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妹のいる生活  作者: むい
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第二百七十三話 瞬きの夜に、キミと(その二十三)


 別の『門』……。


 別の『門』か……。


 あのまがい物は、サンドバッグくらいの大きさだったし、在庫があれば、そりゃ持ち運んで来られるだろうな。


 今まで起動してなかったのは、ひとつで充分だったからか、それとも予備のつもりだったのか。

 俺がメンノの立場でも動作に不安がある魔道具をふたつも使おうとは思わないだろうな。


「中々、用意周到じゃないか……」


 いや。

 それ程までにして、この騒ぎを起こしたい理由があったのか。

 いずれにせよ、追跡をせねばならないだろう。


 幸い、メンノの魔力はフィーが記憶してくれたはずだ。

 新たに開いた『門』共々、場所を教えて貰わねばならないが――。


(その前に、ティーネだ)


 彼女の様子を確かめねば。


 マイシスターを抱えたままに近づくと、意識はあるらしい。

 こちらが声を掛けるよりも早く、彼女が先に言葉を発した。


「申し訳ありません、アルト様。護衛役でありながら、このような失態をお見せしてしまいました」


「失態ではないから、気に病む必要は無いよ。それよりも、腕の調子はどう?」


 おそらく、治療が間に合ったのだろう。

 彼女の腕にはいくつもの疵痕がハッキリと残ってはいるが、それらは鮮やかなピンク色の肉が色づき始めている。

 既に再生されつつあると云うことだろう。流石はエイベルの薬だ。


(逆に云えば、エイベルのポーションを使っても、回復速度がこの程度と云うことだ。どれだけの怪我を負ったのやら)


 ティーネは女性だし、痕が残らなければ良いのだが。


「はい。カノンの直撃を受けたときは両腕の消失を覚悟しましたが、これならば元通りに動くようになりそうです」


 アレの直撃を受けたのかよ!


 思わず、崩れた天井を見てしまう。

 普通、あの威力の攻撃を喰らえば、腕の調子うんぬん以前に即死すると思うんだが……。

 流石はハイエルフ。

 肉体の強靱さも人とは比べものにならないか。


 この世界には魔術があり、それらを回復にも用いているが、欠損を補うことは出来ない。


 この辺、ポーションも事情は同じだ。

 傷口を塞いだり、再生は助けるが、失われた部位は戻ってこない。


 ただし、余程に高位な回復魔術やポーションの場合、切れた部位が残っていれば、早期ならばくっつけることも出来るようだ。


 だが、それも傷口が綺麗でなければならないし、それ程の回復術士や優れたポーションは極めて稀少なので、治癒が間に合わないことが殆どであるとされている。


 例外は『聖女』と云う紋章持ちで、欠損であれ重病であれ、命があれば、殆どの症状を治せたと云われているが、現在は存在しないようなので語る意味はない。


 今回は欠損が起こったわけではないが、ティーネの反応を見るに、彼女の腕に後遺症は残らなさそうだ。良かった、良かった。


「流石にこの薬でなければ、腕の治癒は難しかったかもしれません。よくて障害が残り、悪くすれば、壊死していたかもしれません」


 ティーネの治療を請け負ってくれたフェネルさんが、空になったビンを見ながら、そんなことを云う。


 彼女はテキパキとした動作で、綺麗な白布を同僚の女騎士へと巻いていく。

 随分と手慣れているが、応急処置の心得があるのかもしれない。


「私などに高祖様の薬を使わせてしまい、申し訳ありません……」


 ありゃりゃ。

 ティーネの耳が、しゅんとしてるぞ。

 気にする必要なんて、ないのにね。


「大丈夫だよ。エイベルも俺の行動を認めてくれるのは確信しているから、気に病んだりしないで、しっかりと腕を治して欲しいな」


「は! 命に代えましても!」


 俺の言葉に、ハイエルフ様の耳が力強さを取り戻した。


 これはアレだな。

 気持ちを切り替えて、別のことで補おうとか、そういうタイプの決意だろうな。

 あまり無理はして欲しくないんだが。


「余程に高価な薬を使われたのですか?」


 あとからやって来たレネーさんが、そんなことを云う。

「高祖の薬うんぬん」という、ヤンティーネの言葉は聞こえていなかったみたいだ。


「レネーさんは、薬に関して詳しいんですか?」


 フェネルさんみたいに応急処置が出来るかどうかって重要だから、この際、訊いておいたほうが良いだろう。

 妹様やぽわ子ちゃんの安全にも係わる話だからね。


「いえ、サッパリです。里では剣と魔術の訓練ばかりでしたから!」


 凄いドヤ顔で云い切るなァ……。

 エルフって草木に詳しいイメージだけど、色々なタイプがいるんだろうか。


「私、戦うことしかできないから警備部にいるんですよ」


 割と脳筋なことを云っている。

 同じく警備部のヤンティーネが、不服そうな顔をしているぞ?


