第二百七十九話 瞬きの夜に、キミと(その二十九)
「にーた、にーた! あのおっきいの、にーたがやっつける?」
どことなく緊張感の欠けた口調で、妹様が訊いてくる。
いや。
警戒心が薄い理由は分かっているんだ。
それは、この娘が俺を盲信していること。
あまり明確な根拠無く、『にーたなら、きっとやっつける!』。こう考えられているのだと思う。
信頼して貰えるのはありがたいが、実際の俺にそれに応える力があるかどうかは、また別問題なわけで。
少なくとも魔力を借りる事が出来ない単独戦闘であったなら、最初から戦うことを考えなかったかもしれない。
ただ、俺の手の中にはフィーの魔力があることも事実だ。
これのおかげで、出来ることは非常に多い。
(ジャンボサイズになったところで、倒すための原則は変わらないはずだ)
即ち、コアの破壊。
だがメンノが指摘した通り、あの大きさ相手では、『樹氷』も効果がないだろう。
となると、コアをピンポイントで撃ち抜くか、あの大きさの相手を消し飛ばす程の一撃を放つかだが……。
「フィー。コアの位置は分かるか?」
「ふぃー、分かる! でもコア、グルグル動いてる! 飛び回ってるハエさんみたい!」
おぉぅ……!
ちいさい方のミートくんのコアは攻撃の意志を感じない限り動いていなかったが、こちらはそうではないようだ。面倒な話だな。
狙いを定めて撃つと云う攻撃方法の採用は見送るべきだろうか?
(となると、高火力以外に選択肢は無いが――)
アレをどうにか出来る通常魔術を、俺は持ってない。
通常ではない魔術――つまり、古式魔術ならば可能だろうが。
「フィー。眠くはないか?」
「みゅ……? ちょっと眠い! ふぃー、にーたに、だっこして貰いながら寝たい!」
やっぱり、体力的に結構な消耗があるみたいだ。
一方、俺が自前の魔力で古式の攻撃――咆震砲を撃った場合、三発目でへたばり、四発目で死ぬだろうと思われる。
ひょっとしたら、それ以前にブッ倒れるかもしれない。
何せ、今日は魔術を使い通しだ。
大元の出所はフィーとは云え、疲労自体は俺にも溜まっているのだから。
(独力の場合は、二発を限度と考えておくべきだろうな……)
キシュクード島にいたコロボックルのクピクピは、俺との戦いで古式魔術を使ってもピンピンしていたが、やはり妖精族と人間とでは、保有魔力量に大きな差があるのだろうな。
島の守護者を名乗るだけあって、彼女がこの場にいれば、ジャンボミートくんですら簡単にカタが付いたのかもしれない。
だが、あのコロボックルはいない。
それでも、ここにはマイエンジェルがいる。
最愛の妹様に、魔力を借りられる。
ならば、俺にしか出来ないこともあるはずだ。
(『古式』を使う際の一番の注意点は、余波だ……)
咆震砲は威力がありすぎて、対象だけでなく周囲にも大損害をもたらす。
燃費を抜きにしても、おいそれとは使う事が出来ない所以である。
だが俺なら、『爆弾』にも使ったのと同じように、ある程度だが破壊や衝撃の方向性をコントロールすることが出来るはずだ。
方針は定まった。
短期決戦。
これしかない。
フィーの体力の都合。
巨大なバケモノが暴れる被害と、視覚効果による人々への精神的圧迫の早期解決。
そして万が一にも、騎士や冒険者がここへ駆けつけてこないとも限らない。
あらゆる意味で、手早い処理が望まれた。
だから、咆震砲を使用する。
しかし、打倒の方法として古式を使い、破壊のエネルギーをコントロールするとしても、そこには別の問題が立ちはだかる。
それは、『一体、何者が大魔術を使ってミートくんを打倒したのか』と云う疑問が残ると云うことだ。
なにせ、建築物よりもでかいサイズの怪物だ。
内々に始末することは出来ないし、古式を使えば、その砲撃はイヤでも目立つ。
倒せば、大勢の人間に知られてしまうのは確定だろう。
となると、次に始まるのは、大魔術を使った術士の捜索だ。
