第二百四十七話 祭りの始まり
星祭りにおける我が家の行動は、以下の通りになった。
午前中から正午まで屋台を楽しみ、家へ戻って、遅めの昼食。
そのまま一休みし、日が落ちる頃に、もう一度、祭りの現場へと繰り出す。
つまり、二回に分けて楽しむのだ。
フィーのお昼寝タイムをちゃんと確保できることが、俺にとっては、ありがたい。
何せ妹様、今日は俺よりも早起きしたからな。
体力が夜まで保つ訳がない。
寝落ちして、肝心の本祭りを見逃しました、では、あまりにも可哀想だ。
「フィー、全力で楽しんで良いぞ!」
「ふへへ! ふぃー、賑やかなの好きっ! にーたといっぱい楽しむ!」
「ふたりとも、買い食いするのは良いけど、お昼ご飯を食べられるように気を付けなきゃダメよ? あと、お母さんから離れるのも!」
基本的に、母さんかドロテアさんと手を繋いで移動するように云われている。これは、ブレフたちも同じだ。
人気のお祭りだけあって、人ごみが凄い。
王都の『臨時祭り』よりも多いと思う。
あの時のように、別々に行動するのは、ダメだろうな。エイベルもいないし。
「ふーん。手かぁ……」
ブレフ少年が、何かを思い付いたかのように呟く。
「ドロテアさん、ちょっと……」
そして祖母を呼び、何事かを耳打ち。
不思議そうに耳を寄せるグランドマザーは、すぐにパアッと明るい顔をする。
「あら! 良い考えじゃないッ! ブレフったら、良いお兄ちゃんね!」
「ふふん……。だろー?」
「でも、貴方自身も、素敵な出会いを探さないとダメよ?」
「あん? だから俺、そういうのは、将来シェラインで探すってば」
「この子ったら……!」
シェラインの話が出たら、怒り出してしまった。
やっぱりタブーっぽいな。
「おい、ブレフ。何の話をしたんだよ……?」
「アル。お前にだけは、教えてやらん……!」
ニヤニヤ笑いながら、顔を逸らされてしまった。
ドロテアさんに視線を向けるも、ニコニコと笑顔を返されるばかり。
なんなんだよ、もう……。
結局、歩き方だが、「手を繋いで~」と云ってたけど、俺は誰とも手を繋がなかった。
だって、妹様をだっこしているからね。
人が多すぎて、マイシスターを歩かせるのが怖いのだ。
「フィー、常に俺か母さんにだっこされてないとダメだぞ?」
「――ッ!? される……っ! ふぃー、お祭りの間、ずっと、にーたにだっこされてる……! それ、ずっと幸せ! お祭り最高! にーた好きっ! 大好きっ……!」
ううん。
『移動時における注意』なんだが、『甘やかし行動』と判断されたのかな?
マイエンジェルは、上機嫌だ。
そして母さんは、手を繋ぐ代わりに、俺の身体を掴んでいる。
「ふふふー。これはこれで、良いのかも!」
まあ、機嫌は良さそうだし、特にコメントはない。
そしてブレフはドロテアさんと手を繋ぎ、もう片方の手で、システィちゃんを掴んでいる。
こうして見ると、親子みたいだな。
で、俺の隣には――。
「よ、よろしくお願いします。アルトさん」
お祭りモードでおめかしをしたシスティちゃんがいる。
俺のあげたイルカのブローチも付けていてくれているようだ。
「うん。可愛いね」
そんな言葉が自然と口をつく。
「~~~~っ!」
控え目な性格のシスティちゃんは、それだけで耳まで真っ赤にして俯いてしまい、蚊の鳴くような声で、
「ぁ、ぁり、がとぅ、ござぃ、ます……」
と、だけ呟いた。
褒めたのは間違いないが、どちらかと云うと、パパさんが我が子を見る視点に近かったんだが……。
俺の精神状況が分かるわけもないだろうな。
「むむーーっ! にーた! ふぃーは!? ふぃーは可愛い!?」
「世界一可愛いッ!」
おべっかじゃないぞー?
