第二百五十六話 瞬きの夜に、キミと(その六)
阿鼻叫喚。
おそらくここは、そう呼ばれるべき場所なのだろう。
喉笛を食い千切られた死体が転がっている。
血を流しながら、叫び、逃れていく人間がいる。
この世界に来てから、明確に、『人の死』を目の当たりにすることになった。
泣きながら震えるシスティちゃんを、ブレフが抱きしめている。
そのふたりを覆うように、ドロテアさんが抱えている。
だからだろう、この三者は、俺が魔術を使ったところは見なかったようだ。
ダッシュで飛び出して、アホカイネン親子を連れてきただけだと認識したみたいだ。
なにせ――。
「フッ……!」
「はぁ……ッ!」
粘水の外では、ハイエルフのふたりがモンスターを蹴散らしてくれている。
魔獣の死骸が散らばっていても、彼女等が片付けたとしか思えないのだろう。
それにしても、ヤンティーネだけでなく、フェネルさんも強い。
魔力を温存しているのか、それとも誤爆を恐れているのか、ふたりとも携帯していたショートソードで戦っているのに、モンスターなど苦にしていないみたいだ。
ティーネは自己申告で、魔術よりも槍が得意と云っていたから驚かないが、フェネルさんの外見は魔術師っぽいのに、剣の心得もあるようだ。
俺が魔壁で皆を保護しているからか、ふたりは戦いに専念できているようだ。
もちろん、俺も手伝っている。
敵の身体を黒縄で拘束して、顔に粘水を張り付ける。
ふたりの間合いに入ってこない魔獣を、そうやって処理している。
しかし、やたらめったら敵の数が多い。
ティーネもフェネルさんも一撃でモンスターを葬っているにも係わらず、減った様子がない。
寧ろ次から次へと会場に飛び込んでくる。
多数で攻められていると云うよりも、俺たちの方が魔獣の群れの中にいるみたいに錯覚してしまう程だ。
(大丈夫なのか、これ……?)
会場の外が、地獄絵図になっていなければいいのだが。
気がかりと云えば、街の外へ異変を知らせる為の信号弾も打ち上がっていない。
つまり、セロが孤立している可能性がある。
加えて、統治者であり、統率者である伯爵が脱落している。
これでは、指揮系統が混乱するのではなかろうか?
そして矢張り、モンスターは星読み親子を狙っているように見える。
これは一体、どういう事なんだろうか?
まるで狙うようにプログラミングでもされているかのような――?
(ここから移動できれば、その辺も確かめられるんだが……)
迎撃と防衛で手一杯で、一般人の母さんたちを連れ歩くのは、リスクが高い。
ティーネとフェネルさんの様子を見れば戦闘で優位なのは分かるが、休まずに戦い続けるのは不可能だろう。
だが、守るだけなら、まだ何とかなる。
「ティーネ。フェネルさん。一旦、作戦を立てましょう」
ふたりのエルフを魔壁の中へと退避させる。俺の魔力が続く限り――既にフィーに借りているが――粘水が破られることもない。
「どうぞ」
俺が水を差し出すと、ふたりはすぐに飲み干した。
こういう形の消耗もあるだろうからね。無理はさせられない。
「アルト様、ありがとうございます。……しかし、何でしょうね、これは」
ティーネは不満げにイスに腰掛ける。
「私とフェネルならば、この程度の相手、百匹でも二百匹でも仕留めてごらんにいれますが、明らかに、それ以上の数がいる。最初は何匹か潰せば撤退するか、全滅させられるかと思って戦いましたが、予想以上の数量でした。果てが見えません」
ふたりが始末した魔獣は、邪魔にならないように、俺が適宜、どかしている。
既に、あちらこちらに死骸の山が築かれているのに、襲撃者たちが減った様子はない。戦意が衰えた様子すらないのだ。
現在進行形で水の魔壁に飛びかかり、勝手に溺れている。
「ん~~……。矢張り、少し妙ですよ」
と、フェネルさん。
「フェネル、一体、何が妙だと云うの? 主語を省かないで。この襲撃は徹頭徹尾、おかしな事だらけでしょう?」
「それは、失礼しました。――えっと、私には、テイマーとしての能力がありますよね?」
そう云えば、リスっぽいやつが応援を頼みに行ったんだったな。
あのリスは、この乱戦の中で、無事に辿り着けただろうか?
