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妹のいる生活  作者: むい
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第二百五十話 呼び出しと防衛対象


「うん……?」


 頬に感触があり、目をさました。


 まるで指先でノックでもするかのように、トントン、トントンと、見えない何かが、こちらを叩く。


(魔術……だよな……?)


 うっすらと目を開ける。

 目に入るのは、とろけた寝顔で、ふへへと笑っている妹様。


 フィーは寝ぼけて魔術を使うと云うことがないので、叩いてきたのは、この娘でないのは確定だ。

 何より、力の質が違う。

 マイシスターには、しょっちゅう魔力を借りているから、判定は容易い。


(外……? 外から、風の魔術で、誰かが俺を呼んでいる……?)


 外部から呼びかけてきそうな人物と云えば、まず敬愛するマイティーチャーが思い浮かぶが、あの御方の魔力とも違う。

 そもそも、エイベルはセロから離れているはずだからね。


(知らない魔力……。でも、イヤな感じが全くしない。森のように澄んだ感じだ)


 この魔術の使い手は、間違いなく俺を呼んでいるのだろう。


 取り敢えず、応じてみることにした。


 ハンモックから、身体を起こす。

 空はそろそろ、あかね色に変わろうかと云う時間だろうか?


 マイマザーとドロテアさんが、俺たちに気を遣ってか、音を立てぬよう、無言で家事をしてくれているのが見えた。


「母さん」


 なので、俺の声はよく響いただろう。

 祖母と母は、すぐにこちらを向く。


「あらあら、アルちゃん。目がさめちゃったの?」


「うん。ちょっと庭で外の空気を吸って来たいから、フィーをお願いできる?」


「もちろんよ! ふふふー。私も、そろそろアルちゃんやフィーちゃんを、だっこしたいと思っていたところなのよねー」


 マイエンジェルは、だっこされてないと起きちゃうからね。

 外に出るなら、預けないといけない。


 母さんの言葉は紛う事なき本音だろうが、一方で、休憩したいとも思っていたはずだ。

 だからなのか、嬉々としてハンモックに入ってくる。


「じゃあ、フィーをお願い」

「ええ、任せて。……はぁ~……。癒されるわぁ~……」


 マイマザーは、実に嬉しそうに、愛娘を抱きしめた。


「ドロテアさん、ごめんなさい」

「いいのよ。気にしないで行ってきて?」


 俺のせいで人手が減ってしまった訳だけれども、祖母は気にしていないようだった。

 家事って大変だから、頭が下がるわ。


 そうして、俺は庭へ出る。


 居間の窓から覗いた場合に、俺の姿が見えるであろうギリギリの位置に立つ。

 妹様が目をさました時に、すぐさま分かる様に。あと、ほんの少しの警戒も兼ねて。


 俺が足を止めると、窓からは見えないと思われる位置に、ふたつの人影が現れた。

 両者は、同時に頭を下げる。


「お休みのところ、お呼び立てして申し訳ありません、アルト様」


「別に構わないよ、ヤンティーネ」


 呼び出したのはエルフの女騎士、ヤンティーネ。そして、馭者としてセロに同行したショルシーナ商会のハイエルフだった。


 名前は、フェネルさんと云う。

 道中、俺に馭者術を教えてくれた教師役でもある。


 ティーネは俺の部下でもないのに、騎士のように振る舞ってくれる。

 一方、フェネルさんは、近所の優しいお姉さんみたいな人だ。ちいさく手を振ってくれている。


「それでティーネ。どうかしたの?」

「はい。お祭りのことで、少し」


 ヤンティーネの云う所では、星祭りの警護をなるべく近くで行いたいと云うものだった。


 この人等は、俺たちを守る為に同行してくれている。

 エイベルが街から離れるのも、商会のふたりを信頼しているが故なのだろうし。

 今までもこのセロで、俺たちを見守っていてくれていたはずだ。


「通常ならば、ある程度の距離があっても、クレーンプット家の皆様を守護する自信があるのですが、流石に昼間の人ごみを見てしまうと、厳しいと思い直しました。夜の本祭りは、更に人が増えるでしょうし……」


「スリや急なドミノ倒しなんかからは、特に守りにくくなってしまうんですよ」


 フェネルさんも、そんな風に云う。


 しかし、その通りではあるのだろう。

 俺としても、安心して祭りを楽しみたい。


「高祖様からは皆様の妨げにならないよう、極力目立たぬように護衛せよと仰せつかってはおりますが、このような次第ですので、お祭りの間は常に近くにおりますので、その辺を、ご理解頂きたいのです」


