第二十七話 魔力持ちの区分と問題集団
神聖歴1204年の七月。
八級試験の日だ。
慢心するつもりもないが、そんなに難しく考えてもいなかったりする。
と云うのは、八級は九級を少し難しめにしただけの試験内容だと聞かされているからだ。
ここまではまだ、生活に使うような比較的無害な魔術の範囲内。
他方、七級からは戦闘用魔術の行使が許可される免許となるので、ひとつの壁となり、実技にも戦闘を想定したものが含まれてくるらしい。
まあ、そちらはまだ三ヶ月先だ。……ここで落ちなければ、だけれども。
八級と七級の差は、そのまま魔力の区分の差だ。
魔力を基準とした場合の人間は、大きく分けて三種類。
一番目が魔力を持たないもの。
二番目は魔力は持つが、その量が微妙なもの。
そして、三番目が魔力を自在に操れるもの。
魔術師と云うのは当然、三番目の人間だ。
一番目の者達は、どちらにもなれない。
二番目の人間は『魔導士』にはなれても、『魔術師』にはなれない。
この世界においては魔導士と魔術師は別物ということになる。地球世界では区別なんて無かったが。
魔術師と云うのは、ようは呪文を使う人。
魔力を色々なものに変換し、この世界に干渉する『術』を持つ者のことだ。
魔導士、と云うのは魔術関連の研究や魔力を用いて諸々の探求をする人たちのことだ。
ようは魔力を直接使うか、技術発展や学問系に役立てるかの違い。
魔術を行使するには一定以上の魔力が必要となる。微少な魔力しかない者は初級の魔術までしか使えない。
だから『二番目』の人たちは魔導士にはなれても魔術師にはなれない、と云う訳だ。
ただ、一緒くたに呼んでしまっても、あまり文句は云われない。
日本語にも『役不足』やら『情けは人のためならず』やら、誤用されている言葉は多いが、いちいち突っ込んで来る奴が少ないのと似たようなものだ。うるさい奴は当然うるさい。けれど、殆どの人が気にしていない。そんな感じ。
だから俺もあまり区別せずに使っている。ここでだって魔術試験、魔導免許と、ごちゃまぜに。
もちろん、魔術師になりたかったが、魔導士にしかなれなかった人たちは、
「魔術師なんですか、凄いですねぇ」
とか云われると眉をひそめるらしいが。
紛らわしいと云えば、『一番目』の人たちがなれる職業に、『魔学博士』や『魔学者』と云うものがある。
これらは単純に、魔導の歴史だとか有名な魔術師だとかを知識の範囲で記録・研究する人たちのことだ。動物学者だとか、植物学者だとかとジャンルとしては変わらないし、魔力を保有する必要がない。
ついでだから説明しておく。
それは『魔法』と云う言葉だ。
俺の元いた世界では魔法は魔術や魔導と一緒くたに扱われていたが、この世界では『魔術に関する法律のこと』を指す。
だから魔法使いと云う言葉はないし、『魔法士』と云えば魔術の法律に携わる人、と云う意味になる。赤ん坊時代は俺も魔術を『魔法』と呼んでいたが、今は呼んでないのは、そういう理由からだ。
と、ここまでは言葉上の区切りで、誤用してもたまにツッコミを喰らうだけでさして問題を生じないのだが、重要な物事ももちろんある。
それが、『無用民』と云う言葉だ。云うまでもなく、差別語である。
この言葉を聞いた時点で大半の者がピンと来る思うが、この世界には魔力持つ者を選ばれし者、特権階級だと信じる人間が一定数いる。
彼らは魔力がない人間を見下している。
「無用民共は、我々魔力ある有用民の成果にただ乗りする寄生虫である。戦闘においても役に立たず、生活においても我らにぶらさがるばかりの害虫だ。魔術が使えないから、戦闘では足を引っ張るばかり。魔道具だって我々が作ってやっている。我ら有用民がいなければ人間は人間らしい生活を送ることが出来ない。なのに無用民共は我ら有用民と同じ権利を要求する。これはあまりにも不遜であり、人類秩序に対する不当な挑戦であると云わざるを得ない。立場の差が明確であるからこそ、人間社会は軋轢を回避出来るのだ。それを分からせるためにも、有用民と無用民とは、階級分けをすべきであろう」
と云うのが、魔力至上主義者たちの主張。
