第二百五十一話 瞬きの夜に、キミと(その一)
本祭りの雰囲気は、明らかに昼間とは変わっていた。
何と云うか、参加客たちに、うかれた気配があるのだ。
理由は分かっている。
星読みを見ることが出来るから。
お客たちの持つ、どこかソワソワした感じは、好きなシンガーが登壇する前のステージにも似て、単純なワクワクだけが横溢している訳でもないようだ。
何せ、アッセル伯爵が直々に招聘した星読みは、月神の奇跡を起こしたと噂される存在だ。
この星祭りでも、新たな奇跡を見せてくれるのではないかと、皆が期待している。
普通なら、そんな雰囲気はプレッシャーにしかならないのだろうが、あのタルビッキ女史ならば、根拠もなくノリノリで登場するのだろうな。
(何も起きなくて暴動になるとか、ないよな?)
まあ、大丈夫だろう。
まさか壇上で手を振って終わりと云うこともあるまい。
たぶん、星読みとして、未来視くらいはするはずだ。
観星亭に忍び込んだ時に見たけれども、あれは確かに幻想的で綺麗な術式だった。
仮に不発でも、見物客たちの目を楽しませることくらいは出来るはずだ。
そして――ぽわ子ちゃん。
あのぽわんぽわんな、俺の友だち。
こちらのでっちあげで、一躍、重要人物になってしまったあの少女を守る責任が、俺にはあるはずだ。
万が一、今回の星祭りで何らかの不満が彼女に向くようなら、全力でそれを阻止してあげねばならない。
群集の心理というやつに俺は詳しくないが、いきなり誰かが「インチキだ」と叫ぶ可能性だってあるわけだしね。
まあ、それで主賓に石でも投げようものなら、星読みを囲う国そのものや、アホカイネン母娘を招いたセロの領主に対する反逆になるから、そうそう混乱が起こるとも思えないが。
俺は自分の背負うリュックに目を走らせる。
その中には、フィーが王都から運んできた、あのメジェド様スーツが入っている。
流石に使うことはないと思うが、万が一、何かしら顔を隠して活動するときのことを考えて、一応、持ってきたのだ。
軍服ちゃん救助作戦のときにも使ったし、用意しておくに越したことはないだろう。
そして俺たちクレーンプット一族の3メートル程後方には、帽子を被った異常に美人な女性ふたりが着いてきている。
云うまでもなく、ハイエルフのコンビだ。
上手く耳を隠していても外見が良すぎるので、背後からは、ざわめきやナンパのかけ声が、ひっきりなしに聞こえてくる。
当人たちは、ひっそりと着いてくるつもりだったんだろうが、美人というのは隠密に向かないことを証明するだけだったようだ。
「後ろの子たちのおかげで、面倒が無くて良いわねぇ」
と、ドロテアさんが云う。
この人、俺の祖母には違いないが、まだ30代後半の年齢。
そして、外見年齢は20代だ。
声を掛けられることも多いのだろう。美人だし、でかいしね。
その辺は、マイマザーも同じ感想を抱いたみたい。
現在、21歳。
来月の八月に、やっと22歳になるリュシカ・クレーンプット氏は、相変わらず10代にしか見えない容姿だ。
仮に地球世界の制服を着せても、「無理すんな。見てるこっちが痛々しいわい」と云う感想を抱くことは絶対にないと断言出来る外見なのだ。
普段は家に籠もっているから見かけることがないが、こうやって人前に出していたら、寄ってくる男は、山盛りいるだろう。
「リュシカの場合は、外見以上に、中身が成長しないのが問題なのよ……」
とは、実母の談。
ともあれ、ハイエルフのふたりは、計算外の理由で、こちらに快適な環境をもたらしてくれたみたいだ。
そして出発前からお腹を空かせていた妹様は、一心不乱に食事を続けている。
食べているのは、串焼き。
しかし、お肉ではない。
「ふぃー、キノコ好き! キノコ美味しい! もっと食べる!」
そう。
マイシスターが食べているのは、キノコの串焼きだ。
醤油ベースのタレを付けて焼いたものと、さっぱり塩味があるが、迷わず後者を選択したみたい。
屋台のおっちゃんが、「渋いね、この娘……」と苦笑いを浮かべていたのが印象的だった。
「フィー、落ち着いて食べるんだぞ?」
「ふぃー、平気! まだまだ食べられる!」
回答がズレている気がするが、まあ良いか。
一方、ハトコズ妹のほうのシスティちゃん。
彼女も彼女で、果物や甘味ではなく、進んで、もろきゅうを食べている。
こっちも渋いね……。
