第二百七十二話 瞬きの夜に、キミと(その二十二)
撃ち出されるカノン。
このタイミングでは躱すことが出来ないし、仮に回避出来ても、背後のふたりに被害が行くかもしれない。
粘水の魔壁の強度では、確実にカノンを防げるという保証はない。
間に合うのは、自分の前に、魔壁を展開することくらい。
カノンの習性は『生のままの魔力』に近い。
魔力をそのまま撃ち出すが、視認出来るし、指向性がある。
つまり、『生のままの魔力』をそのまま使うのではなく、無詠唱で魔力弾を撃ち放っている状況に近いのだ。
僅かに魔術として成立していると云うことなのだろう。
だが、無変換の魔力に近いと云うのならば――。
「――――ッ!」
まるで鉄板に水滴が撥ねるような音が響いた。
そして、大量の蒸気。
どうやら防御が上手く行ったようだ。
しかし、留まっている時間はない。
慌てて飛び退くと、その場所に無数の腕が叩き付けられた。
石床が破壊されている。
「ど、どうやって、あんな攻撃を防いだのですかッ!?」
レネーさんが叫んでいるが、今は答えてあげられるだけの時間がない。
正解は、『変換した』だ。
魔力を変換するときの術式をフィルターのように展開し、カノンそのものを熱エネルギーに強制的に変えたのだ。
そしてフィルターのすぐ後ろに、粘水の魔壁を同時展開。
熱を水分で蒸発させた。
ただそれだけの、ちゃちな防御方法だった。
なまじ変換前の魔力に似ているから、付け入る隙があった。
これが本当に古式魔術だったら、今の俺では突発的に防ぐことが出来なかっだろう。
魔術砲の構築とは、ただ威力と速度を出すだけのものではない。
優れた魔術師ならば、自らの術式に対する防御機構も備えているはずだからだ。
(にしても、カノンもそうだが、腕が厄介だな……!)
超高速で鎖の付いたトゲ鉄球を複数、振り回しているようなものだからな。
物騒、極まりない。
「フィー、あいつの『核』の位置が分かるか!?」
「ふぃー、わかる! 右下の方にある!」
ド真ん中じゃないのかよ。
歪だからズレたのか、それとも『設計者』がコアを破壊されることを嫌ったのか。
「よいしょォッ……!」
フィーが指摘した箇所へ、連続で氷の槍を発射する。
食われることを考えての連発だ。
一発でも刺さってくれたら、それでいい。
けれど。
「ダメか……ッ!」
氷柱攻撃は防がれてしまった。
幾本もの腕を出し、そいつを幾重にも重ねて、盾として使ったのだ。
ミートくんも自分の急所が狙われていると分かったらしい。
初めて防御行動を取った。
つまり、ある程度の知能があると云うことだ。
「んゆ、にーた! コア、移動してる! 背中の方に行った! ふぃー、それ見える!」
そんな芸当も出来るのかよ。
そう云えば、氷原にいた『心臓』もよく動いたっけな。
核の位置が変わったら、身体の構成形態も変わるから、普通は自壊するものなのだが。
「にーた、いっぺんにドカーンってすれば良い! 全部吹き飛ばすの!」
「そうしたいのは山々だがな、あまり威力のある攻撃だと、地下そのものが崩れちまうぞ?」
いや。
それはカノンも同じことか。
このまま乱射されたらヤバいよな……?
逃れた従魔士を追う必要もある。
速攻でカタを付ける必要があるようだ。
(コンパクトで高威力。そういう魔術を使う必要があるな……)
あるか? そんな都合の良いものが?