本気でそう思ってる。
俺はシスコンではないが、こういうところで誤解されるのだろうな。
「きゅきゅーーーーーーーーーーーーんっ! 世界一! ふぃー、にーたに世界一って云われた! 嬉しい! 幸せ! ふへええええええええええええええええええええええええええっ!」
「俺も幸せーーーーっ!」
「にーーーーーたあああああああああああああああああああああああああああ!」
「ふぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!」
母さんやシスティちゃんは、微笑ましいものでも見るかのように笑っているが、ブレフは白い目をしている。
だから俺は、シスコンじゃないからな?
大喜びで暴れる妹様の頭を撫でていると、やがてフィーが、ちいさく呟いた。
「にーた、にーた。あちこちに、魔力ある」
「魔力?」
そりゃ、これだけ人間がごった返していれば、魔力持ちなんていくらでもいるだろう。
或いは、祭り用に設置された魔道具のことかな?
「まあ、魔力なんて、あっても不思議じゃないさ。特に、今日はな」
「んゅ……? にーたがそう云うなら、ふぃー、気にしない!」
マイエンジェルは、笑顔で頬ずりを再開してきた。
ははは。うい奴め。
しっかりと撫でつけ、可愛がる。
一方で、親友の依頼も忘れない。
「システィちゃんは、お祭りで見てみたいものとか、あるの?」
「私、ですか? ええと……小物とか、見てみたいです……」
「アル。システィは、小物集めが趣味なんだよ」
すかさずブレフが補足を入れてくる。
これは、買ってあげるべきなんだろうか?
でも、ここでそれを口にしても、控え目なこの娘は遠慮する気がする。
好みを把握した上で、さりげなくプレゼントしてあげるべきだろうな。
「あ、あの……。アルトさんは、どういう所に行きたいんですか……?」
「ん? 俺? 俺は、見せ物とかかなァ……」
理由は王都の祭りの時と同じ。
着想を得るためだ。
食い物を食うよりも、芸のひとつでも見る方が、きっとヒントになるだろう。
(あ、いや……。食べ物の売り込みを将来的にすることを考えると、屋台の品にも気を付けねばならないのか……?)
むむむ……。
迷うな。
そう云えば、あの『斬られ屋』のおっちゃんは元気だろうか?
案外、この星祭りにもいたりしてな。
「フィーは、何が見てみたい?」
「ふぃー、行きたいとこ、いっぱいある! 美味しいの好き! 楽しいの好き! あと、おっきいのも好きっ! にーたが好き!」
美味しいのと楽しいのは分かるが、大きいのと云われてもな。
何か展示物とか、あったりしないかな?
「ああ、それなら、お母さんに心当たりがあるわよー!」
そう云われて向かった先には、門を模した、巨大なアーチがあった。
祭りの会場となる区画には、いくつもの出入り口があるが、その中でも正門とも云うべき場所に、毎度毎度、でかいアーチを組み立て、飾りつけるんだそうだ。
「待ち合わせ場所とか、はぐれた場合の集合場所にもなっているのよー。ほら、門の横には、ちいさな詰め所も臨時で作られているでしょう? アルちゃんたちも、はぐれちゃったら、ここに来るのよ?」
成程。
いの一番に、ここに連れてきたのは、それを説明するためか。
工事現場で見かける簡易ハウスのような建物の中には、既に迷子と思われる子供もいる。
建物の前に置かれた机に着いているのは街の騎士のようだが、子供たちの世話をしているのは、冒険者や、託児所で見かけるような女性たちだった。
たぶん、臨時で雇われているのだろう。
「だってさ、フィー。分かったか?」
「ふおぉぉぉぉぉぉぉぉ! おっきい! ふぃー、おっきいの好き……!」
相も変わらず、雄大なものが大好きな妹様だ。
パッチリおめめを、キラキラと輝かせている。
この分じゃ、俺や母さんの言葉も、理解出来ているのかどうか。
苦笑いしながらサラサラヘアーを撫でていると、マイエンジェルは、騒音を聞きつけた兎のように、ぴくんと顔を上げ、周囲を見渡した。
「どした? フィー」
「……門」
「ああ。大きい門だな」
「ふぃー、知ってる。これ、門と同じ魔力」
「ん? 門と同じ形、じゃなくて?」
「みゅみゅー……。ふぃー、よく分からない」
うん。
俺はお前が何を云っているのか、よく分からんぞ。




