第二百四十六話 祭り当日の朝
「お・ま・つ・り――」
「だぁーーーーっ!」
今日は星祭りの当日。
星祭りは表向き、今日の夜だけの開催だが、屋台や出し物などは、朝っぱらから開いているし、星祭り後も、二日程はどんちゃん騒ぎが続くようだ。
なので、本命の日を『本祭り』と呼んで区別しているらしい。
今日は初日にして、その本祭り。
満点の星の下、人々が笑い、騒ぎ、楽しむ日なのだ。
だからなのか、楽しいことが大好きな妹様は、珍しく俺よりも早起きした。
前世も含めて、幼女に馬乗りされて起こされたのは、初めてのことだ。
「にーた、にーた! 今日、お祭り! ふぃー、お祭り好き!」
俺にまたがったまま、ゆっさゆっさと前後左右に身体を振るうマイエンジェル。
早起きと云えば、ドロテアさんなんかも早々に起き出して爺さんの為に朝食を作り、ギルドに届け終わって、今は娘や孫のための朝食の準備を進めてくれている。
俺も、もっと早起きすれば調理を手伝えたのだが。
「ふへへ……! にーたの寝顔見れた! ふぃー、幸せ!」
『馬乗りモード』から『添い寝形態』へ変化した妹様が、嬉しそうに頬ずりしてきた。
俺の寝顔なんぞ見ても、得るとこなんてないだろうに……。
(ゆるんだ顔で寝ているのは、母さんばかりだな……)
にやけ顔で、よだれを垂らしながら眠っている姿は、娘さんのそれとそっくりですな。
「よし、フィー。母さんを起こして、朝ご飯を食べよう」
「ふぃー、目玉焼きがいい! でも、卵焼きも好き!」
まあ、何でも好きだよね、マイシスターの場合。
※※※
「おーう、来たぜぇーっ!」
朝食が終わると、ハトコズがすぐにやって来た。
移動時間を考えると、朝食は俺たちよりも、だいぶ早かったはずだ。
「うちは、お母さんが朝早いので……」
システィちゃんは、控えめな態度で、その理由を教えてくれた。
確かに託児所勤務なら、そうもなるか。
一方、その兄貴は、マイペースに胸元をパタパタさせ、風を送り込んで涼を取っている。
「走ってきたから、喉が渇いたぜー。なあ、アル。あのロッコルの実で作ったジュース……スポーツドリンクだっけか? あれ、余ってねぇの?」
「ドリンクはもうないよ。母さんとフィーが全部飲んだから。でも、ロッコルの実自体は、まだ少し残ってるから、作れなくはないが」
「じゃあ、作ってくれよー」
わしゃ、お前の母ちゃんか。
まあ、見せかけの料理修行の為に包丁を握るのは、やぶさかではないがね。
なので、キッチンに向かう。
「にーた? あの美味しいのつくる? ふぃー、甘酸っぱいの好き!」
「危ないから、包丁使ってる間は抱きつかないでくれよー?」
「でも、ふぃー、にーた好き……」
悲しそうに袖を引っ張られても。
結局、フィーは母さんが抱き上げてくれた。
俺は安心して、ドリンクの作成に入る。
(ロッコルの実は、一個、取っておくかなァ? 護身用に)
目に入るとヤバいのは、身に染みて目に染みて分かっているからな。
我が身を守る為の、強力な武器になるだろう。
「昨日も思ったけど、アルちゃん、包丁の使い方、上手ねぇ?」
ドロテアさんが不思議そうに覗き込んでくる。
今更、下手くそを装うのは無理だろうな。
何か適当に云い訳しないと。
「料理に興味があったんで、ドロテアさんを参考にしてるだけですよ。なので、色々と教えてくれると助かります」
「まあ、お料理を学びたいのね! それはとても良いことだわ! 私が何でも教えてあげちゃう!」
「待って、アルちゃん! お料理なら、お母さんが教えてあげるわよぅ! 私だって、お料理出来るんだから!」
「リュシカ! 貴方はフィーちゃんを抱いているでしょう? それにアルちゃんは、私に頼んだよ? この私に!」
「ううぅぅぅ~~~~っ! アルちゃあああん……!」
何だ、この親子。
と云う訳で、雑談をしながらスポーツドリンクを作る。
昨日のうちにロッコルの実の大半を使ってしまったので、前回よりも、大分少なくなったが。
(スポーツドリンクを作れるかどうかの研究用であって、皆に飲ませるために買った訳じゃないからなァ……。そりゃ足りなくもなるわな)
出来上がりを、ブレフに持っていく。
コップ一杯分で終わりだ。
フィーやら母さんやら、他の皆の分もあるからね。
「ほらよ、ブレフ」
「おう、サンキュ! ん? これしかねぇの?」
「これしか、じゃないだろう。それ一杯あれば、後はいくらでも飲めるじゃないか」
「あ? どういう事だよ、アル」
親友がポカンとした表情で首を傾げる。
俺は敷衍してやることにした。
「いいか? まず、そのスポーツドリンクを半分まで飲む。そしたら、飲んだ分と同じだけの水を足すんだ。当然、量が戻る。後は同じさ。半分減る度に水を足していけば、無限に飲むことが出来るだろう?」
「おおお……っ! すげえ! すげえよ、アル! やっぱお前は、天才だ!」
うん。
凄いのは、そっちの方だと思うぞ?