人間の数を10とした場合、魔力持ちは3くらいで、魔術師になれるのは1くらい。
当たり前だが、魔術師だって彼らに賛同する者ばかりではない。
だから何を云おうと、彼らは少数派であるに過ぎない。
つまり本来なら、数の少ない過激派のたわごととして黙殺されるだけの言葉なのだ。
ところが現実はそう上手くは行かない。
理由はこの国の貴族だ。
この国の貴族の中に、魔術至上主義の賛同者が少なからず存在し、策動している。
地獄への道は善意で舗装されている――とは誰の言葉であったろうか。
地球世界の格言だが、これがこの世界にも当てはまる。
魔導歴時代の技術は神聖歴を越えていた。
転位門に代表されるように、現代日本を凌駕する魔道具すらあった。
それら貴重な技術が失われた今は、彼らにとっては耐え難い冬の時代なのだ。
「かつての人類はもっと豊かだった。魔術を行使出来る人間は、もっと多かった。帰るのだ、魔力と叡智に満ちあふれていた人類の最盛期へ!」
彼らは自らの行いを救済であると信じているのだ。
魔力至上主義に走る人間は二種類だ。
単純に特権階級として君臨したい者と、大魔術時代の夢よもう一度と云う復古主義者。
彼らにとって、魔術師の台頭は正義であり、魔力を持った人間が増えることが幸福の実現への第一歩となる。
だから、魔術師主導の国家を作りたい。そう考え、活動している者達がいるし、それを良しとし支援する人々もいる。
ちなみに魔導歴以前より、この世界で生活している敬愛すべきエイベル先生の言。
「……神聖歴以前? そんな良いこと尽くめな訳がない。失われたものもあったし、得たものもあった。ただ単にそれだけの話。人間は過去に幻想を持ちすぎている」
実際に過去世界を知る人が傍にいてくれると云うのは、きっと幸福であるに違いない。
なんにせよ、魔力至上主義者たちが何を訴え、主張しようとも、彼らは根本的に重要なものを欠いている。
それは、核だ。
求心力と云っても良い。
魔術師主導の国を作るにしろ復活させるにしろ、その指導者――旗印になりえる存在が必要になるのだが、それがいない。
王族なり大貴族なりの生まれで、しかも魔術の天才でも出現しない限り、彼らの盲動は勢いを得ることはないだろう。もともとからして、大多数の理解を得られる思想ではないのだから。
で、何で長々と誇大妄想狂たちの説明をしていたかと云うと、ビラを配られたからだ。
なんとビックリ。
奴ら、この試験会場の前の街路で堂々とチラシを配っていやがった。
あまりにも自然に渡してきていたので、俺以外の人間も普通に受け取っていた。
そこには魔力を持つ者の優位性をくすぐり、魔術師の地位向上を目指せと書かれていた。
流石にあからさまに無用民を排除せよとは書いてはいないが、暗にそう煽っているのは読み取れる。
試験会場でのビラ配りは禁止だが、会場前なら敷地内じゃないのでセーフ、と云う強引な理屈らしい。
それでも本来なら会場の真ん前だと迷惑行為だと排斥されるのだが、どこかのお貴族様が『善意で配っているだけで、それ以外の意図はない』と強弁したのだとか。
まあ、確かに団体名なり組織名なりは記載が無くて、「未来を担う魔術師の卵達よ、頑張れ」と書いてあるのだから、応援のためのビラと云えなくもない。
彼らとしては賛同者を増やすためにやっているのだろうが、これで良い印象を抱けというのは無理があるだろう。
ただ、この問題集団がバラバラに活動しているのではなく、こう云うことの出来る組織力がある存在なのだと認識できた事には意味がある。
気を付けないといけない。
(国なり冒険者ギルドなりが、さっさと潰してくれるのが一番助かるのだが……)
この集団が肥大化して巻き込まれるような騒動を起こすことのないように切に願う。
いや、そんなことよりも、もっと楽しいことを考えよう。
「試験と云えば、あの娘だ」
俺は今回もついたてに近づく。
彼女は今日もいるだろうか?
そんな風に思った矢先、
『こんにちは』
流暢な日本語が聞こえてきた。
(ああ、安心した)
そこには穏やかにはにかみながら笑うひとりの幼女。
その姿を見て、やっと俺も平静な気分に戻れたのだった。




