第二百九十四話 じぇらかか!
「ありゃ? ティーネ、今日はもう一頭、馬を連れてきたんだね?」
相も変わらず乗馬訓練を続けている俺は、その日、ヤンティーネが連れてきたお馬さんを見て驚いた。
いつもは、おなじみの果下馬、タリカに乗って訓練している。
最近は騎乗技術だけでなく、タリカの癖みたいなものも分かってきたので、だいぶ乗りこなせるようになってきたと思う。
「ええ。だからです。アルト様の騎乗は、タリカに慣れきってしまっていますから。この娘は気性も大人しく、賢い馬です。乗馬初心者には向きますが、それ故にタリカに慣れてしまうと、他の馬を乗りこなせません」
それで別の果下馬を連れてきたと。
成程なー……。
(しっかし……)
何か、目つきの悪い馬だな。
チンピラさんが「お? やんのか?」みたいに睨んでくるのに似ている。
「こちらの馬は、ドリカと云います。本日は、こちらに乗ってみて下さい」
「名前がタリカに似てるけど、兄弟・姉妹だったりするの?」
「いえ。単なる偶然です」
さいですか。
話していると、タリカがカッポカッポと寄ってきて、俺に首を擦り付ける。
「タリカ、今日も後で、よろしくな?」
馴染みのお馬さんは、「ひん」と嬉しそうに鳴いた。
次いで、新しい馬に向き直る。
「ドリカ。よろしくな?」
「ぎゃうっ!」
「うおわァ……ッ!」
撫でようと伸ばした手に、いきなり噛み付いてきたぞ?
「チッ、惜しい惜しい……」
そんな顔をしている。
「……ティーネ、この馬、凄く気性が悪いんじゃないの?」
「はい。気難しいです。タリカの場合は賢いから乗りやすいのですが、ドリカの場合は、気性が荒いのに賢いから、手に負えません」
「ティーネでも、乗るのは難しい?」
俺が口を滑らせると、ハイエルフの女騎士は、露骨にムッとした顔をする。
「私は騎士です。幻想種も乗りこなしたことがあります。気性が荒いだけの馬に、乗れないことはありません」
彼女、騎馬術と槍術にプライドがあるっぽいからな。
怒らせてしまったようだ。
彼女はドリカに飛び乗る。
振り落とそうとして暴れるドリカを、ロデオのように乗りこなし、やがて自在に走らせてみせた。
(おぉ~~、流石は騎士。見事なもんだ)
思わず拍手してしまう。
傍にいるタリカが、「自分にも乗って?」と身を屈めてくるが、ごめん。今じゃないんだ。
「ではアルト様。ドリカに乗ってみて下さい」
「お、おうさ……」
大丈夫かな?
ティーネに乗られたのがシャクなのか、ドリカが凄く不機嫌そうなんだが?
「――って、うわぁっ!」
いきなり、蹴りが飛んできた。
なんつー馬だ。
これ、普通の子供だったら大怪我していると思うんだけど?
「大丈夫です。アルト様は、普通の子供ではありません」
それはそうだけどもさぁ!
どうやら、ドリカが賢いというのは本当らしい。
俺が乗ろうとすると、少しだけ移動して阻んでしまう。
絶対に分かっててやってるわ、こいつ。
(あー、そうか。だからティーネは、飛び乗ったのか)
普通に背に乗るのは無理ってことね。
俺の言葉に怒っているようでいて、ヤンティーネは、ちゃんとヒントをくれていた訳だ。
「よっ」
俺も跳躍して、背中に乗る。
「流石はアルト様です。すぐに気付きましたね。ですが、ここからです」
来たぞ、ロデオマシン!
凄い揺れ方だ。
こちとら体重の軽い子供なので、比喩表現じゃなく、身体が浮いてしまう。
手綱を握るので精一杯だ。
(喋ったら、舌を噛むぞ、これ……!)
