第二百三十八話 ぽわ子ちゃんのチャレンジと、腕の中の子供
「ふへへへへ……! 積み木いっぱい! ふぃー、おっきなおうち作る!」
両腕に積み木を抱きかかえ、笑顔で駆けてくる妹様。
こらこら、走ると危ないぞ?
マイエンジェルは、俺の傍に腰を下ろすと、早速、積み木で遊び始めた。
一方、ぽわ子ちゃんは、俺の袖を不安そうに引っ張る。
「アル……」
ここにいる子供たちと、仲良くなる切っ掛けが欲しいのかな?
よし。
ここは、ぽわ子ちゃんの友だち第一号くらいの俺が協力しようじゃないか。
取り出したりますは、正方形にカットした紙の束。折り紙でございます。
本当は、『システィちゃんに自信を付けてあげよう作戦』のために持ってきたものだが、フィーが遊ぶ可能性も考えて、俺も所持しているのだ。
「ぽ……ミル。これでオオウミガラスを作る様子を、皆に見せてあげよう」
「――っ!」
ぽややんとした瞳をカッと見開いて、ぽわ子ちゃんが身を震わせる。
自分が折り紙を通して感じた衝動を、ここの子たちに伝えられると悟ったのだろう。
赤い顔と震える手で、しっかりと正方形の紙束を受け取るぽわ子ちゃん。
朝からペンギンの折り方は何度も練習していたから、上手くやれるはずだ。
俺は、パンパンと掌を打ち鳴らす。
「はーい、注目、注目っ! 今から、ここで、面白いものが見られるよ~!」
大声を張り上げると、『りんごぐみ』の皆が、ゾロゾロと集まってくる。
引っ込み思案な子もいるだろうから、『一緒に遊ぼう』ではなく、『見られる』のほうが、参加しやすいはずだ。
「なんとビックリ! この可愛い子が、可愛いものを作り出すよ!」
「…………可愛い。……ぽっ」
ぽっ、とか口に出して顔を真っ赤にするぽわ子ちゃん。
本気で照れているのか冗談なのか。どちらにせよ、俺には判断が出来ない。
「何なにー?」
「なにするのー?」
やって来た皆が、ぽわ子ちゃんに視線を向ける。
そんな中で、例外がふたつだけ存在していた。
ひとりは愛する妹様。
フィーは同郷者には目もくれず、真剣に積み木に挑んでいる。
そして今ひとりは、保育士さんにだっこされてる、あの、ちっちゃい子だ。
あの幼児は俺が視線に気付いた時から――いや、へたをすると、部屋に入った瞬間からずっと、何故だか俺を見つめ続けている。
「む、むん……! 私、オオウミガラス、作る……!」
「カラスー?」
「ガラスー?」
オオウミガラスはこの国にはいない為、知らない子が殆どのようだ。
ぽわ子ちゃんが作ると宣言したものを、理解出来ていないみたい。
でもまあ、ペンギンの造形は可愛いから、きっと気に入ってくれるだろう。
「じゃあ、折る……!」
ぽわ子ちゃんは、懸命に正方形の紙を折り始めた。
形が変じて行くにつれ、子供たちの目の色が変わって行く。
興味。
驚き。
感動へと。
「すごーい! どんどん、かわってくー!」
「ハサミもノリもつかってないのに、なんでー?」
折り紙って、凄いよね。折るだけで変わるんだもの。
そうして完成した、ちょっと歪んだペンギンさん。
彼女が最初に作ったそれよりも、格段に進歩が見られる。
頑張ったんだな、ぽわ子ちゃん。
「とりさんだーっ!」
「でも、こんなとり、みたことないよー?」
「すごくかわいいっ!」
矢張り、食いついたか。可愛いもんな、ペンギン。
ぽわ子ちゃんは、ちゃんと折れたことと、愛するオオウミガラスが好評だったことで、ぽわっとした表情に、喜びを滲ませている。
ちいさくぷるぷると震えていた。
ここで追撃を繰り出そう。
俺は、正方形の紙束を掲げる。
「みんなも、この可愛いオオウミガラスが作れるぞー」
「やってみたーい!」
「ボクもボクもー!」
こうかは ばつぐんだ!