「あ、でもですね。聖湖の湖水を使ったポーションが凄いことは知っています」


「聖湖ですか……」


「あれ? 知りませんか? それとも、おとぎ話と思っていますか?」


 キシュクード島は伝説の島だ。

 知らない人も多いし、知っていても、おとぎ話としか認識していない者も多い。

 たぶん彼女は、俺もそのうちのひとりだと思ったのだろうな。


「聖湖の湖水は、人間世界なら、たった一滴でも凄まじい金銭を生むと云われているんですよ。具体的には、領地と爵位と使用人をいっぺんに買えるくらいに」


 聖湖の湖水って、キシュクードの環境に紐付けされた魔力だから、持ち出しても劣化するだけだと云う話のはずだが。

 入手しても、ポーション作成までに間に合うのかな?


 劣化を防ぐための例外はふたつ。


 ひとつは『異次元箱』や『精霊の水瓶』のような、特殊な容器の中に保護すること。


 もうひとつは、個体としての属性を獲得すること。


 これは氷雪の園の総族長、スェフの持つ『大結氷』や、当家の妹様の持つ、『透明な粘土』なんかがそれに当たる。


 その辺の事情を考えると、マイムちゃんは途方もないものをくれたものだ。

 水色ちゃん、元気かなァ……? 

 今は七月で、聖域に行ったのは五月だから、二ヶ月しか経ってないけれども。


「レネーさん。あれが聖湖の湖水を使ったポーションだと思われたんですか?」


「いえ、流石にそれは。私も聖湖の湖水を使ったポーションなんて、伝承の中でしか聞いたことがないのです……」


 セロのエルフは、そう云って頭を掻いた。

 これはアレだね。本当に薬に詳しくないんだろうな。


 高精度なポーションと聞いて、それしか出てこなかったのだろう。

 偉い学者さんと聞いて、菅原道真の名前しか出てこなかった本多忠勝みたいなもんだな。

 取り敢えず云ってみた、みたいな。


 この世界にとっての聖湖の湖水は、差し詰め盲亀(もうき)浮木(ふぼく)優曇華(うどんげ)の花と云ったところか。


 なお、優曇華の花は実在する模様。

『浮遊庭園』で働くハイエルフのガーデナーたち曰く、この世界でエイベルのみが所持しており、その価値は計り知れないのだとも。


「それで、ティーネの腕はどうなの? 戦えそう?」


 怪我をした人に対して無神経だが、現有戦力の確認を怠るわけにはいかない。

 非礼を承知で訊いてみた。


 すると。


「問題ありません!」


「本日中の戦闘行為は無理でしょう」


 ふたりのハイエルフから、異なる回答が返ってきた。

 同時に云われたので、凄く聞き取りにくかったぞ。


 続行可能と答えたのがヤンティーネで、無理だと判断したのが、フェネルさんだ。


 申し訳ないが、俺はフェネルさんの発言を信じることにする。

 ティーネの言葉には、多分に無理が蓄積しているように見える。


 「大丈夫」

 「まだ行けます」


 そんな言葉を呟きながらブッ倒れた人間なら、前世で何人も見てきたからな、俺は。


「えっと……。では、レネーさん」

「はい」

「ティーネを保護しつつ、商会へ向かって頂けますか?」


 俺が云うと、またも同時に声が聞こえる。


「承知しました」


「待って下さい、それでは護衛の任が果たせません……!」


 どっちが誰の発言かは、説明するまでもないだろう。


 フェネルさんは一瞬、悲しそうな顔をした後、しっかりとした口調で同僚に云った。


「ヤンティーネさん。今の貴方では、戦力にはなりません。戦場で足を引っ張る者がいればどうなるか、貴方自身がご存じですよね?」


「…………ッ」


 ティーネは悔しそうに唇を噛んでいる。


 云い難いことを言葉にしてくれたフェネルさんには感謝しかない。

 これ以上、ヤンティーネに無理をさせたくないと云う考えは、彼女も俺と同じなのだろう。


 ややあって、ハイエルフの女騎士は重々しく頷いた。


「お役に立てず、申し訳ありません……」


 彼女は本当に悔しそうで、見ているこちらの心が痛んだ。


 ヤンティーネは、レネーさんに付き添われて、この場に残る。

 もう少し回復したら、セロのエルフたちと合流して貰うのだ。


「じゃあ、俺たちはメンノの後を追いましょうか」


 仕掛けの壁から、追跡を開始するのだ。


「すみませんね、フェネルさん」


 壁を越えた先は、上り階段になっていた。

 おそらく、外に通じているのだろう。


「何を謝られるのですか、アルト様?」


「ティーネのこととか、色々です。ぶっちゃけ、こちらに付いてきて貰う方が危険度は高いはずです。でも、貴方にいて貰えないと、俺が困るんです。俺の都合で、危地に付き合わせる訳ですから」


「ふふふ……」


 何故だかフェネルさんは笑い、それから、俺の頭を撫でた。


「めーっ! にーた撫でる、それ、ふぃーだけなのーっ!」


 案の定、妹様が激怒してしまったが、フェネルさんは手を引っ込めただけで、優しく微笑んでいる。


「何となく、ヘンリエッテ副会長が貴方を気に入った理由が分かった気がします」


「――え?」


「ご安心下さい。ヤンティーネさんの分も、私が命をかけて、皆様をお守り致しますので」


 そんなセリフは云って欲しくない。

 云って欲しくないが、フィーやぽわ子ちゃんを守る為には、その言葉に縋ることしかできなかった。


 俺は無言で階段を上る。


 星空の下での戦いが、始まろうとしていた。


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