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妹のいる生活  作者: むい
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第二十五話 増加といちゃいちゃ


「ただいま~。おかえりなさ~い」


 ノリ突っ込みみたいな態度で母さんが俺たちを抱きしめる。

 我が家たる『西の離れ』に帰ってきたのだ。


「やっぱり、家が一番落ち着くね」


 と、素直に云えないのがツラいところだ。


 祖父母とのお別れはそれなりに盛大だった、と云うべきだろう。

 晩ご飯も朝ご飯も大量のご馳走だった。

 物量が胃袋を越えていたので俺たちは食べきることが出来なかったが、あれをシャーク爺さんはひとりで処理し切れたのだろうか?


「絶対にまた来てね。待っているから」


 ドロテアさんには、そう云われて抱きしめられた。


「むはははは。必ずまた、顔を出せよ! ブレフとシスティも待っているからな!」


 筋肉な祖父はハトコ兄妹の名前を出した。彼らと仲良くなれたことを、祝福してくれているらしかった。

 俺とフィーと母さん。三人をいっぺんに抱きしめられるこの人は、色々とでかい男なのだろう。


「お父さん、お母さん、必ずまた、帰ってくるからね!」


 その時の母さんの笑顔はニ児の母ではなく、紛れもなく、このふたりの子供としてものだったのだろう。


(いつかまた、連れてきてあげよう。何年も会えないなんて、可哀想だ)


 俺自身が連れてきて貰った立場であるのは重々承知だが、母さんの泣き笑いを見て、そう誓った。

 そうして俺たちは帰路につき、今こうして帰ってきた訳だ。


 エルフの騎士のティーネはしっかりと離れの玄関口まで付いてきてくれたが、馭者役のオッサンは屋敷について早々に去ってしまった。一応、お礼は云ったが、返事はなく、目線を合わせることもなくシカトされた。どうにも彼とは仲良くなる機会がなさそうだ。まあ、再会できるかどうかも怪しいが。


「……ヤンティーネ。護衛、ご苦労様」

「……! は、はいっ! 高祖様にそのようなお言葉を掛けて頂けるとは! このヤンティーネ! 生涯の誇りと致します!」


 エイベルからの労いを笑顔で返すティーネは、本当に嬉しそうだった。彼女の役に立てたことに、とても感激している。

 いずれにせよ、これでティーネの護衛任務も終わりだ。

 後は別れを告げて帰って行くのだろうが、その前に訊きたいことがあった。


「ねえ、ティーネってメイン武器は槍なの?」

「はい。私は槍騎兵なので、馬上槍が主力武器です。しかし、弓騎兵ではないので、騎射はそれ程、得意ではありません。商会付きになってからは、馬に乗らずに剣ばかりを振るっていますが」


 ははあ。

 槍はあくまで馬上で使うもので、地べたでは剣を振るうと。

 ハイエルフの騎士は唐突な質問だというのに、律儀にそう答えてくれた。


「……アル、ヤンティーネの武具がどうかしたの?」


 エイベルが無表情のまま、不思議そうに訊いてくる。

 そりゃ不思議だろうな。俺は今まで、別段、槍に興味を持った事なんてなかったのだから。


「いや、今回の旅で思ったんだけど、馭者の技術を含む馬術と、あと近接武器の扱いも覚えた方が良いのかなって」

「……ヤンティーネ、どう?」

「は! 騎馬戦闘及び、槍剣術の指導は可能です。が、弓に関しては専門外ですので、基礎しかお伝えすることが出来ません!」


 え。何か指導前提の話してませんか?

 俺、ちょっと思いつきで訊いただけなのに、頼んだことになるの?

 いや、近接戦闘自体はそのうち覚える必要があると思ってはいたけれども。


「……ショルシーナに伝えて貰っても?」

「もちろんです! 商会の仕事よりも、高祖様直々の任務の方が私には誉れとなりますから! 帰還報告と同時にアルト様への武技指導の件、必ず伝えて参ります!」

「え、あの……」


 俺は戸惑うが、話がトントン拍子に進んでいく。


「商会の仕事の都合上、毎日の教導は不可能です。なので、週に何日来られるかを確かめてから、正式な指導に入ります。また、当面は武器を扱わせることはせず、身体を作るところから始めるべきでしょう」

「……馬に関しては?」

「商会は果下馬も所有しておりますので、それを借り受けます。こちらもまずは馴れるところから始めねば、意味がありません。馭者の技術は単独での乗馬を覚えてからにすべきでしょう」


 果下馬って、確か小型の馬のことだよね? 主に輸送用で使われるやつ。

 いや、そうじゃなく、もう習熟するの、決まりなの……?


