第二百八十五話 瞬きの夜に、キミと(その三十五)
メンノにより、『門』の自爆が発動された。
地面が震える。
まるで、地震のように。
「ひっひひひ……! どうだ、クソチビエルフ! どんだけお前ェが強くても、強さだけじゃ、どうにもならねぇ! お前は自分が助けに来たガキもろとも、死ぬんだよォ!」
男の笑い声に、しかしエルフの魔術師は淡々と返す。
「……切り札が、それで終わりと云うことが知れて良かった」
エイベルは、踵を踏みならす。
それだけで、『在り方』が変わった。
地の振動が、目に見えてちいさくなったのだ。
「な……ッ!? 何をしやがったァッ!?」
「…………」
エイベルは答えない。
そんな義理も義務もないとでも云わんばかりだ。
だが、俺には分かった。
あれは、力尽くだ。
自身の魔力を使い、力尽くで『門』の魔力を押さえ込んでいるのだ。
大都市に壊滅的な被害をもたらすはずのエネルギー量を、個人の魔力だけで。
「……情報を話そうとしない以上、そちらの手札の確認はしておく必要があった。けれど、身動きが取れない状況で選択した行動は、これだけ。おそらく、錬金生物と不完全な『門』だけが、貴方に与えられた全て」
「だ、だったらどうだって云うんだァッ!? 俺には分かるぞ、お前は『門』の暴走を取り消したりしていねぇッ! 何らかの手段で、遅延させているだけだ!」
「……それで充分。大元を捜すことは、容易い」
そして、俺を自分の傍へと抱き寄せる。
「……急所が分かれば、私のアルが終わらせる」
それはちょっと、過大評価しすぎではないでしょうかね?
彼方に桜色の光が立ち上ったのは、そんな時。
あんな光を放つ子を、俺はひとりしか知らない。
(ヒツジちゃん……! あの子が、あそこにいるんだ……!)
ひょっとしたら、あの少女が危機的状況にあるのかもしれない。
そう思うと、居ても立ってもいられない気持ちになった。
「何なんだ、あの光ァ……ッ!?」
それは、答え合わせの狼狽。
男が余程の役者でもない限り、『正解』がそこにある。
エイベルもそう判断したらしい。
現場へ向かうことを、無言で促した。
俺としても、その行動に異論はない。
『跳ぶ』準備を整える。
「……成程。水の圧力でショートカットをする」
足下にクラゲを出しただけで、うちの先生が即座にその使い途を理解する。
矢張り魔術に対する洞察が尋常ではない。
「こちらは、私が運びますね」
フェネルさんが、ぽわ子ちゃんを抱き上げてくれる。
俺は、妹様をしっかりと抱え込んだ。
今日はずいぶんと、この娘に無茶をさせてしまったな……。
「ふへへ……。にーた……」
すやすやと寝息を立てるマイエンジェルには、悪夢を見るだとか、うなされている様子もない。
カノンの衝撃で気絶したぽわ子ちゃんと違って、単純に眠っているだけだからなのだろう。
同時にそれは、俺がかろうじてでも、この娘を守ることを出来たことを意味する。
ほんの少しだけ、救われた気がした。
クラゲの上に集まった皆で、しっかりと密着する。
「ま、待ちやがれェ……ッ!」
身動きのとれないメンノはそう叫んだが。
「…………」
エイベルは一言も発さずに空中に氷の槍を作り出し、倒れ伏している男の身体を躊躇無く貫いた。
「ぐあ……ッ!」
メンノはこれまでにない程の苦悶の表情を浮かべながら、吐血する。
おそらく、体内にあるという魔石を砕いたのだろう。
それは偽りとは云え、彼の命の源だ。
ひとりの従魔士の生命が確定的に終わることを、その行為は告げていた。
「て、てめ、え……」
メンノの声も表情も、今までよりも明らかに力がない。
みるみるうちに、青ざめた顔色へと変わっていく。
そして土気色になり、動かなくなった。
