第二十二話 筋肉な祖父
「むははははは! お前達が、この俺の孫かあああ!」
ガバッと抱きしめられてしまう。
暑苦しい。
むさ苦しい。
そして、筋肉。
「にーた、やああああ! きんにく、やあああああ!」
押し寄せる筋肉に、フィーが怯えている。
(やめんかクソ爺! マイシスターが筋肉にトラウマ持ったら、どうするつもりだ!)
俺たち兄妹をいっぺんに抱きしめているのは、祖父のシャークだ。
執行職とか云う戦闘特化のギルド職員のイメージに違わず、非常に暑苦しい。
これで汗臭かったら目も当てられないが、消臭をドロテアさんに義務づけられているらしく、臭くはない。
外見は三十代くらいのムキムキの戦士と云ったところか。
戦闘力なんかよりも豊かな髪の毛を備えていることが自慢の種のようで、美人の妻共々彼の誇りなんだそうだ。実年齢は四十代らしいが。
まあ、四十代なら人によってはもう、かなり来てるからね、髪の毛。
豊かな髪の毛と、やたら笑顔でいるせいか奥さん同様実年齢よりも若く見えて、とても『おじいさん』とは思えない。近所の気さくだがうるさいオッサンと云った感じだ。
「兄妹揃って天才なんだってなああああ! 流石はこの俺の孫だああああああ!」
うるさい。声がでかい。フィーに悪影響だ。
「あなた、いい加減にしなさい! 孫に嫌われますよ!」
見かねたドロテアさんが引きはがして助けてくれる。
一方、うちの母さんは「仲が良くて嬉しいわ」とか的外れなことを云っているので、この先も当てには出来ないだろう。
「立派な孫だあああ! リュシカあああああ! よくやったぞおおおお!」
「ふふふー。そうでしょう、そうでしょう? 私の子供達はとっても素敵なんだから!」
父娘で抱き合っている。
仲が良いんだなぁ。こういうテンションって、実は俺とフィーにも遺伝してたりしないよな?
時間は夜。
ハトコの兄妹が帰り、入れ替わるように祖父のシャークが帰宅した。
俺たちはドロテアさん手作りの美味しい晩ご飯を食べているが、シャーク爺さんは昼のご馳走の残りを食べさせられている。が、特に不満はないようだ。年中行事なのかもしれない。
「聞いてるぞ、アル。お前、もう魔導免許を持っているんだってなぁ!」
「え、あー、うん。一応」
「むはははは! 頼もしい限りだ! 末は最高ランクの冒険者か、はたまた天下の大魔術師か!」
残念だが、どちらでも無いと思うぞ。
シャーク爺さんは俺の言葉も待たず、孫娘に笑顔を向けた。服の上からでもわかる筋肉が、ムキャッと盛り上がる。
「フィーと云ったか! お前も凄い天才らしいな! よく知らんが!」
「ふぃーはにーたがすきです! きんにくは、やー!」
ううむ。既に筋肉がトラウマになりつつあるようだ。
愛妹はイスから飛び降り、俺に駆け寄って抱きついた。
「おお、よしよし。怖かったな?」
「にーたああ、にーたああああ!」
フィーは泣いてしまったが、筋肉ダルマは気にした様子がない。再び俺に話しかけてきた。
「優秀な魔術師になるには、本人の資質だけじゃ不足で、必ず良き師が必要になる。アル、お前の師匠はどんな奴だ?」
「素敵な人だよ。もの凄くね」
俺の持つ魔導の知識のほぼ全てはエイベルから教えられたものだし、魔術の技能も彼女から得た。
生のままの魔力をそのまま使うことだけが俺のオリジナルで、独学で、そして独自技術である。
いかに大人の頭脳を持っていようとも、あのエルフの師なくば試験を満点合格することは出来なかっただろう。
でも、『偉大な』とか『優秀な』と呼ぶよりも、『素敵な』師匠と呼ぶ方が俺は相応しいと思うし、好みにも合う。
「はいはーい! アルちゃんの先生は、私の親友なのよ?」
「おう、てことは、いつもお前が自慢しているエルフの娘ッ子か。魔術の扱いに長ける三大種族のひとつだな。教師役としては、これ以上ない人材だろう」
