第二百七十八話 瞬きの夜に、キミと(その二十八)
ミートくんの撃破。
それは基本的に、コアを破壊すること。
肉に触れれば食われてしまい、魔術攻撃も、並みの威力では通用しない。
オマケにコアの位置は可変と来た。
ぶっちゃけて云えば、難敵だ。
しかし逆に云えば、一定以上の魔力攻撃が使える場合とコアを破壊できた場合は、打倒できることを意味している。
(そして――)
奴らがカノンをブッ放してくれるから、ここには豊富な水蒸気が発生している。
魔術とは、自らの魔力を物質や現象に変換する作業の総称であるが、当然、一部はその場の環境に左右される。
たとえば水中で火を出そうとするのは極めて難しいが、既存の水を魔力と合わせて活用することは、容易に出来る。
「せっかくの水蒸気だ。有効活用させて貰うとしようか」
俺が使う魔術は、既に決まっている。
フィーに負担をあまり掛けず、なおかつ、威力のある攻撃でコアを破壊する。
それは、我が師匠からの多次元的な攻撃を迎撃するために、苦し紛れで編み出した魔術。
『天球儀』とは別のアプローチでの、多段攻撃。
「な、何だ。急に、気温が……」
メンノが警戒するように俺を見た。
そりゃあ冷えるよな。
俺がやることを考えれば。
弾かれたように、俺は駆け出す。
同時に、無数の腕が繰り出された。
「無駄ァッ!」
フィーの魔力量なら、その厄介な攻撃を黒縄で縛り付けられるのは、経験済みなんでな!
絡め取って、動きを阻害する。
俺はそのまま、真っ直ぐに駆ける。
だってそうすれば、撃ってくれるだろう? カノンを。
「粘水!」
敵の魔力を水蒸気に変換。
二射目が来る前に、近距離まで接近する。
魔力を練る。
水蒸気を取り込む。
使うは水の派生魔術。
氷による攻撃。
ただし、単純な氷柱を放つのではない。
俺はそれを、成長させる。
コアの位置は、既に把握が済んでいる!
そこだ。
「――樹氷ッ!」
『肉塊』の内部に、氷を撃ち込む。
それは、枝分かれして伸びていく氷の樹木。
内側を串刺しにする、巨大なるトゲの嵐。
コアが動こうが関係ない。
魔力を流せば、俺には位置が分かる。
逃げ道を塞ぎ、無数の氷柱が四方から襲いかかった。
「~~~~ッ!」
声にならない声をあげ、『球体』が崩れ落ちる。
先のホールで始末した時と同じく、変色しながら、溶けていく。
「まず一匹」
その場に留まることはしない。
そんな時間は勿体ない。
(ああ――。さっき使った『爆弾』なんかより、ずっと魔力の消費が少ないな……)
相手の攻撃方法を理解していること。
どうすれば死ぬのかを知っていること。
実際に、一度戦っていること。
その全てが、『次』の戦いを有利にしてくれる。
フェネルさんが相手にしているミートくんの片割れへと向かう。
異常な膂力を誇る無数の腕も、速射が出来るカノンも、今の俺には通じない。
ふたつしか攻撃方法がないと云うのであれば、それは木偶と変わりがない。
腕が伸ばされる。
縛り上げる。
カノンが発射される。
水蒸気に変換する。
「詰みだ」
二体目を撃破した。
俺はその瞬間に、やはり敵の従魔士は非凡なのだと理解した。
三体目の『球体』は、俺に向かってこなかったのだ。
もちろん、フェネルさんにも。
逆にこちらから遠ざかり、メンノを守るコマのひとつへと変じていた。
「くそったれめが! 場合によっちゃ単騎で王都を落とせるかもしれない切り札を、いとも容易く始末しやがって!」
怒りの言葉とは裏腹に、彼の周囲に展開する防御陣は分厚い。
激昂していても冷静でいられるこの男は、真から指揮官向きなのだろう。
「この怪物を二体も無傷で屠るとはなぁ……。あっちに残してきた奴が、アッサリやられる訳だぜ。どうやっているのか知らねぇが、コアの位置までご存じと来た。ったく、ハイエルフの相手だけでも大変なのに、こんなバケモノの相手までさせられるとはよォ……!」
