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妹のいる生活  作者: むい
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第二百六十四話 瞬きの夜に、キミと(その十四)


 結局、私の人物探知は不要だと押し切られ、そのまま内部へと突入することになりました。


 防衛の必要上、しっかりと確認すべきだと思うのですが、フェネル様まで、ちいさなメジェド様の意見を正しいとされたのです。逆らえません。


(こんな幼い少女が『誰もいない』と云っただけで、どうして信じられるのか……)


 訝しくは思いますが、高祖様の命を受けて護衛をしているフェネル様が、いい加減な判定を下すとも思えません。

 従うしかないでしょう。


 今思い付いたのですが、ひょとしたらこの兄妹は、高祖様から数々の秘蔵の魔道具を預かっているのかもしれません。

 その預かり品の中に、『結界解除』だとか、『人物探知』だとかの道具があるとしたら、フェネル様の態度にも得心行くのですが。


「扉、閉じておきますね?」


 そして大きいほうのメジェド様は、私たちの入って来た扉を閉じてしまいました。


 その瞬間、封鎖結界が再起動しました。


「と、扉を閉めると発動するタイプですか!?」


 私は身構えますが、くたびれた少年は首を振ります。


「いえ。今、俺が起動し直しただけです。嫌がらせ程度に術式を加えておいたので、結界の設置者が戻ってきても、たぶん入ってこられないでしょう」


 これで安全に探索できますよ、と彼は笑いました。


 彼が所持しているのは結界解除の魔道具ではなく、結界を変質させるタイプの魔道具だったと云うことでしょうか?


「この部屋には、何もありませんね……」


 フェネル様が室内を見渡しながら呟きます。


 確かに、何も設置されていない部屋です。

 家具や小物はもちろん、カーペットの類すらありません。

『何も』と断言されている以上、トラップも存在しないと思われます。


 あるのは、隣の部屋へと繋がる鉄製の扉だけです。


「開いてますね」


 鉄製の扉には鍵穴がありましたが、閉まってはいませんでした。

 おそらくですが、家主は結界さえあれば、内部の施錠は不要と考えたのではないでしょうか? 

 正しい判断だったとは思いますが、一方で無意味でもあったようです。


 そして、他の部屋も何も置いていないことでは一貫していました。


 まるで「空き家です」と必死に主張しているような感覚を受けます。

 しかし、あんな結界を張っておいて、何もないはずがないのです。


「風よ……!」


 私は再び、風の魔術を使います。

 今度は人を探るのではなく、『隙間』を探すために。


「ありました。その床です」


 私の風が巧妙に隠された床の扉を発見しました。

 何だが、初めてお役に立てた気がします。


「しかし、取っ手の類がありませんね」


 これでは開けられないのでは?


 そう思った瞬間、くたびれた雰囲気の少年が看破しました。


「ああ、これ。特定の魔力に反応して開く仕組みみたいですね。リモコンで開けるドアみたいなもんでしょう」


 リモコン、とは何なのでしょうか?


 首を傾げているうちに、床の一部が持ち上がり、地下へと続く階段を顕わにしました。

 意味が分かりません。

 何でこの少年は、こんなことを平然と出来るのでしょうか。これも魔道具ですか?


「地下にも、人はいないようですね。ですが、念のため私が先行しますので、皆様はその後に」


 武器を構え、光球の魔術を唱えます。

 そして、慎重に階段を下りました。トラップを警戒してのことです。

 しかし、罠の類はなにもなく、私たちは地下室へと到着しました。


「これは……!」

「薬品工房……?」


 そこにあったのは、無数の薬草やビン。

 そしてそれらを薬に変えるための道具でした。

 器具の数々はきちんと洗浄されており、ごくごく最近まで使用されていたことがわかります。


(ただのポーションを作っている訳ではない……?)


 商会には様々な草木が持ち込まれますが、ここには私でも見たことのない植物が、いくつもありました。


 しかし、顔色を変える者がふたり。

 フェネル様と、あの少年です。


 薬草をじっくりと見るためなのでしょう。

 彼は白い布を剥ぎ取り、元の姿となって植物を手に取りました。


「ハコロビ草にキリナナフシ……。毒物のスペシャリストでもいるのかな……?」


「設備の規模から云って、大多数に使うものではありませんね。極少数……。或いは、ただひとり?」


 どうやらこのふたりには、既知の植物のようです。

 ですが、私には効果も使用方法も分かりません。


 ふたりは、とても難しい顔をしています。


「あー……。分離器と抽出装置まであるのか……。ヤバい方面での使い方っぽいですね」


「強化、とは云えませんよね?」


「ないない。寿命と健康の切り売りでしょう。前借りしているだけです。正気とは思えない」


 両者の話は理解出来ませんが、それでも薬品精製に対し、相応の知識を持っていることは分かりました。


「あの……。貴方は薬学に詳しいのですか?」


 思わず、少年に聞いてしまいました。


 フェネル様は聡明なハイエルフです。

 貴重な薬草を知っていても不思議はありませんが、こんな人間の子供に、薬の知識があるものなのでしょうか?


