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妹のいる生活  作者: むい
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第二百六十九話 瞬きの夜に、キミと(その十九)


「いや、すげえ。お前、本当にすげえよ」


 メンノは手を叩きながら、ヤンティーネを称賛する。


「まさかそいつに、カノンまで使わせるとは思わなかったよ。マジですげえ。誇っても良いぜ?」


 しかし、当の女騎士に、軽口に応じている余裕はない。


 自分で自分の腕を喰らう『球体』は思いの外早食いで、すぐにでも動きを再開しそうに見える。

 従魔士は構わずに続ける。


「そいつはよ、軍勢を相手にする事を想定した存在なんだわ。お前が強いのは分かったが、もう、どうにもならねぇよ」


 ニヤニヤと笑いながら、男は壁際へと移動していく。

 先程までの立ち位置は出入り口の前だった。

 ヤンティーネを逃がさない為に、そこへ陣取っていたのだ。


 だが、今はちがう。


『門』から現れ続ける増援に出入り口を固めさせたまま、メンノ本人は一隊を率い、端へ端へと移動する。


 ヤンティーネはそれで、従魔士の背後にある壁の様子が、他とは、ほんのわずかに違うことに気がついた。


(抜け道か? それとも、別室にでもなっているのか……)


 間違いなく、無意味な移動ではないはずだ。


「おいおい。俺の事なんざ気にしてていいのかよ。やっこさん、自分の腕を食い終わったみたいだぜぇ?」


 メンノの言葉通り、絡まった腕は既に無い。

 醜い肉の塊の中に浮かぶ眼球が、ヤンティーネを睨み付けているようだった。


(カノンの特徴は、速射と高威力。だが、燃費は極端に悪いはずだ……。何発撃てる? その見極めがキモになるぞ……)


 槍を構える騎士の姿勢は、完全に回避を優先したものだと、メンノには分かった。

 戦術としては正しいのだと、彼も思う。

 自分があの女の立場なら、同じように動くだろうと。


(でもなぁ……。俺は云ったぜ? 『軍勢相手』を想定しているとよぉ……)


 ヤンティーネの推測通り、男の背後の壁は、隠し通路になっている。


 何故、エルフの騎士との交戦中にも使おうとしなかった通路の傍にまで移動するのか?


 それは、カノンによる巻き添えを警戒してのことだ。


 いくら『球体』が自分の制御下にあるとしても、『流れ弾』を喰らう危険性はつきまとう。


 自分の使役する従魔の影響で死傷するテイマーは、案外多い。

 貴重な遺跡や、お偉いさんの所有する建物を壊して、罰を受けた者もいる。


 敵でなく、自らの従魔に備えることも、一流のテイマーの条件なのだった。


 そして、腕。


 ヤンティーネに迫る『球体』は、再び腕を生やしはじめる。


 高速で伸ばされる腕を躱した騎士は、そこで自らの迂闊さを呪った。

 眼球ではなく、今躱したばかりの腕から、カノンが発射されたのである。


「しま……っ!」


 それは眼球から撃ち出されるものよりも、遙かにか細い。

 しかし、威力としては充分だった。


 直径四十センチ程の光線が、頭部に向かって打ち出された。


「きゃ、う……っ!」


 短い悲鳴をあげて、ヤンティーネは吹き飛ばされた。

 遙か遠くの壁にぶつかり、床の上へと落下する。


「すげー。マジすげえよ、お前。あの状況から、ガードが間に合うか普通? 両腕を犠牲にして、致命傷を避けるとはなぁ。飛ばされた後の判断もすげえ。壁に叩き付けられるときも、床に落ちるときも、ちゃんと頭を庇ってやがる」


 メンノは笑みを消し、真顔で手を叩いている。


 跳躍中で、それ以上の回避が不可能だったはずの女騎士は、あの一瞬に両腕をクロスさせて、頭部への損傷を防いだ。


 もうひとつ特筆すべき防御行動は、『生のままの魔力』を使ったことだろう。


 詠唱無しで魔壁を使う事が出来る者は一般的には、いないとされている。

 当然、ヤンティーネも使えない。


 エルフの女騎士は、カノンが命中する直前に、『生のままの魔力』を放出して壁代わりにし、衝撃の威力を和らげたのである。


「無茶するよなぁ? まあ、それ以外に生き残る道は無かっただろうけどよ。普通、思い付かんだろう、そんな防ぎ方。だって、『生のままの魔力』なんぞ、焼け石に水だもんよ。……今回の場合は、おかげで腕が吹き飛ばずに済んだみてぇだがな?」


