第二百五十二話 瞬きの夜に、キミと(その二)
「う、ウナギ……っ! ウナギだ……ッ! ウナギがあるぞ……っ!?」
そこにあったのは、一本の串焼き。
長い鉄の串にS字状になって貫かれていたのは、土用の丑の主役。
日本人の皆が大好きなウナギに相違なかった。
「あら、アルちゃん、ウナギを知っているの? 本当に博識なのね!」
ドロテアさんが、「まあ!」とか云って驚いているが、それどころではない。
だって俺、うな重・うな丼、大好きだったし。
しかしそこに、ブレフ少年が現れる。
チッチッチ、とか云って、指の代わりに串を振っている。
「アル。あれはウナギとか云うんじゃないぜ? 沼ドジョウって云うんだぜ?」
「うん? 沼ドジョウ……?」
寧ろウナギってなんだよとハトコの少年は呟く。
こいつはこいつで、ウナギを知らないらしい。
「えっと……ドロテアさん……?」
あれこれ考えず、正解を知っている人に尋ねるのが、一番の早道だろう。
グランドマザーは教えてくれようとするが、彼女が口を開くより早く、柔らかい感触が、俺を抱きしめる。
「はいはーい! お母さん! お母さんが教えてあげるわー? お母さんより、お母さんの方が、詳しいんだから!」
マイマザーだった。
それにしても、お母さんより、お母さんの方がって、意味不明な言葉に聞こえるぞ?
いや、云いたいことは分かる。ドロテアさんよりも、自分の方がと云ったつもりなんだろうが。
(アピールの仕方が、三歳児の娘さんそっくりだ。流石は親子……)
でも、母さんとドロテアさんって、外見は兎も角、精神面は似てないよな。
「全く。どうしてリュシカから、アルちゃんみたいな賢い子が産まれたのかしら……?」
祖母が憮然としている。
だが、解説役は譲る気になったようだ。
「んで、母さん。結局あの串焼きは何なの? ウナギなの? ドジョウなの?」
「んふふー……! あれはね、沼ドジョウの方よ? ウナギではないわねー」
ブレフが正しかったようだ。だが、マイマザーやドロテアさんの発言から察するに、ウナギはウナギで存在するのだろう。
「母さんは、その辺の違いに詳しいの?」
「私が、と云うより、お父さんが冒険者だからねー」
ははあ。
何となく、見えて来たぞ?
地球世界におけるウナギは、蒲焼きが発明されるまでは、地位の低い食べ物だった。
何しろ、庶民でもそんなに食べなかったみたいだから。
では、どういう層が食べていたのかと云うと、肉体労働者だ。
早朝や深夜のコンビニで、工事現場のおっちゃんや、タクシーの運ちゃんが栄養ドリンクを買っていくのに近い。
大昔から、栄養補給に優れた食品とは認識されていたようだ。
何せ万葉集にも、ウナギを食って力を付けろ、みたいな歌が載っていたくらいだしな。
母さんが冒険者と云う単語を出した以上、この世界でも、『蒲焼き登場前』と同じ地位の食物なんじゃないかと思う。
だって蒲焼きがあるなら、こんな雑な焼き方はすまい。
蒲焼きとして売るか、現代日本のウナギの串焼きのように、きちんと切り開き、幾重にも工夫を凝らした焼き方になっているはずだから。
(昔の日本だと、串に通して焼いたウナギに、味噌や醤油を付けて食べていたはずだ……)
たぶん、ここもそうなんだと思う。
それっぽい調味料が入った壷が置かれているのが見えた。
「ウナギや沼ドジョウはねー。身体を動かす冒険者さんが、よく食べるのよー」
俺の予測は当たっていたようだ。
同時に、ブレフが知っていたのも、冒険者がらみだからなのだと理解する。
「で、母さん。ウナギと沼ドジョウって、どう違うの?」
「お母さんは、沼ドジョウの方しか食べたことがないけど、お父さんによるとね――」
マイマザーの説明によると、こうである。
まず、沼ドジョウはウナギの近縁種であるらしい。
その名の通り、大きな湖沼に棲息するのだとも。
考えてみれば、ウナギは降河回遊性の水生生物で、川にいる場合も、下流か、いても中流域までのはずだ。
海に出て繁殖する生き物なんだから、当然っちゃ、当然の話だ。
対して、このセロは内陸部にある。ウナギなんぞと、そうそう出会えるはずがない。
近縁の別種じゃないと辻褄が合わないだろう。
この両者の違いは生息域だけではないらしい。
沼ドジョウの方が、若干味が落ち、かつ、泥臭いのだと云う。
なので同じ串焼きでも、沼ドジョウのそれは、味噌や醤油を多く付ける必要があるのだとか。
じゃあ完全な劣化品なのかと云うと、そうでもなく、たとえば小骨なんかは沼ドジョウの方が圧倒的に少なくて、串焼きに向くらしい。
共通点は外見の他、血液中に熱に弱い毒があること。
なので、生食は絶対にNG。
それから、きちんとぬめりや臭みを消す作業を行っていない露店では、食べない方が良いとも。
つまるところ、多少の違いはあっても、食べ方や調理方法は同じと云う話だ。
そして一番肝心なのは、ウナギであれ、沼ドジョウであれ、人気がないこと。
一部の人しかとらないので、その気になれば、簡単に手に入るらしい。
「ふ……! ふははははは……っ!」
「ど、どうしたんですか、アルトさん……?」
いきなり笑ったからか、システィちゃんをドン引きさせてしまった。
しかし、これが笑わずにいられようか?
