第二百七十七話 瞬きの夜に、キミと(その二十七)
三体。
ミートくんが三体。
(これ、結構マズくないか……?)
立ち上る水蒸気の中で、俺は考える。
こいつら、普通に強くて厄介だよね?
もしもこれが通常遭遇だったなら、俺は『どう勝つか』ではなく、『どう逃げるか』を第一に考えることだろう。
だが、相手はテイマーに使役された存在だ。
明確な命令を持って、俺たちの排除に動いている。
逃げて見逃してくれるとは、とても思えない。
(やるしかないよなァ……)
気がかりは、ふたつ。
ひとつはミートくんが三体と云う事実。
俺の戦力で、打倒できるのか。
もうひとつは、フィーの体力だ。
カノンに対する備え。
そして『肉塊』を存在として成立させているコアの破壊。
そのどちらにも、妹様の魔力供出が不可欠だ。
俺単独の魔力量では、先程作った『爆弾』を作るのにも一苦労する。
相変わらずの魔力貧乏っぷりには笑うしかないが、財布の中身が限られている以上、吝嗇にやっていくしかないのが現実だ。
だが、その結果としてフィーに負担を掛けてしまっている。
(ごめんな、フィー……)
基本的に、ゆっくり確実にやっていく方が俺の気質に合っているんだが、今回ばかりは事情が違う。拙速を選択せざるを得ない。
マイシスターから魔力を借りて、一息にケリを付ける。
(問題は――)
ミートくんだけでも、三体いること。
高速で繰り出される無数の腕とカノンを前に、優位に立ち回れるものだろうか。
「アルト様」
フェネルさんが、横に立つ。
「あの『球体』を倒す手段はおありですか?」
「一応は」
「それは片手間に出来ることですか?」
「ちょっと難しいかもしれません」
「承知致しました。では、二体は私が押しとどめます。勝つのは難しいとしても、足止めくらいは出来るはずですので」
出来るのか。
凄いな。
けれども、擬似的にでも、一対一に近い形に持ち込めるのならば。
「天球儀」
俺にも、出来ることはあるだろう。
「頼みますね、フェネルさん」
「はい。任されました。なので、あとでご褒美を頂きますね?」
ちいさくウインクをして、ハイエルフは前に出た。
それが合図。
俺は粘水でぽわ子ちゃんを囲み、『球体』のひとつへと視線を向ける。
メンノが従魔士として一流だと思えるのは、こういう時だ。
獣たちでは俺たちを倒すことは出来ない。
だが、邪魔することは可能だ。
注意を引くこと。
行動を掣肘すること。
損耗覚悟で攻撃すること。
『肉塊』の強さを分かった上で、サポートに徹するつもりなのだろう。
隊列を整えたままで、前進を開始させた。
メンノは『天球儀』がある俺には近づけなくとも、フェネルさんの妨害は、充分以上にやれる。
詠唱も出来ず、魔壁も展開できない。
そんな状況で、獣たちに狙われながら二体のミートくんの足止めをしようとするフェネルさんの覚悟は、称賛に値した。
臆した様子もなく、真っ直ぐに歩いていく彼女を、メンノが笑う。
「はっははは! ハイエルフ様は、たったひとりで、うちの群れに挑むつもりか!」
「口を慎め、三流従魔士」
フェネルさんの言葉は、とても冷たい。
それは相手を心底見下しているとしか思われない声だった。
いや、下に見ると云うよりも、人間が虫けらを最初から同等と思っていないのと同じように、『前提』からして上下があると信じ切っているかのような云い方だった。
「ほーん、三流ときたか。流石はエルフ様、高慢な物云いだねぇ。んじゃあ、その三流に殺されるお前は、一体、何流なんだ?」
「そう云うセリフは、私を殺してから云ってください」
「んじゃ、そうさせて貰おうかねぇ!」
動かしたのはミートくんではなく、獣たちだった。
