第二百四十二話 託児所でのお昼休み
お昼になった。
託児所で過ごす、お昼だ。
つまり、ご飯の時間。
昼食は『お手伝いメンバー』で集まってとる予定だったが、マイマザーはレベッカさんと一緒に、乳幼児の近くで済ますらしい。
「ううぅぅ~~っ! アルちゃああああん! フィーちゃあああああん……っ!」
母さんは、ほんの一瞬だけ顔を見せに来て、俺たちを抱きしめると、レベッカさんに、引き摺られて行った。
ちっちゃな子たちから目を離すことは出来ないだろうから、こればっかりは、仕方がないね。
なので合流は、それ以外のメンツ。
ハトコズと爺さんと、タルタルだ。
託児所の子供たちは、組ごとで食事をとるのだが、俺たちお手伝いメンバーは、空き部屋を借りて、そこで食べる。
理由は簡単で、食事内容が違うから。
外出にあたって、ドロテアさんがお弁当を作ってくれたのだ。俺たちの為に、随分と頑張ってくれたらしい。
なので、ちょっと豪華な内容。
その辺もあって、別けて食べる方が良いだろうと云うことになった。
「ミル~~!」
「むん? お母さん」
疲れた顔のシャーク爺さんに連れられてやって来たタルビッキ女史は、愛娘を抱きしめる。
もの凄く嬉しそうな笑顔だ。何か良いことあったのかな?
祖父を見てみると、疑問の答えを口にしてくれた。
「……託児所のガキんちょ共と、大はしゃぎしていたからだろうよ……」
ああ。
童心にかえって、一緒に遊んだのね。
きっと、大きい子供、そのままだったんだろうなァ……。
「ブレフとシスティちゃんも、お疲れさま」
「おう! アル、そっちもな!」
「お疲れ様です、アルトさん」
ブレフは元気よく手を挙げ、システィちゃんは、ぺこりと頭を下げる。
ハトコズの兄の方は、若干、汚れている気がする。外で遊んでいたのかな?
「……で、アル。それは何だ?」
ブレフは真顔で、俺を指さす。
システィちゃんも苦笑している。
「あーう。ふぉり、あう、たべう!」
そう。
なんと、我らがヒツジちゃんも付いてきてしまったのだ。
離れようとすると寂しそうに発光してしまうので、連れて来ざるをえなかった。
まあ、もともとこの娘は、俺の担当だったしね。
一緒に来られると知って、ヒツジちゃんは大喜び。
ピンクの光もマシマシだ。
どうやら、機嫌が良いと桃色発色で、寂しいときは、普通に光るみたい。
彼女は、『りんごぐみ』にいた保育士さんにだっこされている。
俺?
俺はだっこ出来ないよ?
だって、俺の腕の中には、別の子がいるからね。
「ふへへへ……! ふぃー、お腹すいた!」
ずっと抱きしめてなでなでしていたからか、フィーの機嫌もだいぶ回復した。お腹が減っていると云うのも、本当だろう。
マイエンジェルは笑顔で俺だけを見ているので、隣で抱かれているヒツジちゃんと、魔力でたわむれていることに気付いていない。
こっそりと、触手でスキンシップ!
「うきゃーっ!」
うん。
ヒツジちゃんも嬉しそうだ。
一方、シャークのオッサンは、タルビッキさんから解放されたことで、少し元気を取り戻したようだ。ハトコズの頭を同時に撫でている。
「お前らも、ガキんちょの世話、ご苦労だったな」
「おう! 苦労したぜ!」
「バカ云え! 泥だらけになって、大笑いしてたじゃねェか」
ブレフは、へへっと笑う。
来る前は渋っていたくせに、結構、楽しんでいたようだ。身体を動かせたからかな?
