第二百三十六話 本日の行き先
「おーう! 来たぜーっ!」
「お、おはようございます、アルトさん……」
朝食を食べ終え、フィーやぽわ子ちゃんと折り紙を楽しんでいると、ハトコズがやって来た。
兄貴のブレフの方はいつもどおりに元気いっぱいだったが、システィちゃんは相変わらず引っ込み思案のようだ。
ドロテアさんには自信を付けてあげて欲しいと云われたが、今年は難しそうな気がするな。
「ふたりとも、早いね」
朝食を食べて、すぐに来たとしか思われない。
午前中と云うよりも、まだ朝に近い時間だ。
「せっかくアルたちが来てくれているから、少しでも遊びたいと思ってな……」
「ん? なんだか、妙に歯切れが悪いな?」
俺の言葉に、ブレフはちいさく項垂れた。
「実は、うちの親に頼まれごとをされてるんだよ。んで、そこに、昼前には行かなきゃいけない。だから今日は、あまり遊べないんだ。それで、早めに顔を出しにな」
「そうなのか、大変だな。お使いかい?」
「まあ……似たようなもんだ」
親友が肩を竦める。
なんだか遠い目をしているな?
そこへ、ドロテアさんが苦笑しながら、コップを乗せた盆を持ってやってきた。
「星祭りが近いものね。貴方たちも、お手伝いをするのよね?」
「そうなんだよー……。強制だもんよ。うちの母ちゃん、鬼だぜぃ……」
うん?
星祭りの手伝い……?
何だろう?
単純に家の用事で買い物でもするのかと思ったのだが、どうにも違うようだ。
祭りの手伝いとなると、飾り付けの補助とかかな?
或いは来訪客に備え、街の美観を良くするための草むしりやゴミ拾いに参加するとかか?
「そっちの方が、気楽で良いんだけどなー……。何も考えずに身体を動かすなら、楽なもんだしよ」
「もう、お兄ちゃん。私は、素敵なお仕事だと思うけど……」
ふむ?
ブレフとシスティちゃんで、態度に差があるな。
どこへ行って、何をするんだろう? ストレートに、訊いてみた。
するとブレフ少年。
悪だくみでも思い付いたかのように、にや~~っと笑う。
「そうか、そうか。アル。俺たちの行く先が気になるのか。なら、お前も来るといい」
「な、何……?」
別に付いて行くのは構わないが、厄介事に巻き込まれる気配がするぞ?
「お、お兄ちゃん……! アルトさんを巻き込むのは、ダメだよ……!」
システィちゃんが、ブレフを窘める。
兄相手だと、やっぱり気後れしないようだ。
でもこういう態度で「巻き込むな」と云うってことは、本当に面倒なことなのかもしれない。
それだったら、この家や公園でフィーと遊んでいる方がずっと良いんだが。
しかし、思わぬところから伏兵が現れた。
「あら! 良いんじゃないの? アルちゃんやフィーちゃんにも、新しいお友だちが出来るかもしれないわー!」
それはマイマザーだった。
どうやら母上様は、ハトコズの行く先を知っているらしい。
そして、ドロテアさんまで、母さんに乗っかる。
「そうねぇ。アルちゃんはこんなに賢いんだから、向こうのお手伝いも、上手くやれるでしょうしね」
おいおいおいおい。
なんだか、雲行きが怪しくなってきたぞ……?
「フィー。お前は、どう思う? お手伝いに行きたいか?」
「みゅ?」
俺の膝の上に乗って、一生懸命に折り紙を折っていた妹様が、小首を傾げた。
「ふぃーのいる場所、にーたのいる場所! 楽園、かどーしき!」
あまり参考にはならなかった。
行きたいとか行きたくないを超越しちゃってる感じね。
そして、すぐ傍の親友からは、今出ている話題とは無関係な雄叫びが発せられる。
「うんめええっ! なんだこのジュース!? ドロテアさん、これ、どこで買ってきたの?」
コップに見える薄紫色の液体。あれは、今朝の残りだろうな。
どうやら、スポーツドリンクを飲んだようだ。
グランドマザーは、ブレフの反応を見て、上品に笑っている。
「……これ、ロッコルの実ですか……?」
同じくドリンクを飲んだらしいシスティちゃんは、すぐに材料に思い至ったようだった。
流石に料理の才があると太鼓判を押されただけあるな。
「バッカ、システィ! ロッコルの実ってのは、もっと、すっぱいんだぞ? お前、そんなことも忘れたのかよ?」
可哀想な子を見るような目でシスティちゃんを見るブレフは、自分に集まる視線に気付いていない。
「うふふ。その飲み物はね、実は、アルちゃんが作ったのよ?」
祖母がネタバレをかましてくれると、 ハトコズが同時にこちらへ振り返った。
「えっ、マジかよ!?」
「ほ、本当ですか、アルトさん」
「それ、ほんと! その美味しいの、にーたが、ふぃーのために作ってくれた!」
「えっ!?」
膝の上に座ったままのマイエンジェルが、そう云って嬉しそうに頬ずりをしてきた。
どうやらこの娘の中では、俺の動機はそういうふうに処理されているみたいだ。
考えてみれば、マイシスターがロッコルの実を食べたいと云い出し、実食して美味しいと云ってから大量購入したのだし、朝も朝で、作った後は、いの一番に飲ませている。そういう解釈をしても不思議はない。
……が、真実は違うところにあるので、ちょっと申し訳なく思う。
「そうなんですか……! 優しいんですね、アルトさん」
やめて、システィちゃん。
尊敬の視線が痛いから……!
