第二百四十五話 兄貴会議
「うぉーい。来たぞ、ブレフ~?」
星祭りを翌日に控えた夕刻。
俺は、ブレフに呼び出されて、庭へ出た。
流石に前日ともなると、ぽわ子ちゃんはいない。
いや、まあ、昼間まではいたんだが、タルビッキ女史共々、抵抗虚しく迎賓館へと引き摺られて行った。
主賓だし、防衛上の理由もあるんだろうし、こればっかりは、仕方がないね。
いないと云えば、エイベルもいない。
前夜くらい一緒に過ごしたかったんだが、俺の見通しが甘かった。
前夜だからこそ、既に街は賑やかなのだ。
他所からの来訪者も当日に来るばかりではなく、前日のうちに『現地入り』している。宿屋も軒並み満員御礼だそうだ。
マイティーチャーは、それを嫌って立ち去っている。
人ごみも人間も嫌いな御方だから、こればっかりはしょうがない。
愛する妹様は、母上様の腕の中で爆睡中。
今日も今日とて、元気いっぱいに遊んでいたから、体力回復が必要なのだろう。
シャーク爺さんは、何か騒動でもあったのか、ギルドの方へ行ったっきりだ。
そのまま明日の警備指揮を執るらしいので、このまま戻ってこられないらしい。
そしてドロテアさんは、システィちゃんと一緒に、キッチンで料理を作っている。
ハトコズママンのレベッカさんが託児所で忙しいので、晩ご飯はハトコ兄妹も、この家で食べていくのだとか。
健気なシスティちゃんは、私も食べさせて貰うのだからと、自分からお手伝いを買って出ている。良い子だなァ……。
で、野郎ふたりだ。
俺としては、料理の手伝いには、是非とも参加したかった。
だって、この世界では、俺はまだ料理が出来ない設定だからね。
早く堂々と包丁を握れるようになって、自分で色々と作りたい。
ここでの『お手伝い』は、その為のビッグチャンスなのに、セロに来て以来、立て続けに事件が起こって、果たせずにいる。
王都の離れに戻っても、ヘンクのオッサンが厨房に入れてくれるわけないし、ここで学べないと、機会が当分なくなってしまう。
だが、俺は親友に、「庭に来てくれ」と呼び出されたのだ。
(一体、何の用件だろうね? 剣の稽古に付き合えとかは、遠慮したいところだが……)
流石に筋肉痛になるとは思わないが、明日まで疲れを溜める訳にもいかない。
子供の身体だし、エネルギーの振り分けは考えておかないとね。
「……って、ブレフはどこだ?」
広い庭を見渡しても、ハトコの少年の姿はない。
トイレにでも行っているのだろうかと、思案する。
「隙ありーーっ!」
「ぐえーーっ」
急に何者かが上から降ってきて、押しつぶされてしまった。
いや、『何者か』なんてボカす必要なんてないんだけれども。
「な、何をする貴様ァーーっ!?」
「こんな不意打ちも防げないなんて、アルもまだまだだなー」
「くっ……! いいから、退けぃ……ッ!」
こちとら、男なんぞに乗っかられる趣味はないわーっ。
「何だよー……。四級魔術師って、強いんじゃないのかよー……?」
「他所は知らん! 俺は弱い!」
「そんなこと云いきるなよ……」
ハトコの兄の方は呟きながら、どいてくれた。手には十手を装備している。余程気に入ったんだなァ……。
「で、いと強き者よ。この弱き者に、何用であるか?」
「いきなり用件を訊くのかよ。お前と一回くらい、戦ってみたいんだけどなぁ?」
十手を渡した時に負けてるじゃないかよ。
この上、何を望むんだよ?
「まあいいや。アル、耳貸せよ?」
ガシッと、俺に肩を組んでくる親友。
別にヒソヒソ話なんてせんでも、周りに誰もおらんだろうに。
「アル、明日は星祭りだろー?」
「そう云った風聞もあるようだな」
「事実だろうが。で、アルに頼みがあるんだ」
「頼み……?」
何だろう?
小遣いを貸してくれとかかな?
「アル。お前、セロに来てから、自分の妹や、あの得体の知れない子とばかり遊んでいただろう?」
得体の知れない子って、ぽわ子ちゃんのことか?
