑顔を向けられた、当のエイベル先生はと云うと。


「……あまり大声を出さないで欲しい。目立つのは好きではない」


 せっかくゴマをすったのに、その接客態度がお気にめさないようである。

 すると今度は、前回男性従業員を吹き飛ばした美人エルフが近寄って来た。


「高祖様、ようこそいらっしゃいました。応接室へ案内させて頂きます」


 エイベルの声が聞こえたのか、それとも阿吽の呼吸なのか、不必要に騒ぎ立てずに、てきぱきと案内をしてくれる。


「ショルシーナは現在、来客対応中となっておりますが、呼び出しますか?」

「……いい」


 来客が誰なのかは知らないが、エイベルが「呼んで」と云えば、放り出してやって来そうな気がするんだよな、あの眼鏡エルフ。

 あと、呼ぶか呼ばないかをきちんと訊いておいたと云うことも重要なんだろう、多分。


 ここのエルフ達のエイベル崇拝は凄い。

 もし俺が彼女の立場だったら、やっぱり居心地が悪いだろうと思う。


(それなのに俺のために何度も足を運んでくれるエイベルには感謝しなきゃいけないな……)


※※※


 ショルシーナ商会は三階建てで、応接室は二階と三階にある。

 二階が多人数用。或いは、一般用。

 そして三階が貴賓用。

 前回通されたのは三階だし、今回もそうだ。


 階段を上りきり応接室へと近づくと、奥に見える商会長室の扉が開いた。

 どうやらショルシーナへの来客は商会長室で対応していたらしい。

 知らない男の声と、この間耳にしたエルフの女の声が聞こえてくる。


「商会長、必ずまた伺いますぞ!」

「何度来られても、返答は同じです。お引き取りを」


 扉が開いているのに、そんな遣り取りをしている。

 男の声は怒気や苛立ちを含んだものだったし、ショルシーナの声もどこかトゲがある。

 部屋から出てきたのはふたり。

 難しい顔をしている整った容姿の大人の男と、ちいさな人影だ。


(俺と同じくらいの背丈の子供か……? 何でこんなところに……?)


 自分のことを棚に上げて、そう思った。

 男も子供も身なりは良い。貴族なのかもしれない。

 それならばまあ、商会長室に直接乗り込んでいても、なんら不思議はないか。


「私たちと同じ平民ねー……、あの人たち」


 しかし母さんが何気ない口調でそう云った。

 平民で身なりが良いとなると、豪商の類だろうか?

 いや、それ以前に。


「母さん、あの人たちって、平民なの?」

「ええ、平民ね。じゃなきゃ、コスプレだと思うわよ。――あ、お母さん、コスプレ結構好きよ? そ・れ・に、ステファヌスも、コスプレ大好きなのよ?」


 凄く嫌な情報を聞いた。


(もし俺という存在の『制作過程』がコスプレで燃えたから、とかだったら自殺ものだな……)


 何で平民とわかるのか?

 それを母さんに聞こうとして、足が止まった。

 向こうから歩いて来た、身なりの良い子供を見て驚いたからだった。


 その子供は、俺には『どちらなのか』が分からない。

 美しい、それは間違いない。

 けれど、一体どっちの性別なのか。

 少女のような男の子にも見えるし、中性的な女の子にも見える。

 凛々しい外見なのは間違いないのだが。


「可愛い子ね~」


 脳天気な独り言が聞こえてくるが、母上にはこの子の性別がわかるのだろうか?


(……お。目があった)


 俺たちの横を身なりの良い平民が通り過ぎる時、その子は確かに俺を見た。

 せめて声でも聞ければ判断材料になるのだが。


(いや、聞いたところで、まだ声変わり前だろうし、無理だろうな)


 消えていく背中を見つめながら、俺は心でそう呟いた。


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