いや。
無ければ、作ればいい。
対ミートくん専用の、攻撃魔術を。
腕を躱す。
魔獣を倒す。
時折発射されるカノンを蒸気化させる。
それらと同時に、新たな魔術を構築する。
それは、内側に向けて爆発する爆弾。
局所的な範囲の、破壊の魔術。
「フィー。コアの位置は変わってないな?」
「大丈夫! 同じとこにある! ふぃー、それ分かる!」
目の前には、ボーリング玉くらいの大きさの魔力球。
本命の球と、『それ以外』が複数。
やっつけで作ったものだから、失敗しないか、ちょいと不安だが……。
「行ってこい、魔撞球ッ!」
撃ち出した球は、本命を含めて九つ。
それはエイベルが教えてくれた、魔力を魔力で弾く攻撃方法。
初めてトルディさんと出会ったときに使った『曲がる水弾』と同じ原理の玉突きだ。
振るわれる腕。
動こうとする身体。
相手の攻撃を躱し、追跡し、くぐり抜け、魔力の爆弾を背面へと滑り込ませる。
俺の狙いが分かったからか、ミートくんは背中からも腕を生やして防御しようとする。
「悪いな、それも想定済みだ」
撃ち出された魔力球には、妹様の魔力をふんだんに使ってある。
前時代の怪物だろうが、耐えることは出来ないだろう。
ドオン、と爆ぜる音がした。
衝撃を内側へと誘導してなお、地下室全体がかすかに揺れた。
俺が用いたフィーの魔力には、それだけの量と威力があったのだ。
『肉の球体』の、背面丸々が失われていた。
霧状になった赤黒い血液が、雨のように降り注いだ。
「信じられない……! まさか、あの怪物を倒すなんて……!」
レネーさんが驚愕の声をあげる。
けれども、まだだ。まだ油断してはダメだ。
(そら来た……ッ!)
ゆっくりと崩れ落ちる『肉塊』から、無数の腕が繰り出された。
氷原で戦ったリザードマンは、心臓を貫かれてなお。絶命までに時を要した。
ならば壁に潰されてもピンピンしているこいつが、潔く消えてくれる訳がないだろう。
「黒縄ッ!」
向かってくる腕を、フィーの魔力で縛り上げる。
瞬間、天井部が炸裂した。
(うお……ッ!? 危ねェッ……! 手からもカノンを撃てるのかよ! 油断してた……ッ!)
ガラガラと一部が崩落する。
部屋全体が埋まるような被害ではなかったが、ずっと留まっていられると安心できる壊れ方でもない。
「す、凄い……ッ! カノンの発射を読んで、攻撃を逸らしたのですね……ッ!」
セロのエルフが、そんな風に感激している。
が、実際はただのラッキーだ。
撃ってくるのが分かっていたら、崩落を招くような真似はさせなかったよ……。
「は、ははは……」
引きつった笑いを浮かべながら、俺は『肉塊』を見る。
ミートくんは黒くくすんだ紫色に変色し、どろりとした粘性の液体のようになって、地面にへばりついている。
最早、活動を完全に終了しているように見えるが――。
「フィー。こいつ、まだ魔力は残っているか?」
「みゅっ! もう何も感じない! 動かない!」
死んでくれたか。
しかし厄介な相手だった。
メンノは『軍隊も相手に出来る』と断言していたが、確かに並みの方法では、こいつに勝つのは無理だっただろうな。
同時に、ホール内の魔獣たちも始末が付いたようだ。
残っているのは、大量の死体だけ。
レネーさんとぽわ子ちゃんが、駆け寄ってくる。
「あんな途方もないモンスターを、よく倒せましたね……!」
「倒せませんよ」
「え? でも……」
コアの位置を特定したのも、魔力球を作り出すための魔力供与も、最後の腕を縛り上げた黒縄の強度も、全部が全部、フィーの手柄だ。俺じゃない。
俺の魔力量では、そこまで出来ないし、そもそもコアの位置すら分からない。
もしもフィーのいない一対一だったら、負けていたのではないか。
このホールを埋め尽くす獣たちの死体もそうだ。
自前の『天球儀』では、途中でガス欠を起こしたと思う。
少なくとも、『天球儀』を発動しながら、他の魔術を多用することは難しかっただろう。
出来ないとは云わないが、途方もない苦労をしたに違いない。
だから、これは俺が倒したのではないし、倒せると胸を張ることも出来ない。
「むん……」
ぽわ子ちゃんのメジェド様包みが両手を伸ばしてきて、俺とマイエンジェルの掌を握った。
「アル、フィール、兄妹の連携……。提携……? 烏骨鶏……?」
俺の独力撃破じゃないことに気付いているのかね?
それとも分かっていないのか。
やっぱり俺には、この娘は計れない。
(それにしても、気になるのは、メンノの行き先だ)
ただ逃れただけなのか。
それとも、何か他に寄る辺があるのか。
つくづく、逃してしまったことが悔やまれる。
考えている俺の袖を、マイシスターが引っ張った。
「にーた、にーた! 『門』!」
「うん? アレなら、もう止めただろう?」
中央部を振り返ってみても、稼働している様子はどこにもない。
「あれ違う! 別の『門』! 今、開いた! 魔物、また湧いてる!」
その言葉に、俺たちは凍り付いた。