 彼は答えます。


「代表的なものと、覚えておかないとヤバいやつに関しての知識は、まあ。でも、それだけですよ? 本当の意味での稀少植物とかは、まだ手に負えないので扱わせて貰えません」


「ええと……。どなたかに、師事されていると云うことでしょうか?」


「うん。母さんの親友。もの凄く植物や薬品に詳しいんだよ」


 成程。

 縁故筋で、薬師に知り合いがいるのですか。それならば、知識があるのも理解出来ます。


 我が子がポーション作成を出来るようになれば将来は安泰です。

 きっと彼のお母さんは、そう考えて、息子さんに学ばせているのでしょうね。


「アルト様の師は、天下一の技量ですよ」


 フェネル様が微笑みながら、そんなことを云います。

 私は曖昧に頷き返しますが、相手がハイエルフでなかったら、いくらリップサービスであっても窘めたと思います。


 エルフ族には伝説じみた植物すら扱える薬師が、幾人か存在します。

 ソリューの森に住むハイエルフ、ロキュス様が、その代表格でしょう。


 あの方はいくつもの不治の病を癒せる、エルフ族最高の薬師です。一説には、完全なる死病と云われる黒粉病すら治す薬を作れるのだとも云われる程の方です。


 本当に黒粉病が治せるとは流石に思いませんが、人間族では到底辿り着けない境地にいるのは、間違いありません。


 ロキュス様の他にも、エルフには優れた薬師がいます。

 そのような方々を差し置いて、人間族の(たぶん)薬師を天下一と呼ぶのは、どうかと思うのです。


「しかし……これでようやく、見えてくるものがありましたね」


「本気と云うか、狂気と云うか……。少なくとも、強い決意を持って事に及んでいるのは事実なんでしょう。つまり、スケールの大きい迷惑だ」


 私を置いてきぼりにして、ふたりが会話を続けています。

 この両者は、薬品加工の設備を見ただけで、何かを確信したみたいです。


「フィー。お前のおかげで、色々なことが分かったよ。ありがとう」


「ふへへ……っ! ふぃー、にーたに褒められた! もっと役に立って、撫でて貰う!」


 ちいさなメジェド様は、既に撫でられているのに、そんなセリフを吐きます。

 布の上からでも、でれでれと喜んでいるのが丸わかりです。

 ぐんにゃりと溶けてしまいそうな程でした。


「でも、これだけでは足りないだろうな……」


 妹さんを撫でながら、彼は云います。


「アルト様の仰る通り、術式か、魔道具か、或いは魔石か……。補助になるものは、用意しているのでしょうね」


 ふたりが何を話しているのか分からないので、私には歯がゆく感じられます。

 もちろん、状況を知ろうが知るまいが、私のすることは護衛と防衛であって、役割が変わらないのだと分かってはいるのですが。


「フィー、ここの他に、おかしな魔力のある場所はあるかい?」


「みゅみゅー……。門の所、いっぱい魔力ある。増えたり消えたりしてる」


 魔力? 

 どういう事でしょうか? 

 魔力を探る魔道具までも、所持すると云うことなのでしょうか?


「おそらく、ヤンティーネさんが戦闘を行っているのでしょうね。そしてそれは、現在進行形で増援が増え続けていることを示していますね」


「まだ増えてるのか……。そりゃ、早く何とかしないとなァ……」


 彼は、妹さんに向き直ります。


「変わった魂なんかは……流石に分からないよな?」


「遠い魂、ふぃー、見えない。近くないとダメ。近く、変な魂ない」


 魂というのは何かの比喩でしょうか? 

 魔力感知ですら使い手は見たことがないのに、魂を感知出来る者など、存在するわけありませんし。もちろん、魔道具にも無いはずです。


「矢張り、先に門を何とかする必要がありますかね。ティーネのことも、心配ですし」


「あまりアルト様を危地に近づけたくないのですが、そうも云っていられませんね。承知致しました。命をかけて、皆様をお守り致します」


 フェネルさんが頭を下げたので、私も、それに倣いました。


 しかし、『門』とは何でしょう? 


 街の入り口でしょうか? 

 それとも、祭り会場に設置してある、あの模造品のことでしょうか。


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