すると保育士さん。
こういうことに慣れているのだろう。無秩序に、はしゃいでいる皆を、まとめ始めた。
「じゃあ、皆で折り方を教えて貰いましょうか。ちゃんと紙を貰うときは、並ぶのよ?」
「はーい!」
しっかりと列を作らせている。
紙を受け取った子は、ぽわ子ちゃんの作業手順が見やすいように、扇状に順番に配置している。手慣れたものだ。
「うふふ。ミルちゃんは、凄いのねー? 皆にも、それを教えてあげてね?」
メインであるぽわ子ちゃんを褒めることも忘れない。
て云うか、入室時に挨拶しただけなのに、名前、覚えているのね。
「あ、アル……」
想定以上の好評だったのだろう。折り紙を折った当の本人が戸惑っている。
俺は力強く頷き返した。
それで覚悟を決めたらしい。
ぽわっとした瞳に、星が瞬く。
ぽわ子ちゃんは衆目を集めながら、ゆっくりと折り始めた。
しかし――実は戸惑うという言葉は、俺にも当てはまっている。
どうしようもなく、当てはまっている。
「…………」
「…………」
ぬうぅ……。
視線が気になる。
皆がぽわ子ちゃんに注目する中、例のお子様が、俺を見ているのだ。
何故か、俺だけを。
こちらも、お子様を見てみる。
しっかりと目が合う。
「あー! うーー!」
瞬間、俺に向かって、手を伸ばしてきた。
だっこしている保育士さんも、これには苦笑い。
「あらあら、どうしたの? お兄ちゃんの方に行きたいのね?」
保育士さんが、お子様を俺のもとへと連れてくる。
この人も、ぽわ子ちゃんの方をチラチラ見ているから、本当は折り紙が気になるのだろうな。
「あーぃ! きゅーっ!」
お子様は、懸命に俺に触れようとしている。なんだか昔のフィーみたいだ。
ちっちゃい掌が愛くるしい。
「触っちゃっても、大丈夫ですか?」
「ええ。可愛がってあげてね?」
スッとお子様ちゃんをパスしてくる。
俺としては、手に触れる程度のつもりだったんだが。
(まあ、乳幼児をだっこすることには慣れてるし)
足下で真剣に積み木を重ね続ける妹様を見る。
現在進行形で、この娘を毎日だっこしているからな。
「むきゅー! にゅー!」
こっちを見ろと云わんばかりに、お子様ちゃんが声をあげた。
「わ、悪かったよ……」
保育士さんから、受け取った。
抱いた感触は悪くない。白い肌も艶やかだ。
ちゃんと栄養が足りているんだろうと確認出来る。
やせ細っていたら、可哀想だからね。
「にゃーい……っ!」
うーん。
大輪の笑顔だ。
ネコのように、てしてしと俺に触れてくる。
保育士さんも、笑顔だ。
「良かったわね。フロリちゃん?」
「フロリちゃん? それが、この子の名前ですか?」
「ええ。フロリーナちゃん。とっても可愛いでしょう? 将来は、絶対に美人さんね」
ピンク色の肌着を着ているから、そうじゃないかと思っていたが、女の子で確定のようだ。
イケメンちゃんのように、未だ性別不祥な知り合いもいるからね。油断ならんよ。
「俺は、アルだよ? よろしくねー、フロリちゃん」
「あーう! あうっ!」
うむ。
伝わっているようだ。たぶん、アルって云ってる。
「この娘、今、何歳なんですか?」
「二歳になったばかりって云っていたわよ? 誕生月は、ごめんなさい。聞きそびれたわ」
てことは、神聖歴1203年生まれなのかな? 俺も歳を取る訳だ。
二歳児と云うのは、かなり成長に個人差があるらしい。
地球世界でも、しっかりと会話できる子もいれば、声をあげるにとどまる子もいるみたい。
二歳の時点で明確に意思の疎通が出来、複雑な思考もして、複数の魔術を扱えたフィーは、矢張り、ちょっと特殊なんだろうな。
「あう! あうっ!」
フロリちゃんは、俺の名前を連呼している。
今まで喋るのが苦手だったのに、急に話し出すようになるパターンの子もいると聞くが、この娘が、それになるのではないかと勝手に思う。
だって、俺の名前を理解しているみたいだし。
きっと口が回らないだけで、頭脳は明晰なんだろう。
(しかし――)
さっきから、ちょっと痛い。
胸やら腕やら、この娘が動く度に、何か硬いものが当たるんだが?
「あの、保育士さん? この娘、帽子の中に、何か入れてます?」
「――!」
俺が訪ねると、保育士さんは、「あっ」と云う顔をする。
そして少し考え、それから、
「貴方なら、話しても大丈夫そうね?」
と、勝手に結論付けた。
俺に近づき、小声で耳打ちする。
「驚かないであげてね?」
保育士さんは、周囲の子供たちが、ぽわ子ちゃんに釘付けなのを確認してから、ベビー帽をめくった。
ふわふわもこもこで、柔らかそうな髪の毛がこぼれる。
その中に、原因を見た。
「保育士さん。この娘って――」
「ええ。そうなのよ。大丈夫だと思うけど、気を付けてあげてね?」
そこにあったもの。
それはまるで、ヒツジを思わせるかのような、可愛らしく丸まったツノ。
彼女は――ホルン族だったのだ。