そうなっては、とても困る。
遺失した術式の使い手として知られることは平穏な生活から遠ざかるだけでなく、エイベルたちエルフにも迷惑が掛かってしまう。
何としても、秘さねばならない。
一番良いのは古式を使わないことだが、古式以外ではジャンボミートを倒せない。
ならば次善の策として、『魔術師』と云う存在から、目を逸らさせる方法を採るしかないだろう。
それはつまり、村娘ちゃんのママを助けたのと同じこと。
奇跡のでっち上げをして、耳目をそちらに集めることだ。
『人間以外の存在が、怪物を倒した』
こういう方向へ思考を誘導できれば、危険率は低くなるはずだ。
「…………」
思わずぽわ子ちゃんを見つめてしまう。
つくづく俺はワンパターンだな。
「むん……。アル……」
メジェド様が不安そうに、俺の袖をつまんでくる。
そりゃあ、怖いよな、こんなバケモノが目の前にいれば。
「大丈夫。メジェド様が、あれをやっつけてくれるよ」
「……アルを信じる」
ちいさく頷いて、ぽわ子ちゃんはピトッとくっついて来た。
妹様が激怒されてしまったが、今は緊急事態だ。我慢して貰うより他にない。
「くっくくく……。別れの挨拶は終わったか? じゃあそろそろ、ぺしゃんこにしちまうが、良いかな?」
メンノは完全に勝ち誇った顔で、こちらを見ている。
呼び出してすぐに攻撃に転じなかったのは、絶対的優位を確保していると思っているが故だろう。
(アルト様)
そんな中、フェネルさんが小声で話しかけてくる。
メンノを激発させないように細心の注意を払っているのだろう。
(貴方様は、あれを前にしてもなお、勝算がおありなのですね?)
(成功するかどうかは分かりませんが、全くの無策ではないです)
(承知致しました。では今回も、私が注意を引きつけます。あまり長くは保たないとは思いますが、精一杯、努めさせて頂きます)
命がけで守ると云ってくれたその言葉は、きっと嘘偽りのない行動で示されるのだろうな。
でも、エイベルに向けられた忠誠心に、俺が乗っかる訳には行かないよな。
もしもこの人に命をかける場面があるのならば、それは今のような『又借り』のような状況じゃなくて、自分の意志と心で選んで貰いたいと思う。
だから、勝とう。
彼女が傷付かないうちに。
「フィー。古式を使う。魔力は大丈夫か?」
「ふぃー、平気! ふぃー、少しでも、にーたのお役に立ちたい!」
しっかりと抱きついてくるプチメジェド様。
「ぽわ――ミルも、俺から離れないように」
「むん……。アル、私を離さない宣言……?」
頬に両手を当て、クネクネと動くメジェド様がシュールだ。
いずれにせよ、俺のやるべき事は定まった。
メンノは歪んだ笑みを浮かべて、タクトを振るう。
「ブッ潰れろや! クソ精霊ッ!」
ミートくんから巨大な腕が幾本も生えてきて、地上へと振り下ろされる。
単純にして、威力は絶大。
大きいと云うことは、それだけで有利だ。
フィーとぽわ子ちゃんを抱えた俺は、粘水のクラゲで後方へと飛び逃れる。
一方フェネルさんは、その場に留まり、『球体』を引きつけるようだ。
(おいおい。石造りの建物が、一撃で木っ端微塵になったぞ!?)
パワーも当然のように増していると云うわけだな。
着地したのは、戦場から少しだけ離れた、建物の上。
俺たちは、そこに立っている。
(さて。始めるか……)
観星亭の時のことを思い出す。
あの時にハッタリが利いたのは、月の女神の加護を偽ったからだ。
たとえばアレが、王国とは縁もゆかりもない、どっかの海神とか火の神とかだったら、多くの者が『奇跡』を訝しんだに違いない。
現象そのものが信じがたかったとしても、それらしい理由付けがあれば、多くの人は納得する。
だから俺が用いるのは、『星祭り』と云うシチュエーションを起点にしたもの。
月の奇跡があったように、星の奇跡を起こしてみせよう。