辿り着けたとして、商会に、こちらに振り向ける戦力があるのだろうか?
「なのでこれは、従魔士としてのカンなんですが、この魔物たちは、誰かに統率されているのではないかと思うんですよ」
「統率?」
ヤンティーネは、眉をひそめる。
「ハイエルフの従魔士であっても、こんなに大量の魔獣を従わせることが出来ないのは、テイマーであるフェネル自身がよく分かっているでしょう? それとも、魔物同様、従魔士も大量にいるとでも?」
「その辺は分かりません。本当に、相応の数のテイマーを揃えたのか。もしくは、単数、或いは少数であっても、大量に魔物を使役する方法があるのか? そこは、今考えても仕方がないと思います。でも、私の仮定は間違っていないと思います。根拠は――」
フェネルさんは、説明する。
まず、魔物たちは明確に俺たち向かってきていることを挙げる。
たぶんその中でも、ぽわ子ちゃんたちを狙っていることにも気付いていると思う。
口に出して云わないのは、気を遣ってくれたからだろう。
仮説の段階だから口をつぐんだ可能性も、もちろんあるが。
次に、魔物の襲撃したタイミングを挙げた。
どこから侵入したのかは知らないが、魔獣たちが無秩序であるならば、祭りの会場に来る以前に、セロの方々で戦闘が起きているだろうとのこと。
そしてみっつ目が、攻撃対象。
モンスターは、いの一番に伯爵を潰している。
そして、未だに救援要請用の信号弾が打ち上がっていないこと。
これは、争乱の規模を考えれば有り得ない話だ。
つまり、そちらも優先的に狙われたのだろうと彼女は結論付けた。
「これはもう、襲撃者がテイマーであると考えざるを得ません。群れであっても、各個撃破可能な『単数の集まり』なのではなく、『統率の取れた武力集団』である。その前提の元に動く方が、生存率が上がると思うのです」
確かに、敵が秩序立った存在なのだと、警戒レベルを引き上げておく方が良い気がする。
この襲撃を無秩序の偶然と決め込む方が、無理があると俺も思う。
「そこまで説明されれば、私にも異論はないわね。けれども、フェネル。彼我の戦力差を把握出来なければ、作戦の立てようもないと思うのだけれど?」
ヤンティーネは云いながら、悔しそうに指でベンチを弾いた。
「数の把握?」
俺は、ピンと来た。
いるじゃないか、ここに。
昼間から魔物の存在に気付いていた天才が!
「フィー。魔物たちの数って分からないか? 大まかで良い。あっちに多いとか、こっちに少ないとか。この広場にいた数と比べてくれるだけでも良いんだ」
「んゆ? 人間じゃない魔力と魂? どんどん増えてる。凄くたくさん!」
「は? 増えて、いる……ですって!?」
ヤンティーネが驚愕に青ざめた。
既に相当な数を退治しているが、それでどうして増えるというのか?
「みゅみゅ……。あなぽこから、アリさんがいっぱい出てくるみたいに、どんどん増えてる。ふぃー、それ、分かる!」
「穴? 街の門が破られているとか、防壁の一部が破壊されているのではなくか?」
「魔物、外から来てない。街の中に湧いてる」
どういうことだ?
事前にトンネルでも掘ってあったのか?
「たぶん、門から来てる! でも、ふぃーの知ってるパターンと違う。グニャグニャしてる! ちょっと不自然な感じ!」
「門? 門だって? 今さっき、外から来てないって、フィー自身が――」
云い掛けて俺は、ある結論に辿り着いた。
ハイエルフのふたりも同じであるらしい。
そう。『門』だ。
あのアーチエルフと親しいのならば、誰もが思い浮かべるであろう、伝説の魔道具。
俺も使ったことのある、王都にあるエイベルの所有物……。
「あれが、ここに!?」
俺たちは、顔を見合わせた。