「う、ぐ、ぅ……っ」


 ヤンティーネは、起き上がろうとして、果たせないでいる。


 籠手が完全に破壊された彼女の腕は、ケロイド状にただれていた。

 それでも、マシな状態なのだと彼女は思った。

『生のままの魔力』をとっさに放出しなければ、メンノの云う通り、腕が吹き飛び、頭部に損傷を負っただろうから。


 だが、今の彼女の状態は、死んでいないと云うだけだ。

 両腕はもう使えないし、起き上がる力もない。

 身体能力に優れるハイエルフの身体でこれだから、仮に人間が同じ状況になっていたら、防御が間に合っても死んでいたことだろう。


「つっても、まあ。お前はこれから死ぬんだけどな? この状況で、そいつ(・・・)を何とか出来るとは思えねぇだろう……?」


 最早ヤンティーネに戦闘能力はない。

 だからこそ、とどめはきっちりと刺さなければならない。


 メンノがハイエルフと戦ったのは、今回が初めてだった。

 少数種族ながら、その能力を人間族に恐れられている理由が、よく分かった。


(魔術無しの単騎で、この強さか。『エルフの商会を敵に回すな』と云われるわけだぜ)


 だが、それでもメンノは止まるつもりはない。

 己の前に立ちはだかる者は、全て殺す。

 全て殺して、復讐を果たすのだ。


 この従魔士は、軽口を叩いていても油断はしない。


 倒れ伏したヤンティーネが、最後の一撃を繰り出すかもしれないと、全身全霊で警戒していた。


 ――そして、その警戒が、彼の命を救った。


「う、うおぉぉッ!?」


 突如として飛んできた、岩の弾丸。


 彼はそれを、すんでの所で躱したのだ。

 壁に命中した岩は、砕けてその場で飛び散った。


 視線の先にいるエルフの騎士からではなく、思いも寄らぬ所から撃ち出された一撃を回避出来たことに、彼は自分で自分を称賛したくなった程だ。


「ヤンティーネさん!」


 聞こえたのは、女の声だった。


 タクトを構えながら侵入者を凝視したメンノは、思わず舌打ちをしてしまう。


(クソ……ッ! またエルフかよ!)


 入って来た人物は、ふたり。

 普段着姿の女エルフと、たった今倒した騎士と似た鎧姿をした、もうひとりのエルフ。


 メンノは身構えると同時に、『球体』を停止させた。


 さっさと動けなくなったハイエルフにとどめを刺したいが、その間に、間違いなく新手のエルフが攻撃を仕掛けてくることだろう。

 実力は未知数だが、弱いわけがない。


 この建物の外は、自分の従魔でひしめいている。

 それを突破してここまできたのだから、少なくとも、倒れたハイエルフと同等の戦力があると考えねばならなかった。

『球体』は、新手に備えさせなければならない。


「……ったくよぉ。火事場泥棒でも流行ってるのかぁ? 不法侵入者ばかりじゃねぇかよ。うちの従魔どもは鼻が良いんだぜ? どうやって、ここまで気付かれずに入り込めたんだよ?」


 従魔士の愚痴に、誰も答えない。


 鎧姿のエルフは剣を構え、そして普段着姿のエルフは、倒れ伏した同胞を気にしているようだった。


 男も。

 エルフも。

 本当ならば、すぐにでも、相手を排除したかったことだろう。


 だが、交戦が始まれば、収拾が付かなくなってしまう。


 エルフたちは戦闘よりも同胞の救助を優先したかった。

 従魔士は、相手の戦力を知ると同時に、『門』があって危険だぞと警告せねばならない。


 結果、微妙な膠着状態が生まれる。


 その間隙を縫うように、幼い少年の声がホールに響いた。


「フェネルさん」


 ポーチが飛ぶ。

 普段着姿の女エルフは、それをキャッチした。


「そいつで、ティーネを治してあげて下さい」


「アルト様、しかし、この薬は貴方様のための備えで――」


「うん。だから俺が、俺のために使うんだ。すぐにでも、ティーネに使ってあげて欲しい」


「――っ! 承知しました。心より、感謝致します……!」


 幼い。

 本当に幼い、子供の声。


「おいおい。まだ誰かいるのかよ……」


 メンノは警戒心を最大限に引き上げる。


 たった今、『治療』などという不穏当な言葉が聞こえた。

 あの女騎士の戦力を考えれば、絶対に妨害しなければならぬ。


 しかし、膠着状態が生まれた理由と、そして正体不明の子供らしき声に備えるために、臨戦態勢を維持しなければならなかった。


(どんなポーションを使おうが、あの騎士の命が助かる程度だ。戦線に復帰出来る訳がねぇ。なら、ここは見送るぜ。『球体』は、新手に備えなければダメだ)


 こんな所に、子供が来られる訳がない。

 となれば、子供のような姿のバケモノの可能性を考慮せねばならない。


「……誰だか知らんが、出てくるつもりはあるか?」


 メンノは努めて冷静な口調を作る。


 動揺は敵だ。

 隊列を確認しろ。

 エルフふたりと、新手がひとり。

 同時に攻撃されることも想定するのだと。


 彼の要求に応えるかのように、入り口から、何者かが現れる。


 その姿に、メンノは目を見張った。


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