「アル。凄ェな、お前。十手も作れるし、アクセサリも加工できる。その上、料理まで出来るのかよ。ホント、色々やれるんだなぁ」
「あ、いや。料理は作れないよ? 今回は、たまたまだよ」
この世界では、まだ習っていない。
出来てしまうと不自然だろうから、誤魔化しておかねばならない。
早く大手を振って、食べ物に係われるようになりたいな。
「それで話を戻すけど、結局、ブレフたちは、どこへ何しに行くのさ?」
どうにも俺も道連れになりそうな気配があるし、そこは訊いておかなくてはね。
「ん? ああ。託児所だよ。託児所」
「え? 託児所? 一体全体、何でまた?」
王都やセロのような大都市だと、託児所が存在する場合がある。
規模や設備、そして評判もピンキリだが、働く人々の助けになっていることは、まぎれもない事実だ。
ハトコズの話を訊いてみると、彼らはそこで、幼児たちの遊び相手を頼まれる(ブレフ曰く、命令される)ことがあるんだそうだ。
何故なら、ハトコ兄妹の親御さんが、託児所で働いているからだそうで。
特にここ数日は星祭りを間近に控え、忙しい人が多い。臨時で子供を預ける人もいる。
なので、人手不足解消の一環として、彼らも駆り出されることになったのだと云う。
「子供の相手なんて、俺には荷が重いと思う。それに何より、ちっちゃい子たちのお世話って、そもそも、知識や資格がいるんじゃないの?」
ちいさい子たちに何かあったらと、気後れしてしまう。雑で適当なことは許されないだろうし。
すると、母さんが首を振った。
「ううん。平気よ? 託児所の先生たちの指示を聞いていれば問題ないわ。私も何回か、お手伝いしたことがあるわよ?」
どうやら保育士の資格や幼稚園教諭免許状なんかは、無いようだ。
「アルちゃんは、頭が良いから大丈夫! それに、ちいさい子のお世話は、フィーちゃんで散々やったでしょう?」
「いや、フィーは手の掛からない良い子だったから、参考にならないよ」
俺の言葉に、妹様が激しく反応した。
キラキラと眼を輝かせ、顔を近づけてくる。
「にーた、ふぃー、いーこ?」
「うん。とっても良い子」
「やったあああああああ! にーたに、褒めて貰ったあああああああああああああ! ふぃー、嬉しい……っ!」
膝の上で暴れるのは、よしなさい。
でもまあ実際、俺関連以外は、手の掛からない子だったからな。
この辺は、早くから意思の疎通の出来る聡明さを持っていたことが理由だろう。
聞き分けが凄く良かったし、我慢も出来たし。
「ね? だから、アルちゃんなら大丈夫よ」
「いや、でも、ミルとかせっかく来てくれたのに、もう帰ってくれじゃ、可哀想だろう?」
疲れた顔でソファに座る爺さんが、「迎賓館に戻って貰える方がありがてぇよ……」と呟いていたが、この際、それは聞かなかったことにする。
すると、俺の背中に、ぽわっとした感覚が。
「むん……。大丈夫。アルあるところ、ミルを見る……?」
え~と……。
付いてくるってことか、それ?
要警護対象じゃないの、キミ?
「ミルちゃんも来てくれるなら、問題は無いわね。もちろん、アルちゃんに無理強いするつもりはないけれど」
む?
そういう風に云われると、なんだか申し訳なくなってしまう。
膝の上にフィー。背中にぽわ子ちゃんを張り付けたまま、床を見る。
そこには、俺をサンドしている幼女たちの折った、たくさんの紙。
(あ、そうだ……!)
俺は、ちょっとしたことを思い付く。
顔を上げて、頷いた。
「うん。分かった。手伝い、行ってみるよ」
「本当か、アル!」
ブレフが嬉しそうに目を輝かせた。
自分の負担が減ると思っているのか、あわよくば、俺に押しつけようと思っているのか。
が、俺の本命は、ハトコズの可愛い方だ。
この娘に、少しでも自信を付けて貰う必要があったのだ。
「システィちゃん。託児所で役に立ちそうなものがあるんだけど、ちょっと覚えてみない?」




