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妹のいる生活  作者: むい
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第二百四十三話 託児所の午後


「にーた、にーた! ふぃー、にーたにお願いがある!」


 お昼休みも終わり、『りんごぐみ』教室へと戻ってくると、妹様が抱きついてきた。

 キラキラと輝く大きなおめめには、期待の光が瞬いている。


「ん? 何かな……?」

「ふぃー、にーたのセンス好きっ!」

「俺の――センスだと……?」


 どういうことだろうか? 

 前世の知識を活かした発想力を評価されるとかなら、まだ分かるんだが。

 センスを輝かせた憶えは、残念ながら無い。


「にーたは、ハニワやメジェド様、作った! ふぃー、感動した!」

「感動って……」


 しかしまあ、マイシスターが云わんとしていることは分かったぞ。


 うちの妹様は、他所の子と比べて、ちょっとだけ変わった感性の持ち主だ。

 ほんのちょっとだけね。


 ようは、ハニワやメジェド様のデザインについて、俺を評価してくれていると。


「で、ハニワやメジェド様を作ったことと、お願いとの間には、どんな関係があるんだ?」


 問いかけると、フィーは、俺から一旦離れて、両腕を広げる。


 だっこしろと云うことらしいので、その願いを叶える。

 妹様は、「ふへへ」と笑った。


 そして、何故か遠い目をする。


「ふぃー、粘土触り始めて、もう結構、長い……」


 うん。

 粘土を与えたのは年末だから、まだ七ヶ月ちょいしか経ってないぞ? 


 あ、いや。

 三歳児のマイエンジェルにとっては、人生の大半を粘土と過ごしてきたと云うべきなのか?


「ふぃー、そこで思った。そろそろ、新たなデザインに触れたい! ふぃーのにーたなら、それが可能なはず!」


 ははぁ……。

 ハニワやメジェド様以外で、何か自分が気に入るものはないかと問うている云うわけか。


 何だ、その謎の向上心。

 この娘、将来は陶芸家にでもなるつもりか?


