第二百四十一話 ご機嫌取りに奔走する
「どうしてこうなった……?」
部屋の隅であぐらをかいている俺は、呆然と呟いた。
「めー! にーたから離れるのー!」
「アルの背中、私の陣地……?」
「あーう! あう! きゅきゃーっ!」
すぐ傍から聞こえてくる、三種類の声。
そして、三種類の感触。
ひとつは膝の上。
妹様が泣きながら、俺の所有権を主張している。
ひとつは背中。
ぽわ子ちゃんが、ぺったりと張り付いている。
ひとつは脚。
ヒツジちゃんが、てしてしと叩いて、俺の気を引いてくる。
つまり、幼女たちに包囲されている。幼女包囲陣。
何でこうなったのかと云うと、まず、フィーをだっこしたまま、子供たちへの折り紙指導を手伝った。
ああいうものは、見るよりも自分で遊びたくなるものだ。
簡単にコツを教えると、『りんごぐみ』チルドレンは争って紙を折り始めた。
結果、最初に折り方を教えていたぽわ子先生は手透きになる。
そのまま何故か俺の方へやって来て、背中に張り付く。剥がれない。
それを見て、ずっとダンマリだったフィーが激怒する。
俺の背中からの立ち退きを要求するが、いつも通りの馬耳東風。
その騒動の余波で、眠っていたヒツジちゃんが目をさまし、すぐさま俺をロックオン。自分に構えと云わんばかりに、服を引っ張ったり、てしてししたり。あと、頭を擦り付けたり。
その様子を見たフィーがヒートアップ。両者の排除に掛かる。
しかし、ぽわ子ちゃんに向かえばヒツジちゃんが。ヒツジちゃんに向かえば、ぽわ子ちゃんが、それぞれ隙を突くようにやって来るので、手が回らないらしい。
結果、フィーは正面から俺にしがみついて、懸命に所有権を主張すると云う有様だった。
何だ、この光景。
俺、どうすれば良いんだ?
「ほ、ほら、フィー。泣くな……」
「ひぐっ……! にーたああ、にーたあああああああああああああ!」
よしよしと撫でてやると、ヒツジちゃんが頭を突き出してきた。自分も撫でろと云うことなのだろう。
「あーぅ! あきゅっ!」
さっきまでの俺なら、一も二もなく撫でていたと思うが、今はフィーが泣き出さないか不安になる。ついつい逡巡してしまう。
「うきゅ……」
すると、起きているにも係わらず、ヒツジちゃんの身体が、ほのかに光を帯び始めた。
(おいおいおいおい。俺に撫でて貰えないだけでストレスかよ……)
発光現象の条件は、精神的不安で合っているはずだ。だから、目をさましていても『こうなる』ことに不思議はない。不思議はないのだが――。
(そんなにも、撫でて欲しいものなのか……?)
それとも、俺に触れて欲しいのか?
まさかな。
出会ったばかりで、それはないだろう。
しかし、いずれにせよ、このまま光らせておく訳にも行かない。
撫でることにする。
幸い、フィーは俺をギュッと抱きしめているので、足下は見えていないはずだ。
片手でマイエンジェルをしっかりと抱いて、もう片手で、ヒツジちゃんを撫でてみる。
「あぅ! きゃーっ!」
うん。
やっぱり根源干渉しなくても、光がおさまるのね……。
そっと手を離す。
「……きゅー……」
寂しそうな顔をして、光り出す。
触れる。
「あむゅーっ!」
おさまる。
(産まれたばかりの時の、フィーの反応に似てるぞ、これ)
わからん。
どうしてこうなるのか。
「あう! あうっ! ふぉり、きゃうぃーっ!」
あれれっ!?
今度は満面の笑顔のままで輝きだしたぞ!?
なんと云うか、爛々と輝く、期待に満ちた瞳だ。
これって、もしかしてアレか?
『光れば撫でて貰える』と間違った刷り込みをしてしまったのか!?
「…………」
なでなで。
「あきゃーっ!」
一層、光量を増して、ガバッと俺に抱きついてきた。
いかんな、これは。
流石にフィーが気付くぞ?