俺は少し粘ったけれども、
「ぬわーーっ!」
どっかの父親みたいな声をあげて、宙に投げ出された。
それを見越していたのだろう。
俺が飛ばされるのとほぼ同時にヤンティーネがジャンプして、空中で俺を抱え上げた。
「残念でしたね?」
「いやいや。いきなり難易度あげすぎじゃない? 普通、こういうのは段々難しくするもんじゃないの……?」
「アルト様ならば、大丈夫という判断です」
過大評価は困るよなァ……。
その後、何度チャレンジしても、空中でティーネにだっこされるだけ。
これじゃあ、乗馬訓練しているのか、ティーネにだっこされに来てるのか分からんぞ。
「ぐっ……! お前も、もうちょっと手加減してくれよ……?」
恨みがましくドリカを見ると、小馬鹿にするようにニヤッと笑いやがった。
「あ、あれ……?」
ドリカは何故か、今度は大人しく俺を乗せてくれる。
(何か企んでるよな、これ?)
乗っかって手綱を握ると、案の定、爆走を始めた。
止まる気配をまるで見せない。
お前はセントサイモンか!
「う、うわわわわわわ!」
壁面に向かって爆走。
あわやと云う所で、絶妙のターン。
こいつ、完全に俺をおちょくって楽しんでやがるな。
「くっ、また……!」
チキンランのように、壁に向かっては回避することを繰り返す。
俺にトラウマを植え付けるつもりらしい。
そして何度目かの爆走の時、俺はドリカの走る先がぬかるんでいることに気がついた。
「バカ! 止まれ……っ!」
俺の制止を、負け犬の遠吠えと判断したらしい。
ドリカは更に速度を上げる。
そして――。
「――――ッ!」
甲高い、いななき。
ずるりと滑る景色。
制御を失ったドリカは、壁面に衝突――。
「間に合えッ!」
粘水を展開。
ドリカと俺を包み込む。
ぶにゅっとした感触があったが、これなら怪我はしないだろう。
「アルト様っ!」
ティーネが駆け寄ってくる。
俺には怪我は一切無い。
「お前は大丈夫か?」
「…………ッ!」
涙目になっているが、ドリカも無事のようだ。
「そうか。良かったな」
首を撫でてやる。
自業自得だとは思うが、流石に故障をされたら寝覚めが悪い。
「申し訳ありません。まさかここまで、悪質な馬だとは思わず……」
商会だと、もう少し従順なようだ。
そりゃそうだろうな。
じゃなきゃ、使い物にならんだろうしな。
となると、俺がなめられていただけか。
ティーネが睨み付けると、ドリカは怯えたようにちいさくなった。
気性荒くて賢いのに、ビビりなところがあるのかよ。
「ほら、落ち込むな。『次』があるさ」
ポンと叩くと、ドリカは驚いた風に俺を見た。
お役御免になると思っていたんだろうな。
「お? おお……!?」
そして、自分からしゃがんでくれるドリカ。
「乗せてくれるのか……?」
力強く鳴く、悍馬様。
それを見て、ヤンティーネが肩を竦める。
「私が想定していたのとは、全然違う状況で、手なづけちゃいましたね……」
「まあ、結果オーライと云うことで」
俺はドリカに乗ろうとし――。
「うおっ!?」
凄い勢いで間に割り込んで来たタリカに、それを阻止される。
「あの……タリカさん?」
ぐいぐいと俺を押してドリカから引き離し、「自分に乗って!」と座り込むタリカ。
「ああ、分かった。分かったよ。放置していて悪かったよ。――って、」
グイッと引っ張られる俺の服。
背後からドリカさんが、「こっちに乗る約束だろう」と引っ張っている。
するとそれを見たタリカが起き上がり、俺の服を引っ張って――。
(服が伸びると、母さんに怒られる~……)
ヤンティーネがそんな俺を見て、真顔で呟いた。
「モテますね、アルト様。あ、ちなみに、ドリカも牝馬ですよ?」
どうでも良いわ、そんな情報。
結局、この様子を見て激怒した妹様が乱入してくるまで、乱痴気騒ぎは続いたのだった。
俺の服?
もちろん伸びちゃいましたよ、ええ。




