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妹のいる生活  作者: むい
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第二百八十三話 瞬きの夜に、キミと(その三十三)


 メンノは、ワナワナと震えていた。


 それはそうだろう。

 隊伍を組んでいた獣たちだけでなく、虎の子のジャンボミートくんですら、一瞬にして失われたのだから。


「高祖様!」


 そして、包囲から解放されたフェネルさんが駆け寄ってくる。

 良かった。

 どうやら、怪我はしていないみたいだ。


 彼女はこちらへは真っ直ぐに来ずに、メンノの背後へ陣取った。

 逃亡その他の蠢動など、許すつもりが無いようだ。


「くっ……!」


 従魔士は悔しそうに、前後を何度か振り返る。


 あれだけいた『手持ち』の戦力は既になく、前門にエイベル、後門にフェネルさんが控えている。

 その瞳には、恐怖と絶望がある。


 しかし彼は、すぐに怒りでそれらを塗りつぶした。

 憎悪に燃える瞳で、エイベルを睨み付ける。


「……ざけんな」


 それはまるで、自らに云い聞かせるかのように。


「手前ェが強ぇからって、それがなんだって云うんだ……! 俺はこんな所で、止まっているわけにはいかねぇんだ!」


 懐からナイフを抜き、エイベルめがけて突進した。


 それは人の身からすれば、早いと云うべき速度だったのだろう。

 だが、神代の魔術師にとっては――。


「ぐあぁっ!」


 メンノは、突然地面から生えてきた植物の蔓に脚を絡め取られ、突っ伏した。

 蔓はその隙を見逃さず、全身を拘束してしまう。


 エイベルの植物操作だった。


 地に雑草の一本でも生えていれば、それだけで彼女の強力な武器となってしまう。

 極論を云えば、草木の存在する場所全てがエイベルのフィールドとなる。

 包囲していたのは実は、ちいさなエルフの方だったのだ。


「こ、これは……!? 植物を……ッ! ちくしょう! こんな厄介な魔術を平然と使いやがって! び、ビクともしねぇええッ! 動けねえええっ!」


 男は、動きを封じられてなお、無理矢理に蔓を引きちぎろうとしていた。


 腕や脚が、赤く滲んでいる。

 負傷などお構いなしに、もがいていた。

 凄まじい執念だった。


 ひとまずの拘束が済んだからだろう。

 エルフの魔術師は一旦、従魔士から視線を外し、死骸の山を見る。

 何か魔術を使ったようだ。

『球体』や獣たちの死体が、みるみるうちに、一カ所に集まって行く。


「……魔獣の方は兎も角、大きなものは残さない方が良い」


 エイベルが指を鳴らすと、天空にメジェド様が現れた。

 その瞳から光線が照射され、バケモノたちを焼き払っていく。


「……アルは、魔物討伐を『個人』ではなく『奇跡』に肩代わりさせようとしていた。私も、それに倣う」


 この夜に俺がメジェド様を顕現させた理由を看破しているらしい。

 エイベルはエイベルで、魔物たちの処理を『奇跡』に押しつけることにしたようだ。


「……フェネル。他にも錬金生物の死骸があるならば、商会に指示して始末させておいて。あと、アルの服が破れている。代わりも用意させるように」


「承知致しました。尊き御方」


 彼女はその場で手紙を記すと、リス型の従魔に持たせて、解き放った。


 メンノはまだ健在だが、エイベルに拘束されている以上、何も出来ないと踏んだのだろう。

 商会への連絡を優先したようだ。


(俺の服はどうでも良いんだが――。いや、ダメか。焼け焦げてるもんな。このままじゃ、合流したときに母さんを心配させてしまう)


 うちの先生は、その辺も配慮してくれたんだろうか?


 エイベルは一瞬だけ俺を見ると、メンノに歩み寄る。

 精一杯の虚勢なのか、男が吼えた。


「クソ! 何故、俺をやらねぇ!? 手前ェほどの腕なら、簡単だろうによォッ!?」


「……少し訊きたいことがある」


「あぁッ!? 訊きたいことだァ!? バカが! 俺が答えると思っているのかァッ! このチビガキがぁあぁッ!」


「…………」


 エイベルは無言で指を振るった。


 男を拘束している植物が蠢き、片方の肘が、不自然な方向へとねじ曲がる。


 しかしメンノは、頬を釣り上げた。


「ひ、ひひひ……っ! 躊躇無く腕を折ってくれるとは容赦ねぇな! だが、今の俺は痛覚がマヒしていてな! 痛みなんざ、屁でもねぇんだよ!」


「……体内に埋め込んだ魔石の痛みを、薬で緩和している」


 魔力感知の出来るエイベルは、一目で男の真相に辿り着いたようだ。

 次いで、男の頭部を睨み付ける。


「……そちらにも、何かを埋め込んでいる。いや、埋め込まれている……?」

「あぁ!? 何わけわかんねーこと云ってんだ、お前ェは!?」


 エイベルは、何かに気付いたみたいだ。

 だが俺には、それが何かは分からない。

 メンノにも、とぼけている様子は見られない。


 この男の身体には、まだ何か秘密があるのだろうか?


