第二百二十七話 街へ行こう!(その八)
「えっと……。証拠には繋がらないかもしれない。でも、ちょっとしたリアクションなら、取れるかもしれない。そういう話でも、大丈夫?」
スパッと鮮やかに解決とか、頭の悪い俺には無理だ。期待されても困る。
無言で頷かれてしまった。
皆の視線が痛い。
フィーと母さんだけは、キラキラと輝いた瞳を向けている。この人ら、俺への過大評価の双璧だからな……。
ハトコズも半信半疑と云った様子だ。
ぽわ子ちゃんは――ダメだ、ぽわ~んとしている。読み取ることが出来ん……。
「えっと、軍ぷ――フレイ様は……」
「様付けは不要だ。私のことは、呼び捨てで良い」
「えっと。じゃあ、フレイで。……コホン。フレイは、今の今まで追われていたんだよね?」
「そうだ。だが、向こうも私の立場は分かっているはずだ。屋敷にまで逃げ込めれば、それ以上の追っ手はかかるまい」
向こうも、目撃者を何とかするなら、初動をおいて他にないと考えているんだろうな。
つまり、押さえられるなら、今のうちと。
「わざわざ向こうから捕まえに来てくれるんだから、それを利用してみては?」
「つまり、私が囮になる訳か」
軍服ちゃんは、意外そうな顔をした。
だが、爺さんが首を振る。
「ダメだダメだ! 子供を囮にするなんて、論外だ。そもそも、子爵の子を捕まえようとした理由は、隠蔽工作だろう? 捕らえられれば、無事では済まん。リスクが大きすぎる」
祖父の云うことは、いちいち尤もだ。
でも、リアクションを引き出すなら、これしかないと思うのだが。
「いえ! やらせて欲しい! ここで引き下がったら、我がバウマン子爵家の名折れです」
「命をかけるなら、もっと大事なところで使え! 今、無理する必要は無いだろう」
「いいえ。今しかないのですよ。今、行動しなければ、メンノは、雲隠れしてしまうかもしれないのです」
「身の安全を考えろと云っている! アル! お前も、こんな無茶な提案をするんじゃねえ! こいつがリスクを負うだけじゃねぇか!」
まあ、そりゃ、当然、怒るよね。
「フレイをただ危険な目に遭わせる訳じゃないよ。俺がついていくつもりなんだけど」
「何?」
祖父が眉をひそめた。
「お前も一緒に捕まるとでも云うのか?」
「いや。子供とは云え、他に誰かいたら、手を出してこない可能性がある。だから、俺が隠れて近くで見守るってことだよ。危なそうなら、魔術で即、援護するよ」
「あぁっ!? 近くで隠れるだぁッ!? そんな都合の良いことが簡単に出来ると思っているのか、お前ェはよぉ!?」
うん。無理臭いこと云っていると思われても仕方がないね。
でも、たぶん、やれると思うんだよね。
「えっと。爺さ――お爺ちゃんは、気配に敏感な方?」
「そりゃあ、これでも元冒険者だから、一応な」
「じゃあ、今から俺が、目の前で気配を断ってみるよ?」
「何ィ?」
俺はそのまま、魔術を発動する。
爺さんとブレフ、それから軍服ちゃんの表情が変わった。
愕然としている。
一方、システィちゃんは、何が起きたのか分かっていないのだろう。首を傾げている。
ぽわ子ちゃんは――ダメだ、やっぱり、ぽわ~んとしていて、何を思っているのか、読み取ることが出来ない。
「お、お前、どうなってるんだ……? 目の前にいるのに、何も感じねぇぞ……!?」
まるで幽霊でも見るかのように、祖父がこちらに触れてくる。
触ってこないだけで、ブレフと軍服ちゃんも同じ感想を抱いているらしい。
(俺の変化に気づけるってことは、この三人は、気配に対して鋭敏なんだな)
軍服ちゃんに至っては、「詠唱無しで呪文を……!?」とも呟いている。
「アル、お前、本当にそこにいるのか? 一体、何をしたんだ……!?」
ブレフが十手でつついてくる。
微妙に痛いからやめなさい。
「ちょっと魔術を使っただけだよ」
「いや……魔術って、こんなことまで、出来るものなのか……!?」
あんまり驚かれると、ちょっとくすぐったい。
だってこれ、失敗作だし。
氷穴の戦いでリュネループの女性が使っていた隠匿の魔術。あれの未完成品なのだ。
彼女が使ったのは、不可視化と消音、消臭。そして、気配の遮断がひとセットになったものだった。
ぶっちゃけ、今の俺だと、あれは、まだ使いこなせない。
だが、一部だけなら、話は別だ。
術式そのものは理解しているので、こういった『限定稼働』が可能になる。
尤も、使えるようになったのは、ほんのつい最近のことなんだけれども。
「これで後は、覆面か何かで顔を覆っておけば、バレ難いかなと」
隠れるだけなら闇の魔術で自分を覆えばいいけど、場合によっては軍服ちゃんを助けるために姿を見せて交戦する可能性もあるからね。覆面は必須だろう。
「むん? 覆面……? 黒い覆面……? アルはやっぱり~……虫さん……?」
うっ……!