「ふぃーのにーたに触れる、めーって云ってるのーっ!」
あああ。
やっぱり暴れ出してしまったか。
尤も、妹様は俺の腕の中にいるので、そこでジタバタしているだけだが。
しかし、そのジタバタで、ヒツジちゃんとの距離が少し出来た。
その間隙を埋めるかのように、二歳の女の子は、こちらへ向けて、懸命に手を伸ばす。
「あう! ふぉり、あう、しゅーきゅ!」
伸ばされた手を握りかえしてあげるべきだろうか。
そう考えた矢先、ヒツジちゃんの手が輝いた。
(驚いた……。これは完全に、光の魔術だ……)
俺に触れようとした一心なのだろう。
ちいさな女の子の手から伸びた光が、こちらに届いた。
彼女の魔力に、自分の魔力で触れることで、その性質を理解する。
変換途中のそれではない。光の魔術に違いなかった。
「あーう! あう、きゃーっ!」
元からここまで使えたのか。
それとも、たった今発現した術式なのか。
いずれにせよ、光の魔術に関しては、既に一定以上の才覚があるようだ。何しろ、詠唱を使っていない。天稟と云うべきであろう。
試しに、手ではなく、生のままの魔力で光に触り返してみる。
瞬間、ヒツジちゃんは目を輝かせた。
「あう! ふぉり、あーしゅ! わふーっ!」
こちらの感覚も伝わっているようだ。ブンブンと手を振って、大喜びしている。
確かに、俺の魔力が分かっているようだ。
(ああ、そうか!)
ピーンと閃いた。
フィーのだっこや、なでなでで忙しいなら、ヒツジちゃんとは魔力でスキンシップを取ればいいのだ。
「ほーら、フィー。なでなで~!」
全力で、マイエンジェルを撫でくりまわす。
何せ当家の妹様は、魔力が感知できてしまうからな。
意識が俺に向いていなければ、死角であっても丸わかりだろう。
騙しているようで申し訳ないが、ヒツジちゃんの為でもある。『誤魔化しなでなで』は続行されねばならない。
「ん……。んゅ……」
未だ不機嫌モードのため、いつものようには喜ばないが、口元はピクピクと動いている。
だっこも、なでなでも独り占め出来ていることが嬉しいのだろう。
一方、フロリちゃんの方。
「あーう! あう! ふぉり、しゅきゃーっ!」
俺は光の魔術を、闇の魔術の『黒縄』の要領で触手状にし、手を握ったり、頭を撫でたりする。
光属性に適性があるなら、他の属性魔術を使うよりも馴染むだろうと考えたのだ。
結果は、ごらんの通りの大喜び。
ちらりと盗み見ると、花のような笑顔で触手とたわむれている。
フロリんは、くいっと首を横に倒し、ツノを撫でてと無言のおねだり。
もちろん、これも叶える。
「きゅきゃ~~~~っ!」
う~ん。
ツノを触ると、特に嬉しそうだ。
「アルの触手が……幼女を襲う……?」
「な、何を云うんだミルッ! ひ、人聞きの悪い……ッ!」
背中に張り付いていたぽわ子ちゃんが、恐ろしい言葉を投げかけてきた。
俺はヒツジちゃんとは、たわむれあっているだけであって、断じて襲っている訳ではない。
「むん……。アルは~……、私は放置……?」
もしかして、構って欲しかったのか……?
ぽわ子ちゃんは、俺の背中を指でつつく。
つつんつん。
つつつんつん。
(く、くすぐったい……!)
だが、待って欲しい。
フィーを抱きしめ、なでなでしながら、ヒツジちゃんを魔術で構う。
こんな状態で、どうやってぽわ子ちゃんの相手が出来ると云うのか? 三人に構えるわけ無いだろ、いい加減にしろ!
「るーるるるー……。るるるーるー……」
ぐ……っ!
背後から、プレッシャー掛けやがって……!
あぁっ! 脇腹はやめて……!
「ふへ……っ! ふへへへ……っ!」
そして妹様は、だっことなでなでが功を奏したのか、薄笑いを浮かべるようになった。
だいぶ機嫌が回復してきたようだ。
ここで更なる追撃を――そう考えていた俺は、別のことに意識を奪われる。
「あう! ふぉり、あう、むゅー!」
「え!? これって……!」
ヒツジちゃんが、嬉しそうに発光している。
しかしその色は、何故か淡いピンク色になっていた。




