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妹のいる生活  作者: むい
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第二十四話 萌芽


「ふぇっ! うえええええええええええん! にーたあああ! にーたいなくなったあああああああああああああ!」


 良い気分のまま祖父母の家に戻ると、大変なことになっていた。

 俺がいないことに気付いたフィーが大泣きしていたのだ。

 疲れているから眠りは深いだろうと考えていたが、馴染みがない家だからこそ、疲れていても眠りが浅かったようだ。

 幸い、と云ってしまって良いのかは分からないが、時間的には泣き始めてすぐだったらしい。

 家の中にいない俺を捜して家族総出で見廻りを始める、と云う事態だけは回避出来たのだが……。


「アルちゃん! どこに行っていたの! お母さん、ホントに心配したのよ!?」


 珍しく温厚な母さんも怒っている。それはそうだろう。俺はそれだけのことをしでかしたのだ。


(……この様子だと、トイレに行ってましたって云い訳は効かないだろうな)


 この場には祖父母もいる。

 当然、トイレくらいは見たのだろう。


「ごめんなさい。月が綺麗だったんで、外に出ました」


 素直に頭を下げることにした。


「にーたあああああああああああ!ふぃー、おいていっちゃ、やあああああああああああ!」

「フィー、ごめんよ……」


 涙と鼻水で凄いことになっている妹が抱きついてくる。

 今の俺には、泣きじゃくる妹を抱きしめて撫でてあげることしか出来ない。


 一方でシャーク爺さんには当然ながら、げんこつを喰らった。


「バカかおめェは! いつつのガキが夜中に外に出るんじゃねェッ!」

「すいません……」


「めーッ! にーた、いじめるの、めーッ!」


 フィーは泣きながらも、俺を守ろうとしてくれた。

 祖父の前に両手を広げて立ちはだかり、睨み付けている。


(悪いのはこっちなのに……。フィー……)


 どれだけこの娘に好かれているのかを思い知り、同時に申し訳ない気持ちで一杯になる。

 迷惑は皆に掛けてしまったけれども、フィーを悲しませてしまったことが、一番ツラい……。

 結局そのまま、俺は平謝りすることになった。


※※※


「で、そんな風になっているわけか」


 ブレフが呆れたように笑っている。

 妹様は、俺にしがみついて離れなくなってしまった。

 フィーが俺に抱きつくのはいつものことだけれども、今の妹には『絶対に離さない』と云う明確な意志を感じる。


「フィー、大丈夫だよ、もうどこかに行かないから」

「はなす、やー。にーた、つれていかれちゃう……!」

「いなくなる、じゃなくて連れて行かれる……? どうしたんだよ、フィー。そんなこと、あるわけないだろう……?」


「にーた……。えいべるのにおいする……」


「――!」


 深夜の出会いを、俺は誰にも語っていない。

 外に出たのは完全に自分の意志で、エイベルの責任ではないからだ。俺自身で外に出て話しかけたのに、彼女のせいにされてしまうことを避けたくて口をつぐんだ。


(まさか、そのせいでフィーはエイベルが俺を連れて行ったと思ってしまったのか?)


 かのエルフは母さん以外で最も俺と付き合いの長い存在だ。

 当然ながら、フィーよりも共に過ごした時間が長い。


 魔術の勉強も薬学の指導も、それ以外の知識も、彼女が付きっきりで教えてくれている。

 前々から妹は、あのエルフの少女が自分を差し置いて俺を独り占めしていると誤認していた。

 今回のことが切っ掛けで、彼女に含むようなことが出来てしまわねば良いのだが……。


「なあ、フィー。昨日は俺が自分で勝手に外出しただけで、連れて行かれるとか、そういうのじゃ無いんだぞ?」

「…………」


 妹は目に涙をにじませながら、俺を強く抱きしめた。


「にーた、どっかいく、めーなの……。ふぃーおいてく、めーなの……。にーたはふぃーの……。ふぃーのなの……!」


 フィーはまだ傷ついている。

 現在の様子から心中を察することは今の俺には出来ない。誤解が解けていると良いのだが。


「……アル達、明日には帰るんだろう?」


 雰囲気がいたたまれないのか、それとも気を遣って話題を転じてくれただけなのか、ブレフがそんな風に云ってくる。

 確かに俺たちは、明日の朝一で王都へと戻る。ホントに早く出る予定なので、ハトコ兄妹と会うのは、今日だけになるだろう。


「あ、ああ。そうなんだよ。しばらくは会えなくなるな」

「せっかく友達になれたのにな。……なあ、アルの持ってる剣、見納めさせてくれよ」

「そんなに気に入ったのか? ほら」


 マイシスターが張り付いているので取り出しにくかったが、なんとか懐剣を渡した。ブレフは目をキラキラさせてガドの剣を見つめている。


「俺さ、単なるガキだし、目利きの才能とかないと思う。でも、この剣が他と比べて何かが違うってのは、わかるんだよ。パッと見はそこら辺の武器屋にもあるようなデザインなのに、手に取ってみると圧倒されるんだ、この剣に……」


 同様の感想は俺も抱いている。

 デザイン自体は盗難防止でわざとそうしたと誕生日に聞かされているが、問題なのは剣自体の出来映えだ。

 多分、業物。

 鍛冶駆け出しの俺や、単なる冒険者志望の少年が持つだけで凄いと分かるんだから。


(いや、この場合は、『手に持たないと凄味が伝わらない』出来になっている事の方が凄いのか?)


