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妹のいる生活  作者: むい
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第二話 魔法の訓練をしよう!


「アルト様、またお庭を見ていますね……」


 使用人の一人が呟いた。独り言のようだ。

 あれから四ヶ月。

 生後十ヶ月と少し。

 俺のトレーニングは、今も欠かさずに続いている。

 使用人が呟いたように、俺は庭を見つめている。

 これは大切な訓練で、庭にある『あるもの』を動かしている。

 使用人達には見えないようにコッソリと。

 結果、俺は日がな一日庭を眺めている変わった子、と云う評判になってしまった。

 しかし、これは仕方がない。

 俺は大っぴらに魔法を使うことを控えている。

 理由は保身のためだ。

 魔法が使えることは知られない方が良い。それが、俺の出した結論だった。

 何せ世界観を知らない。

 魔女狩りがある世界かもしれない。

 そんなところで魔法使いだと知られるわけにはいかない。

 俺は使用人達が魔法を使う姿を見たことがない。

 つまり、『異端』の可能性がある。

 仮に魔法が一般的だとしても、ベイレフェルト家には知られない方が良いと思っている。

 俺が倒れるだけですぐに『毒殺』というワードが出るような相手だ。

 警戒をさせるわけにはいかない。

 それらの理由で、コッソリと訓練をしているのだ。

 ではどういう訓練をしているのか?

 それは、砂人形の格闘だ。

 庭の隅の植木の根元。

 そこに、アリくらいの大きさの砂で作った人形が二体いる。

 それを戦わせているのである。

 残念ながらAIのような自動戦闘ではない。魔力を使った手動操作だ。

 手前味噌だが、これは凄く良い訓練だと思っている。

 まず、魔力で視力の強化をしないと見えない距離だ。次に、砂人形をかたち作り、念動力で固定する必要がある。更に、人形それぞれが違う動きをさせるので、精密なコントロールがいる。

 複数の異なる魔法を一遍に使うので、魔力量も魔力操作も魔力の持続性も鍛えることが出来るのだ。

 また、単純に格闘技の勉強にもなる。

 なにせ俺には格闘の経験がない。

 しかし砂人形に試合をさせてみることで、「このタイミングだと攻撃が届かない」だとか「あのタイミングだとカウンターが取りやすい」だとかが学べる。これは嬉しい誤算だった。

 俺の訓練は魔法だけにするつもりはない。

 魔法が使えない状況も考えて、将来は近接戦闘も学ばねばならない。

 その前段階として、手動とはいえ試合が経験出来るのは良いことだ。

 しかし、そうそう訓練にだけ打ち込んでいられる訳でもない。


「アルちゃん!」


 ふわっと抱き上げられてしまう。

 母さんだった。

 母さんは俺が可愛くて仕方ないらしく、しょっちゅう構ってくる。そして、もの凄く甘い。

 いや、放置されるよりも正しい親子の在り方なんだろうが、俺は少しでも訓練がしたいのだ。


「かーたん、なぁに?」

「ふふーっ。アルちゃんは、何をしているの?」

「おにわみてた」


 まさか魔法の訓練とは云えないから、仕方がない。


「アルちゃんは本当にお庭が好きね? でも、今日はお母さんがご本を読んであげる」


 すりすりと頬ずりしてくる。

 母さんは読書が好きだ。それも、恋愛物語なんかを好む。

 これには年齢も関係しているのかもしれない。

 うちの母親は若い。

 なにせ、まだ十六歳なのだ。

 この世界は十五歳で成人。

 そして、母は十五で俺を産んだ。

 だから、まだまだ少女と呼ぶしかない年齢なのだ。


(ん~~……。訓練はしたいが、文字の勉強もしたいから、読んで貰うか)


 そうすることにした。


「かーたん! ごほん!」

「ふふふ。アルちゃん嬉しそう。じゃあ、行きましょう?」


 嬉しそうなのは母さんのほうだった。


※※※


「もうすぐエイベルが来るのよー?」


 いくつか絵本を読んで貰っていると、母さんが唐突に云った。


「えいべうー?」

「そう、エイベル。お母さんの、とっても大切なお友達なの」


 それは以前云っていた、魔法使いだろうか?


「どんなこー?」

「とっても綺麗な娘よ? エルフっていう種族でね、魔術が上手なのよ」


 エルフ! この世界にいるのか。

 しかも魔法が使える!

 独学から抜け出せるチャンスかもしれない。


「まじゅちゅー? なぁに?」


 少しでも魔法に関する情報が欲しい。母さんはどのくらい詳しいだろうか?

 贅沢は云わない。僅かでも判断材料の足しになってくれれば、それで良い。


「魔術っていうのは、こう、ビューンっていうか、バリバリーっていうか、兎に角、色々と凄いことが出来るのよ」


 うん。これはダメそうだ。


「みせてー?」

「ううん……。お母さんは、魔術使えないのよ。と云うか、十人にひとりいるかいないかね、魔術を使えるのは」


 母さんは『少ない』と云うニュアンスで云ったのだろうが、俺の認識では『多い』と思う。

 それだけの行使者がいるなら、最悪俺が魔法使いだとバレても『一般的』な範疇で済みそうだ。その点は安心した。

 こうしたちょっとしたやりとりからも情報は得られるものだ。もっと積極的に色々な人と話した方が良いのかもしれない。しかしそうすると訓練の時間が……。

 現在の俺は身体能力強化と念動力しか使えない。

 炎や水を操る術を持たない。

 どうすればそれらが扱えるのか。是非にでも知りたい。

 魔力量が増え、ベビーベッドくらいなら脂汗込みで持ち上げることが出来るようになったが、未だに魔力をそのまま行使することしか出来ないのは不便だ。

 エイベルという魔術師に、俺は期待を抱いた。


※※※


(もうすぐエルフが来ると云っても、練習は練習……)


 その日も、俺は砂人形で格闘戦をさせていた。

 最近は砂人形の維持や操作にもだいぶ慣れたので、もっと人形の数を増やせそうだと思っている。

 最終的には格闘戦ではなく、砂人形同士の戦争も開催できるかもしれない。


(いや、そうすると流石に使用人達にバレてしまうか……)


 将来的には練習場を見つけるか作るかしなければならないだろう。

 ぶつぶつと考え込みながら訓練を続けていると、背後から突然抱き上げられた。


「おーっ?」


 我ながら間抜けな声だ。心底ビビッているが、客観的に考えると微塵も緊迫感がない。


(誰だ!? 母さんか!?)


 それにしては抱きしめ方が違う。ボリュームも違う。

 我が母・リュシカはまだ十六歳ながら、バインバインのぷるんぷるんである。こんな荒野を連想させるような慎ましい感触ではない。

 女。

 知らない女が、俺を抱き上げているのだ。

 貧弱な体つきと目線の低さから、少女だとは思うのだが。


「だえー?」


 誰だ、と訊いてみる。


「……信じられない」


 高くて甘い、けれど冷たい声が響いた。淡々とした、無機質な声だった。


(いや、お前、誰だよ!? 質問に答えろよ! 何で自己完結した言葉を吐き出してるんだよォッ!?)


「うー! むー!」


 俺がバタバタともがくと、女は俺を降ろす。

 振り返って、驚いた。

 知識としては『知っている』。しかし、実際には『見たことがない』。

 そんな存在が、そこにいる。


「えうふー!?」


 エルフの少女が、俺を見おろしていた。


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