第二百二十六話 街へ行こう!(その七)
「従魔士、ね……」
軍服ちゃんの言葉を聞いて、シャーク爺さんは、こめかみを指で叩いた。
「すまんがな、俺はおつむの方があまりよくねェ。順序立てて話して貰えるか?」
「ご謙遜を。愚かである者に、執行職は務まらないでしょう……。ですが、初めから話させて頂きます」
フレイは優雅な動作で頷いた。
こういった何気ない所作にも、育ちの良さが出るのだろう。ただ会話しているだけの時の村娘ちゃんも、そうだったし。
「まず、我が家――バウマン子爵家の役割は、ご存じでしょうか?」
「ま。これでもギルド職員なんでな」
軍服ちゃんの家は、セロの生え抜きで、昔から、街そのものとの結びつきが強いのだとか。
セロの貴族は、『戦災前』からいる者と、『戦災後』に王命を受けて入ってきた者に別れるらしい。
もちろん、それ以外の分け方もあるが、多くの人間が、この分け方をしているんだそうだ。
で、そのバウマン子爵家は、地元に明るいことを買われ、治安維持の一翼を担っているんだとか。
セロの治安維持は、基本的に統治者であるアッセル伯爵家のもとに行われる。
公園や屋台通りで見かけた騎士たちも、街の所属であるらしい。
ただし、前述の通り、治安の維持は、アッセル伯爵家だけで行っているのではない。バウマン子爵家と、もうひとつの家が、これに加わっている。
表向きは伯爵家の負担を減らすため、となっているが、反フレースヴェルク王家の多いセロで、特定の家だけが治安の権限を握っていると、不都合が生じる可能性があるらしい。王のお声掛かりと云う態で、警備は分割されている。
ただ、治安維持と云っても、伯爵の騎士たちは詰め所や館にいることが主で、守備する場所も、政事堂や迎賓館などの公的機関を最優先にしているとの話。
それでも何か事件があれば、事態の大きさと要請に応じて出動する形態なのだとか。
他方、街の方は、バウマン子爵家と、もうひとつの家が分け合って担当しているらしいが、こちらも足並みが揃っているとは云い難いようだ。
だから、街全体を網羅できているかと云えば、それは不充分と云うより他にないだろう。
そもそも十全に見廻りが行われるなら、我がグランドファーザーが冒険者の巡回チームを発足させる必要がないわけで。
「我らの不備が、冒険者への負担を増やしていることは、申し訳なく思うと、父も常々云っております」
「まあ、俺等はそれを生業にしているから、そこまで眉をひそめる気にもならんがな。巡回業は、一定の需要がある」
歳を取ったり怪我で戦闘力が衰えた冒険者たちの受け皿として、巡回業務は重要な役割を果たしているのだと云う。
尤も、暴れるチンピラや強盗なんかへの対処もする可能性があるから、全くの無力では務まらないようだが。
「問題なのは、デネン子爵家のことなのです」
「バウマン子爵家の、相方だな」
からかうような口調で、祖父は云った。
デネン子爵家と云うのが、バウマン子爵家と並ぶ、この街の治安維持の担当らしい。巡回地域や警備方法で揉めることも多いらしく、相方と呼ぶには程遠い仲なのだそうだ。
「ええ。信頼すべき相棒です。そのデネン子爵家の屋敷に、メンノが出入りする姿を目撃致しました」
「何ッ!? メンノとは、あのメンノか!?」
「はい。あのメンノです。変装はしていましたが、一目で分かりました」
あの、とか云われても俺は知らない。
母さんの呪縛から抜け出し、ブレフに訊いてみた。なお、妹様は脱出に失敗した模様。まだマイマザーの腕の中で、懸命にもがいている。
「ブレフ、ブレフ。メンノって、誰?」
「ちょっと前に指名手配された従魔士だな。何でも、王都から視察に来ていた王子を狙ったとかなんとか」
ふぅむ。テロリストか。
「えっと、反王族派の多いこの街で王族狙いのテロってヤバいんじゃないの? いや、王族を狙うのは、どこでもマズいだろうけどさ」
「俺は政治とか難しいことはサッパリわからん。でも、伯爵様は血眼だったって云ってたな」
そりゃそうだろうな。責任問題になるだろうし。
爺さんは拱手して唸った。
「あの時は騎士団だけでなく、セロの冒険者ギルドも総出で捜索にあたったが、ものの見事に逃げられたからな。うちの支部長も叱責されたぜ。……しかし、だ。追捕する立場のデネン子爵家が手を貸していたなら、雲隠れだって可能だったろうなぁ」
だがな、と、軍服ちゃんを睨み付ける。
「きちんとした証拠はあるのか? そこが一番、大事だぜ?」
「……残念ながら、ありません。私がこの目で見ただけです。ですが、私と目があったメンノは、すぐに屋敷に駆け込み、代わってデネン子爵家直属の騎士がやって来ました。逃げなければ、捕まっていたと思います」
成程。
さっき見た騎士たちは、デネン子爵家の部下なのか。
しかし、グランドファーザーは首を振る。