 なんにせよ、俺の打ち物の師匠は大した技量を持つらしい。


「俺もこんな剣を持ってみたいなぁ」

「俺もこんな剣を打ってみたいなァ」


 ハトコくんとハモってしまった。


「あ、あの……アルト、さんは、鍛冶士に、な、なりたいんですか……?」


 言葉が重なって聞き取りづらかったろうに、システィちゃんが聞き分けて質問してくる。

 彼女、耳が良いのかな?

 ともあれ、こうして話題を振ってくれるようになったのは、嬉しいし歓迎すべき事だ。


「いや、鍛冶士になりたい訳じゃないけど、この剣の作者に鍛冶を習っているんだよ。で、教わっている以上は恩返しをしたいし、期待に応えたい。憧れもない訳じゃない。それで、師匠の弟子として恥ずかしくない品を作れるくらいにはなりたいなァ、と」

「マジかよ! この剣、お前の先生が作ったのか! お前の師匠凄いな!」

「アルトさんは……魔術だけでなく、鍛冶の勉強もされているんですね……。勉強熱心なんですね。私とひとつしか変わらないのに、凄いです……」


 別に俺は凄くない。師匠ズは凄いけれども。

 今の俺はアレだ。

 就職に有利だからと資格を取りまくろうとする就職浪人みたいな。

 何というか、明確な目標があって打ち込んでいるのではなく、あれもこれもと手を出しているに過ぎない。まあ、魔術も鍛冶も薬学も、学んでいて楽しいのは事実だけれども。


「なあ、なあ、アル。なら、今度俺の剣を打ってくれよ」

「……それは構わないけど、師匠が許す出来映えであることと、俺自身が胸を張って他人に渡せるような出来じゃないと渡せないと思うから、何年先になるか分からないよ?」

「それでも良いよ! 友達の作った武器の方が、安心して命を預けられるだろう?」


 ううむ。

 これではいい加減なものは渡せないぞ。ハードルが上がってしまった……。


「で、武器は剣で良いのか?」

「おう! 片手剣で頼む。盾の使い方も覚えるつもりだからさ」

「ほーん。攻撃一辺倒じゃないんだ?」

「そりゃ、執行職を目指しているからな。他人を守る必要だって出てくるジョブだぜ? 盾を扱うのは当然じゃないか」


 ううん。ブレフ少年、やっぱり俺なんかよりも、ずっとしっかり将来を考えているなァ……。


「んで、アル。図々しいけど、システィにも何か作ってやってくれよ」

「お、おおお、お兄ちゃん、アルトさんに、迷惑だよ……っ! そ、それに私、冒険者になるつもりなんて……」

「別に武器を頼んでる訳じゃねーよ。細工物とか装飾品とか、そういうのだってあるだろう?」

「ど、どっちにしろ、迷惑だってば……!」


「いやぁ、構わないよ」


 システィちゃん、ブレフの前だと結構、普通に喋るんだな。それが新鮮で、面白い。

 いつか俺たち兄妹に対しても、そうなってくれると嬉しいのだが。


「何かシスティちゃんに似合いそうなアクセサリーでも作ってくるよ。ただ、センスがなかったとしても、そこは許して欲しい」


 俺自身の感性に任せるよりも、地球で見かけたデザインを流用させて貰う方が良さそうな気はする。

 まあ、最初くらいは俺自身のセンスで勝負してみるのも良いだろうが。


「そ、そんな、悪いです……!」

「良いって良いって。『友達になった記念』でも、『初めて会った親戚のため』でも、適当な理由で納得してくれ。俺だってせっかく鍛冶を教わっているから、プレゼントくらいしたいさ」

「ぁ……ありがとう、ござい、ます……」


 システィちゃんは赤い顔でお礼を云ってくれた。

 頑張って気に入って貰えるものを作らねば。


 しかし細工物の作成か……。

 良い物が作れたら、あわよくば商会の方で売り物にしてくれないかな?

 流石にそれは、高望みしすぎか。

 いや、しかし魔道具の売買を考える身としては、目標は高く持つべきだろう。うん。

 セロに泊まる最後の日は、そうして、トラブルなくハトコ兄妹と楽しく過ごすことが出来た。


「にーた、はなれちゃめーなの……。はなすとつれていかれちゃうの……。にーた、ふぃーがまもるの。にーたはふぃーの。ふぃーのなの……」


 ただひとり、フィーだけは会話に殆ど参加せず、霽れない顔のままで、いつまでも俺にしがみつき続けていた。


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― 新着の感想 ―
[一言] フィーの執着にゾッとして、タグを確認してみれば、そこにはしっかりと「ヤンデレ」の四文字。 夏の夜には丁度いい読み物だなァ……。
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