「話は分かった。デザインくらいなら、何とかなるかもしれん」

「ほんとー!?」

「本当。だから、ほっぺをぐいぐい押しつけるのは、勘弁してくれ。喋りにくい……」

「やー!」


 そうか、イヤか。

 それなら仕方ない。


「云っておくけど、俺はお前程、器用じゃないからな?」


 粘土をこねて、傑作を作るのは俺には無理だ。

 ハニワもメジェド様も、シンプルなデザインだったからなァ……。


 と云う訳で、イラストを描くことにする。

 使う紙は、午前の部で散々子供たちに折られて、くしゃくしゃになったやつを再利用。


「ほい。サラサラと」


「ふおぉぉぉぉ~~~~っ!」


 えんぴつを走らせると、フィーの顔が感動で輝いた。


「ふぃーのにーた、やっぱり凄い! 素敵なデザインばかり! ふぃー、気に入った!」


「さよけ」


 今回、俺が描いたのは、縄文時代の土偶たちだ。

 独特な造形に定評のあるものばかりなので、うちの子なら、きっと食いつくと思ったのだ。


 いくつかの候補の中で、フィーのお眼鏡に適ったのは、『みみずく土偶』と『ハート形土偶』のふたつだった。

 一方で、『遮光器土偶』には、そんなに関心を示さなかったみたい。

 勝手に、土偶の代表格なイメージがあったんだがな。


「ふぃー! 早速、作る! にぃさま、ありがとーございます! ちゅっ!」


 俺のほっぺに熱烈なキスをして、妹様は制作作業に入ってしまった。


 なお、『りんごぐみ』のちびっこたちは、お昼休みの間に他クラス経由でシスティちゃんの折り紙が伝搬したらしく、午後も頑張って折るらしい。

 メンツがちょっと減っているのは、『午前中のみ預けるシステム』などもあるからなんだそうだ。


 そうして、粘土に取りかかったフィーと、折り紙に夢中になる『りんごぐみ』の面々を見つめていると、背面と側面に、柔らかい感触が。


「むん……。アル、私に構って……?」


「あきゅ~~っ! きゃーいっ!」


 まるで『出待ち』でもしていたかのように、フィー不在の空白を、ふたりの幼女が埋めてきた。

 ぽわ子ちゃんは背中に負ぶさり、ヒツジちゃんは、横から抱きついてきたのだ。


 まあ、俺たち三人だけ、コミュニティから離れてぽつねんとしているからね。

 一緒に遊ぶのは、やぶさかではない。


「ん~……。じゃあ、何して遊ぶかねぇ?」


 ぽわ子ちゃんとふたりなら、しりとりとかでも良かったんだが、ここにはヒツジちゃんもいるからな。

 この娘にしりとりを強いるのは、鬼畜の所業だろう。


「あーう! あう! ふぉり、にゃにゃーーーんっ!」


 俺に抱きついたままのヒツジちゃんは、懸命に頭を擦り付けてくる。

 どうやら彼女は、遊ぶよりもツノを撫でて欲しいらしい。


 よろしい。

 ならば直触りだ。


 そっとベビー帽の中に手を入れる。


「あーう! きゅきゃーーーーっ!」


 それだけでヒツジちゃんは、すぐに喜びの声をあげた。

 余程に期待していたらしい。


「ほーら、なでなで~~!」


「やん! やん! あきゅううううううううううううん!」


「うおっ! 眩しッ!」


 ピンク色の光が目に刺さる。

 喜びに正比例して光量も増していくから、ある意味では当然の結果なのだが。

 ともあれ、ヒツジちゃんの相手は、これでよかろう。


 後は、ぽわ子ちゃんだ。


「ミル。何して遊ぼうか?」

「むん……」


 すると、ぽわ子ちゃん。

 俺の身体に回す腕の力を、ギュッと込めてきた。


「アル、私……。お星様のお話を聞きたい……」

「星?」

「むん。私、お星様、好き……。お米並み……? おこげ好き……?」

「星かァ……」


 俺もそんなに詳しくないからな。


 この世界にも、地球世界の北極星のように、『指標となる星』が存在する。

 サバイバル知識として、そう云った星々の知識はエイベルから教わっているが、それ以上となると、まだまだ語れることは多くない。


(たとえば、地球世界の七夕を初めとする星にまつわる物語なら、いくつか語ってあげることも出来るが――)


 元の世界のお話なんて、こちらの世界には存在しないものだろう? 

 ぽわ子ちゃんが真に受けて周囲に話し、後で「そんなものはない」と、嘘つき呼ばわりされたら、可哀想だからな……。


「※※※※※※※※※……」


 ぽわ子ちゃんが、独り言のように言葉を紡いでいる。

 よく彼女が口にする、「るーるるるー……」とかと同じテンションだが、俺の知っている言語ではあるな。


(幻想真言だよな、これ)


 カタコトの英語でも聞くかのように胡散臭い響きだが、『あちらの言葉』に相違なかった。


 星の魔術の起動呪文は、確か幻想真言だったはずだ。

 尤も俺もまだ、古代精霊語ほどには使いこなせていないけれども。


(我、星に願いを届けん。遍く光、幻想の形を顕わさん、か……)


 本当に詠唱だな、これは。

 ロストワードは広めない方が良いとエイベルに云われているから、知らないふうを装うより他にないけれども。


「じー……」


 いつの間にか正面に回ってきた、ぽわ子ちゃんが、ぽわっとした瞳で、俺を見つめている。


「じー……?」

「な、何かな……?」

「アル、私の言葉、分かってる……? る? るるー? るーぅ……?」

「い、いやァ? さっぱりだ。なんて云ったのかな?」


 ぽわ子ちゃんは、ちいさく首を振った。

 俺に抱きついているヒツジちゃんが、「きゅきゅーっ」と鳴いた。


「むむん……。私も、意味は分からない……。星読みの呪文は~……暗記するしかないって、お母さんにも云われてる……? 私も覚えたの、これだけ……」


 つまり、言語として伝わっているのではなく、術式構築に必要な文言だけが使われているのか。


「じぃ……っ」


 そして、ぽわ子ちゃんのゆるい瞳は、俺をしっかりとロックオンしたままだ。


「何か、アルは理解している気がする……?」

「うッ……」


 何を根拠に、そんなことを……。


「アルは~……やっぱり……虫さん?」

「ち、違う……!」


 くそ、まだ疑られているのか。

 と云うか、疑念が増えてしまった気がするぞ。

 一切のボロを出していないはずなのに、何でなんだ!?


 しかしぽわ子ちゃんは、それ以上の追跡をせず、俺に、ぴとっとくっついてきた。


「じゅ~がつ……」


「うん?」


「私、10月の星降り、アルと一緒に見に行きたい」


 え~と、10月の星降りと云うのは、流星群のことだよね?


 毎年10月になると、定常群の流れ星が観測できるが、この娘は、それに俺を誘ってくれているのだろう。


「悪くない話だけど、俺、あまり外出できる環境じゃないからなァ……」

「むん……。行けたらでいい……。るーるるるー……」


 ぐりぐりと頭を擦り付けられてしまった。


 と云うか、俺、星の話をしてあげてないね……。


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