表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
妹のいる生活  作者: むい
238/757

第二百三十五話 ロッコルの実と正方形


 結局、フィーは母さんがだっこしながら俺を見守ることになった。


 すぐ傍では、何故か、ぽわ子ちゃんも目を輝かせて俺を見ている。

 ドロテアさんもチラチラとこちらを窺っているので、なんだかとてもやりづらい。


 他方、爺さんはソファで死んでおり、タルタルはマイペースにご飯を食べ続けている。


 俺がやろうとしていることは、本当になんでもないことだ。

 ひょっとしたら、この世界には、既にあるものかもしれないし。


 まず、ロッコルの実をしっかりと洗う。

 それから半分にカットし、果汁を絞っていく。


 手絞りだと面倒だな。

 ジューサーとかあれば便利なんだが、この家にはないし、市場でも、ちょっと見かけたことがない。

 もしかして、売り込み品になるのかしら?


 そうして果汁を溜めておく。

 ツンとした匂いが漂ってくる。俺はこのままだとダメだが、すっぱいのを苦にしないマイエンジェルやぽわ子ちゃんは、既に飲みたそうだ。


 次に用意するのは、砂糖と水だ。

 これを果汁とちょっとずつ混ぜ込みながら、記憶通りの匂いと味に近づけていく。


「にーた! ふぃーも! ふぃーもそれ、飲みたい!」


 俺がやっているのは味見なんだが、この娘には俺がひとりで飲んでいるように見えるようだ。


「フィー。もうちょっとだけ我慢してくれ。もっと美味しくしてから、飲ませてあげるから」


「んゅ……。にーたがそう云うなら、ふぃー、我慢するの……」


 目に見えてションボリしている。

 指を咥えている姿に、ちょっと心が痛んだ。


 作業を再開。

 混ぜる比率を調整していく。


 まだ酸っぱすぎる。

 水を足す。砂糖を加える。


 大分、近づいてきた。


 そうして試行錯誤を繰り返し、ほぼ記憶通りの飲み物が出来上がった。


「よし! 色が紫なのが気に入らないが、これで良いだろう!」


「にーた! ふぃー! それ、ふぃー飲みたい!」


 早速、食いついてきたか。

 これ、爺さんのために作ったんだがな。

 しかし兄とは、妹様を最優先にする生き物。

 是非も無し。


 フィーお気に入りの桜色マグカップに、それ(・・)を注ぐ。

 何故か母さんとぽわ子ちゃんが、空のコップを持って順番待ちしている。

 無言の催促だ。断れない。


「――! にーた、これ、美味しいっ! ふぃー、気に入った!」


「むん……! すっぱさが減って、甘さが増えた……? これも好み? ロッコルの実の、新たな可能性……?」


「あら~……。凄く飲みやすいわね? 果汁を薄めて甘さを足すだけで、ここまで変わるもの……?」


 うむ。

 どうやら反応は上々のようだ。


 俺は爺さんに、その飲み物を持っていく。


「どうぞ。お爺ちゃん」

「おう、ありがとな……」


 祖父は澱んだ瞳でコップを口に運び。


「おぉっ、こりゃあ飲みやすいな! ロッコルの実を使ったのか!」


 予想よりも大きく反応してくれた。

 て云うか、俺が作ってる姿を見ていなかったみたいだな。


「うん。ロッコルの実は、運動する人が好んで食べるんでしょう? 疲労とかにも効きやすいのかなってね」


「おう。ロッコルの実は、確かに疲れが取れやすくなるとも云われているな。それにしても、飲みやすいな。単純な果汁とも違うし、新しい飲み物と云えるかもしれねェな、これは」