「えっと……俺が云い出しておいてなんだけど、迷惑じゃないの……?」


 という訊き方をしてみる。大変だと云われたら、頭を下げてやんわりと断ろう。

 適当に口にした言葉で迷惑を掛けるのは気が引ける……。


「とんでもない! 他者への指導はもとより望むところ! それに何より、こちらへの通いが出来るならば、高祖様のお側近くへ居られると云うことですから。寧ろ私からお願いしたいくらいです!」


 ダメだった。

 事ここに至っては、断る方が失礼だろう……。

 どうせ武器の扱いは覚えなければならなかったし、馬にだって乗れた方が良いに決まっている。腹をくくって勉強させて貰うことにしよう。


「じゃあ、お願いします」


 直角に腰を折って謝意を伝える。

 経緯はどうあれ、新たな師匠の誕生だ。

 そう思った矢先、意外なことにエイベルが歩を進めて、俺の真ん前へとやって来た。


「……槍と馬はヤンティーネに教わると良い。剣は、私が教えてあげる」

「エイベル、剣使えるの?」


 と尋ねようとして、考えを改めた。

 そう云えばこの人、腰に細身の長剣を下げているんだった。

 エイベルは、ずっとひとりで過ごしてきていたと云っていた。その間、モンスターなり野盗なりに襲われることだってあったはずだ。つまり、腰の剣は飾りじゃなくて実戦用だと推測できる。ならば当然、それを自在に扱えるのだろう。


「高祖様! 民間人への指導程度で、高貴な貴方様の手を煩わせる訳には参りません。剣の扱いもこのヤンティーネめが――」

「……私が教えると云っている」

「はい、畏まりました! 差し出がましい口を利いて、申し訳ありません!」


 エイベルを気遣ったのか、ティーネが剣の指導も自分がと申し出たが、あっという間に却下されている。始まりのエルフ様の決意は堅そうだった。


「あー……。ごめんね、エイベル。何から何まで世話になりっぱなしで」

「……したいようにしているだけと、云ったはず」


 何故か頭を撫でられてしまった。無表情なのに、一転して俺への雰囲気は柔らかい。

 何にせよ、これで俺が覚えるべき事柄は、魔術、鍛冶、薬学、ダンスを含む礼法・作法、馬術、近接戦闘か。

 習い事ばかりのお嬢様キャラでもあるまいに、タイトなスケジュールだ。

 まあ、学校に通っている訳でもないし、今後も通う予定もないし、多分なんとかなるだろう。なるよな?


(時間の方はきっと大丈夫。じゃあ、体力はどうか?)


 自慢じゃないが、俺は倒れ慣れている。どのくらい動くとマズいかを知悉している。

 ある意味でこの世界よりも過酷なブラック企業の現場に居たからな。

 あの頃は「もうヤバいだろう」と思っても休めなかったが、今生は違う。無理をしすぎない範囲でやっていこう。ダウンするのは、もう充分だ。

 それと、もうひとつ。

 習熟なんかよりも、大切なことがある。


「フィー」


 俺がその名前を出すと、妹様の瞳がキラキラと輝きだした。

 マイシスターは、俺に声を掛けられるだけで嬉しいらしい。それどころか、ただ視線を向けられるだけでも喜んでくれる。


「なぁに、にーた? ふぃー、にーたすき!」


 あの日以来、妹は、ずーっと俺に抱きついている。

 もちろん、今も抱きついている。と云うか、離してくれない。


 よく分からないが旅行の途中から、フィーの『質』が少し変わった気がする。

 以前は『俺のことが好き』と云う理由だけでくっついていたが、今は『それ以外』もあるような気配がするのだ。

 いや、具体的にそれが何なのか、俺には分からないのだが。

 ただ単に気のせいかもしれない。


 それは兎も角、忙しくなるであろう今後のことだ。


(習い事ばかりだとフィーを構ってやれなくなってしまう。それだけは絶対にイヤだ)


 俺はマイエンジェルを抱き上げて頬ずりをした。

 もちもちほっぺが柔らかい。


「きゃー! にーた、ほっぺ! ふぃー、ほっぺすき! もっと!」


 こういう態度は以前のままだ。純粋で、可愛らしい。

 俺の生きる意味はここにある。


 魔術やら何やらの習熟は生きるための『手段』であっても、人生の『目的』ではない。

 働くために働くと云うのは、もう充分だろう。文字通り、死ぬ程働いたのだ。

 大好きな人たちとのふれ合いの時間を疎かにする愚は絶対に避けたい。いや、避けるべきだ。

 だから、こう云う。


「なあ、フィー。これからも、ずっとイチャイチャしような」

「いちゃいちゃ! ふぃー、にーたとずっといちゃいちゃする! にーたすき! だいすきッ!」


 きちんと時間の調整をしなくてはいけない。

 フィーと俺のための時間を。

 改めて、そう思った。


「同行している間も思っていましたが、お二人は本当に仲が良いのですね」

「はっはっは。そりゃ、もちろん」


 呆れるような感心するような。

 ティーネはどっちとも付かない表情で笑っている。


「えーっ。ふたりだけなんてズルいわよー。お母さんも仲間に入れて~。アルちゃんやフィーちゃんとイチャイチャしたいわー」


 母さんが乱入してきて、収拾が付かなくなった。

 そんな俺たちを、いや、俺のことを、エイベルだけが静かに見つめ続けていた。


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