「…………」
エイベルは、男に見向きもしなかった。
意趣返しは済んだと云わんばかりに、無表情のまま、俺の頭を一瞬だけ撫でただけ。
(メンノは従魔士としては、間違いなく凄腕だった。敵対者でなかったら、教えを乞うてみたかったな……)
しかし、それは既に叶わない。
俺たちは桜色の光の柱に向かい、跳躍した。
※※※
「さ、流石は高祖様です……」
クラゲの上で、フェネルさんが驚嘆の声をあげている。
魔力感知と的確なエイム力を持つエイベルは、空にある時間も無駄にはしない。
冷たく輝く氷の刃を、メジェド様のビジョンに乗せて街中に降らせていく。
視力強化で分かる範囲だけでも、地にいる魔獣の頭が破壊されていくのを見た。
おそらくは、見えていない範囲の魔獣たちも、次々と駆除をされているのだろう。
対処不能と思われた無数の従魔たちが、エイベルひとりの魔術によって、容易く葬られていく。
メンノも、その背後にいるであろう存在も、これだけの戦力を用意するのには多大なコストと時間を要したはずだ。
それが彼女単騎の魔力だけで、水の泡と消えていく。
メンノの戦い方は極めて巧妙だった。
数を頼んだ相手がどれ程厄介で恐ろしいかを、しっかりと認識した。
だがその一方で、絶対的な超戦力を持つ存在には『群れ』は意味をなさないことも理解した。
魔王を倒すのに必要なのは『万の軍勢』ではなく、『一握りの勇者』なのだと云うことを。
……まあ、この世界では『魔王』も『勇者』も、それに対応した『紋章』を持つ者を指す称号だから、ちょっとズレたたとえかもしれないが。
「獣たちは、完全に統率を失っていますね」
従魔士の資質を持つフェネルさんが、地上を見ながら呟いた。
エイベルにまだ『処理』されていないモンスターたちの動きは、明らかに悪い。
たぶん、野生にある場合よりも更に。
これは従魔術の影響だろう。
なまじ統制を受けていたから、術士からの指示が途絶えてポンコツ化したものと思われる。
これなら、街の騎士や冒険者たちが盛り返して討伐してくれることだろう。
少しだけ軽い気持ちで、現場へと到着した。
途中、エイベルが空に描いたメジェド様を別方向へと差し向ける演出をしているのが巧妙だと思った。
ただでさえ、ピンク色の柱が立ち上っているのだ。
そこにメジェド様が合流しては、必ず調査隊がやってくるだろう。
だが、興味の対象が分散されているなら、少しはマシになるはずだ。
ありがたい配慮と云うべきだろう。
万全を期して、現場から少しだけ離れた場所へと着地する。
周囲には、魔獣の影はない。
「エイベル。敵らしき者はいるかな?」
「……ん。たぶん、いない。少なくとも、私には感知出来ない」
ならば大丈夫だろう、と考えるのは、慢心なのだろうか?
物陰から、そっと柱の元を窺う。
そこには、予想通りにヒツジちゃんの姿。
そして。
(軍服ちゃん! 今は、軍服姿じゃないけど、軍服ちゃんもいるじゃないか!)
両者は知り合いだったのか?
それともたまたまか。
軍服ちゃんの周囲には、部下と思しき騎士たちもいる。
光の柱に引き寄せられて、こちらへ来たのかもしれない。
何にせよ、クラゲ移動を見られないように工夫したのは、正解だったようだ。
(そういや、軍服ちゃんには、魔術の発動を感知する異才があるんだったよな……)
このままここに潜んでいても、すぐに気付かれてしまうだろう。
ならば、このまま出ていくべきか。
そう考える俺を、『光源の幼女』がしっかりと捉えた。
何でいち早く気付けたのかは知らない。
単なる偶然かもしれない。
しかし彼女は、大きなおめめを見開いて、こちらに手を伸ばした。
「あうーーーーっ!」
皆が一斉に、俺を見つめた。