「……無駄だと思うけれど、一応、訊いておく。『門』や錬金生物は、どこから入手した?」

「お前ェが云った通りさ! 無駄だよ! だぁれが教えてやるもんか!」


 メンノが小馬鹿にしたような顔で笑う。

 フェネルさんが眉をひそめて怒鳴った。


「痴れ者が! 質問に答えよ!」


「くっくくく……! バカか、お前は! 敵対してる奴に情報を渡してやる理由なんぞ、どこにもねぇだろうが。それによ、俺が喋って、何かこっちの得になることはあるのかぁ? お優しいエルフ様が、見逃して下さるのか?」


「……それはない。貴方は、アルを傷付けた。生かしておくつもりはない。必ず殺す」


 エイベルは、ぴしゃりと云いきった。

 鼻白むメンノに、続けてこう云う。


「……けれど情報を提供できるのならば、楽に死ぬことは出来る」


「俺を苦しませるってか! ははは! 痛みの感じないこの身体に、拷問でもするつもりか!? 無駄だ無駄だ!」


 男は高笑いをし、その直後に――。


「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!」


 突如として、顔を歪めた。


 身体の奥から絞り出すかのような絶叫が響いた。


「痛てぇ、痛てぇ、痛てぇ、痛てぇ、痛てぇ、痛てぇえええええええええええええええええええええええええええ! 何だ、こりゃあああああああああああ! ああああああ! 痛ェよおおおおおおおおおおおおおお!」


 拘束されたまま、のたうち回る。

 血の涙でも流しそうな勢いだった。


 いつの間にかエイベルの手には、薬ビンが握られている。


「……肉体の痛みを薬品で抑えているだけならば、その効能を中和すれば感覚は戻る。薬効を消すくらいは、私でも出来る」


 私でも、などと云っているが、うちの師匠は優れた薬師でもある。

 薬で痛みを抑えていることが知れているならば、それは最も有力な尋問方法になり得るのだろう。


「……私が手を下さなくても、貴方はもう助からない。既に臓器が融解し、ほぼ機能していないはず。重要な情報を提供できるのならば、痛みくらいは消してあげても良い」


「ぐああああああああああああああああああああああ! 手前ェええええええええええええええええ! 殺す! 絶対ェ、殺してやる! がああああああああああああああああああああああああ!」


 男は叫ぶが、エイベルは淡々と見おろしている。

『外側』ではなく、『中身』に注視しているように。


「……脳に取り付けられた『生物器具』が反応している。特定の感情や思考を誘導するタイプの細工。恐怖は怒りに上書きされるように出来ている……?」


「何を訳の分からねことを云ってやがるうううううううううう! ぐおおおおおお! 殺す! お前ら全員、殺してやるううううううううううううううううう!」


 エイベルは吐息すると、男に薬品を振りかけた。

 無造作なかけ方だった。


 使われたのは、鎮痛剤の類であるらしい。

 従魔士の絶叫が止む。


「……この様子では、情報を引き出すのは難しいと考えねばならない。痛がらせても、うるさいだけ」


「う、ぐぐぐぐ……」


 メンノは顔を歪めて呻いている。


 僅かな間に薬の効果をキャンセルしただけで、この有様だ。

 男の健康状況が、既にどうしようもない状態にあることが分かった。


 フェネルさんが、無念そうに呟いた。


「尋問は諦めるしかないのですね」


「……頭の中をいじるくらいの者が、重要な情報を与えているとは思えない。おそらく、この男が話す気になったとしても、碌な手がかりは出てこない」


 どうやら、事はメンノが暴れているというだけでは済まない状況のようだ。

 大氷原に攻めてきた、リザードマンのケースが思い出された。


「エイベル。この事件の裏にいるのって、もしかして――」

「……ん。その辺は、リュティエルとも相談しなくてはならない」


 もともと大ごとだったが、更に厄介な話になってきたのかもしれない。

 倒れ伏していた男が笑い出したのは、そんな時だ。


「くっくくくく……! 俺はお前たちに何ひとつ情報なんてやる気はねぇが……。それでも、あのデカブツを倒した景品くらいは、くれてやらねぇとなぁ?」


 にやりと笑うその顔は引きつったままだ。

 たぶん、まだ痛みの残滓に嘖まれているのだろう。


 フェネルさんが、メンノを睨み付けた。


「従魔士! 何を企んでいるのですか!?」


「俺はよォ、云ってやったよなぁ? 『門』ってのは、危険だってな! この街にゃあ、その危険な『門』の大元があるんだぜ! 豪華賞品として、花火を受け取ってくれや!」


「まさか! 『門』を暴発させるつもりなのですか!」


 フェネルさんの驚愕を見て、男は青い顔のままで爆笑した。


「でっけえ花火になるぜぇ! 夏の祭りにゃ、ピッタリだろう! 止められるか!? 俺の花火を! そっちで伸びてる精霊のガキは魔力感知が出来るみてぇだが、魔力はあちらこちらから吹き出すんだ! 打ち上がる前に、どこが出所か割り出せるか!? やってみろや、えぇっ!?」


 メンノの言葉に呼応するように、大地が振るえた。


 おそらく、この男の言葉はハッタリではない。


 本当に『門』を暴発させるつもりだ。

 そして、あまり時間もないのも事実なのだろう。


「くっははははは! 魔力を感知出来たって、発動の瞬間が分からなけりゃどうしようもねぇ場合もある! 今がそれなんだよ! お前らも道連れだ! まとめて吹き飛びやがれェッ!」


 勝ち誇る笑い声。

 それは絶対に勝てない相手を前にしての、最大限の意趣返しだったのだろう。

 彼は心の中で、快哉を叫んだに違いない。


 だが次の瞬間、メンノは虚を突かれたように呆然とした。

 呆然としたまま、一点を見つめていた。


「何だ、ありゃぁ……?」


 気の抜けたような声。


 おそらくは、『正解の場所』。

 その方角を見つめたまま、男は思わず呟いていた。


 それは、一本の柱。

 誰かに異変を知らせようとでもするように。


 天空へと向かって、桜色の光の柱が、ハッキリと立ち上っていた。


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