第二百六十七話 瞬きの夜に、キミと(その十七)
『こうだったら良いな』、と思うことは、別に切なる願いだけに適用される感情ではない。
たとえば子供のとりとめない空想や、単なる思いつきのように。
ある日ふと思い浮かび、そして、いつのまにか忘れている。
ただ、それが職業に関することである場合は、より実利に近い空想となるようだ。
たとえば屋外で働く者が、天候やら気温やらに、左右されなければいいなと思うように。
輸送業に従事する者が、荷車が揺れず、重さもなければいいのにと願うように。
この従魔士、メンノの場合は、モンスターの運用に関する空想だった。
(もっと操れる魔獣の数を増やせれば、多くの問題点を解決できるのによ……)
それは、単純な物量の話ではなかった。
従魔も、つまりは生き物だ。
当然のこととして飯を食う。
この糧秣を、どこでどうやって調達する?
魔物は身体の大きい者や、力の強い者も多い。
その分、よく食べた。
人間よりも大量の餌を必要とするモンスターも珍しくない。
ゴーレムマスターが常にゴーレムの素材を必要とするように、従魔士には、『生き物を飼う』と云う問題がつきまとった。
テイマーには、テイマーのやりとりがある。
大型の魔獣を従えたのだと他人に話した場合、一般人ならば「凄いね」とか「強いの?」とか、興味本位の感想しか出てこない。
だがテイマー同士の会話の場合、「飯の調達と代金は、どうやって工面を付けたんだ?」とか、「寝床はどこにするんだ?」など、現実に即した疑問が返ってくる。
それは、どのテイマーも、食料その他の入手に腐心しているからこそ、起こる問題だった。
新鮮な生肉しか食べない個体。
特定の植物が生命維持に必須な個体。
或いは体温維持のために、常に魔石を必要とする個体。
強くて役に立つと云っても、コンディションを維持してやれるのか?
或いは、掛けた金に見合う程の利益が出せるのか。
多くの人々が、各々の悩みを抱えるように、従魔士には従魔士共通の宿痾があったのだ。
「魔力量だけの問題じゃねぇんだよなぁ……」
ある日、メンノは、そんなふうに呟いた。
テイマーが操れる魔獣の数は一桁が殆どだ。
それも、大半が一桁の前半代。
それ以上は、魔力が持たない。
魔力が足りず、無理をして倒れた者や、制御を失って暴走状態になった自分の従魔に殺されたテイマーもいる。
だから世間は皆、魔獣の数と魔力の量を紐づけて考える。
それは間違っていない。
間違っていないのだが――。
現実は、『魔力よりも金の方が必要』だったりした。
なんとも即物的でロマンがないが、ロマンだけでは主も従も生きていけないと云うのが、従魔士たちの実態だった。
「たとえば、もしも俺に多数の従魔を操る力があったらよ……」
詮無いと分かっていても、メンノは空想せざるを得ない。
「まず採用するのは、飼育しやすく、雑食で、増えやすい魔獣だ」
そしてある程度は賢く、統率の取れる種族。
冒険者たちが連携して各上の敵を討ち取るように、集団戦法を極めた群れは、きっと格上の強敵も打倒することだろう。
メンノには、戦争経験があった。
だからこそ、隊列の整った軍隊の強さを知っている。
多数の魔獣を操れれば、自分の手元に軍勢がいるのと同じになる。
ただ単に『頭数が増える』以上の運用が出来るはずだ。
(そして、食料も――)
群れを率いることは、群れを食わせることでもある。
大量の餌を、どうやって調達する?
その答えもテイムである。
街の外には、魔物たちがいくらでもいる。そいつらを食わせる。
それも、ただ食わせるんじゃない。
餌となるべき者達も、餌を食わせる者達も、等しく自分が統率するのだ。
統率して争わせ、戦闘訓練とリンクさせる。
偏食の奴は要らない。
雑食の奴だけでいい。
魔獣だからと云って、何でも食う訳ではないし、餌となれるモンスターも限られる。
おまけに、好き嫌いまである。
狩られる側も狩られる側で、不利と分かれば逃げ去ってしまうし、そもそも強者や群れには仕掛けてこない。
だが、あちらもこちらもテイムできれば、その問題も解決する。
全てを整え、自在な差配が可能となる。
(俺に大量の魔力さえあれば、色々と試せるんだがなぁ)
所詮は見果てぬ夢である。
叶わぬ事を夢想するくらいならば、その暇に少しでも金を稼ぐ方が有意義というものだ。
けれどもメンノは、そんな詮無い思考をしてしまう。
それは自身がテイマーであることと、そして……。
「俺に力がありゃあ、奴らに、思い知らせてやれるのによぉ……」
歪んでいても、復讐者であることが原因だった。
※※※
「夢想が叶ったならよぉ……」
メンノは一本の指揮棒を取り出す。
それは従魔士にとっての軍配であり、本格的に魔術を行使するためのロッドでもあった。
「今度は俺が、それに相応しい成果をあげなきゃならねぇ……!」
目の前には、エルフの女。
街ひとつを潰せる戦力を差し向けてなお、無傷で戦い続ける女。
エルフの長所たる魔術の使用を封じても、単騎の武力でもって、無数の魔獣の命を刈り取り続ける、恐るべき手練れ。
通常ならば犠牲が大きく、相手をするのもバカバカしい程の闘者だ。
(が、生憎この祭りにゃ、俺の全部をベットしてるんでな!)
