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妹のいる生活  作者: むい
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第二百七十一話 瞬きの夜に、キミと(その二十一)


 ああ、うん。


 ヤバい奴だ。

 ミートくんをひと目見て、それが分かった。


 だってあいつ、俺たちが大氷原で戦った『心臓』のご同類だろう?


 先程まで調査していた薬品工房らしき場所。

 あそこに備え付けられた器具や草花を見て、薄々、マズい気はしていたのだが。


(絡んでいるのかなァ、あのリュネループの女魔術師がいたグループが)


 前時代の生物兵器が絡んでくる場合、ぶっちゃけ、俺の実力で対応しきれるか甚だ疑問だ。

 エイベルがいてくれたらと、心から思う。


 でも、今は不安を表に出してはいけないと思う。


 敵を勢いづかせることになるし、せっかく表面上は立ち直ってくれたぽわ子ちゃんが、また曇ってしまうだろうから。


 俺は小声で、妹様に問いかける。


(フィー。さっきの丸い奴、まだ生きてるか……?)


(みゅ! 魔力あんまり減ってない! にーたの作った壁、食べてる!)


 とんだ雑食性だ。

 氷穴にいた『心臓』と同じなら、たぶん、再生能力もあるんだろうな。


 強敵と率先して戦うのは趣味じゃない。

 素直に、あの従魔士の男を倒す方が良いのだろうな。


 しかし、問題がひとつある。


(数が多い……)


 気勢を上げている獣たちが、まだまだたくさんいるのだ。


『天球儀』で対処出来るとはいえ、複数の属性魔術をマシンガンのように乱射するので、ぶっちゃけ燃費が悪い。

 魔力の出所はフィーだが、術式の構築は俺がやっている。

 つまり、とても疲れるのだ。


 視界には、多くの死体。

 その殆どをティーネが倒してくれたのだと思うと、その凄さがよく分かる。


(フィーも、疲れてきているだろうな……)


 この娘の魔力量は凄まじいので、そちらの残量は何ら問題がない。

 たぶん、数日間ぶっ続けで『天球儀』を発動していても、まだ余裕だろう。


 けれども、フィーは幼児だ。

 体力が保たない。


 何も云わないけれども、既に眠いのではないだろうか? 

 だっこしている身体は、妙に熱を持っている。


 この娘に無理させねば戦うことの出来ない自分を、心底、情けなく思う。


(従魔士を狙うにも、街への被害を押さえるにも、まずは相手の増援を断たなければダメだ。となると――)


『門』。


 あれの排除が先になるか。


 術式の発動している方陣へと駆ける。

 メンノが従魔をけしかけてくるが、対処自体は問題がない。

 蹴散らしながら、中央部へ辿り着く。


(しかし、何だ、これは……?)


 中央には、奇妙なものが置かれていた。


 まるで『中身の足りないサンドバッグ』のように、円柱形だがでこぼことした器具が備え付けられている。


(『天球儀』を一旦停止。粘水の魔壁で、陣地を確保……)


 発動魔術を切り替え、器具に触れてみる。


 魔力の根源へと干渉する。


「使い捨てか、これ……!」


 触れてみて、構造を理解した。


 たぶんこれは、転位門の出来損ない。

 或いは、プロトタイプか。


 稼働時間はごく短く、そしておそらく、一度撤去すれば空間自体をつなぎ直すことも出来ない。


 流れている魔力も酷く不安定で、ひょっとしたら何も手を加えなくても、暴発や突如の停止の危険性があるような不良品なんじゃないかと思う。


 少なくとも、俺の知る『門』とは品質も安定性も段違いだ。

 比べるのもバカバカしいレベルの粗悪品。


 フィーが、「ぐにゃぐにゃしてる」と評したのは、この半・暴走状態の魔力回路のことだったのだろうな。

 一から十まで、危険な魔道具。


 あの従魔士は、それを知っているのだろうか?


 大氷原に攻めてきたふたりの蜥人のように、利用されているだけなのかもしれない。

 或いは、最初から破れかぶれで、どうでも良いとでも思っているのか。


 少なくとも俺は、こんな危険物の傍には居たくないし、大切な妹様やぽわ子ちゃんを、居させたくはない。


(停止させることが難しくないのが、せめてもの救いか。適当にオフっておけば、二度と起動できないだろうよ)


 魔力の流れに干渉し、配線の一部をショートさせる。


 それだけで『まがい物』は、青白い光を消し、停止した。

 これで増援は断てたかな?


