第二百三十四話 セロでの朝
家に戻って来たのは、夜中だった。
時計とか無いから知らないけど、たぶん、一時とか、そのくらいじゃないかと。
何にせよ、今回はバレなかった。騒ぎにならずに済んだぞ。
シャーク爺さんは、まだ帰ってきてないみたい。ギルドの方で仮眠を取るのかもしれない。
ドロテアさんが、たまにそう云う日もあると云っていたはずだ。
ベッドに潜り込んで、妹様の様子を見る。
「すぴすぴ……」
うむ。
幸せそうな寝顔だ。起きていなくて良かった。
頭を撫でてやると、にへぇ~っと笑った。
そのままマイエンジェルは、自力で母さんのハグを外し、俺に抱きついてきた。
眠っているのに、器用なことだ。
マイシスターを見て安心すると、一気に眠気が襲ってきた。
俺も結構、疲れていたみたいだ。
俺はそのまま、眠りに付いた。
……おやすみなさい。
※※※
「…………!」
「…………?」
ん?
何か云い争うような声がする。
閉じた瞼は明るいので、既に朝だと思われるが。
だが、夜更かししたせいで、俺はまだ眠いのだ。
「むにゃむにゃ……」
前世の末期には絶対に出来なかったこと――二度寝を決め込むことにした。
その時。
「むん……? アル、おねむ? 私も寝る……?」
ピトっと、何かが俺に張り付いてくる。
いや、これが誰かなんて分かるけどさ。何でここにいるの?
訪ねてくるにしても、まだ朝食前の時間だと思うんだけど。
「にゃにゃーーーーっ! ふぃーのにーたに抱きつく、めーなの!」
荒れ狂う妹様の声。
成程。
さっきのやりとりは、このふたりのものか。
「にーた! にーた、起きて! ふぃーたちの幸せ空間に入ってくる悪い子、一緒にやっつけるのー!」
フィーの声には、既に泣きが入っている。
おそらく、散々排除しようとして、その悉くに失敗したのだろう。
仕方がない。
まだ眠いが、のっそりと起き上がる。
あぐらをかいてベッドの上に座る俺の膝の間に、ぽわ子ちゃんが、ぽすっと入り込んできた。
「むん……? アル、疲れてる? いつものこと? いつもと違う?」
何云ってるか、さっぱり分からんな。
微妙に心配そうな顔で、俺の頬を撫でている。
目の下に、くまでも出来ているのだろうか?
(だが、今はフィーだ)
まず、妹様を構ってあげないと、大泣きしてしまうだろうからな。
ぽわ子ちゃんを抱えたまま立ち上がり、華麗にターン。
すぐ近くにいる母さんを発見。紳士的にパス。
マイマザーは、笑顔でぽわ子ちゃんを抱きしめる。
俺もすぐに、マイエンジェルをだっこ。
表情から察するに、ギリギリだったかな?
しっかりと、サラサラの銀髪を撫でる。
「フィー。おはよう」
「うぅぅぅぅぅ~~……っ! にーたああああああ!」
もちもちほっぺを擦り付けられてしまった。
動物のマーキングみたいだ。
俺と同じように、ぽわ子ちゃんをだっこしながら撫でている母さんが微笑みかけてくる。
「アルちゃん。おはよう」
「うん。おはよう。で、何で、ぽわ――ミルがここにいるのさ?」
俺が云うと、ぽわ子ちゃんは、「何当たり前のことを云ってるの?」と云わんばかりの表情で、ぽわっと首を傾げた。
「我らは天に誓ったはず……。生まれた日は違えども、死すときは同じ日、同じ時を願わんと……?」
どこの桃園の話だ。
そもそも、誓った憶えがないけどさ。
「ふふふー。ミルちゃんはね、わざわざ、うちに遊びに来てくれたのよー?」
母さんが腕の中のお客人と、「ねー?」とか云い合っている。ホント仲良いふたりだな。
まあ、朝早くから遊びに来たのだと、理解は出来た。
同時に、何事かの重要な案件でないことにも安堵する。
昨日の今日だったからね。
「ミル、まさか、ひとりで来たんじゃないよね?」
「むん? 私のお母さん? リビングでご飯食べてる……?」
えーと。
この家の、で良いのかな?