 わざわざそれを云いに来たのか。律儀なことだねぇ。


 なんでも、帽子で耳を隠して一般人のふりをして、さりげなく俺たちの傍にいるんだそうだ。

 不審者じゃないよ、と云いたいのだろう。


「あー……。じゃあ、俺からも、ひとつお願いがあるんだけど、良いかな?」


「どの様なことでしょうか?」


「いや、まあ、別に難しいことじゃなくて、守るのは母さんや、ハトコたち――つまり、俺の同行者たちを優先して欲しいんだ」


「それは出来ません!」


「えっ、出来ないの!?」


 きっぱりと拒絶されてしまった。


「高祖様が特に目をかけられているのは、アルト様たちのご家族です。で、あるならば、防衛の優先順位は不動。他の何を置いても、リュシカ様やアルト様をお守りせねばなりません!」


 ティーネの言葉に、フェネルさんも頷いている。

 あくまで、エイベルの意志が最優先と云うことなのだろうが、それでは困るぞ?


「ええと、でも、俺は魔術が使える分、ある程度は自衛できる。だから、他の皆を守って欲しいんだけど……」


「無論、他の皆様もお守り致します。ですが、優先順位は変えられません。高祖様の願いが最優先となりますので」


 うーん。

 頑固一徹と云う感じだ。


 説得は無理っぽいな……。

 なら、云い方を変えよう。


「じゃあ、せめて、俺よりも母さんを優先して欲しい。万が一、二者択一があった場合は、母さんを守って欲しいんだ」


 フィーのことも守って欲しいが、マイシスターは、俺がずっと、だっこしているつもりだからね。

 はぐれるとしたら、母さんとになるだろう。

 まあ、単なる祭りで、そんな大袈裟なことにはならないだろうけれども。


 ヤンティーネとフェネルさんは、俺の言葉に顔を見合わせたけれども、やがて頷いてくれた。


 別に、魔物ひしめくダンジョンに潜る訳でもなし。複数同時に守ることくらい、何でもないと判断したのだろう。


「では、我々の行動はそのように。お休みの邪魔をして、申し訳ありませんでした」


 ふたりは改めて礼をして、去って行った。


 だが、有意義な打ち合わせであったと云えるだろう。

 ハイエルフ二名が、母さんを最優先で防衛してくれると分かったわけだからね。

 何かあったら、俺はフィーを守ることに専念できる。


 何もないと思うし、何もないのが一番だけど、こういう取り決めをしておくと、精神的に非常に楽だ。

 俺は大きく伸びをして、それから屋内へと戻った。


 ※※※


「にーた! ふぃー、お腹減った!」


 目をさました妹様は、開口一番そう云った。


 夜のお祭りでも、たくさん食べる事になるのだろうから、家ではご飯を食べない方針なのだ。


 ドロテアさんは自分の作った食事で、子供たちに野菜を食べさせられないのを残念がっていたが、今日くらいは我慢して貰うしかない。


 ブレフの奴なんかは、あからさまにホッとしている。

 たぶん、あまり野菜が好きじゃないんだろうな。


「アルちゃんは、お野菜大好きだもんね?」


 マイマザーが、そんなことを云う。


 別に俺は野菜が大好きと云う訳ではない。

 ただ単純に、栄養を考慮して、極力食べるようにしているにすぎない。


 でも普通の子供がそんなことを考えているとは思わないだろうから、俺は母や祖母に、野菜好きな子供という判定を下されているようだ。


 ぶっちゃけ、ドレッシングの発達していない世界だから、地球よりも野菜が食べづらいんだよね。

 自分で料理するようになったら、そっちも開発しないとダメだろうな……。


 ちなみに、この世界の栄養学は地球程には発達していない。

 寧ろ、大きく劣ると云って良い。


 だが、経験則として野菜を食べないと身体をこわすという観念は根付いており、ショルシーナ商会なんかでも、『美容と健康のために、野菜を食べよう』、等と云うスローガンを掲げて、売りに出しているのを目撃している。


「フィー、空腹は、お祭りまで我慢出来るか?」

「んゆ~……」


 自分のお腹を撫でていたフィーは、何かを思い付いたのか、探るような視線を俺に向けてきた。


「ふぃー、お腹空いてる! でも、にーたがキスしてくれたら、我慢出来る!」


 じゃあ、ここで食べれば、キスを我慢出来るか? 

 そんなことを云えば、きっと泣いてしまうんだろうな。


 俺はフィーを抱きかかえると、要求通りにキスをした。


 さあ、出発だ。


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