 うちの爺さんは強かったし、商会のエルフたちも強い。

 犠牲は出るとしても、獣たちの駆除は進むはずだ。


「て、手前ェ、何をしやがった……!?」


 従魔士が叫んでいるので、『門』を停止させただけだと伝えてやった。


「停止だとォッ……!? そんな危ねぇ真似を……!」


「いや。『これ』は起動させたままの方が危険だったと思う。暴発するかどうかは、まあ、半々だったんじゃないかな……?」


 俺の言葉に、メンノは『門』とこちらを何度か見やり、そして決意めいた顔をする。


「ふん。流石は精霊様か。そいつの危険性を見抜くとはな。……俺も薄々、やべーんじゃねぇかとは思ってたんだよな。たまに変な音がしたし、ガクガク揺れるしでよ。だがまあ、そいつが動かなくなったなら、都合が良いこともある」


 男はタクトを振り上げ、俺に向けて、大声を上げた。


「俺は従魔士だからよ! 自分の従魔が健在かどうかが、よく分かっている! お前が潰した気になっている生物兵器は、まるで死んじゃいいねェってこともなァッ!」


 その言葉に呼応するように、ミートくんをサンドしていた俺の魔壁は破壊され、あの醜い『肉の塊』が姿を現した。


「その小僧をやれ! カノンを撃ち放題だぜ!」


 カノン! 

 カノンだって? 


 あの『球体』は、そんなことも出来るのか!


 確かにカノンが撃てるなら、『門』の出来損ないの傍じゃ、おいそれとは使えなかっただろう。

 向こうは向こうで、全力を出せなかったと云う訳だ。


 次に男は、このホールにいる全ての獣に、攻撃命令を下した。


 自分の防衛をどうするのか?

 そんな疑問が浮かんだ矢先、男の身体が、壁の向こうへと消えたのだ。


 まるで忍者屋敷の仕掛け壁のように、壁面の一部が回転し、向こう側へと逃れてしまった。


(抜け道があったのかよ!)


 出入り口でも何でもない場所に陣取っていたその意味を、俺は最初に考えるべきだったのだ。

 たとえばこれがエイベルだったら、みすみす逃げられるようなヘマはしなかっただろう。


「フィー! あいつの魔力の識別は出来るか!?」


「ふぃー、分かる! あの人、身体の中に何か埋め込んでる! どんどん、壊れて行ってる!」


「何だって……?」


 複数の魔獣を操るための動力は、必ず他にあると思っていた。

 しかしそれを、自分の中に入れているとはね。


 入っているのは魔石か、或いはエンジンのような働きをする魔道具か。


 そんなものを入れれば、身体が保つわけがない。


 先に調べた薬品施設には、危険なドーピング剤がいくつもあったが、メンノは自分の身体に、それらを使っているのだろう。

 普通の医者や店では取り扱わないような、効果も副作用も強い草花がいくつもあったことが思い出される。


 フィーの云う『壊れて行っている』というのは、きっと『魔素包融症』に近い症状。

 おそらく、内部から融解が始まっているはずだ。


 ドーピング剤だけでも、筋繊維が悲鳴をあげているのは明らかで、それらの痛みは、別の劇薬を使って、痛みを遮断しているのだと思われる。

 痛覚の軽減程度では、激痛には耐えられないはず。


 たぶんあの従魔士は、大部分の感覚を失っていると思われる。

 五感にも影響が出ているだろうが、逆に骨折をしたとしても、問題なく動き回ることだろう。


 何のことはない。

 あの男自身が、先程停止させた『まがいの門』と似たような状態なのだ。


 彼が仮にここで勝利者になったとしても、ごく短い期間で死亡するのは確実だった。


(そこまでする執念はなんだろうな……?)


 それは怒りか。憎しみか。


 しかし、今は考えている余裕がない。


 俺への攻撃命令が出たミートくんが、その瞳を輝かせた。


(カノン――!)


 古式魔術には及ばなくても、防ぐこと、それ自体が危険なビームが発射された。


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