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妹のいる生活  作者: むい
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第二百五十三話 瞬きの夜に、キミと(その三)


 早めの場所取りをしておいて、正解だった。


 星読み様の挨拶まで、まだまだ時間があるというのに、我らクレーンプット一族と同じことを考えた人々が、何人もいたのだ。


 しかし、これは当然の話だろう。

 星祭りの主役である、星読みがやってくるのだ。これを見ずして、何を見る、と云うことになる。


 タルビッキ女史の登壇は、今夜きり。

 対して、露店は明後日まで続く。


 どちらを選択すべきなど、問うまでもないことだ。


 ましてや、他所の街からも来ている人々もいる。それを考えると、場所取りが出来たのは早期の決断のおかげでもあるが、僥倖であったと云うべきであろう。


「ふへへへ……! ふぃー、にーたの隣!」


 特設舞台は、半円状に設置された複数の長椅子に囲まれている。

 特にひとりひとりのスペースが定められている訳でもないので、それなりの範囲を勝手に確保した。


 混んできたら、「詰めろ」と云われるかもしれないが、知ったことか。マイシスターが快適に過ごすため、峻拒させて貰うつもりだ。


 ドロテアさんも、似たような気持ちなのだろう。

 長椅子の上にシートを敷いて、『領地』をアピールしている。

 尤も彼女の場合は、ちびっ子たち全員のためのスペース確保なのだろうが。


「正面じゃなくて良いの、アルちゃん?」


 この位置を決めた俺に、母さんが尋ねてくる。


 俺たちの居場所は最前列であっても、右端に寄っている。

 なにせ、舞台袖が微妙に見えるくらいの位置だ。

 見えにくいのではと考えるのは、当然だろう。


 だが、もちろん、この場所には意味がある。

 簡単に云うと、避難しやすい位置取りなのだ。


 何かあった際に、いの一番に混雑した会場から出られるであろう位置取り。

 そして、治安担当者たちの詰め所に近く、かつ複数の避難経路が選択できる場所を選んだ。


 多少の見やすさよりも、安全第一よ。


(まあ、過剰な用心だとは思うけどね……)


 俺たちの背後には、さりげなくハイエルフのふたりも陣取っている。

 ぶっちゃけ、ヤンティーネたちがいるだけで、大半の危機は排除できるだろうから。


 ただ、彼女等はあくまで、俺たちを守ってくれるだけだ。

 ぽわ子ちゃんに何かあったときは、真っ先に俺が動かなければならないだろう。


(その為には、大体で良いので、あの子の居場所を把握しておきたいんだが――)


 ふと見つめた舞台袖に、誰かいた。


 るーるるるー……。るるーるるるー……。


 声は聞こえないのに、そう呟いているのが分かる、ぽわわんとした外見の女の子。


 うん。

 明らかに、こちらを見ているな……。


(あっ、飛び出そうとして、捕まった……)


 警護役っぽい女性が、慌てて羽交い締めにしているぞ?


 まあ、セロで再会したときも迎賓館からの脱走だったっぽいし、トラブルメーカーとしてマークされているのかも。


 ただ、お目付役であっても護衛が傍にいるのは良いことだ。

 安全率は、少しでも高いに越したことはない。


「あらぁ……?」


 視界の隅で、大きな動きがあったからだろう。

 マイマザーが、未来の救世主様に気付いたっぽい。

 のしのしとステージの方に歩いていく。


 まだ登壇前の時間だからか、タルタルはいない。

 何人かの騎士や冒険者が、舞台の上や横で相談をしている段階だ。


 その中を、母さんは真っ直ぐに歩く。

 あまりにも堂々としているので、却って気にされていないみたいだ。


(お、ぽわ子ちゃんとハイタッチしている)


 相変わらずの仲良しっぷりだ。護衛の人が困っているぞ?