「そして、システィ! 大活躍だったな。先生方も、喜んでたぜ?」
「私は別に……。あれは、アルトさんのおかげだから……」
はにかみながら、俺を見るハトコちゃん。
微妙に尊敬の色を含んだ瞳が潤んでいる。
どうやら、俺の提案が上手く行ったようだ。
微笑みかけてみると、システィちゃんは、顔を赤らめて俯いてしまった。
(ありゃりゃ……。相変わらずの、照れ屋さん……)
俺が彼女に提案したこと。
それは、さっきまでのぽわ子ちゃんと同じこと――つまりは、折り紙だ。
出発前に彼女には、いくつかの折り方を覚えて貰う事にした。
表向きは『託児所で子供たちに喜んで貰う為』だが、実際はドロテアさんに頼まれた、『彼女に自信を付けて貰うこと』が目的である。
この様子なら、多少なりとも成功したのだろう。
爺さんの話だと、システィちゃんの折り紙は大盛況で、他のクラスも巻き込んで、大いに盛り上がったらしい。
我ら『りんごぐみ』に誘いの水が向けられなかったのは、既にぽわ子ちゃんが、オオウミガラスを折っているシーンを、声を掛けに来た他クラスの保育士さんが、廊下から見かけたからなんだそうだ。
……まあ、ぽわ子ちゃんが、折ったの、ペンギンだけなんだけどね。そればかりを熱心に練習していたし。
他方、システィちゃんは、子供たちの目を惹きやすく折りやすいものを中心に覚えて貰った。
カエルさんとか、紙風船とかだね。
作戦は図に当たり、彼女は、引っ張りだこだったようだ。
「ふん。やるな」
爺さんは、それだけ云って、俺の頭を一瞬だけ撫でた。
こちらの意図が分かっているんだろうな。
「めー! にーた撫でる、それ、ふぃーだけに許されたこと!」
「おお、そいつぁ、悪かったな……」
妹様が、爺さんを追っ払ってしまった。
「にーた! ご飯たべるの! ふぃー、ずっと楽しみにしてた!」
「そうだな。そうするか」
美味しいからね、ドロテアさんの料理。
なお、お弁当は俺とぽわ子ちゃんの強い要望により、米の飯である。
サンドイッチの方が楽だったろうに、本当にすみません。
だって、心は今でも日本人だからね。しょうがないね。
「じゃあ、食べようか。いただきます」
「いただきまーす!」
フィーは元気よく、食事前の感謝を口にした。
ちゃんと挨拶の出来る子なんです。
ここで、こぼれ話をひとつ。
この世界には、お米も、お醤油も味噌も、ちゃんと存在する。
理由は、エルフたちだ。
これら『日本の心』とも云うべき品々は、エルフたちが既に幻精歴には開発していたらしい。
そして、お米に至っては、俺と馴染みのある、あのエルフ様が大きく係わっている。
「俺、知ってるぜー! 米って、エルフが発見したんだろー?」
ブレフがドヤ顔でふんぞり返っている。
が、正解だ。
まあ、ショルシーナ商会には、『エルフ米』なるブランドがあり、大々的に売り出しているからね。知っていても、なんら不思議はなかったりする。
なんとなんと、この『エルフ米』。ジャポニカ米そっくりな味と見た目をしているのだ。これには、俺もニッコリご満悦。
眼鏡を掛けたどこかの商会長様が得意顔で、
「お米とはっ! エイベル様がもたらして下さった奇跡の穀物っ! 我々は、伏してその偉業を讃えねばなりませんっ!」
と、叫んでいたのを見たことがある。
なお、このお米をもたらして下さった、アーチエルフ様曰く――。
「……ん。ある日、旅から帰ってきたラミエルが、『エイベル。これ食べられそうだから持ってきた。あと、よろしくね?』と云って、私に投げ渡した」
とのことだった。
同様のことは果物なんかでもあったらしく、南船北馬な高祖ラミエルは、色々な植物を発見しては、適当に我が師に丸投げしたのだという。
でも、ちゃんと研究するのがエイベルらしい。
この世界において米作の基礎を確立させたのは、あの魅惑の耳の持ち主なのだ。水稲も陸稲も、ちゃんと試したと云う話だ。
その後の品種改良などは、商会が頑張っているようだ。
何せ、エルフには超稀少な植物魔術の使い手がいる。
そりゃ、品質では頭ひとつ抜けるのは当然だったろう。
と云う訳で、ドロテアさんの作ってくれたお弁当も、エルフ米使用だ。
このお米の位置づけは、日本における高級米に近い。
人気はあるが、高いので買わない人も多いようだ。
他所のブランドは味では敵わないから、当然、値段に絞って勝負する。
つまり、棲み分けが出来ていると。
一応、エルフ米も、松竹梅よろしく、品質によって値段分けはされているようだが。
「むむむん……。アルの家のお米、とても美味しい……!」
米派のぽわこちゃんが、ぽわっとした表情のまま、むふー! と息を吐きだしている。
祖父母の家を、『我が家』と呼んで良いものかどうか疑問に思うが、美味しいのは同意だ。
アホカイネン家では、あまりエルフ米は食べられないらしい。
ドロテアさんも「奮発した」と云っていたから、たぶん、良いエルフ米を買ってくれたのだろう。
ブレフと爺さんも口を揃えて、
「いつもより美味ェな……」
とか云っている。
「にーた! ふぃー、お米好きっ!」
「……パンは?」
「ふぃー、パンも好き! 美味しい! あと、にーたも好きっ!」
ぽわ子ちゃんと違って、フィーは『美味けりゃどちらでもいいや派』なので、あまり参考にはならなかった。
甘いものだと目の色を変えるのだが。
(この世界の米料理に丼物は見ないからな……。そのうち、何か作りたいな……)
ピラフや、おかゆはあるらしいんだけどね。
まあ何にせよ、俺が『参入』する余地があるのは、僥倖だ。と云うか、単純に自分が食べたい。
そしてここに、お米を気に入った少女が、もうひとり。
「あきゃーっ!」
俺のお弁当箱から、二歳児が食べても平気そうなものをチョイスして、ヒツジちゃんに割譲したのだ。
保育士さんが食べさせてあげているが、表情と声を聞く限り、美味しく思ってくれているようだ。
俺に満面の笑みを向けながら、ピンク色に光っている。
「にーた、にーた! 食べ終わったら、何して遊ぶ!? お外にも行きたいし、積み木もしたい! ふぃー、迷う!」
「そうだなァ……。食べてすぐ動くとお腹が痛くなるかもしれないから、最初は室内で遊ぼうか。フィーは、積み木の他は、何がしたい?」
「なら、ふぃー、粘土で遊ぶ! 頑張ってこねる!」
おべんと付けたままの妹様は、笑顔で俺に抱きついた。