男がタクトを振るう。
先程までの隊列ですら児戯に思える程に、目に見えて魔獣たちの動きが良くなった。
まるでバラバラの演奏が、指揮者を得てひとつに纏まったかのように。
「……これが指揮に専念した従魔士の軍勢か!」
ヤンティーネも、一切の気を抜けない。
おそらく、油断ひとつで勝敗が決するだろう。
速度が違う。
連携が違う。
槍を振るい、こじ開けた穴はみるみると塞がっていき、四方八方から、魔獣が津波のように押し寄せる。
「まるで一個の生物だな!」
男の指揮する軍勢は、ある意味で人間のそれを上回る。
なぜなら、恐れがないから。
損耗を気にしないからだ。
『ここまでやれば引くだろう』とか、『ここまでやったから竦むだろう』などと云った、感情や損得を気にした動きではなかった。
まるで死ぬことが救済に繋がると確信する狂信者にも似て。
殺された一匹一匹を囮にし、食らいつくことばかりを狙って来る。
「おいおいおいおい。上下左右からの同時攻撃を、どうやったら無傷でいなせるんだよ。ったく、しょっぱなから、とんでもないバケモノに当たったもんだぜ。単なる腕自慢程度なら、とっくに千回は殺してるんだがなぁ?」
「勝てぬと思うのならば降伏することだ。今ならば、四肢の切断くらいで許してやっても良い」
「物騒な女だね。お断りするよ。何故なら、俺のが強いからよ!」
左右から、ウォーベアが突進してくる。
それに合わせるように、前後から獣たちが飛びかかる。
「凌げるか? その細腕で?」
メンノの指揮は一流だった。
同時に掛かってくるタイミングは一見、先程と同じ。
否。先程までと、と云うべきか。
飛びかかるタイミングを覚えさせておいて、その実、僅かな時間差があった。
身体のリズムだけで対処しているのならば、間違いなく、ここで終わっていただろう。
けれど彼女は歴戦の戦士。
『今この瞬間』のリズムよりも、数百年に渡って研鑽された感覚は、その僅かな狂いをも物にする。
(時間差があるのならば! それは各個撃破が出来ると云うことッ!)
その槍の動きを目で追える戦士がいたならば、ヤンティーネの体捌きを、きっと心の底から称賛しただろう。
これ以上ない最高のタイミングで、魔獣たちの身体に、カウンターの一撃を連続で叩き込んだ。
速い。
ただ速い。
凡庸な傍観者がいれば、囲まれた瞬間に不可解に動き、そして魔物たちが一斉に死んだように見えたことだろう。
「ありえねーだろ。ウォーベアの身体は、鉄器じゃとても傷付けられねぇ。特別製か、その槍は」
「対価を支払うのなら、槍の出所を教えてやっても良いぞ?」
「いらん、いらん。手前ェが特別な槍を持っていて、それを使いこなす技量があると分かれば、それで充分」
ウォーベア二頭を一瞬のうちに失った男は、それでも不敵に笑っている。
まるで、その程度は惜しくないとでも云いたげに。
「別に惜しくない訳じゃないぜ? 人を殺すにも物を壊すにも、パワーがある奴ァ、いればいるだけ、便利だからなぁ?」
「ならば、増援を呼ぶか」
「おう。こちとら、従魔士だからな。っても、ウォーベアを倒す相手にゃ、ハンパな戦力は使えねぇよな? 無駄に数が減るだけだ。お前が『門』を壊せずにまごまごしてくれるから、こっちは従魔を呼び放題だぜ」
軽口を叩きながら、タクトを振るう。
その奥から現れる者に、ヤンティーネは、初めて強い警戒心を抱いた。
「……何が、来る?」
「過去の遺物さ。光栄に思えよ? こいつは王都に控えるバケモノ魔術師。あのリュネループを突破するための切り札なんだからな」
方陣の上の青白い光が明滅し、何者かが現れた。




