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妹のいる生活  作者: むい
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第二百七十話 瞬きの夜に、キミと(その二十)


「何だぁ、お前らは……?」


 現れた子供たちを見て、従魔士が驚いています。


 無理もありません。

 あの姿を見て驚かない人がいるとは、到底思えませんから。


 入って来たのは、私の護衛対象である、三人の子供たち。

 そのうちのふたりが、真っ白なシーツで身体を覆っているのです。


 ――メジェド様。


 三人中のふたりが、あの訳の分からない怪人の姿をしていました。


 内訳は、女の子ふたりがメジェド様。

 くたびれた少年が、無変装。

 何故、男の子がシーツを被っていないのかというと、それは単純に枚数の問題でありました。


 妹さん用のちいさなメジェド様スーツがひとつ。

 そして、くたびれた少年と、ぼんやりした女の子が着れそうなスーツが一枚。

 彼はこれを、ぼんやりとした女の子に譲ったのでした。


 彼女に着せた理由は、ふたつ。


 ひとつは、彼女の姿を韜晦するためです。


 街にいる魔獣たちは、何故か彼女ばかりを標的にしていました。

 これはもう、この娘が狙われていると考えるより他にありません。


 そんな子を、魔獣たちの親玉の所へと連れて行くのです。

 少しでも身元を隠そうとするのは、当然の選択でした。


 くたびれた少年は奇妙な魔道具を持っているようで、彼がそれを起動させると、たちまち魔獣たちが、『ぼんやり少女』を狙わなくなりました。

 なので姿を隠していれば、そうそう主たる標的だと気付かれずに済むでしょう。


 そしてもうひとつの理由は、少女自身が、あの珍妙なスーツを着たがったからです。


 ぽわんとした瞳に星をキラキラと輝かせ、スーツの持ち主に「メジェド様になりたい」と繰り返し要求されたのです。

 結果、少年がそれに折れた形になったわけですね。


 彼女は、中々に逞しい女の子でした。


 私が護衛に駆けつけた時には恐怖を抱えた暗い瞳であったのに、やがて怯えの感情を克服したようです。


 天性、心が強いのか。

 それとも、傍にいる男の子を心から信頼しているのか。

 いずれにせよ、恐慌状態に陥らないで貰えるのは、護衛する身からしても助かります。


 一方、従魔士の方。


 彼は突然現れた怪物に目を見開いていましたが、すぐに落ち着きを取り戻したようです。


「その容姿……。報告にあったな。ガッシュをやった怪人ってのは、お前等か」


「ガッシュ……? 誰だか知らないけど、たぶん、幼児誘拐犯のひとりだよね? つまり、あんたも子爵もグルだって認める訳だ? あの誘拐犯たちのお仲間だと」


「くくく……。『グル』の範囲を見誤るなよ? まあ、それはいい。今重要なのは、メジェドとか云う怪人ではなく、お前が受け答えしているってことだ。となると、あの現場に手前ェもいたってことだな?」


「うん。隠れて見てた」


 何のことか分からない話が展開していきます。

 しかし、彼らの中では意味が通じているようです。


 従魔士は、にやりと笑いました。


「ガッシュの奴は、あれでそれなりに勘が良い。なのに気付かれずに隠れ潜めたと云うことは、お前ェ、人間じゃねぇな? 精霊か妖精の一種だろう?」


 あの少年が魔道具を複数所持していることを知らないからか、男は、そう結論付けたようでした。

 くたびれた雰囲気の男の子は、ちいさく首を傾げました。


「人間そっくりな精霊なり聖霊なら、まあ、見たことがあるけどね」

「ふん。横にいる怪人たちのことか。もとより人とは思ってねぇよ」


 男が白い怪人に目を向けると、大きい方のメジェド様が、ふるふると震え出しました。


「むん……! 私はメジェド様……。たぶん、神……。神? 虫? カミキリムシは、ちょっと怖い……?」


「……そいつぁ、会話が成立しないタイプの精霊か? でも、ま。一応忠告しておくぜ? あの方陣には触るなよ? 場合によっちゃ、ドカンと行くぜ?」


 男は親指で、部屋の中央にある祭壇のような場所を指さしました。

 そこからは、今も四つ足の獣が湧きだしています。


 あれが空間制御の為の装置か術式なら、確かに手を出すのは危険かもしれません。


 くたびれた雰囲気の少年は、どこか醒めた瞳で、そちらを見ます。


「ふぅん……。そう云うことか。それで、あのミートボー……いや、肉の塊は何なんだ?」


 そこには、醜悪な肉団子のような魔獣が浮かんでいました。

 見るからにおぞましい造形ですが、こんなモンスターは、私の記憶にありません。


「あれは乗り物さ」

「乗り物?」

「おうよ。お前たちを残らず天上へと連れて行ってくれる、神の箱船だよ」


 どうやら従魔士は、相手が子供でも命を奪う事に躊躇がないようです。

 或いは、そういう覚悟を決めているのかもしれません。


 男の黒い笑みを無視し、男の子はこちらに向き直ります。


「レネーさん」

「はい」

「ぽわ……大きい方のメジェド様を、最優先で守ってあげて下さい。包囲されないように、魔壁は出しておくので」


 魔道具を起動したのでしょう。

『コの字』の形に、水の魔壁が展開されました。


 これは、あの柔らかい水です。

 異常な程の物理防御力を誇る、スライムのような水。

 何をどうやったら、こんな水が作れるのでしょうか?