朝食の隙に抜け出してきた、とかだと困るが。
「アルちゃんも、後でちゃんと、タルタルにご挨拶しなきゃ、ダメよ?」
誰、タルタルって?
ぽわ子ママこと、タルビッキ女史のこと?
まあ、挨拶って単語が出たんだから、いるのは、この家なんだろう。
腕の中のフィーを見る。
俺を取り戻したからか、マイシスターは、ネガティブな感情から解放されているようだ。
それでも、頬ずりはやめる気配はないが。
「皆はもう、ご飯食べたの?」
「いいえ、これからよー? アルちゃんを残して、食べるわけないじゃない」
てことは、タルタルは単独で飯を食ってるのか。
凄い心臓だな。
「星祭りに備えて、パワーを蓄えるって、云ってた……?」
口実だろ、絶対。
ぞろぞろとリビングに向かう。
そこには元気いっぱいに――そして、遠慮会釈もなく食べ物を頬張る星読み様の姿が。
テーブルではなくソファには、ぐったりとした、祖父の姿もある。
「お、おはようがざいます……?」
思わず、声が上擦ってしまった。
タルタルはこちらを見ると、咀嚼を続けたまま、シュタッと片手だけをあげた。
俺は爺さんの前に行く。
「お爺ちゃん、帰ってきてたんだね?」
「……まあ、な」
声にも力がない。
視線の先には星読み様がいるので、原因は明白だろう。
「昨日の件、重要だからな。俺はまだまだギルドで調査を続けなければいけなかったんだが、早朝にアホカイネン親子が唐突にやって来てな。うちに来たいと云われたんだ。迎賓館に戻るべきだと説得したが……失敗した」
一応、抵抗は試みたらしい。
しかし、ゴーイングマイウェイの前に敗れ去ったようだ。
それで、護衛も兼ねて戻って来たのだと。
「あらあら。貴方には、お茶を入れますね? 皆の朝食の用意が済んだ後で」
ぱたぱたと忙しそうに動き回っているドロテアさんが、そんなことを云う。
ちょっと祖父が可哀想な気がするぞ。
でも、俺もフィーに早く朝ご飯を食べさせてあげたい。
当家の妹様は、朝からしっかりと食べるタイプだ。
おかわりもする。
そしてマイエンジェルの様子を見るに、すでに腹ぺこ状態だと思われる。
俺に甘えるその姿に、若干のパワー不足を感じるのだ。
なので、祖母にはマイシスターの朝ご飯を優先して貰って、俺が爺さんにお茶を入れてあげよう。
――あ。待てよ?
(そうだ! アレを試してみよう!)
昨日、ゴタゴタがあったから、すっかり忘れていたもの。
大量に買った、ロッコルの実。
あれを使ってみようか。
「ドロテアさん、少し材料を貰っても良いですか?」
「ええ、構わないわよ? なぁに? アルちゃんが何か作るの?」
「作るって程じゃないですが、ちょっと思い付いたことがあるので」
「ふぅん? リュシカから聞いているわよ? ものすっごい天才なんですってね? いつも珍しくて凄いものを、簡単に作り出すって。何を思い付いたのか、私も興味があるわ!」
いや、マジで大したもんじゃないんで、プレッシャーを掛けるの、ホント勘弁して下さい。
失敗する可能性も普通にあるので。
「ほら、フィー。席についてな? お前も、お腹空いているだろう?」
「ふぃー、にーたが何するか気になる! ここで、にーたを見守る! ふぃー、にーた好きっ!」
うん。
キミをだっこしてると、俺は何も出来んぞ?