ちなみに三大種の残りのふたつは、額に第三の目をもつリュネループ族と、頭部に魔力を蓄えるツノが生えているホルン族。
リュネループの第三の目と、ホルンのツノは一部の好事家や魔導士が高値で買い求めるらしい。
もちろん法に触れる行為だが、人間族の中には両種族を執拗に狙う輩がいるのも否定できない事実なのだとか。
冒険者ギルドはそれらを取り締まる側の存在だが、その立場を利用して『荒稼ぎ』をしていた支部も過去にはあったようだ。
うん。そりゃ、人間族は残虐で欲深いと他種族に軽蔑されるよなぁ。
(なんだか、急にエイベルに会いたくなったな……)
特に意味もなく、ふとそう思った。
いや、我が師の話題が出たからか。
エイベルは人が好きではないと云う理由と家族の出会いを邪魔する気がないからという理由で、セロに付いて早々、別行動を取っている。なのでこの家の周辺を警戒してくれているのは、ヤンティーネだ。その彼女も「目立たないよう、姿を隠して任に当たります」と云っていたので、お目に掛かっていない。
(夜中になったら、ちょっと探しに行ってみようか……)
そんな風に考えた。
※※※
「にーた! ふぃーといっしょにねるの! ふぃーをだっこしてねるの! ふぃーをなでなでしてねるの! すきッ!」
客室のベッドの傍で、既におねむモードなフィーが元気よく抱きついてくる。
愛妹には徐々にうとうとして眠りに付くパターンと、パッと見凄く元気なのに電源でもオフにしたのかと思えるような速さで急に寝てしまう場合のふたつの寝入り方があるが、今日は多分、後者の方だ。
フィー本人が自覚しない疲れが溜まっていると、後者になりやすいのだと俺は認識している。
その場合の眠りはとても深い。
前者のパターンだと、俺がトイレなどでベッドから出ると、すぐに気付いて起き出してしまうのだ。
エイベルに会うには、多分、外に出なければならない。フィーの眠りが浅いと会いにいけなくなるのが確定なので、後者で良かったと云うべきか。
本当はフィーと離れたくないけれど、起こしたくないし、エイベルに会える保証もない。
だから、そっと抜け出すつもりだ。
(あれ? これって、兄の心得に抵触する?)
いやいや、精々、2~30分で戻るつもりだから、大丈夫だよね?
探してすぐに会えなければ、さっさと帰るとは決めているのだ。
だからこれは兄としてあるまじき行動ではない、と信じたい。
※※※
そして、深夜になった。
涎を垂らして寝ているフィーの顔は本当に可愛くて、何時間でも見つめることが出来てしまう。
すぐ傍で密着して眠っている母さんの寝顔も似たようなものだが、そちらには特に感想はない。
マイエンジェルは俺にしっかりとしがみついて眠るので、いつも引き剥がすのに苦労する。
しかし、そこは慣れだ。
トイレなどで度々起き出すことのある俺は、ある意味で剥がし慣れているのだ。
最近はハマグリの加工など、こっそり進めている作業もあるので、引き剥がしの技術が更に向上してしまった。
音を立てないように部屋を出て、真っ暗な廊下を歩く。
すぐに玄関に向かうのではなく、突き当たりの窓へ向かった。
これには特に意味はない。しいて云えば、『なんとなく』だろうか。
灯火の消えた屋内よりも、外の方が明るい。
屋外には月明かりがあるからだ。
この世界の月は地球よりも大きく、そして蒼い。
廊下に差し込む月光は、どこまでも静かで明るかった。
幻想的なので、俺はとても気に入っている。
そこに、彼女はいた。
窓から見える大きな樹の下。
一人の美しいエルフが、そっとこちらを向いて佇んでいる。
ああ、うん。『なんとなく』わかる。
彼女も、『なんとなく』俺に会おうと思ったのだと。
そして『なんとなく』、この窓から見える場所を選んだのだと。
俺と目があったエルフの少女は、無表情のまま、かすかに微笑んだ。