「それじゃァ、話にならんな。あやふやな目撃証言だけで、貴族相手に嫌疑を掛けるわけにもいかん。お前が家に戻ってバウマン子爵に告げても、俺と同じことを云うだろうぜ」
「父は、私を信頼してくれています。私の言葉を、単純な嘘や冗談とは捉えないはずです!」
「違ェよ。子爵がお前を信じるかどうかじゃねぇ。周りを納得させるだけの材料があるかって話をしているんだよ。証拠ってのは、そういうものだぜ?」
「それは……」
軍服ちゃんは、悔しそうに俯いた。
シャーク爺さんは悪質な冒険者を処罰するのが仕事だから、より証拠を重視するのだろう。
思い込みによる告発や、悪意ある巧妙な誣告だって多いはずだ。
それに、祖父の云う通り、治安維持を任される立場の貴族を、証拠もなしに責め立てる訳にもいかないのだろう。
「ですが……! メンノが危険な人物であることは、貴方だってご存じでしょう!? 彼は強力な従魔士です。王子の近衛にも死傷者が出るくらい精強な魔獣の使役者ですよ!?」
「冒険者の鉄則はな、『慎重に動け』だ。それが出来ない奴は、皆、猪突して死んで行く。火の魔術に弱い魔物がいる。じゃあ、すぐ使おう。こういう考え方しか出来ん奴は、早死にする。火に弱いとわかっていても、もう一度、本当に大丈夫かと考えることの出来る奴だけが生き残るんだ。犯罪の捜査だって同じだぜ? 危険な相手だから、すぐに動こう。これはダメだ。迅速と云うのはな、必ず冷静とセットでなければいけないんだ」
流石に熟練の冒険者あがりの祖父の言葉は重みがあるな。
母さんがフィーとぽわ子ちゃんを手放し、駆け寄った。
「流石は私のお父さんだわー! 格好良いっ!」
「むはははは! そうだろう、そうだろう。だがリュシカ、今は真面目な話をしているんだ」
しっかりと抱きしめながら、よく云うわ。
やっと自由を手に入れたマイシスターは、泣きながら俺の方に駆けてくる。
そして、勢いよくダイブ。
「ううううう! にーたああああああああああ! ふぃーから離れる、めーなの!」
ううん。
もがいている時に、助けてあげた方が良かったか。
母さんにだっこされているのなんて、いつものことだと思っていたんだが。
「アルママは~……柔らかすぎ……?」
そして、背後から覆い被さってくるぽわ子ちゃん。
マイエンジェルは、せっかく俺のもとへ辿り着けたのに乱入されて、お冠だ。
「にゃーーーーっ! ふぃーと、にーたのぎゅーを邪魔する、許さないの!」
「大丈夫……。私はおんぶ……。フィールは、だっこ……。棲み分け? 産み分け……?」
「ふぃーる違う云った! あと、背中もふぃーのなの!」
しっちゃかめっちゃかになってしまった。
軍服ちゃんが、怒りで震えている。
「ふざけている場合ではないのです! メンノは、危険な相手なのですよ!?」
「怒鳴るな。落ち着け。怒っている暇があるなら、今、何が出来るかを考えろ」
「か、考えろって……。私はまだ、無力な子供で……」
「俺はお前が命に係わる真剣な話だと云うから、それを信じて、一人前の人物として扱った。子供なら子供なりに、考えることの出来る奴だとな。だが、それが出来ないただの子供だというのなら、こう云おうか。――余計なことに首を突っ込むな。報告ご苦労。後はこちらで対応しておく、とな」
「――ッ」
いやいや。シャーク爺さん。それはちょっと厳しすぎないか?
この娘は、まだ、ちいさくて――いや、違う。
グランドファーザーは、軍服ちゃんを危険から遠ざけるつもりなのかもしれない。祖父の瞳は、蔑むような色をしていない。
「んしょ……!」
すると、腕の中の妹様が、ぴょこんと飛び降りた。
そして、ぽてぽてと歩いて、軍服ちゃんの前に立つ。
「ふぃーに、良い考えがある!」
「えぇっ……!?」
何だ?
まさかマイエンジェル、今の話を理解していたとでも云うのか!?
驚いて見ていると、フィーは自信満々に云った。
「何話してたか、ふぃー、知らない! けど、悩みある、分かった! それ、ふぃーのにーたなら、解決できる! ふぃーのにーた、天才!」
なんじゃそりゃーーーーっ!?
マイシスターよ、兄の過大評価をやめるんだ。お前のにーたは、ただの凡人だぞ!?
しかし軍服ちゃんは、俺がメッセンジャーとして、自信満々にフィーを放ったと思ったらしい。勢いよく振り返り、俺の顔をジッと見ている。そして、我が祖父も。
「ほう。アル。お前に妙案があるってのか。良いぜ? 云ってみな? だが、これは人の命のかかった真剣な話だ。冗談だったら、ゲンコツの一発くらいは覚悟して貰うぜ?」
り、理不尽な……。
でもまあ、手はなくはない。
「えっと……。爺さんは慎重に動けと云ったけど、『今』だから出来ることがあるんじゃないかなと」
「ほぉう……?」
兵は神速を尊ぶって、誰の言葉だったっけ……?




