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妹のいる生活  作者: むい
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第二百六十六話 瞬きの夜に、キミと(その十六)


 ヤンティーネの戦闘能力は、この状況でも群を抜く。


 従魔士の男に手が届かぬだけで、未だに無傷のまま、敵の『隊』に消耗を強いているのだから。


 もしも、もうひとりでも味方がいれば即時に詠唱を完成させ、ホールにいる敵の大半を一撃の下に屠ったことだろう。


 だが、それはいない。

 ならば、次善の策を取るまでだと判断した。


(あの従魔士を仕留められることが最善だが、今の状況では少し難しい。持久戦に持ち込んで、魔獣の数をちょっとでも削れれば良いのだけれど、それではアルト様のご家族を危険に晒してしまう。と、なれば……)


 エルフの女騎士の姿勢が低くなる。

 指揮官たる敵の首魁にしっかりと槍を向け、力を溜めているかのような姿になった。


「ほほう? 俺を直接狙う気かい? やめとけ、やめとけ。徒労になるぞ?」


「そういうセリフは、私の攻撃を防いでから云って貰おうか」


「くっくく……。じゃあ、そうしよう。ほれほれ。かかってこいや」


 男はニヤニヤと笑いながら、わずかに隊列を変えた。

 それが防御に適したものなのだと、ヤンティーネは一目で理解した。

 矢張り、統率者として有能だと思う。


「戦術上の有利は、決して手放さないと云うことか」


「遊びだったり、忖度が必要な相手なら手放すがね。だが、俺はこの祭りの運営者のひとりだ。セロに集まって下さった皆様を、もてなす義務がある。俺が主宰している、『動物ふれ合いコーナー』は、祭りが終わるまで、続けさせて貰うつもりなんだよ」


「そうか。では私は、戦略上の勝利を目指そうか」


「むっ!?」


 ヤンティーネが投擲したのは槍ではなく、複数の短剣だった。


 今更そんなものが何の役に立つと云うのか? 

 けれども、無意味な行動ではないはずだ。


 男はそう考え、慎重に防御態勢を取った。

 そして、その途中で意図に気付き、舌打ちをした。


「こいつ……! 大元を叩く気かッ!」


 エルフの女は彼の隊列へと向かってこずに、身を翻してホールの奥へと突進して行ったのだった。


 道案内など不要だった。

 多くの敵の来る先が、『門』であるに違いないのだから。


「追えッ! 追って殺せ……ッ!」


 従魔士は、即座にそう指示を出す。


 彼は魔獣を自在に操るが、それは視界にある連中に限られる。

 それ以外のモンスターには、単純な命令しか下せない。

『門』の前で陣形を整えて待ち受けることは出来ないのだ。


「あの女、矢張り戦慣れしてやがるぜ! 彼我(ひが)の戦力差だけにとらわれず、こちらの急所を狙いに行きやがった!」


 要点を掴んでいる相手というのは、兎角やりにくい。

 従魔たちにまわりを固めさせながら、男はエルフの後を追った。


※※※


「邪魔をするなっ!」


 ヤンティーネは槍を一閃させる。


 己めがけて駆けてくる獣たちを吹き飛ばす。

 統率の取れていない相手など、彼女にとってはものの数にも入らない。

 まるで無人の野を行くが如く、ヤンティーネは突き進む。


 魔物たちのいる先は、地下へと続いているようだった。

 地の底へと続く階段が、やけに長く感じられた。


 死体の山を築いたその先には、石造りの広い部屋があった。

 その中央に、青白く光る方陣が見える。


「何だ、アレは……? 魔物は、あそこから湧いていると云うのか……?」


 彼女は、『門』の存在を知っている。

 実際に見たこともある。

 だが、門の形をしていない転位陣など、見たことがない。


(あれは寧ろ、ヘンリエッテ副会長の使われる空間魔術に近いような――?)


 陣の中央に、奇妙な器具が置かれていることにヤンティーネは気付く。

 どうやら、あれが動力となっているらしいが……。


(魔導歴末期でも、『門』の簡易化に成功したという記録はないはずだ。ならば、アレは何だ? 何故、あんなちいさなもので、時空を繋ぐことが出来る?)


 魔術全般に造詣が深く、実際に魔導歴を生きた高祖。

 或いは空間魔術の使い手であるヘンリエッテならば、すぐに本質を突いた回答を聞けたのだろうにと彼女は思う。


(もしくは、あの兄妹か……)


 自分が守るべき、幼い男女。

 あのふたりならば、もしかするのではないか?