 彼は手を繋いでいたちいさなメジェド様を抱き上げました。


「ごめんな? もう少し、力を借りるぞ?」


「へーき! ふぃー、にーたの為なら、いくらでも貸す! 貸して、いっぱい褒めて貰う!」


 腕の中のちいさなメジェド様は、デレデレになって、懸命に頭を擦り付けています。


 私は云われた通り、大きい方のメジェド様を魔壁の奥へと退避させました。


「くっくく……。そいつがガッシュたちを呑みこんだとかいう、妙な水か。誰が詠唱してたのやら。だが、防御に意味なんてないぞ? これだけの数の従魔に攻撃されれば、すぐに機能しなくなるはずだ。死ぬ順番が変わるだけだぜ?」


 従魔士は魔獣たちを整列させています。

 まるで軍隊の陣形のようです。

 集団攻勢に長けていると云うことなのでしょうか?


 しかし、幼い妹さんをだっこしたままの少年は、そのまま、ゆっくりと前進を開始します。


「ほーん。向かってくるのか。まさか勝てるつもりか? この数相手に」


「勝てなくても、やるしかないじゃないか。降伏はしてくれないんだろう?」


「当然だ。降伏はしないし、認めねぇ。精霊とはいえ、まだ幼体だろうが、容赦はしねぇよ」


 そこで気付きました。

 いつの間にか男の子の頭上に、魔力で出来た球体が浮かび上がっていたことに。

 そしてその球体の周囲を、矢張り魔力で作られたと思しき、いくつものちいさな玉が、クルクルと回転していることを。


「何だ、そいつぁ……?」


「『天球儀』。一応、そう呼んでいるものだよ」


「そうかい。そいつぁ、シャレてるなァ……っ!」


 男はタクトを振りました。


 それが合図。


 獣たちが一斉に少年に迫ります。

 それは、恐ろしい程に統率された動きでした。


 私も戦士の端くれ。

 この程度の魔獣など、十や二十でも遅れは取りませんが、連携を取られれば話は別です。

 包囲されていたら、対応出来ない可能性があります。

 いえ、きっとそうなるでしょう。


 それを考えれば、独力で戦っていたハイエルフの騎士様が、どれ程の手練れだったのかと思い知らされます。


 ――しかし。


「な……ッ!?」


 従魔士の男は、目の前で起きていることに驚愕していました。

 私も、また。


 少年の頭上に輝く魔力球から、無数の魔術が降り注いでおりました。


 熱線。

 雷撃。

 風刃。

 石弾。

 水球。

 光線。

 氷柱……。


 一体、どれだけの種類の属性魔術を、どれだけの数、撃ち放っているのでしょうか。


 四方八方、三百六十度。

 ありとあらゆる方向に、魔力の雨が降り注ぎます。


 隊列だとか、陣形だとか。

 あれだけの魔力の矢の前に、何の役に立つと云うのでしょうか。

 彼ら兄妹に近づこうとした獣たちは、その瞬間に死神の鎌に捕らわれるのです。


 それはまさに、死の結界でした。

 範囲内に入れば、待っているのは、確実な死だけです。


 ああもたくさんの属性魔術を使われては、特定の魔術に強い種族や装備持ちでも、一切の対応が出来ないのではないでしょうか。


 そして更に驚くべきは、攻撃範囲の制御でしょう。


 彼は、私たちと『門』に届かないよう、完璧に魔道具を制御していました。

 恐るべき熟練度でした。

 何せ、背後に回った獣すら、いとも容易く撃ち砕いているのですから。


 従魔士の男は、引きつった笑いを浮かべました。


「へ……っ! 命中精度には自信がありますってか?」


「あるわけ無いじゃん。他人がいるところじゃ、危なっかしくて使えないよ。だからまあ、これはまだまだ研究中の術と云わざるを得ないね」


「そうかよ! 勉強熱心だなァッ!」


 タクトが振るわれると、『肉塊』から、無数の腕が伸びてきました。

 恐るべき速さです。

 私では、あれを防ぎきることは不可能でしょう。


「腕……ッ!? どこぞの穴ぐらで見た、あのバケモノじゃあるまいに!」


 一瞬のうちに魔壁が展開され、少年は攻撃を防ぎます。

 彼の反射速度は異常でした。

 どうして、あの速さに対応出来るのでしょうか?


 これも魔道具? 

 それとも、あの速度の攻撃が当たり前の相手と訓練でもしていると云うのでしょうか。


「フッ……!」


 カウンターのように、『天球儀』からの攻撃が怪物に降り注ぎます。


 しかし、そのどれもが醜い『肉の球』に当たると溶けてしまいました。

 それはまるで、溶鉱炉の中に氷を放り込むのにも似て。


「はっはははははは……! 無駄だ無駄だ! そいつは、軍隊と当たることも想定した兵器だ。物理も魔術も、効きゃしないんだよ!」


 従魔士が勝ち誇ったように哄笑します。

 確かにあれでは、どうやっても勝ち目はありません。


「じゃあ、そいつ――ミートくんでいいや。あのミートくんは、後回しにしようか」


 少年は、まるで動じていませんでした。


 瞬間、『肉塊』の左右から岩の魔壁が発生しました。


「魔道具店にいたチンピラが使っていたのは、こうだったな」


 まるで両の掌で蚊でも潰すように。

 現れた魔壁が、奇妙な『球体』を挟み込みました。


 ぐちゃりと潰れるような音が、その場に響いたのです。


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