「うん。運動するところから取って、『スポーツドリンク』とでも呼ぼうかな?」


「ほう! スポーツドリンクか! そりゃあいい!」


 そう。

 このすっぱい果汁の味と匂いは、地球世界のスポーツドリンクに似ていたのだ。

 なので、薄めて甘くすれば、きっと近いものが再現できると踏んだのだ。


 栄養価とか、その辺は正直、知らん。

 でも、ロッコルの実の効能を考えれば、そこまで離れたものでもないだろう。


「二日酔いとかにも効くんだよなァ……。スポーツドリンク」


「おう。これだけ飲みやすけりゃ、二日酔いでも――ん? アル。お前ェ、何で二日酔いなんて言葉が出てくるんだ?」


「え? あっ、いや。飲みやすいって云ったから、ちょっと思い付いただけだよ……!」


 危ねェ。口が滑った……。

 疲労しているからか、爺さんはそれ以上、追及してこなかったが。


 一方、キッチンではドロテアさんも飲んでいるようだ。


「あら、美味しい。これなら、すっぱいのダメな子でも、きっと飲みやすいわね。凄いわ、アルちゃん! 流石は、この私の孫よ?」


「違うわよ、お母さん。アルちゃんは、私の子供だから凄いのよ?」


「ぶー! 違う! にーたが凄い、それ、ふぃーのにーただから!」


 どういう云い争いだよ。


 他方、ぽわ子ちゃんは黙々とスポーツドリンクを飲んでいる。

 どうやら、お気に召したようだ。


「これだけ美味しいと、商品にもなりそうねぇ……!」


 ドロテアさんが、そんなことを云う。

 まあ、ただ作るだけじゃ、確かに勿体ないからね。


「え~と、確かショルシーナ商会って、発明品だけでなく、新しいレシピの買い取りもしてたと思うんだよね。いっそ、売ってみるかなァ……」


「あら? ショルシーナ商会って、エルフ主宰のお店よね? 他にも商会はあるのに、どうして、そこなの?」


 ドロテアさんが首を傾げた。


 義理と信頼。双方の理由でございます。


(この世界には、まだ存在していない地球の料理やお菓子がある。そっちも売り込めるようになれたら良いな……)


 その場合、食べ物関連は、『エッセン名義』とは別にすべきかな?


「むん……。アル、凄い……!」


 ぽわ子ちゃんが、ジッと見上げてくる。

 瞳はキラキラと輝いているのに、全体的には、ぽやっとしていてアンバランスだ。

 すると、何故かフィーがふんぞり返った。


「ふぃーのにーた、とっても凄い! 紙から、カエルさんも作れる!」


 これは行きの馬車で楽しんだ折り紙のことだろうな。


 妹様の言葉を受けて、ぽわ子ちゃんの瞳は、ますます輝く。


「むむむん……!? アルは、生き物を作り出せる……!?」


 そうかー……。

 そう解釈しちゃったかー……。


 無理です。

 俺はゴッドじゃありませんので。


 妙な誤解をされると困るので、実際に見て貰うか。

 手を洗い、紙を取ってくる。

 どうせフィーもやりたがるだろうから、ひとまとめに。


「ミル、こうするんだよ」


 ササッと折って見せる。

 カエルは折り紙の中では、まあ、簡単な部類に入るよね。


「むお、おおぉぉ……!」


 一枚の正方形が変化していく度に、ぽわ子ちゃんが、感動しているようだ。


「これで完成。……で、おしりを押すと」


「――ッ! はね、た……!?」


 紙のカエルは、ぴょこんと跳んだ。

 何故か一緒に、フィーもジャンプした。


「ふぃーのにーた、凄い! 紙から、何でもつくる! ドラゴンも作る!」


 考えたの、ホントは俺じゃないけどねー……。

 よくドラゴンの折り方とか思い付くよね、地球の人たち。


 でも、この娘には、『こっち』の方が刺さるだろう。


 てきぱきと折っていく。最初は単なる期待だけだった視線が、熱を帯び始めた。


「あ、アル……! これって……! これって……!?」


 ぽわ子ちゃんが、わなわなと震えている。


 俺が折ったのは、この娘の大好きなもの。

 この娘が求めてやまないものだ。


「むおおおおおおぉぉ……! オオウミ、ガラス……っ!」


 折り紙の世界は奥深い。当たり前のようにペンギンまである。

 それも、複数の作り方が。


「はい」


 いくつかのタイプを折り、手渡す。


「るー……! るるるー……! るー……! るるるー……!」


 ぽわ子ちゃんは天高くそれらを掲げ、クルクルと回転を始めた。

 そして、何故かヒシッと抱きつかれた。


「アル……! 私も……! 私も、オオウミガラスを作りたい……!」


「めー! にーたから離れるの! にーたが折った紙! 全部ふぃーのなのー!」


「むん……! たとえフィールにも、オオウミガラスは譲れない……!」


「ふぃーる違う! ふぃーは、ふぃー云ったはず!」


 ふたりの幼女様が、大声で騒ぎ始めてしまった。


「はーい。フィーちゃん、ミルちゃん、遊ぶのは、朝ご飯を食べてからよー?」


 そんな両者を、母さんがまとめて抱きかかえた。


「ふぃー、急いで食べる! にーたと一緒に、紙を折る! うさぎさん折って貰う!」


「オオウミガラス……! ご飯食べてる場合では、ない……!?」


 いや、ちゃんと、ゆっくり食べてくれよ。

 せっかくの美味しい料理なんだからさ。


 今、折り紙を持ってきたのは失敗だったな。

 せめて、食べ終わってからにすべきだったか。


 しかし、ひとつの可能性を見たぞ。

 この世界には折り紙ないっぽいし、広めることが出来たりしないかな?


 うーん……。

 何か。


 折り紙を何かに利用出来そうな気がするんだけど、気のせいかな……?


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[気になる点]  今更二百三十五話の感想を書くのもおかしいと思いますが、疑問をおぼえたので書かせていただきます。  ロッコルの実というものは塩分を含んでいるのでしょうか?  スポーツドリンクに塩分が…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