お肉を喜んで頬張っているのは、ブレフだけだ。
ある意味、一番、子供らしい奴だ。
「アルトさんは、召し上がらないんですか……?」
「にーた、お腹減ってない? ふぃーが、にーたの分まで食べる?」
フィーの意味不明な理屈は置いておいて、別に腹が減っていない訳ではない。
だが、胃袋のスペースは有限なのだ。
慎重に見極めたい。
将来的には、レシピの類も商会に売りこみたいからな。
どうせ屋台で食べるなら、珍しいものや、調理のヒントになりそうなものが良い。
王都の時のお祭りでも思ったが、この世界のお祭りは、雰囲気こそ似ていても、矢張り、そこかしこに差異がある。
屋台ひとつ取ってみても、市場がそのまま出店しているような感じだ。
生野菜をそのまま売っているお店もあるし、食べ物も、串焼きやら肉焼きやら、シンプルでワイルドなものが圧倒的に多い。
定番のわたあめや、りんごあめを見かけていないから、そもそも存在しないのだろうと思われる。
金魚すくいも存在しない。
しかし、小亀を紐で縛って売っている。
鈴虫みたいな、音を奏でる昆虫なんかも売り出されており、子供が親にねだっている姿が見えた。
この辺は、元いた世界の縁日では、あまり見かけないものだろう。
射的は地球世界のそれとは大きく違い、弓を射てマトの中心を狙うゲームになっているようだ。
規定の本数で一定の点数を稼ぐのが目的だが、貰えるのが『景品』ではなく『現金』と云うのが、いかにも中世風世界と云うべきか。
まんまバクチを開いている店もある。
サイコロ賭博はもちろん、複数枚の絵札を裏返して、絵柄を当てる類のものまである。
矢張りというか、なんというか、バクチ系の店を出している人は、どことなく人相が悪い。
これ見よがしに用心棒が立っている店まである。
他には、夜なのに大道芸をしている人々もいる。
『斬られ屋』や『殴られ屋』もあったが、王都で見かけたおっちゃんは、いないみたいだ。
(悪名高い『ひもくじ』は無いみたいだな……)
あれは邪悪だ。
吊されているゲーム機を当てた人を、ついに見たことがない。
こちらの世界でひもくじの店を開いたら、トラブルの原因になるのかしら?
「おい、アル。魔力を使うお店もあるぞ?」
肉を頬張りながら、ブレフが指さす。
それは、一種のギャンブルだった。
目盛りの付いた棒に、ゴルフボールくらいの球体が刺さっている。
あれは魔道具で、球体は最初台座にくっついているが、魔力を込めるとスルスルと棒を伝って上昇して行く。
指定された目盛りの範囲で止められれば、掛け金が、倍づけで貰えるんだそうだ。
「商売になるのか、アレ? 魔導士の存在からして、人口比を考えると少ないだろう?」
「見せ物として、盛り上がってるみたいだな。あと結構、難しいらしくて、何度も挑戦する人も多いんだってさ」
「ふぅん……?」
少ない人間から金を巻き上げる仕組みってことか?
なら、イカサマなんじゃないかと思う。
器具そのものに細工があるか、店主が魔力持ちで、妨害したり、『あとちょっと』を演出していたりするかだ。
「フィー、あのお店の人って、魔力あるか?」
「んゅ……? あの棒があるお店? あの人、魔力ある。使ってる」
ま。屋台なんて、そんなもんよな。
俺がギャンブルマンガの主人公なら、この辺を突いて大儲けでもするんだろうが、俺の生き方の基本は、トラブルに近づかないことだ。
変にインネンを付けられても困るし、スルー安定だろう。
「フィー、ありがとう」
「ふへへ……! よく分からないけど、にーたに撫でて貰えた! ふぃー、嬉しい! ふぃー、にーた好きっ!」
しかし、流石に腹が減ってきたな。何か食べたいぞ……。
もうアイデアだなんだと、しのごの云わずに、食べたいものを食べちゃうか?
そうなると、元・日本人としては、矢張り、お米が食べたい。
お米がある世界だから、焼きめしやピラフなんかも、普通に売っている。
(うわー……。バター醤油ご飯まで売られているのか。それも、結構高いな。バター自体が貴重だからか……?)
意外なことに、焼きおにぎりはない。
ひょっとしたら、思い付いていないのかもしれない。
「にーた、にーた! ふぃー、あれ気になる! 食べてみたい!」
俺の食欲を遮るように、妹様がとある屋台を指さした。
「おぉっ!? あれは、まさか……っ!」
そこに、驚くべきものが売られていた。