 母さんはそのまま、ぽわ子ちゃんと手を繋いで、こちらへとやって来てしまった。

 その後ろには、弱り顔で付いてくる護衛の人。


「むむん~……。アル……」


 ぽわ子ちゃんは母さんと繋いでいない方の手を、こちらに伸ばしてくるが、


「めーっ! ふぃーのにーたに触れる、めーなのーっ!」


 フィーが俺に抱きつき、それを阻止。


 しかしぽわ子ちゃん。

 素早く母さんの手を離すと、シャシャーっと背後に回り込み、俺の背中に、コアラみたいに負ぶさった。


(ベンチがあるのに、器用な……)


 一方、妹様は絶望的な顔で、「あーーーーっ!?」とか奇声を上げている。


 いや……。

 そんな泣きそうな目で見上げられても。


 そして母さんは俺の真横に座ると、俺たち三人をいっぺんに抱きしめる。


「んふふ~~ぅ。お母さんの、ひとり勝ち~……!」


 何がどう勝利だと云うのか。


「ミルティアちゃん、ちょっと舞台を見るだけって、云ったでしょう? 戻って貰えないと、困ります!」


 護衛の人が愚痴をこぼすが、背中に棲息するぽわぽわコアラは、いつも通りの、のんびりした口調で拒絶した。


「アルの傍のほうが~……。安全……?」


「何を云っているの!? ここにいらっしゃるのは、戦士でも騎士でもない、普通のご家族じゃないですか!?」


「むん~……?」


 やめて、ぽわ子ちゃん。

 首筋に息を吹きかけないで!


「お星様から……虫さんぱわーを感じる……? アルはきっと~……茶飯を食べた……?」


「な、何故それを……!?」


「やっぱり、アルは、虫さんだった……。とうとう、自白……」


「ち、違う……っ! 俺は、虫じゃない! 茶飯の方だ……!」


「るーるるるー……。るるーるる~……」


 くっ……! 

 どこまで読めているんだ? 

 矢張り、彼女は俺の手に余る……!


「虫さんとか、茶飯とか、意味不明すぎる……! お願いだから、私と戻ってください……!」


 護衛の女性は、半分、泣きが入っていた。

 たぶん、ぽわ子ちゃんに散々翻弄され続けたのだろう。


「えっと、ぽわ……ミルは、あの舞台に上がるのか?」


「私、シークレットキャラクター……? いんびじぶる~……。るーるるー……?」


 これはアレか? 

 舞台には、上がらないという解釈で良いのか?


 一方、護衛の人。俺たちの会話から、こちらが彼女の立場を知っていることを理解したらしい。

 ちょろっと事情を教えてくれる。


「ミルティアちゃんは、重要な警護対象です。しかも、まだ幼い。だから今は人前に出すべきではないと云うことになっています! なので、回収させて下さい……!」


「だから~……。アルの傍の方が、安全……? 万全……? 鮭ご膳……? 私、お魚も好き。だけど、セロにはない……?」


「私たちは戦の専門家です! この、ごく普通な観光客の一家が、私よりも強いわけないのは、見れば分かるじゃないの!」


 ううん。

 この人にとってぽわ子ちゃんは、聞き分けのない妄言を繰り返す変な子と云う認識になっているんじゃ、なかろうか?


 そして火に油を注ぐように、ブレフが勇ましく手を挙げる。


「おーう! 俺は結構、つえーぜぇ?」


「…………」


 警護の人、完全に白い目をしているな。


 実際、ブレフは同年齢の子と比較しても強いとは思うが、この状況では、タチの悪い冗談にしか思われないだろう。

 まだ大人に敵うわけないしね。


 と云う訳で、護衛の人はハトコを無視して、こちらに手を伸ばしてくる。


「あぁう……。アル……」


 背中に張り付いたぽわ子ちゃんは、結構、抵抗したようだが、結局は引き剥がされてしまった。

 こちらに伸ばされた手を、俺は掴んであげるべきだったのだろうか?


「ほら、行きますよ! タルビッキ様も、心配しておいでです……!」


 ぽわっとした表情と気配のままだが、割と本気でここに居たがっていた気がする。

 姿が見えなくなるまで、彼女は手を伸ばしたままだった。


「……フィー」


「なぁに、にーた? ふぃー、にーた好き!」


「ぽわ……ミルの魂って、離れていても識別できるか?」


「ふぃー、にーたの魂好き! いつだって触りたい!」


 そいつは光栄だね。

 でも、今は質問に答えて欲しいかな?


「で、どうなの?」


「離れると見えにくい、それ、目と同じ! でも、ミルちゃんの魂、ひとりだけ変! お星様みたいに、キラキラしてる!」


 そうか。識別しやすいのか。

 それは助かるね。


 結局そのまま、ぽわ子ちゃんが戻ってくることはなかった。


 ――そして、舞台の幕が開く。


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