それは、従魔士としてのプライドなのだろうか。
それとも、ハイエルフごとき、これで充分という驕りか。
疾駆する獣たちの前に、いつの間にか一匹のリスが立ちはだかっていた。
云うまでもなく、彼女の従魔だ。
「何だ、そのマメチビは! 一咬みで終わりじゃねぇか!」
「ええ。貴方の従魔が」
瞬間、リスの姿が膨れ上がり、その鋭い歯で魔獣の身体を両断した。
空中にバラ撒かれた血液が、雨のように降り注ぐ。
「な……ッ!?」
驚愕するメンノを他所に、リスの猛撃が続く。
続く振り下ろしの一撃で、別の魔獣がひしゃげて潰れた。
恐るべきパワーだった。
背後に回ろうとした獣たちは、しっぽで弾き飛ばされる。
その有様はゴルフクラブのフルスイングで飛ばされるボールにも似て。
向こうの壁まで叩き付けられた魔獣は、ピクリとも動かない。
「おいおいおいおい……。何だよ、そのバケモンは」
「うちの子をバケモノと侮辱するのは、やめて頂けますか?」
「手前ェも、従魔士だったか……!」
メンノがタクトを振るう。
隊を成した獣たちが、リスに殺到した。
そしてその隙を突くかのように、陰から現れた一頭が、フェネルさんに飛びかかる。
三流と罵倒された男だが、普通に運用が巧みだと思う。
しかし。
「な、何してやがる……!」
フェネルさんの取った行動は、メンノの想像を超えていたようだ。
もちろん、俺にも。
まるで空手か古武道の貫手のように、四本の指が飛びかかってきた魔獣の眉間を貫いていた。
獣は、ピクピクと身体を震わせている。
「力ある従魔士は、こういうことも出来るんですよ。あまり使うべきではないと思うので、普段は封印しておりますが」
血に濡れた指を引き抜く。
頭部を刺された獣は、死んでいなかった。
まるで酩酊しているかのような足取りで『仲間』に近づくと、突如として、その首筋に食らいつき、食い千切った。
「強制的に、頭の中をいじりやがったか……ッ! 出来るのかよ、そんなことが……ッ!」
「従魔士には従魔士の、『外道の法』とも云うべき技術があります。当然、これに対する防衛策も。それを知らない者を、三流と云うのです」
襲い来る魔物を躱す。
頭部を貫く。
その魔獣が味方に襲いかかる。
彼女はそれを繰り返す。
こんな共食いじみた残酷なことも、従魔術では出来るのか。
(そりゃあ、まともな従魔士ならば、こんなやり方はしないだろう……)
しかし、今は数で劣勢。
おまけに獣たちを放置すれば、街の人々が襲われる。
だから禁忌を解放したのだろう。
「バケモノめ……っ!」
メンノはフェネルさんを見ながら、吐き捨てるように呟いた。
しかし、適応能力が高いのか、すぐに自分の魔獣たちをけしかけることをやめたようである。
「当初の予定通りに行かせて貰うぜ! ……ブッ殺せッ!」
それは、『球体』への合図。
ミートくんたちが、稼働した。
一体が俺に。
そして二体がフェネルさんに。
ハイエルフの女魔術師はしかし、左右から繰り出される無数の腕を、くるくると踊るように躱していく。
彼女は初めから、攻撃に出るつもりがないらしい。
避けることに専念しているからこそ、付け入る隙を与えない。
そしてリス型の霊獣は、メンノの獣たちを自らの主人に、決して近づけさせなかった。
あの男の強みは、数を活かした連携攻撃にある。
しかしフェネルさんはそれを封じ、『肉塊』からの攻撃を、ただ躱すだけで良いという環境に変えてしまった。
彼女もまた、途方もない戦巧者なのだろう。
(何にせよ、これでミートくん一体に専念できる……!)
貰ったチャンスだ。
俺は俺で、自分の仕事に取りかかるとしようか。