マズい。ぽわ子ちゃんに疑られてしまった。
「はいはーい! ふぃー! ふぃーに、良い考えがある!」
妹様が手を振りながら、ぴょんぴょこと飛び跳ねた。
そして、走ってリビングから出て行ってしまう。ちょっと待っていると、白い布を持って戻って来た。
「これ! にーた、これを着る!」
「うん? これって……メジェド様じゃないか!」
不可視の神を模したスーツ。俺が作ったやつだ。
ご丁寧に、俺用のものと、妹様用のものがある。
「もしかして、わざわざ家から持ってきたのか?」
「ふぃー、セロにメジェド様、広める云った!」
あの発言、本気だったのか。
てか、隠密で使うなら、広めちゃダメでしょ……。
「むん……! アル、この格好良いの、何……!? この格好良いの……!」
二回云った!?
あのぽわ子ちゃんが、結構な勢いで食いついてきたな。
俺からメジェド様スーツを強奪し、わなわなと震えている。
一方、フィーは、お気に入りの『打ち倒す者』が褒められてご満悦。
「それ、メジェド様! 偉大なる神!」
「めじぇどさま……! めじぇ……ど様……っ!」
ぽわっとした瞳の中に、キラキラ星が舞っている。
よっぽど気に入ったんだなァ……。
爺さんがガシガシと頭を掻きながら質してくる。
「つまり、何だ。その珍妙なスーツを着て、こいつの護衛に付く訳か?」
「うん。仮に何かあっても、不意打ちで水弾を目と鼻にぶつけてやれば、きっと、のたうち回るはず。その間に、逃げ出すくらいは出来ると思うんだ」
俺の発言に軍服ちゃんが驚いた顔をした。
「キミは、気配を断つ特殊魔術だけでなく、水系統の魔術も使えるのか……?」
「まあ、一応」
俺が頷くと、ブレフがフレイの肩を叩いた。
「アルはな、これでも四級魔術師だぞ?」
「はァッ!? 四級……!? 四級だって……!? キミが……!? 嘘だ、私と同じ、まだ子供ではないか……!」
まあ、信じられないのも、分かるけどね。
そんな軍服ちゃんを、母さんが抱きしめた。
「ふふふふー。私の子供たちはね、天才なのよー? どんなことでも出来ちゃうの! 親としては危ないことはさせたくないけど、アルちゃんなら、きっと貴方を助けてくれるわー」
「ふぃーのにーた、凄い! ふぃーのこと、大事にしてくれる! ふぃー、にーた好き!」
ドヤ顔でふんぞり返っている妹様。
しかし、その発言内容は、安心させることとはあまり関係がない。
「アル」
唐突に、祖父が複数枚のコインを放って来る。
俺はその意図を察し、パチンコ玉サイズの水弾を発射して、その全てを迎撃した。
これはテストだろう。
このくらいの不意打ちに対応出来なければ、話にならないと。
「チッ……! 一発も外すことなく命中させやがるか。これじゃあ、文句も付けられねぇ。流石は俺の孫だと、褒めておくぜ」
エイベルの訓練に比べれば、そりゃ、このくらいはね。
背後や上空からも攻撃が飛んでくるし、あの人の場合。
「えっ……!? いや、だから、詠唱は!? 魔術師には詠唱が必要で、そもそもこんな状況で、即応できるなんて話は、聞いたことがないのだが……!?」
軍服ちゃんが驚いている。
俺の場合は魔力の根源で最初から属性を形作るので、詠唱という変換作業は必要無い。
と云うか、生のままの魔力をそのまま使う方が楽なんだけどね。そのへんは知られたくないから、教えないし、使わないけれども。
「ふぃーのにーた、凄い云った! にーたなら、ふぃーをだっこしたまま、おんぶするのも、ぞーさもない!」
どうやって!?
フィーは俺の前に戻って来て両手を広げ、今か今かと、だっこを待っているが、普通に抱きかかえるしか出来ないからね。
「ふへへ……! ふぃー、にーたに、だっこして貰うの好きッ!」
天使様は眼を細めて、俺の胸板に頭を擦り付けてくる。
相変わらずの、甘えん坊さんめっ。
一連の流れに毒気を抜かれたのか、祖父は憮然とした顔で吐息した。
「仕方ねぇな……。絶対に無理はするんじゃねぇぞ……?」
その言葉に軍服ちゃんは目を見開いて喜び、俺の前に来て、頭を下げた。
「この街の為に、キミの力を貸して貰いたい」
「にーたに任せる! ふぃーとにーたと、メジェド様がいれば、絶対無敵!」
俺が言葉を発するよりも早く、マイエンジェルが、自信満々に胸を張った。
まさか妹様、ついてくるつもりなのか?