背後の空間から魔獣が飛び出す。
不意打ちにも似た一撃はしかし、巨大なリスによって阻まれた。
フェネルさんの獣魔が、瞬時にそれを、始末してくれたのだ。
(この霊獣は、反射速度も並みではないみたいだ。俺にとっては、心強い味方だな……)
強力な護衛がいてくれたことに感謝する。
しかし、気がかりなことがひとつ。
メンノの瞳は、未だに死んでいないと云うことだ。
こちらに向けるその色は、憎悪。
恐れも怯えも、そこにはない。
「……まだ切り札があると云うのですか」
同じことを感じ取ったらしいフェネルさんが、男に質す。
怒りに燃える瞳のままで、従魔士は笑った。
「切り札だぁ? そんなもん、あるに決まってんだろうが!」
ビリビリと、ホールが揺れる。
空間そのものが悲鳴をあげているかのようだ。
「俺の復讐は、ちょっとやそっとの数をブッ殺しただけじゃあ、納まらねェ……! この国そのものを蹂躙してやる為に動いてんだよッ!」
その決意は、おそらく本物。
しかし、俺は引っかかりを覚えた。
何か奇妙なズレがある気がした。
「この揺れは……っ!? お気をつけ下さい、アルト様! 何か巨大な質量が、空間を渡ってこようとしています!」
巨大!?
でかい何かがやって来ると云うのか?
「ならその前に、『門』を破壊する!」
「させるか、ボケがァ……ッ!」
カノンが発射された。
俺はこれを防ぐことは出来るが、近づかなければ『球体』を破壊できない。
男はそれを分かっていて、『砲台』としてミートくんを活用するつもりなのだろう。
悔しいが、良い判断だと云わざるを得ない。
やっぱり指揮官としては、極めて優秀だ。
「単純な話なんだよ、単純な。剣闘士の試合だって階級分けがあるだろう? でかいってのは、もうそれだけで有利なんだよ! 何も効かねぇ! 何も通じねェ! 巨大であることの恐ろしさを、その身で理解しろッ!」
男が叫ぶ。
フェネルさんは自らの従魔を元のサイズに戻し、庇うように抱きしめた。
「ごく小規模ですが、時空震が発生する可能性があります。衝撃に備えて下さい!」
俺はフェネルさんと共に、ぽわ子ちゃんの所まで駆け寄って、複数の魔壁を厳重に展開した。
視界が揺れる。
俺の魔壁が、瞬間的に破壊されていく。
重ねて防壁を新規に発生させることで、どうにかそれに耐えた。
大笑いする男の周囲では、獣たちが、ひしゃげて死んでいた。
そして現れるモノ。
それは従魔士の言葉通り、ただひたすらに大きいものだ。
あの醜い『肉塊』。
バカバカしい程に大きな『球体』が、まがいの門を破壊しながら現れた。
「ひゃーははははァッ! 精霊の小僧! 手前ェのチンケな氷柱が、このサイズに通じると思うかぁ!? 徒労なんだよ! 云っただろう、勝ち戦だってなァ!? ハイエルフだろうが精霊だろうが、こいつに勝つ事なんて、絶対に出来ねェッ!」
ああ、うん。
一目で分かる。
アレは絶対にヤバい奴だ。
メンノが指摘する通り、『樹氷』どころか『爆弾』も効果がないだろう。
(それに何より――)
遠くからも、よく見えると云うのが、一番マズい。
避難している人。
隠れている人。
必死に戦っている人。
そんな人たちの心は、こんなものを見たら、折れるどころか、砕けてしまうのではないか?
それは本当の意味での、街の崩壊に繋がる。
そしてこいつを野放しにすることは、更なる大量死を引き起こすことだろう。
(この大きさでのカノンが放たれたら、俺の魔壁じゃ、捌ききれないだろうな……)
ああ本当に。
大きいというのは厄介だ。
どうする?
こんな奴に、どうやって対抗する!?
そう考える俺の服の袖を、腕の中のちいさなメジェド様が引っ張った。