ばかりと云われれば、それはそうかもしれないけれど、俺たちと一緒に、ハトコズも常にいた気がするんだが。
「ま。この際、俺のことはどうでも良いんだが、問題はシスティだ」
「システィちゃん?」
「ああ」
ブレフは、しっかりと頷いた。
「あいつ、お前――いや、お前たちと遊べることを、凄く楽しみにしてたんだよ。でも、実際にここに来てからは、一緒にはいるが、添え物扱いみたいだっただろう?」
「それは――」
「いや、いい。別にアルを責めてる訳じゃない。フィーもミルも、押しが強いしな。だいたい、遊びたいと思うなら、システィが自分で前へ行かなきゃダメだと俺は思うし」
うむむ。
ブレフの奴、案外しっかりと見ているんだな。
確かに、俺も配慮が足りなかったかもしれない。
ドロテアさんに自信を付けさせてあげてと云われていた訳だし。
「別に、フィーを差し置いてうちの妹に構えとは云わないが、お前の妹に向ける時間の、ほんの少しだけでも、うちの妹に振り分けてやって欲しいんだ」
「ああ、うん。俺も、もっと気を付けてあげるべきだったな。すまなかった」
「別に、お前が謝るこっちゃねぇよ。俺が勝手に頼んでいるだけなんだからよ」
でだ、とブレフは咳払いをひとつ。
「早速でなんなんだが、明日の星祭り、なるたけあいつを気に掛けてやって欲しいんだよ」
それがブレフの頼みか。
去年セロに来た時も思ったが、妹思いだよな、こいつ。
思わず、しみじみとした言葉が漏れてしまう。
「ブレフって、ちゃんと、お兄ちゃんしてるんだなァ……」
「ま。アルと違って、真っ当にな」
「待て待て。どこからどう見ても、俺は真っ当な兄貴だろう?」
フィーの兄として満点とまでは云わないが、及第点くらいは取れていると思う。……たぶん。
少なくとも、酷い兄貴ではないはずだ。
だが、ハトコ様は首を振る。
「いや、アル。お前の場合は、シスコンって云うんだよ」
「何をバカな……っ!」
これには俺も苦笑い。
世界一フィーのことを想い、立派に育って欲しいと考えている俺に、そんな不当な評価を浴びせるなど。
しかしブレフ少年、引いた顔で俺を見つめる。
「まさか……自覚がないのか?」
「ブレフよ……。俺程度でシスコンなら、世の仲良し兄妹は皆、全員がシスコンになってしまうではないか。それこそ、お前だってカテゴライズされるはずだ」
「俺は別にシスティとベタベタしてねぇよ? 手だって繋がねぇし、抱きしめ合うとか、そういうことはやってねぇ」
「――!?」
何と云うコミュニケーション不足……!
しかしその割りには、妹さん思い。
奇妙だ。
矛盾している。
在り方として、どこかおかしい。
「うん、アル。おかしいのは、お前だと思うぞ?」
やっぱり、こいつの考え方は変だ。
仲が良ければ、スキンシップが増えるのは当たり前だろうに。
つまり特殊なのはブレフの方で、俺は間違っていないと云うことなのだろう。
(ブレフの奴、自分がちょっと風変わりなのを、自覚できていないようだな……)
まあ、その辺は、敢えて指摘すまい。
それでもシスティちゃんと仲良くやって行けているのだから、ごく一般的な兄妹関係へと、無理に『修正』する必要も無い。
「……アル。何でお前が、俺を生暖かい目で見てるんだよ……?」
ふふ。
お前にも、いずれ分かる……。
正しい兄妹の関係と云うものが。
「あ。お兄ちゃん、ここにいた……!」
男同士、醜く肩を組み合ったままでいると、背後から控え目で、綺麗な声が響く。
「ん? システィか」
そこには、可愛らしいエプロンを着けた姿のシスティちゃんが立っていた。
「ドロテアさんが、お兄ちゃんにも、作業を手伝わせなさいって。家の中にいないと思ったら、こんな隅っこにいるんだもん。探しちゃった」
「えー……。俺、料理とか向いてねぇんだよ……。それに、今、アルと大事な話をしていたところだし……」
いや、もう頼みうんぬんは聞いただろうに。後は不毛な雑談しか残ってないと思うぞ。
俺は親友の肩を、ポンと叩いた。
「一日作さざれば一日食らわず。行こうぜ、ブレフ。俺もドロテアさんを手伝いたい」
「えー、マジかよ。自分から手伝いたいなんて、信じられねぇぜ。正気か、アル?」
料理を学んだと云う実績が欲しいんだから、そりゃ、当たり前よ。
料理が出来ることは、確実に将来の利益に繋がるのだから。
「アルトさんは偉いんですね。お手伝いを進んでしようとされるなんて」
「いや。料理に興味があるんだよ。楽しそうだし、自分で作れたら便利そうだしね」
「そ、そうなんですか……!? 実は私も、お料理、出来るようになりたいなって思ってるんです……!」
結構、食いついてきたな。
でも俺の動機は不純だから、そんなキラキラした眼で見ないで欲しいぞ?
「そう云えば、ロッコルの実のジュースを考えついたのも、アルトさんでしたよね? お料理の経験も無いのに、凄いです……!」
ごめん、それ殆どインチキなんだ。
だから、尊敬のまなざしはやめて。
「くく……っ!」
何故かブレフが含み笑いする。
「何だよ、気持ち悪いな」
「なに。アルなら、いずれ本当にシスティのことを分かってくれるのかもと思ってな?」
「ん? それは、どういう意味だ?」
「何でもねぇよ。じゃあ、行こうぜ? ドロテアさんの、手伝いによ」
さっきまで渋っていたくせに、急に態度を変えやがった。
まだまだ俺は、この親友のことを理解出来ていないらしい。
そして俺はこの日、この世界で最初の料理経験値を獲得することが出来たのだった。