すぐ傍では、システィちゃんが、困った風に笑っている。
ちなみに彼女は俺が調理に使った道具を、進んで洗ってくれた。ありがとね。
「にーたあああああ!」
そして、ドリンクを飲み終わったらしい妹様が、俺に飛び付いてきた。
しっかりと抱きかかえて、サラサラの銀髪を撫でる。
「ふへへへへへ……! ふぃー、にーたのなでなで好き! にーたが好きッ!」
必殺の頬ずりを貰ってしまった。
うむ、柔らかい。
「あらあら、ふたりとも、本当に仲が良いのねぇ」
「ふふふー。当然よ、お母さん。アルちゃんとフィーちゃんには、星祭りは必要無いのよー?」
祭りが必要無い?
マイマザーが、よく分からないことを云う。
どういう意味かと質してみると、言葉足らずだったと謝られてしまった。
「昔から星祭りはね、出会いを探す男女の場でもあるとされているのよー」
ああ、そういうことね。
確かに地球と違って、街から街への移動も大変なこの世界では、こういったイベントは、有力な出会いの場になるはずだ。
カップルで楽しむ人もいれば、カップルとなるべき相手を探す人々も多いと。
(単純な『ナンパ』の場所とは考えない方が良いんだろうな)
ご近所さん以外と知り合う、貴重なチャンスなんだろうしな。
すると話を聞いていたブレフ少年、訝しげに首を傾げる。
「何でセロで出会いを探すんだ? 恋人を探すなら、シェラインの街が良いってギルドの冒険者の人が云ってたぞ?」
「シェラインですって!? 全く! 男の人って、すぐそれだから……ッ!」
ドロテアさんが、プンプンと怒り出してしまった。
祖母は何で怒ったのか?
これには、一応の理由がある。
簡単に云うと、シェラインには、美人が多いと云われているからだ。
つまり冒険者の発言を、外見偏重と受け取ったわけだね。
では何故、シェラインには美人が多いとされるのか?
これには、もうひとつの街――ウォータルと云う土地が関係している。
この国で、ムーンレイン王家からフレースヴェルク王家へと『交替』があったのは、六代前のことだ。
これは、その余波のひとつ。
それまでウォータルを治めていた領主は、バリバリのムーンレイン派だった。
結果、戦後は敗者となった訳だ。
そしてウォータルは、強力な城塞都市でもあった。
旧王家の支持者に、渡しておく訳には行かない。
つまり、転封――配置換えとなったのだ。
行く先は、当時の僻地であったシェライン。
国替えにあたり、新しくその地を賜る予定となった貴族の男は、大層性格の悪い人物だったらしい。
先代統治者を散々に侮辱した。先代は、当然、腹を立てる。しかし敗者の身だ。表だって文句は云えない。
だが、意趣返しはしてやりたい。
そこで考え出したのが、『異動先へ、領内の美人たちを連れて行く』と云う割とアレな嫌がらせだった。
そして、ウォータルの新領主が城塞都市に赴任する。
早速、地元の美人を召し上げようとしても、微妙なのしかいない。
事情を調べ、激怒する。
新領主はシェラインに使者を送り、『美人をかえせ!』と抗議した。
ウォータルを追われ、僻地を宛がわれた先代は、それに対し、こう答えた。
「かしこまりました。ただちに領内選りすぐりの美人たちを送り届けるでありましょう」
そしてウォータルに送りつけられた女たちは、シェライン中からかき集められた、『ブス詰め合わせ』であったと云う。
戦後処理の重要な時期だ。
余計な憎悪を買うわけにもいかない。
だから新領主は、「お前たちはブスだから帰れ!」と追い返すことが出来なかったのだ。
結果、ウォータルにはブスが満ちあふれ、シェラインは美人ばかりになったと云われている。
そんな訳で、シェラインは男たちにとっての、憧れの地と目されているのだとか。
いやあ、酷い話だねぇ……。
ブレフの反応を見るに、その辺の事情は知らないようだ。
ドロテアさんの怒る理由がわからず、不思議そうに首を傾げている。
(実際、現・シェライン統治者一族は、代々美形で知られているみたいだしな……)
まあ、俺には無縁の話だろうね。
見てみたいかと云われれば、そりゃあ、見てみたいけれどもさ。
「にーた、にーた! ふぃー、早くお祭り行きたい!」
そして、こちらにも、そんな話と、無縁な妹様がいる。
母さんが近づいてきて、俺とフィーを抱きしめた。
「もう少しくつろいだら、行きましょうね! さあ、お祭りよー!」