 あの兄妹の才能は異常だ。

 尊崇する高祖の友人の女が自慢するのも頷ける。


 幼いあの兄妹は、魔術に対する感覚が突出しているのだ。


 ヤンティーネは少年を指導する都合上、彼の持つ本当の能力を知っている。


 魔力の根源への干渉――。


 両高祖すら持ち得ぬ前代未聞の才能。

 魔力を解析し、変革すら成す空前の技能。

 あれならば、あの方陣の秘密が即座に分かるに違いない。


 そして、彼の妹。


 あれもまた、魔力に対してイカサマじみた能力を持つ。


 魔力感知と云う、高祖と同等の感覚知。

 この広い街で、即座に『門』の在処を理解した才能は、今、目の前に展開されている状況の急所を看破できるはずである。


(アレが単純な『門』であれば、止めることは容易かったのに……)


 転位門の中核を成す魔導技術は現在では失われているが、『門の構造』それ自体は、ある程度理解している。

 どこを壊せば安全に機能不全に出来るかは、知悉しているつもりなのだ。


 だが、あれではダメだ。


 方陣の上に器具が置かれているだけでは、どこを壊せばいいかが分からない。


 空間と空間を繋いでいる部位を強引に壊せば、このセロに、どんな悪影響があるか分かったものではない。


(幻精歴末の大崩壊の要因のひとつは、幻想領域を強制的にパージしたことによる『時空震』であったと聞く。方陣上の器具を安易に破壊する訳にも行かない……!)


 矢張りどうしても、あの器具の根本を看破できる異能の才が必要だ。


 後から後から湧いてくる魔獣を蹴散らしながら歯がみしていると、従魔士が追いついてきてしまった。


「何だよ。俺の邪魔をしに行ったのかと思ったら、待っててくれたのかよ」


 ニヤニヤと笑いながら、男は陣形を整えていく。


(そうだ! この男なら、アレの急所を知っているのでは?)


 拷問は趣味ではないが、止めるためには必要だろうと判断した。

 だが、従魔士は首を振る。


「お前が手を出せなかった理由は何となく分かるぜ? 空間断裂の影響を気にしているんだろう? あいにくと、俺はテイマーなんでね。魔道具には興味もねーし、知識もねえ。ましてや、魔導歴時代の遺産じゃなぁ」


「だが、設置したのは貴様だろう」


「アホかお前は。知らない魔道具を、どうやって設置するんだよ? 親切な人(・・・・)に手伝って貰っただけさ。家の改修を大工に頼んで、後はお任せするのと(おんな)じさ。俺は魔獣の使役しか知らないし、それ以外はどうでも良いとも思っている。こいつらが外で暴れてくれれば、俺は満足なのさ!」


 再び、一個の『隊』となった魔獣たちが襲いかかる。

『門』を破壊できない以上、魔物たちを殺し尽くす以外にない。


(何とか、詠唱を――)


 自分の魔力量なら、呪文を唱えられれば、まとめて倒せるはずだ。

 回避と防御に専念し、魔術を放つ隙を突く。彼女は、方針をそう定めた。


「おいおいおいおい。魔術は勘弁してくれよぉ? こんなところでエルフ様の魔力量でブッパされたら、方陣が壊れてしまうかもしれないぜぇ?」


「くっ……!」


 これでは、高威力の範囲魔術が使えない。

 いっそ玄関ホールで戦っているときに、魔術での殲滅に集中していればと、ヤンティーネは思った。


「まあ、俺も考えなしに空間装置を破壊するようなバカが相手じゃなくてホッとしているけどな? 脳筋だったら、今頃、どうなってたか。まあ、それはそれで面白そうだけどなぁ」


 男の濁った瞳には、どこか歪んだ、破滅願望のようなものが見えた。


 無数の魔獣をけしかけながら、男は呟く。


「俺は、お前とは逆の理由で、あの装置には手がだせんのよ。お前の場合は、『うっかりと事故が起きたらどうしよう』、だろう? 俺の場合は、『ただ壊れるだけだったら、どうしよう』なんだな。確実に被害が及ぼせるんだったら、祭りのメインの花火に出来たんだがなぁ……。まあ、尤も、魔道具なんぞにスコアを稼がせるのはシャクだから、分かっていても、やらなかったかもしれんがな。やっぱり慣れ親しんだ従魔術で始末をつけねぇと、こっちとしても収まりが悪いぜ」


 男を無視して、ヤンティーネは、魔獣を始末することに専念する。


 時を稼げば、フェネルが駆けつけてくるかもしれない。

 或いは、魔獣たちを殲滅し尽くす事も。


 この方陣が、どこに繋がっているかは知らない。

 だが、魔獣の数は有限であるはずだ。


 自分の戦闘能力ならば、負けないことに戦術を切り替えれば、後れを取ることはない。


(ん~~……。あのエルフ、もしかして上位種か? 単なるエルフが魔術もなしに、たったひとりで、あそこまで戦える訳がねぇ……。となりゃあ、ハイエルフと考えるべきか……)


 男の想定以上に、討ち取られる魔獣の数が多い。

 しかも、相手は未だに傷ひとつない。


 これらの従魔は大切な存在だ。

 数が多ければ多い程、よりたくさんの人間を殺してくれるのだから。


 このまま戦っても負けるとは思わないが、効率が落ちるのは、許容したくはなかった。


(呼んじまうか? いっそのこと)


 男は笑った。


 彼には、まだまだ、切り札がある。


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