金の鉱脈が、こんなところに眠っていようとは!
「にーた、笑ってる! ふぃーも一緒に笑う! ふへ~へへへへ~……っ!」
マイシスターに分かったのは、俺が突然笑い出したことくらい。
でも、俺が笑っているのが嬉しいみたい。宣言通り、一緒に笑ってきた。
(沼ドジョウにウナギか! 使える……! これは使えるぞ……!)
醤油があるんだから、なんとかタレさえ完成させてしまえば、うな丼を再現できるに違いない。
……あ、山椒も欠かせないか。
でも、あるのかな、山椒。
今度、エイベルに訊いておこう。
「やっぱ、お祭りは良いなぁ! アイデアの宝庫だ!」
「にーた、にーた! ふぃー、早く、あれが食べてみたい!」
「よしよし! フィー、目の付け所が流石だぞ? 俺も一緒に食べてみる!」
「ふ、ふへ……っ! ふぃー、にーたに褒めて貰えた! ふぃー、嬉しい! ふぃー、にーた好き……っ!」
なお、購入したドジョウの串焼きは、あんまり美味しくありませんでした。
※※※
「ふう……。食べた食べた」
結局、俺がセレクトしたのは、茶飯と野菜スティックだった。
何の面白味もねぇな。
ここでも野菜を買ったので、ますます野菜好きだと思われてしまったぞ?
でも、栄養摂取のためには率先して食べないとね。
俺が食べていると、妹様も欲しがるから、一石二鳥なのだ。
フィーの健康は、この兄が守る!
(しかし……塩を振っただけの生野菜はツラい……)
笑顔で食べられるマイシスターは、やっぱり凄いと思った。
この辺は、なまじ前世でドレッシングやらマヨネーズやらを知っているが故の弊害なのだろうか?
何にせよ、早く料理チャレンジ出来るようになりたいな。
横を見れば、システィちゃんが、控え目にクスクスと笑っている。
「アルトさんって、不思議な食べ方をするんですね……? 考え込むような食べ方なんて、初めて見ました」
そりゃあ、将来を見越して食べているからね。
レシピの開発がフィーの幸せに繋がるんだから、真剣にもなろうと云うものだ。
「……料理には興味があるんだよ」
「私も、お料理には興味があるんですが、まだお手伝いで精一杯で、アルトさんみたいに、新しいものを作りだそうって、考えたこともなかったです。アルトさんは、凄いです……!」
いやいや。
新しいことにチャレンジするのは、基礎を学んでからの方が絶対に良いだろうよ。
俺の場合、料理は前世からの続きなのであって、今世だけを切り取ってみたら、邪道の極みだろう。
「なら、いつになるか分からないけど、一緒に新しい料理でも考えてみようか?」
「――っ! は、はい……っ! 是非……っ」
結構、食いついてきたな。
でも、料理が出来るようになれば、彼女の自信アップにも繋がるか。
「ふぃーも! にーた、ふぃーも、お料理する! にーたと一緒!」
「そうだな。フィーも一緒だな」
砂場で遊ぶときも、泥団子を頑張ってこねている妹様だ。料理に興味もあるんだろう。
懸命に抱きついてくるので、頭を撫でておく。
「皆、お腹もふくれたと思うし、舞台会場へ移動しましょうか?」
ドロテアさんが、そんな提案をしてくる。
お祭りの主賓、伝説の星読み様は、中央広場に作られた特別会場で挨拶をする予定だが、早めに行かないと座れないかもしれないとのこと。
俺としても、ぽわ子ちゃんの様子を見守りたいから、その意見には賛成だ。
早めに移動すれば、避難しやすく舞台も見やすい安全な場所が、確保できるかもしれないし。
皆も異論はないらしい。トイレを済ませて、会場で座り食い出来そうなものを調達して、向かうこととなった。
さて。
星読み様の勇姿を、この目に焼き付けるとしますかね。




